今年一番の皇室のニュースを決めましょう!

今年の皇室関連のニュースで言ったらやっぱり

雅子さまが園遊会へ帰ってきたことかな?

あの時は「エイドリアーン!!!」と叫びました。

あれはうれしかったなー。

「雅子さまが、雅子さまが帰ってきた!神様ありがとう!生きててよかったー!!!」

と思いました。

あとはトンガの戴冠式?

何しろ主賓でしたからね。

あの即位式での席順にはヘカテーも驚きました。

ありがトンガ!ってものですよ。

あとは被災地ご訪問かな?

というわけで皆さまの昭和90年のトップニュースを教えてください。

スポンサーサイト

ありがたみのない内親王こそ理想なのだ!と美智子さま

なんか週刊誌の記事に↑のようなことが書いてあったそうです。

敬宮さまが勉強もスポーツも頑張っていることを美智子さまが

「個人主義だ!よくない!小和田の血のせいだ!理想は紀宮よ!」

と騒いだそうな。

「勉強がんばっちゃいけません!スポーツもがんばっちゃいけません!」

わけわかんないんですけど

小和田家の方々は今まで列外派でも記事にした通りご親戚一同超優秀です。

でもそれは努力されたからです。

「勉強がんばっちゃダメ!スポーツもがんばっちゃダメ!」

つまり紀宮が理想ってことは紀宮は何も努力してこなかったってことになります。

嫌だなーそんな皇族。

まぁ、本当にひどかったからね。

三笠宮さまの容子さまのお顔を拝見した時はびっくりしましたが、

(失礼ですが本当にびっくりした)

嫁ぎ先があの裏千家の宗家で、今は家元夫人として裏千家を支えています。

そもそもパリのソルボンヌ大学に留学した時に、現地の男の子にモテモテでお母上の百合子さまが日本に連れ戻したという話もあります。

ちなみにその後、日本に追いかけてきた男の子もいます。

語学が堪能で(フランス語の講師もされています)、性格的に魅力的だからモテモテだったのです。

顔じゃないんだなー。

20151210180119.jpg
↑の写真のドレスはシワシワで収納がまるでなってない

41f9034b247ce285307f318643117857_20151231193435d2b.png
↑髪がぐちゃぐちゃ。隣のママが新品のお洋服だからその差は歴然

l_2aadefa092a7b7d1ab8d07bc8dacfe9492c33f33_20150818203201918_201512311939032f2.jpg
↑一生に一度の着袴の儀でも髪の毛がボサボサ

大事にされなかった内親王を真似ろとかありえない!

紀宮も「ふざけんな!こんな服着れるか!」と反抗心を持つしっかりしたお姫様だったら良かったのですが、

帽子婆以上に美智子教信者になっちゃったから結局なーんにもできない魅力がないお姫様になりました。

敬宮さまに名家でもないただの地方公務員と結婚しろとでも言いだすんじゃないかとヒヤヒヤしてます。

昭和90年も終わる今日、常磐会会報に寄せられた良子様の記事をご紹介します!

昨日で仕事が終わりました。

お疲レーシックな一年が終わりましたが、

明日は仕事です。

今日は日帰りで家族と箱根まで行って温泉と食事を楽しみました。

昭和90年も今日で終わりますね。

そしてサウザー30周年祭も今日で終わりです。

さて、キー子さまが常磐会の会報へ寄せた記事で今年を終えたくないので、

常磐会会員の読者の方からメールを戴きました。

今年もあと残り少ないので、もう少し素敵な内容を文集からご紹介したいです。
15年前の号で、常磐会会員が香淳皇后陛下の崩御の悲しみの中、思い出を綴ったものの一部です。

特に注目していただきたいのが抜き出し部分です。
十代であられた香淳皇后陛下が、お優しくさらにユーモアのセンスがあり、大変勉強熱心で、
「お勉強のあそばし方が違い、すべての学科がよくおできになった」こと。
その内容は、多方面にわたり、軍事学や美術史なども学ばれていたこと。
絵や和歌に優れ、さらに運動神経が抜群で、その一方で生き物を愛されてお世話されていたこと、
がわかります。
その他の文の部分でも、お気遣いの優しさが伝わります。

このような「在り方」は、現代の雅子妃殿下、そして敬宮愛子さまに、
受け継がれていて大変嬉しいことですよね。

「紀子様ファン」という方から、皇族はどうあるべきか?というお話が出ていました。
さらに、週間文春には「勉強ばかりに打ち込むと、自分中心主義になるので
もっと『お手フリ』などをして、受け身の女性になるように」という、
美智子皇后陛下からの、敬宮愛子さまへの「不可解」なアドバイスが載っていました。

文春によると、それは「天皇家と小和田家」のぶつかり合いであって、
歴史ある天皇家の家風に馴染まない小和田家は、いかがなものか?というものでした。

しかし、本来の「天皇家」の家風は、この香淳皇后陛下のお若い時のお姿が現しているのではないでしょうか?
この「お学門所」の開設は、当時の宮内庁が行っていたのです。
このような「歴史ある天皇家の家風」をないがしろになさったのは、どなたでありましょうか?

それはともかく、香淳皇后陛下の暖かな笑顔と、その中に秘められた芯の強さと知性に、
しみじみと浸っていただければ幸いです。


メールありがとうございます。

絵や和歌は特におすぐれになっていらっしゃいます。

声楽もお声のおきれいなこと、いまだに耳に残っております。

運動神経もすばらしいものをおもちになっていらっしゃいました。

こういうお忙しい中で伝書鳩をお飼いになったり、小さい畑にいろいろなものをお植えになって、よくお世話あそばしました。

小学科時代からユーモアのセンスがおありになって、楽しいふんい気をおつくりになるお方でございました。

また機転がきかれることには関心いたしております。


あれ、このフレーズどこかで聞いたことが・・・

あ!ひ孫にあたる敬宮さまにそっくり!

お顔や指の形だけではなく性格までそっくりだったんですね!

良子さまと敬宮さまは残念ながらお会いしたことはありません。

ヘカテーは良子さまの生まれ変わりが敬宮さまだと思っています。

440px-princess_nagako_3.jpg

104418323.jpg


92936119.jpg

それにしても戦前の生まれということもあってこの良子様との思い出を寄せられた常磐会の会員の方って文章がお上手ですね。

今の常磐会の会員の方も「我が家は代々学習院」という方が多いからこのくらいの文章が書けるでしょう。

こんなにレベルの高い人たちが読む会報にアホな文章を載せるって秋篠さんちはスゲー神経してんな!

ほら、これがキー子さまが常磐会会報に寄せた歌だよ!

秋篠信者と思わしき人がうるさかったので、

年末でお忙しい中恐縮でしたが、

常磐会会報を教えていただいた常磐会会員の方へ今一度メールを送付しました。

すると返信が届きました。

もう、本当に本当に本当に申し訳ありません。そして本当にありがとうございます!

はい、これがキー子さまの歌だよ!

キー子書

メールをご紹介します。

常磐会は律儀なので、筆頭宮家から文集に掲載しています。
なので、今は紀子妃殿下が一番最初です。

なお、この「文集の最初が皇族会員のページ」というのは、この数巻での話です。
それ以前も昭和天皇を偲ぶ歌だったり、香淳皇后のお写真だったりと、
皇族にちなんだものが最初に来ていた場合が多いです。

そして、今回の紀子妃殿下の歌と書につきまして、
前回の号の時より、歌としてご工夫があるように思うのですが・・・。
今ひとつ、違和感がございました。

というのは、学習院女子部は校章も「八重桜」で、学校にも八重桜が沢山植わっていて、
普通の桜のシーズンの後に満開になります。
しかし、ソメイヨシノのように、ひらひらと花びらが舞う風景の記憶が、あまりございません。
桜の花弁がびっしり敷き詰められた学内の道の記憶はあるのですが。
かなり重たげな桜でした。

よく考えたら、八重桜は「花弁の房」ごと散るのです。豪快と言えるかもしれません。
少しは、房から離れる花びらもあるかもしれませんが。
紀子妃殿下は、八重桜の花の房が舞って光っている、突風の姿を記憶されているのでしょう。


securedownload_20151228212515930.jpg

f80f27c8d0b7e0071346ce80b9278ce2.png

はい、これでOK?

ちなみにこんな声もアルデヨ!

子桜 さまコメント

紀子様の御手によるお習字を拝見したことのある書道の嗜みのある方は、
「あれは、お手本の上からなぞった字。
一見きれいに見えるけれど、自分の字ではないから魂がない(筆に勢いがない)。
それは見る人が見れば判る」
と、おっしゃっていました。
それから、校章に桜を用い、同窓会を桜友会と呼び、女子部は八重桜祭をしている学習院の卒業生でありながら、桜が「散る」情景を謳ったものを「ふかみどり」に提出するとは、あいかわらず一般常識も国語力も乏しい方だと、皆さん失笑されてましてよ。



これぞ、宮妃というもの!キー子さま見習いなさい!

常磐会会員の方からまたメールを戴きました。

>実際の色紙に筆で御歌を描く自信のない若い世代は、
>色紙風の紙に歌が印刷されることがあるのだなと判りました。

と、この前書かせていただいたのは、妃殿下方は素晴らしい書で、この文集ならではの御歌をお書きになるからなのです。
麗しいものなので、こちらもご紹介できたらと思いお送りします。

筆頭宮家のご姉妹の「印刷による一年一首」は、この華子様、百合子様の前のページに載っています。
常磐会は律儀ですから皇族の御順序を守られているのですが、その落差感は相当な物です。

ただ溜息でございます。

「(マスコミへの)見た目だけ取り繕えば良い」という心持ちは卑しさに繋がり、
本来の皇室の在り方には、馴染みませんね。


f3a6899dbbd086a45452177d4cf889c2.png

95a2dd3e6fa5ff1fb5f0b74ac1918381.png

ありがとうございます。

やっぱりこういう作品を拝見すると

「皇族ってやっぱり我々とは違う」

と思いますね。

>筆頭宮家のご姉妹の「印刷による一年一首」は、この華子様、百合子様の前のページに載っています。
>常磐会は律儀ですから皇族の御順序を守られているのですが、その落差感は相当な物です。


恥ずかしい

皇族として、何より大人として恥ずかしいと思わないのかしら。

筆頭宮家でなによりも坊やがいるから他の宮家の分を分捕ってるのにこのザマです。

秋篠さんちはカメラがある処では「皇族ヅラ」してますが、

こういう舞台裏ともいうべきところでは、

「カメラが入らないなら頑張る必要ナーシ!」

と手を抜いてます。

カメラが入ると大人の力を使ってまで信号機や不自然にまでよくできている作品を展示させます。

この間テレビで見たんですけど、

今の都内の小学生って三つくらいお稽古事に通っています。

公立で三つですから、私立ならもっと通っているでしょう。

(例を挙げればスイミング、ピアノ、公文式のトリプル)

秋篠さんちってお稽古事は何もしていません。

外国のロイヤルと親しく付き合うなんて筆頭宮家には絶対できないことですね。

雅子さまがあまりにもかわいそうで涙が出る

お噂スレに出ていたお話し
(過去スレから)

天皇家の財布」の森暢平氏が記事を書いているのですが、
興味深い記述がありました。

「雅子さまの苦悩は、(外国訪問ができなかった事、育休、公園デビューが果たせなかった事などの)ほかにも皇室での人間関係があった。

宮中晩餐会後のお茶の席を、皇室記者たちは、会場の上部にある隠し窓から覗くように取材する。印象にあるのは、紀宮さまと紀子さまは、お客様への対応が一段落すると、決まったように仲良くおしゃべりしていたことだ。

けれども、いつのころからか、雅子さまがその輪にはいるのを見なくなった。

また、美智子さま、紀宮さま、紀子さまの3人はたまに御所に集まり、楽しくお菓子作りをしていたという。しかし、雅子さまが呼ばれることはなかった。(中略)

雅子さまとの間には明らかな壁があった。
雅子さまは、他の女性皇族と打ち解けられない寂しさに孤独感をいっそう深めていったに違いない。
愛子さまの子育て方針をめぐっても、雅子さまは、美智子さまに違和感を持っていた。

美智子さまが、愛子さまを抱く回数も多くはなく、雅子さまは「皇后さまは私たちのことをどうお考えなのだろう」と悩んだという。(中略)

雅子さまの病気について(中略)同誌(「文藝春秋」2004年7月号)によれば、天皇、皇后のお住まいである皇居に行くたびに症状が悪くなる傾向があるという。 病気の背景には、 宮内庁の対応だけでなく、皇室内の人間関係があることの証左のように見える」(p34)

ほかにも、皇太子さまが愛子ちゃん誕生直後に雅子様に1年の育休を要望し、 「育児休業は、働く女性の社会進出にも必要だし、時代の流れだから」と理由をおっしゃった とも書いてありました(p34)。

天皇皇后&千代田&鯰夫婦は、雅子さまお一人だけではなく、日本の女性たちを傷つけたのだと思います。絶対に許せません。

森氏も文章を「雅子さまの立派なキャリアが生かされないとしたら、皇太子ご夫妻だけでなく、 皇室全体にとっても国民にとっても不幸なことだ。皇太子ご夫妻の公務をどのような方向に持って いけばいいのだろう――これは、宮内庁だけでなく、国民全体で考えねばならない宿題である」と結んでいます(p34)。


雅子さまが本当にかわいそう

かわいそうという言葉はふさわしくないと思うかもしれませんが、この表現が一番当てはまるような気がします。

いじめじゃん。

本当にやってることが幼稚。

スーパーの女性パート従業員間のいじめ?

皇室ってそんなレベルが低いものなの?

これでよくネット右翼は「皇室は世界一偉いのでーす」と威張れるな!

世界中から

「ジャパンのロイヤル?ああ、世界が嫉妬するくらい素晴らしい頭脳と知性と美貌を備えたプリンセスを虐めて喜んでいるエンペラーとエンプレスがトップだってね」

とバカにされてますよ!



ただ、森さんは雅子さまは他の皇族とうまくいってないと書かれていますが、

平成5人組(当時。今は平成四人組)は根性と性格が悪いのでまともな人間はみんな合いません。

平成5人組以外の皇族方と雅子さまは良好関係です。

お育ちの悪いヘカテーが雅子さまなら

「すいませーん!どなたかタバコ一本譲ってもらえませんか?このアマの眉間に根性焼きをくれてやってその根性正してやる」

とブチ切れます。

良子さまも昭和天皇もよく我慢できた。

いや、我慢しちゃいけなかったのかもしれない。

雅子さまと違って良子さまと昭和天皇の方がA&Mコンビよりも位は上です。

昭和天皇は現人神だったお方です。

バカもここまで突き詰めた場合、一度偉い人に吐くまで怒られなきゃ理解できません。


こういう写真を見ると雅子さまが「両陛下は私たちのことをどうお思いなんだろう」と悩むことも無理はありません。

e0c2987cc470bd4a3a75d23f2dbf5b23.png

宮家の内親王、いわば外孫であっても両陛下の真ん中にいた眞子丼佳子ちん

こういう風景をご結婚されてからご覧になったのですから、

「私の子どももかわいがってくださる」

と信じていたでしょう。

ところがどっこい!

慈愛のコーゴーさまは敬宮さまを抱っこした写真が1枚もありません。

写真も両陛下の間にいらっしゃったことは一度もありません。

いっつも端っこ。

そして坊やが誕生したらまだ小さかったのに後ろの列に並ばされた。

(それどころか海岸で汚い海藻を敬宮さまに持たせようとしたばあさんです。

赤ちゃんはなんでも口に入れるから危険です。

しかし宮様は赤ちゃんの頃から賢かったので、ポイっと受け取らずに捨てました。

そしたらムキになってまた海藻を持たせようとしてきた)

あーあ、本当にヤダ。

レベルの低いへーせー劇場はいつまで続くんだろう

読者の方からのコメント「ヘカテー、2万は多い方だよ。ひどいときは1万切ってた」

クリスマスが終わりましたね。

昨日は仕事で、今日は歯医者に行ってから家の大掃除だったヘカテーです。

いよいよ年末ですな!

箱根駅伝が待ってます。

昨年は紅白に中島みゆきが出て(ヘカテー一人で)盛り上がってましたが、

今年の紅白はイマイチ盛り上がりません。




さて12月23日のブログで、

天皇誕生日を祝いにわざわざ皇居に行った人の数が2万7000人だったことを

「すくねーな。」

とヘカテーが言ったところ

読者の方から

「ヘカテー、ヘカテー。今年は多い方だよ。ひどいときは1万切ってた」

と教えていただきました。

梅花藻さまコメント

2万7000人は少ない、ですが、平成になってからはずっと少なくて2万人以下だったのです。
新緑の候・連休の初日、の昭和とは違い、うすら寒い年の瀬の慌しい時期なので参賀の人数が少ないのは当然でしょうし、時代も違いますから一概に比較はできませんが、それにしても安定の低空飛行、1万人を切った年もありました。

宮内庁のHPに天皇誕生日の一般参賀の人数が掲載されています。
http://www.kunaicho.go.jp/about/gokomu/kyuchu/sanga/sanga02.html

自然発生的に人が集まるのならば天気などにも左右されるはずで、毎年の数字はもっとばらけてもいいはず。サスペンスドラマの見すぎでしょうか、特にここ数年、「数字があまりに揃いすぎている、おかしい」(動員してるだろう) と思うのは考えすぎでしょうか?

午前3回の参賀、午後は記帳のみで、数字は午前と午後の記帳を合わせての数字です。昭和の時代は参賀の数字と記帳の数字が記載されていることが多かったですが、平成は合計の数字しか公表しませんね。記帳も含めての数字ということは知らない人もいるかも知れません。


1989(平成元) (行われず)
1990(平成 2) (行われず)
1991(平成 3) 17,420
1992(平成 4) 13,550(参賀9,400 記帳2,700-朝日新聞より)
1993(平成 5) 20,140
1994(平成 6) 18,220(参賀14,000 記帳4,200-朝日新聞より)
1995(平成 7) 13,350
1996(平成 8) (取り止め:ペルー人質事件のため)
1997(平成 9) 9,280
1998(平成10) 14,800
1999(平成11) 17,567
2000(平成12) 14,890
2001(平成13) 16,760
2002(平成14) 19,079
2003(平成15) 18,848
2004(平成16) 17,681
2005(平成17) 17,558
2006(平成18) 20,152
2007(平成19) 15,602
2008(平成20) 22,655
2009(平成21) 30,560  (即位20年)
2010(平成22) 26,298
2011(平成23) 24,789
2012(平成24) 28,065
2013(平成25) 28,945
2014(平成26) 28,933
2015(平成27) 26,627


新聞の記事を拾って集めた昭和の参賀状況はつぎのとおりです。

★大群衆が皇居につめかけ、陛下お1人がバルコニーに出てこたえられる(2回, 1952から4回,1955は6回, 1956は行事の合間に7-8回)
・記帳所には机120台、帳面100余冊が置かれ1割が記帳(1948年)
・15台の机に8冊ずつ記帳簿が置かれたが3分の2は署名できなかった(1951年)

1948(昭和23) 350,000
1949(昭和24) 140,000
1950(昭和25) 100,000
1951(昭和26) 50,000 雨
1952(昭和27)(喪中のため参賀はなし)
1953(昭和28) 97,000
1954(昭和29) 82,000
1955(昭和30) 60,000
1956(昭和31) 80,000

★皇居広庭の特設お立ち台にご一家が立たれる(午前3回 午後4回)
1957(昭和32) 90,000
1958(昭和33) 80,000
1959(昭和34) 120,000
1960(昭和35) 62,600
1961(昭和36) 70,000
1962(昭和37) 89,000
1963(昭和38) 122,000

★新宮殿造営のため記帳のみ
1964(昭和39) 13,600(記帳のみ)
1965(昭和40) 5,000(記帳のみ)雨
1966(昭和41) 20,000(記帳のみ)
1967(昭和42) 12,300(記帳のみ)雨
1968(昭和43) 昼過ぎまでに20,000(記帳のみ)雨

★新宮殿完成(午前4回お出まし)
1969(昭和44) 37,000
1970(昭和45) 36,000(参賀24,000 記帳12,000)
1971(昭和46) 17,000 雨
1972(昭和47) 56,090(参賀36,200 記帳18,890)
1973(昭和48) 42,000(参賀24,000 記帳18,000)
1974(昭和49) 56,000
1975(昭和50) 63,410
1976(昭和51) 74,500(記帳23,000) (在位50年)
1977(昭和52) 43,000
1978(昭和53) 39,120(参賀28,400)
1979(昭和54) 43,800(参賀28,500 記帳15,300)
1980(昭和55) 70,400(参賀48,100 記帳22,300) (浩宮成人)
1981(昭和56) 75,420 (この年よりマイクでお言葉)
1982(昭和57) 61,470
1983(昭和58) 75,160
1984(昭和59) 76,000
1985(昭和60) 82,200
1986(昭和61) 81,030
1987(昭和62) 55,800
1988(昭和63) 41,000(参賀35,000 記帳6,000) 雨

参賀の人数の違いもさることながら、昭和の一般参賀は天皇陛下のお誕生日だった。いや、それは当たり前なのですが、天皇陛下が主役。手を振るのは天皇陛下だけで、皇后陛下および皇太子と常陸宮ご夫妻は天皇の傍らで控えておられたのです。後年、皇后陛下もお手振りをされましたが、手をあげるのは肩の線ぐらいまでで控えめでした。(証拠写真がネットですぐに見つかりませんが。)

平成は天皇と皇后が平等。そこが大きく違いますかね。アキンド脳の女優には控えるなんて発想はないらしく、毎年ひらっひらの洋服を新調して、堂々と対等に手を振っておられます。安定の不人気ですけど。


http://mainichi.jp/graph/2013/12/23/20131223k0000e040160000c/002.html

コメントありがとうございます。

ちょっと注目

1991(平成 3) 17,420
1992(平成 4) 13,550(参賀9,400 記帳2,700-朝日新聞より)
1993(平成 5) 20,140

↑平成5年で一気に7000人増えたのは雅子さま効果ですね。

1997(平成 9) 9,280

すくねぇ!

何があったんだ!

まあ、日も悪いよね。

昭和天皇の時は

「天皇陛下の誕生日を祝った後に初夏で天候もいいからちょっと東京観光してから帰ろう」

ということもできました。

ゴールデンウィークだから会社も学校も休みです。


しっかーし、平成は師走のしかも23日という超忙しい時の誕生日でしょ。

よほどガッツと時間的余裕がある人じゃないと皇居に行こうとはなりません。

大船のルミネの改札口に近い入口の特設会場では12月23日にすでにクリスマスケーキの販売をしているのを見て

「天皇の誕生日よりもクリスマス。これが平成のジャパニーズ」

と国民の本音を見てしまいました。

新年の一般参賀なら常陸宮ご夫妻、三笠宮ご夫妻、トモさんち、高円宮家というこれぞ皇族!という方々が集まります。

でもさー、天皇誕生日だとリョーヘーカ、皇太子ご夫妻、秋篠さんちだけでしょ?

行かねーよ。

めちゃくちゃ忙しいのに皇太子ご夫妻以外しょぼいメンツじゃ


また昭和を知らないヘカテーにとって注目すべき点は

>参賀の人数の違いもさることながら、昭和の一般参賀は天皇陛下のお誕生日だった。いや、それは当たり前なのですが、天皇陛下が主役。手を振るのは天皇陛下だけで、皇后陛下および皇太子と常陸宮ご夫妻は天皇の傍らで控えておられたのです。後年、皇后陛下もお手振りをされましたが、手をあげるのは肩の線ぐらいまでで控えめでした。

探してみましたらありましたよ!

しかも映像で!



2c07b41bef673be0be54838a6915e23b.png


本当だ

手を大きく振っているのは昭和天皇だけで、あとは良子さまが控えめに振ってるだけですね。

皇太子である明仁さんも振ってません。

本日の皇太子ご一家だよ!全員集合!

天皇の誕生日なんてぶっちゃけどうでもいいことですが、

雅子さまの衣装を見たい!

本日の雅子さまのお姿

6edd05b76796e8b80a22c1cdb169ed60.png


6401a293a306213958d0c41483395369.png

8a744cf72fc71219f5bc17f090f75589.png

2561d8bb9e473217f35797df44dc6961.png



この衣装を見てヘカテーはすぐ気づきました。

この衣装見たことある・・・

で、調べたら1999年の天皇誕生日にお召のものでした。

51344999.jpg

1999年・・・

雅子さま、まだ敬宮さまをご出産されてないんですけど・・・

50代でご出産前の衣装がまだ着られるってすごいことだと思います。

皇太子妃が新しい衣装を作らず、80のおばあちゃんがバカバッカバカバッカ作るっておかしくない?

さて、本日の敬宮さまのお姿もニュース映像に流れていました。

01369bd0fb990ee73243cfce472e1c7f.png

d7452dc725333d2e1d245a4da6d4ba8c.png

皇太子ご一家が半蔵門を通る際に車の窓を開けて手を振られるのは待っている人たちがいるからです。

秋篠さんちは宮家の分際で半蔵門を使ってますが、誰も待ってないので車の窓を開けないし、手も降りません。

え、2万7000人しか集まらなかったの?

今年も天皇誕生日だった12月23日をいかがお過ごしでしょうか?

ヘカテーは本日もお仕事でした。

今日の首都圏は雨でした。

で、本日の一般参賀に注目です。

天皇陛下の誕生日を祝いに集まった人数が2万7000人

ヘカテーはこの人数を見て「すくねー」と思いました。

「ヘカテー、ヘカテー 今日は雨が降ってたから仕方ないよ」

という優しい人もいらっしゃると思いますが、こんな時でも行くのが筋ってもんでしょう。

ネット右翼は何してるんでしょうね。

こいつら本当に役に立たないな!

ヘカテーは皇太子ご夫妻を一目見たいと思いますが、

平成の世の一般参賀に行くと「天皇陛下を祝いに来た人」にカウントされるのが嫌なので皇居に行けません。





じゃあ、昭和はどうだったの?と思い調べました。

1980年04月29日の天皇誕生日

天皇誕生日の4月29日、皇居で昭和天皇の満79歳の誕生日をお祝いする一般参賀が行われ、7万400人が入門した。午前中は4万8100人が二重橋を渡って、宮殿東庭に入った。天皇は午前中4回、ご一家とともに長和殿のベランダから参賀にこたえられた。成年になられた浩宮さまが初めて参加され、天皇、皇后両陛下の右隣りに皇太子ご夫妻(平成天皇ご夫妻)と浩宮さま、左隣りに常陸宮ご夫妻が並ばれた。午後は宮内庁前広場で記帳参賀が行われ、1万2300人が坂下門から入門し、記帳した。

読売新聞4月30日朝刊

はい!ご注目!

昭和は7万400人でした!

いやー、記帳にもびっくりですよ。

今日の記帳ってこんなだもん。

d912d614fcc83f39b47dd6c32de4ff12.png

すくねぇ!

昭和天皇の記帳の姿が凄かったからその違いにびっくりだよ!

syowa013.jpg

「ヘカテー、ヘカテー、それ昭和天皇のお見舞いの記帳だから一緒にしちゃダメだよ」

と言う声もありそうですが、

皇室の記帳=↑の写真みたいな状態をイメージするので今日の記帳風景に驚きました。

常磐会会報からわかる宮家の女性皇族の知性の差

常磐会会員の読者の方からメールを戴きました。

学習院の女子中等科高等科の同窓会「常磐会」では、5年に一度、会員が投稿する文集を発行しています。
この冬、新しい号が送られてきました。

文集では、ご年配の先輩方から順に、思い出や今の生活、研究していることなどについての文が掲載されています。
その前のカラーページに、皇族の常磐会会員の方の御歌や近況報告が載ります。
現在の一番のご先輩は百合子妃殿下ですが、ここでは筆頭宮家から常陸宮家、三笠宮家、高円宮家の順になっています。
何年か先、一番先頭のページが敬宮愛子内親王殿下になります。どんな御歌やご報告が載るかと大変に楽しみです。

今回の号の、内親王殿下、女王殿下のページをお送りします。
実際の色紙に筆で御歌を描く自信のない若い世代は、色紙風の紙に歌が印刷されることがあるのだなと判りました。

読んでいて、あらまっと気がついたのは、このご姉妹が「お歌会始」の歌をそのまま常磐会に送られたことです。
八十代の常磐会会員さま達が、色々に工夫して文を書かれている文集に、あまりにご乱暴なと感じられましたが、
あるいは、いくら頑張られても一年に一首しか歌を詠めないのかもしれないと思い直しました。
だからこそ、ご一家上げて「本読み」をスローガンにして努力されてるのかもしれませんよね。

不可解な気持ちは、その後の女王殿下方の詳しい近況報告を読み、爽やかに気分転換をすることにいたしましょう。



ありがとうございます。

秋篠さんちのねーちゃんズ→歌会始の歌を掲載させる

三笠宮家&高円宮家の女王殿下方→近況報告


「常磐会の会報なんて限られた人たちしかみないから適当でいいや~」

なんていう考えがよく伝わってきますね。

はい、皆さまご注目!

筆頭宮家とは宮家の代表です。

そしてねーちゃんズは内親王で、三笠宮高円宮の(未婚の)女性皇族は女王です。

securedownload_201512222238497c3.jpg

securedownload_20151222224014736.jpg

securedownload_201512222241285c9.jpg
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR