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何て素敵なサプライズ!!



次の天皇陛下がビオラを演奏されるというのも素晴らしいが、

アンコールで雅子さまの誕生日を祝う曲を演奏してくれる学習院OB楽団も素敵だ!!
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ベルギー大使が語るベルギー王室と皇太子ご夫妻の友情物語

本日は皇太子妃として最後の誕生日を迎えられる雅子さまのお誕生日です。

来年の12月9日は地久節ですぞ、皆さま!!

さて、ヘカテーは図書館から『文藝春秋 2002年1月号』を借りてきました。

掲載されていた記事に皇太子ご夫妻とベルギー王室の友情物語が書いてあったので紹介します。

執筆者は兵藤長雄前ベルギー大使(当時東京経済大学教授)

1999年、兵藤氏は外交官人生最後の勤務地ベルギー王国で大使をされていました。

1999年はフィリップ王太子とマチルド王太子妃のご成婚にベルギー中が沸いていました。

日本の皇室からは皇太子ご夫妻がお見えになることが決定。

皇太子ご夫妻は御婚礼の12月4日を挟んで4日間ブラッセル(原文ママ)の日本大使公邸に宿泊されることになりました。

大使館の職員の中には雅子さまと同期の職員もおり、皆で張り切って作業を薦めました。

御婚礼には世界中の王族が招かれましたが、アジアからは日本の皇室とネパールの王太子殿下が招かれました。

世界中のVIPが集まる中で我が国の皇太子ご夫妻はベルギー王室から破格の扱いを受けました。

まず特別機でベルギーのブラッセル空港にご到着された際には、なんと結婚式前日という多忙の中でフィリップ王太子とマチルド王太子妃が特別機までお出迎えされたのです!!

しかも天候は暴風雨という悪条件です!!



これは極めて異例のことでベルギーのテレビや新聞でも大きく取り上げられました。

結婚式の翌日にはフィリップ王太子の父上であるアルベール2世とパオラ王妃がアルデンヌ山中の離宮に皇太子ご夫妻のみを特別に招待して下さったのです

何この特別待遇!!

ベルギー王室から特別待遇を受ける日本の皇太子ご夫妻はベルギー国民からも注目されました。

「我が国の王室からこれほどまでの特別扱いを受けている日本の皇太子ご夫妻とはどんな方々なのか」

皇太子ご夫妻は英語、フランス語で流暢に会話をされました。

雅子さまの鮮やかなファッションはベストテンの一つとして各紙に大きな写真入りで紹介されました。

実は、雅子さまは結婚式前日まで和服で出席されるかスーツでご出席されるか迷われました。

日本を代表するならば和装の方が良いのですが、当日は真冬の零下の寒さで、しかも会場となる教会は正門が開け放たれて暖房も臨時のもので震えるような寒さでした。

お風邪を召されたら大変ということでスーツが選ばれました。

ロイヤルブルーのスーツですね
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結婚式後のベルギー王室の方々と招待された王室の方々の集合写真に注目してください。
皇太子御夫妻だけが非白人なのです。
というのも通常、欧州の王族の結婚式の場合は欧州の王族しかこういう集合写真に入れません。
しかし皇太子殿下はフィリップ王太子と昭和の時代から熱い友情を交わした親友ということで特別に入れてもらえたのです。
すごいぞ、皇太子ご夫妻!!

実はこのスーツを選ばれたのにはエピソードがあります。

当初、深紅のスーツをお召しになる予定でした。

式場となる教会へ行かれる前に、テレビで映し出されていた教会の映像を御覧になって、

式場に深紅の絨毯が敷き詰められていることに気付かれました。

雅子さまは即座に鮮やかなロイヤルブルーのスーツに変更されました。

このご判断により深紅の絨毯に、黒のモーニング姿の皇太子殿下、雅子さまのロイヤルブルーのスーツという一際冴えた印象を与えました。

これには兵藤大使も臨機応変な雅子さまのご判断に感服!!

こういう気配りが出来るところが雅子さまのすごい所の一つです。

結婚式翌日、兵藤大使がデュルビュイ村というアルデンヌ地方の美しい山村を皇太子ご夫妻を非公式に案内しました。

この時、前日の結婚式のテレビ中継で皇太子ご夫妻を拝見したデュルビュイ村の村民総出で皇太子ご夫妻を歓迎しました。

皇太子ご夫妻も気取ったりせず、気さくに歓迎を受けられました。

村長さんに村を案内されている間に皇太子殿下らしいエピソードがありました。

村の市場を案内されている時のことです。

露店でリキュールを売っていたおじいちゃんが歓迎の印に一杯献上したいと杯を差し出しました。

すると皇太子殿下はすっと受け取られ一気に飲み干されました。

この時は兵藤大使も村長さんも一瞬青くなりましたが、

後に村長さんは兵藤さんに「村人の善意を信じて下さった殿下に感動した」と話しました。

皇太子ご夫妻にはこの他にも心温まるエピソードがあります。

ベルギー・日本協会と商工会議所が皇太子ご夫妻歓迎レセプションを開催した際のことです。

皇太子殿下にはささやかなプレゼント、和服姿の雅子さまには花束が贈られました。

答礼に立たれた皇太子殿下はフランス語とフラマン語でお言葉を述べられたのです。

これには会場のベルギー人感激!

ベルギーはフランス語系とオランダ語系の二つの民族で成り立っており、言葉の問題は大変デリケートな問題です。

ベルギーの王族や政治家の公式なスピーチは必ず二つの言語を半分ずつ行います。

ですが、日本人である皇太子殿下にそれを追求することは大変です。

兵藤さんは皇太子殿下に「英語で話されればよろしいかと思います」と事前に打ち合わせしていましたが、

皇太子殿下は公邸のフラマン語系職員に頼んでフラマン語の特訓を受けていらっしゃいました

レセプションの前に何度も何度もテープに吹き込んで練習されていたことが後日明らかになりました

殿下が突然フラマン語で語られた際にはその場にいた日本人も驚き感激しました。

会場内には鳴りやまない拍手が響きました

もう一つのエピソードは皇太子ご夫妻が宿泊されている大使公邸の周囲を警備している地元警察官を窓際でご覧になった殿下は

「極寒の深夜ではさぞ寒いだろうから警備の人を減らすようにベルギー側に依頼して欲しい」と仰いました。

ベルギー側は殿下のお心遣いに感激し更に警備に万全を期したいと張り切りました。

兵藤大使と皇太子ご夫妻は初対面ではありません。

雅子さまとはお父上小和田恒さんがソ連の日本大使館に着任した際に、その下で通訳を兵藤さんが務めていました。

雅子さまは当時1歳半でした。

雅子さまがハーバード大学在学中にはクリスマス休暇で学寮が閉鎖されている間、ワシントンで行使をしていた兵藤さんのお宅に宿泊され、兵頭さんの奥さまのお手伝いをする大変気の利くお方でした。

皇太子殿下とはオックスフォード大学留学中、アメリカに立ち寄られた際にいくつかの場所を案内し、お食事に同席する機会もありました。

皇太子殿下のベルギー滞在は大成功でした。

しかしその後帰国された雅子さまの流産で兵藤さんは

「スケジュールが多忙で無理をさせてしまったからではないか・・・」と責任を感じられました。

(岩井のアホたれは兵藤さんの爪の垢を煎じて100万回飲め!!)

ベルギー王室の方々も心配され、国王やフィリップ王太子ご夫妻が兵藤さんと会うたびに雅子さまのご様子について質問されました。

2001年12月1日に敬宮さまという待望のお子様をご出産されたニュースにベルギーに住む兵藤さんも大変喜んだことは言うまでもありません。

ベルギー王室では2001年10月25日にフィリップ王太子ご夫妻の間にエリザベート王女と言う第一子が誕生されています。

エリザベート王女誕生にベルギー国民は沸き、お祝いの記帳に沢山の国民が訪れました(これも敬宮さまと同じ)

エリザベートチョコレートが作られたり、エリザベート王女公園までもが作られました。

ブラッセルでは空軍楽団によるエリザベート王女に捧げる音楽行進が行われました。

ベルギー王室では1991年に憲法が改正されて直系長子継承なのでエリザベート王女が次の次の時代の国王になることが決定済みです。

現在では父君即位により、ベルギー王室初の女性王太子となられました。

ゆくゆくはベルギー王室初の女王陛下に2001年生まれの王女様がなるのです。


兵藤さんはこの手記の最後にこのように記されています

私が両殿下をベルギーでお迎えして感じたことを一つ最後に付記したい。、既述のとおり、皇太子御夫妻のベルギー御訪問は所期の目的を十二分に果たされた。印象的だったのは、新聞やテレビでの御動静の報道が日本の皇室を世界で最も長い歴史を持ち、日本の伝統を象徴するものして扱い、独特の日本文化も併せて紹介することも多かったことである。このご訪問には明らかに日本固有の明確な国としての顔があった。これは首相や閣僚とは異なる皇室による親善外交の大きな利点である。
加えて、皇太子御夫妻はヨーロッパの社交界の舞台でも、優れたコミュニケーターであり、外交官であることも立証された。御帰国後、私はブラッセルの多くの人々からこのような賛辞を聞いた。皇太子御夫妻はわが国親善外交の貴重な財産だ。実はこのベルギー御訪問が両殿下の御成婚後初めてのヨーロッパへのご旅行だったことはいささか驚きであった。それだけに、これからは両殿下にも大いに海外にお出向きいただき、親善外交の一翼を積極的に担っていただきたいと思う。今回の慶事に際し、この僭越な期待と共に、重ねて「心からのおめでとう」を申上げたい。



雅子さまの外国訪問をされた回数って本当に皇太子妃時代は少なかった。
「そんなに海外に行きたかったのか」とバカな宮内庁の人間は言ったが、
外交官だった雅子さまにとって皇室外交とは「国内公務に励んだご褒美」や「男の子を産んだご褒美」なんていうレベルの低いものではない。
1週間にも満たないベルギー御訪問で分かる通り日本というアジアの国を紹介する切っ掛けを作ったのだ。
ヘカテーの留学経験がある同級生は「海外ってまだまだ日本のことを分かってないよ」と言っていた。
ヘカテーの同級生が留学したのって21世紀に入ってからだからな
それでも日本のことを分かってないんだぞ!
欧米、というか欧州から見れば日本はアジアの国でまだまだ偏見はある。
お忙しい中でフラマン語で答礼のお言葉を練習してお話しされた皇太子殿下
皇太子御夫妻は日本と海外の国々の友好というものを真剣に考えていらっしゃる
だからこそ海外の国々も歓迎してくれるのだ。
今年ご訪問されたフランスを思い出して欲しい。
VIPとは言えアジアの国に対してあれだけの歓迎をしてくれるって本当に少ないぞ

こういうことが出来るから招待されるのだ

「観光で来たんですよね。え、違うの!?」と大臣から言われるのはその程度の能力しかないからだ。

天皇皇后になっても海外へ行幸啓可能という前例は高貴高齢者コンビが作ったからドンドン外国訪問していただきたいと思います

皇太子妃として最後のお誕生日 来年からは地久節です






55歳のお誕生日おめでとうございます!!!

銀婚式を迎えられたのに皇太子殿下との愛情は新婚の頃から更に増しているようで何よりです。

歌にあるように「ふたりは二輪草」って感じで拝見しているこちらがほんわかしちゃう

世の中の夫婦でこれほど仲が良いってなかなかいないもんなんだぞ

そして今年の雅子さまのお誕生日の感想も素晴らしい

宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/24

雅子さまって本当に偉いなーと思うのは

ご自分とご家族をあれだけ虐げてきた高貴高齢者コンビに対して敬意を表していらっしゃることです。

本当に偉い。

ミテコ皇太子妃があれだけ優しくしてくれた良子さまや秩父宮妃節子さまや高松宮妃喜久子さまに対して散々感じ悪いことをしてきたことに比べたら器が違う!!

皇后陛下になられても上皇とジョーコーゴーに対しての態度はたぶん変わらないと思います。

ヘカテーならルクセンブルグのマリア・テレサ大公妃のように「姑に虐められた」とマスコミに言いふらすぞ

映像に出てくる由莉ちゃんって本当に幸せな犬だな―

捨てられた犬が縁あって皇太子ご一家の飼い犬として引き取られ、ご一家に大変可愛がられている。

雅子さまのお召し物と由莉ちゃんのバンダナの色が一緒

由莉ちゃんの様子を見れば皇太子ご一家が愛情あふれる家庭であることが分かるぜ

来年からは皇后陛下となられる雅子さま

皇太子妃時代の苦労が報われて欲しいです

敬宮さまご誕生記念の森づくりの話

敬宮さまのご誕生を記念して作られた森がいくつかありますが、

また国立国会図書館で資料を遠隔複写したのでご紹介します。

『グリーン・エージ』という日本緑化センターが出している雑誌があるのですが、

2002年6月号に「敬宮殿下御誕生記念の森づくり」という記事が掲載されています。

著者は宮澤俊輔氏と石井健雄氏

御用邸がある栃木県那須町で2002年5月25日に「敬宮殿下御誕生記念の森づくり」記念式典及び植樹行事が行われました。

式典会場は道の駅「那須高原友愛の森」

約200名が参加しました
(国土緑化推進機構、地元「敬宮殿下誕生記念の森」造成実行委員会、那須町、那須森林管理署、太田原林務事務所などの関係者。一般人は抽選で選ばれた親子50組157名、地元在住で敬宮殿下と同じ平成13年12月に生まれた女の子の親子4組11名)

当日は晴天に恵まれたまさに植樹日和

式典では佐藤那須町町長、主催者である秋山国土緑化推進機構副理事長、三森那須森林組合長が挨拶しました。
来賓として古川前東宮大夫、林野庁長官、栃木県知事が祝辞を述べました。

敬宮さま御誕生を身近で見守った古川前東宮大夫は
「このような慶祝のための植樹が行われるのは大変結構なことです。殿下ご一家は、御用邸に来られるのを大変楽しみにしています。那須行啓のおり殿下ご一家がこの植樹地を訪れるのは間違いない。今日植えた木をしっかりお守り願いたい」
と述べられました。

宮澤塩那森林管理署長は
「植える木は現地の郷土樹種のアカマツです。マツは、松竹梅といわれるようにおめでたい木であるとともに、長寿を意味する木でもあります」
と説明しました。

敬宮さまの曾祖父である昭和天皇は那須のアカマツの美林を愛し、那須にお見えになるたびに散策されました。
昭和天皇の著書『那須の植物誌』でも触れられています。
「那須地方では、至る所にアカマツの美しい風景が見られる。特に黒磯駅から、那珂川にかけた晩翠橋を渡って左折するあたりに、日光国立公園の入り口があり、この入口から始まるアカマツの美林は、樹齢50~70年くらいの天然林で湯本に向かう街道の両側にあって、人目をひく。このアカマツ林は、国有林であったために今日までよく保存されて来た」

参加者は約1ヘクタールの「敬宮殿下御誕生記念の森」にアカマツのポット苗木500本を記念植樹しました。

親子連れの参加者は
「敬宮殿下と同じ、昨年生まれた女の子がいるので、その記念に参加した」
「このような行事に参加できてたいへん嬉しい。またこの植樹地を訪れたい」

と話した。

参加者には記念品として敬宮さまのお印であるゴヨウツツジの苗木が配られました。

「敬宮殿下誕生記念の森」造成実行委員会の顧問を務めた塩那森林管理署長宮澤俊輔氏はこのように語られています。

「国有林を預かる所長として決断を迫られた最大の課題は「どこに何を植えるか」ということであった。塩那森林管理署長は代々那須御用邸附属林の管理を宮内庁から委嘱されており、林野庁職員であると同時に、宮内庁職員(宮内庁管理部併任発令)でもある。この歴史は既に50年を超えている。「敬宮愛子内親王殿下の御誕生を記念する森とはなにか?」という命題を解くに当たり、私の中で二つの肩書きが大いに葛藤したのはいうまでもない。私は近来稀なる気合いを入れてあれこれ考えた。気分は山椒魚である。お印のゴヨウツツジの生態を調べる傍らで、管内の旧御料林の歴史をひもとき、はたまた樹木の象徴する意味(花言葉のようなもの)を気にしつつ、地図を広げては管内各地の標高と歩道をにらみさらには渋滞情報から森林窃盗情報にも耳を傾けた。苦悩すること数日、その結果導き出された結論は、「利家とまつ」ならぬ「敬宮殿下には松」である。松は長寿を象徴する木で、殿下の御誕生を記念する樹種としての意味合いは申し分なく、アカマツ林はここ那須地方で代表的な風景のひとつである。とりわけ、那須街道沿いのアカマツ林はかつての御料林であり、昭和天皇がアカマツの美林として愛された場所でもある。こうして、命題は無事に解かれることとなり関係各位のご理解も得て、5月25日、文字通り五月晴れの空の下での植樹へとつながっていったのである。この日は那須連山の峰に咲くゴヨウツツジたちもにっこりと笑っていたに違いない。高山植物を下界に植えなくて本当に良かったと思っている。植樹された苗木はその後無事活着し、現在すくすくと成長している。これからは関係者と協力して保育、管理を努めていくわけであるが、殿下の健やかな御成長を象徴するような美林へと、じっくり育てあげていきたいものである」

いい話だなー

敬宮さまは那須の人たちに愛されているのです。

仲良きことは美しきかな 皇太子ご夫妻と高円宮妃久子さま





仲良きことは美しきかな

昭和の皇室では皇族方が本当に仲が良かった

次の時代はほんわかした皇室になって欲しいものです
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@yahoo.co.jp

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