清宮さまのお言葉が素敵!「私の選んだ人を見ていただいて」



清宮貴子さまの成人に際しての記者会見で好きな男性のタイプは?と聞かれてのお言葉

「私の選んだ人を見ていただいて」

うーん、いいですねー。

記者も自然に笑顔ですよ

島津久永さんとのご結婚の際のお言葉も素敵

サラリーマンの奥さんになりますが、家計のやりくりできますか?

との質問に対して

自信はございません

と笑顔で仰る



時代も変わったという感じです。

戦中だったらこんな風に記者は話せないもん。

記者会見もあり得ないんじゃないかなー。

照宮成子さまは東久邇盛厚王と結婚されましたが、

同じ皇族といっても天皇の娘である成子さまと分家の分家である東久邇家では格が違いすぎてそれほど親交はなかった。

本当は昭和天皇のお側で研究のお手伝いをしたいと考えられてましたが、

そうもいかず結婚させられました。

戦中だったから天皇の第一子であるのに質素に行われました。

すごいことに東京大空襲の最中に防空壕でご出産されたのです。


成人された敬宮さまが質問に対して

「好きな男性のタイプですか?私の選んだ人を見てください」

とユーモアにお答えになられたらめちゃくちゃ萌えるな
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迪宮、淳宮、光宮の皇孫殿下のかわいい話

『思い出の昭和天皇』という本があります。

これは昭和天皇の身近にいた人たちにインタビューをしたものです。

第一章 東久邇信彦氏・壬生基博氏
(昭和天皇の外孫で東久邇成子さんのご子息)
第二章 池田厚子さん
(昭和天皇の第四子で岡山の池田家に嫁がれた)
第三章 秩父宮妃勢津子さま・高松宮妃喜久子さま
(昭和天皇の弟宮のお妃)
第四章 寛仁親王
(三笠宮さまの第一子で皇族辞めたいと言って昭和天皇にものすごく怒られた方)

第三章の勢津子さまと喜久子さまのお二人のインタビューした章でめっちゃかわいい話を見つけましたのでご紹介します。

以下太字の大きな文章は上記本からの引用です。

秩父宮妃
お三方さまに、三田市する方々や地方からなど、おもちゃとか、スポーツ用具とかお人形や、土地の名産など「皇孫さまに」といって献上があったようです。お人形のときのことが書いてありましたけれど、お三方まで、三つの人形をそれぞれお選びになるわけね。陛下はやっぱりそのころから兄上さまだからいつも弟さまたちに「お先に」とおっしゃるんです。

高松宮妃
なかなかできないことですわね

秩父宮妃
そういうようにお躾けられになったんですね。お子さまだし自分の欲しいものは欲しい。まず高松宮さまが真っ先に「ありがとう」とおっしゃってお取りになる。今度は、秩父宮さまがほんとうにめずらしく「お兄さまがお先に」とおっしゃるんですね。
そしたら陛下がびっくりあそばしたと同時にやっぱりお欲しいものをすぐにお取りになった。秩父宮さまは結局、欲しいものがなく、残ったものをやむを得ずお取りになった。涙を流さんばかりで。

高松宮妃
おかわいいわねえ。

秩父宮妃
ほんとうにおわかいいの。お側の拝見した人が書いているのだから、ではない。



いやー、かわいいですね。

昭和天皇の御称号が迪宮
秩父宮さまの御称号が淳宮
高松宮さまの御称号が光宮

昭和天皇と秩父宮さまって1歳差だからどっちがお兄ちゃんかおちびちゃんの頃は分かりにくいです。
(ほとんど身長が一緒)
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(ウィキペディアの大正天皇の記事より)

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(貞明皇后が撮影した四人の親王さまの写真)

さらにこんなエピソードもあります。

秩父宮妃
お三方がご一緒に、当時の青山の皇子御殿でお育ちになって、そしてその後皇太子さまだけが、高輪の御所、つまり東宮御所にお移りになって、特別なご教育をお受けになることになったわけ。

高松宮妃
つまり東宮御学問所ね。

秩父宮妃
そう御学問所。それでお三人さまはお別れするときがきて・・・・・・。お別れのお悲しみはたいへんでした。秩父宮さまと高松宮さまが、そのとき冬だったもので、「明日は、雪になれ雪になれ、大雪になれ、大雨になれ」って祈ってらしたんですって。そしたら、ほんとに大雪で東宮さまが高輪へお移りするのがご延期になり、バンザイ、バンザイでみなさんお喜びだったと、それも書いてありますよ。ところがそう長くは降ってないでしょうから、その翌日は晴れて、いよいよお別れで、あとのお二方さまも別々のところの御用邸にいらっしゃることになりました。陛下は沼津、高松宮さまは小田原、うちの宮さまは葉山と、別々に違うところへおいでになったとあります。ほんとうにお気の毒でしたのね。


スッゲーかわいいんですけど!

ご兄弟は大きくなるとその立ち位置から戦争に関する考えは一致しない時もありました。

それでも仲はよかったのです。

兄宮は弟と思い、弟宮は兄宮の役に立とうとした。

昭和天皇は体の弱い弟を一方的に虐める兄ではなかったし

弟宮さまたちもたとえ兄弟であっても身分が違うということをわかっていた。

三笠宮さまは二人の兄上に「兄貴よりもうちのほうが偉い。なぜなら男の子がいるから。そっちの予算をこっちに回せ。金寄越せー!」なんて仰らなかった。

昭和天皇の息子が大正天皇みたいに子煩悩で気取ったところがない優しい人だったらこんなヘーセーにならなかったでしょうね。

3月6日 今日は桃の国母さまが生まれた日

ハッピーバースデー!良子さま

62歳の良子さま






良子さまのお話

終戦後、昭和天皇は「国民を励ましたい」と日本中を駆け回った。

10日ぐらい風呂に入れなくてもよいと仰って汽車の中に泊まることもあった。

昭和天皇の横には良子さまはいらっしゃらなかった。

何とか空襲で燃えずに残った古着や毛糸を搔き集めて女官さんも内親王様方も総動員で大陸からの引揚者のために布団や上着を作られていた。

そして完成したものを侍従さんにこう仰って渡された。

「絶対に私たちが作ったものと言わないで渡してください」

一度「皇后さまがお作りになられたものです」と言って渡したら

「家宝にします」「神棚に飾ります」と言って着てもらえなかったことがあった。

だから良子さまは「絶対に皇后が作ったものと言わないように」と仰ったのです。
(参考文献 『劇画 皇后陛下』河原敏明監修 篠崎佳久子画 サンマーク出版 昭和63年9月発行)

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ちなみにこの過去記事をぜひ読んでほしいです。
これが本当の慈愛です。良子さまのアピールしない国民への愛

そしてもうひとつのエピソード

九重さまコメント
今日3月6日は、リアルお雛様の良子様のお誕生日なので、良子様のいいお話を一つ紹介します。

日本が戦争に負けそうになった昭和20年、昭和天皇についている侍従武官は、「このごろ奥からのおすべりが多い、きっと食料が増えたのだ」と言って、喜んだ。
ところが、それは食料が増えたのではなくて、お傍の者たちが食料不足で困っているのをみかねた皇后さまの思し召しで、ご自分たちの分を削って、おすべりになさったものだった。
その結果、ただでさえ乏しいご一家のお食事はさらに貧しいものになった。(児島襄「天皇」より)

リアルお雛様は、心も最高のお方でした。

良子さまのお心は、雅子様に引き継がれています。


ヘカテー及び列外派にお集まりの読者の方々は「良子さまは意地悪な姑で美智子さまを平民だからと虐めていた」という汚名を雪ぐ日が早く来てほしいと祈っています。

桃のお后さまをズタボロにしたのは誰か私たちは知っている。


宮内庁長官「カゼが流行ってるからお休みしただけだし、宮さまだけが多いわけじゃない。成長すれば体力もつくから心配いらない」

キンジョーヘーカと言えば

「愛子は風邪ひいてばっかり!会う機会がないから打ち解けない!」

と記者会見で敬宮さまと皇太子ご夫妻を批判した鬼ジジイです。

(天皇陛下お誕生日に際しての記者会見にて(平成18年))

幼稚園に入ってから風邪をひくようになった。

幼稚園なんてウィルスがうようよしてるんだから風邪ひきやすくなるのは当然じゃんと皆様も思ったでしょう。

ヘカテーは『週刊女性自身 昭和40年11月8日号』をヤフオクで落札しました。

こんな記事がありました。

「浩宮さまにたくましさを 宮内庁覆面記者記」

浩宮さまって幼稚園に入ってから休みがしばしばすぎるんじゃないの?と指摘してます。

それを記者会見で質問された当時の宮内庁長官宇佐美氏の答え

「カゼでのお休みが多いと聞いて調べたが、ほかの園児もずいぶんお休みんが多いらしい。今年はやっているんでしょう。ただ弱いのより丈夫なほうがいいにきまっているし、だんだん育っていかれるうちに、体力もついてくるでしょう」
(原文ママ)

また東宮大夫の鈴木氏も

「両殿下もこのことには丈夫に育てようと心がけておられるようです。御所のなかではお元気だし、みなさんが心配するほどお弱くはないのですが―」

と言ってます。

はい皆様ご注目

自分の息子も幼稚園の頃、風邪ひいて休んでたんじゃん!

というかあれなんだわ。

継宮明仁親王が休まず一週間ちゃんと学校へ行けるようになったのは初等科4年ぐらいからなのよ。

そのぐらいひ弱だったし、周りも「やっと生まれた東宮さまだから」と甘やかしまくった。

そんなチビの頃ひ弱で、親になってからは子どもが休むことが多いんじゃない?と言われても宮内庁長官から庇ってもらった人が

自分の直系の孫娘を記者会見で批判したんだからひどい話だぜ。

21世紀の時代だからワールドワイドにこの発言は広まった。

世界中の人から

「え、何このエンペラー。孫息子は絶賛してるのに、クラウンプリンスナルヒトとクラウンプリンセスマサコの子供のプリンセスアイコを批判してる。男女差別じゃない?」

と思われてるわよ!

ヘーセーだったらありえない写真

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良子さまがピアノを演奏されてるのですが、

後ろ向きで良子さまのお顔が見えないのです。

ヘーセーはこうだぜ↓


あとこれな
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良子さまは楽器を演奏されることが本当にお好きなんですよ。

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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