何やってるんだろう?

お噂スレで話題になった動画



この動画の35分からの流れにご注目

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本日の雅子さまは白いコートをお召です



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白いコートがよくお似合いです。

ミテコさまがヘンなデザインの所謂「ローマ法王真似コート」なのでより美しく見えます。

承子さまも白のコートのように見えます。

もっと三笠宮家と高円宮家の女性皇族の姿を映してほしいですね。

フィリピンと東京の温度差は30度近くあります。

風邪引いても不思議ではありません。

体調崩しても、「年齢を考えずに我儘を言った自分が悪いんでしょ」としか言えません。

常陸宮ご夫妻がいらっしゃらないのは

明日からフランスのベルサイユ宮殿での授賞式にご出席されるからでしょう。

絶対美智子さまは面白くないでしょうね。

自分はフィリピン押しかけ旅行

常陸宮ご夫妻はベルサイユ宮殿での授賞式ご出席

ベルサイユ宮殿なんて美智子さま大好きでしょう。

敬宮愛子内親王殿下御用達バッグ


敬宮さまの心温まる物語として日本中に紹介されたアイメイト後援会のサポートバッグ

アイメイト後援会ではALL学習院の集いで毎年サポートグッズ販売のブースを出店されています。

敬宮さまが中等科1年生の時にお買い求めになられたバッグです。

愛用の赤いお財布に入っていた小銭を募金されると、サポートグッズの販売コーナーへ。グッズの売上げは協会に寄付されるという。

愛子さまは、まずボトルを手に取られ、次にトートバッグをご覧になったのだが・・・、

「ボトルは800円、バッグは1千900円でしたが、愛子さまのお財布の中には2千円。財布とグッズを見比べながら、少し困ったように考え込まれていました。どうやら小銭を募金してしまったこともあり、お小遣いが足りなくなってしまわれたようです」(前出・学習院関係者)

(中略)

この日お持ちだったのは愛子さまが中学生になられての“初“お小遣いだったのだ。

ご夫妻は少し離れたところから様子をご覧になっていたが、愛子さまが困惑されているのに気付かれたようで、「皇太子さまが、足りない分を補てんされていました」(前出・学習院関係者)
 キャンパス内にはさまざまな模擬店も並んでいたが、愛子さまは、盲導犬のためにお小遣いを全額はたかれたのだったー。

 (『女性自身』5月6日号より)


詳細は「EYEMATE support goods SIDE STORY」というアイメイト後援会のブログをご覧ください。

EYEMATE support goods SIDE STORY

これをお読みになった方は

「どんなバッグだろう。見てみたいなー」と思うでしょう。


この女性自身の記事を読んだヘカテーも

「欲しいー!欲しいー!敬宮さまご愛用のバッグがほしいー!」

とアイメイト後援会のサイトをチェックしました。

売り切れでした(´;ω;`)

で、しばらく待ったら入荷したので買いました。

これです↓
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大きさはこのくらいです。
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文庫本がこれだけ入ります。
(ちなみに全部ガラスの仮面)
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(ヘカテーのバッグはペットにかじられたのでちょっと見てくれが悪いのが申し訳ない)

普段使いもできるのでヘカテーは買ってよかったと思います。

ちょっとコンビニへ行くときなんか便利ですよ。

一つ一つ丁寧に作られているので大量生産できないのでしょう。

今日、チェックしたら売り切れでした。

https://ssl.shop.eyemate-support.org/goods/products/list.php?category_id=11

チャンスがあったら買ってみてはいかがでしょうか?

見ちゃいけないものを見ちゃった気がする

昨日、両陛下のフィリピン戦没者慰霊が生放送で放送されました。

なんかすごい大事になってるなーと思いながら、

昨日は休みだったのに見なかった非国民ヘカテーです。

視聴率はなんぼやったのか気になります。

Yahoo!ニュースの動画でりょーへーかが日本人戦没者の慰霊碑に献花を奉げているシーンを見ていたらとんでもないことが映っていた!



りょーへーか登場
(美智子さまの腕を掴むへーか)
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日本からわざわざ持ってきた菊の花を献花台に置こうとする
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そのまま置いちゃおうとするへーかを美智子さまが「違うわよ。リボンの下に置くのよ!」と見てます
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「あ、そうだった。そうだったね」とリボンの下に献花を置く
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見てはいけないものを見ちゃった気がするのはヘカテーだけですかね?


あと、気になったのですが、

戦没者の遺族の方が150人くらい慰霊碑の前に集まってますが、

この方たちのフィリピン行の旅行費は自腹ですか?

両親が南国ではしゃいでる一方で跡取り息子は頑張ってます。

昨日の皇太子殿下

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甘利大臣の辞職後、石原新経済再生大臣の認証式が皇居で夜行われました。

列外派にお集まりのみなさーん!

これが次の時代の天皇陛下ですよー!

50年前のフィリピン行きのことを突っ込んじゃうぞー!後編

海外に行く際には予習も必要です。

オランダにとって運河がいかに大事なものかを知らないで行って、「えー熱いから運河なんか見たくなーい。それより植物園か動物園に行きたーい。そっちの方が楽しいもーん」

なんて言ったら日本の象徴である皇族として失格だからです。

(ちなみにオランダ行って、↑こういうこと言った皇族がいます。先週今週とお楽しみ公務で出歩いているあの皇族です)

先週までの皇室7DAYSをチェックしてやったら

(朝日が大嫌いなので「してやった」という表現を使いました)

結構フィリピンのことを勉強するためにフィリピン大使を御所に呼び寄せたりしています。

54年前の前回フィリピンに行ったときはどれだけ予習してきたかを調べてくれた方がいらっしゃいます。

梅花藻 さまコメント

アキヒト・ミチコのお勉強レベル

NHKで、前回リョーヘーカがフィリピンに行ったときは慰霊碑がなかったため慰霊がかなわなかった、とか繰り返し言ってるけれど、国立の立派な慰霊碑ができたのは確かに昭和48年です。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/engo/seido01/ireihi02.html

でも、当時からフィリピンには慰霊碑がいっぱいありました。
http://www.pwmemorial.gr.jp/index3.htm

昭和37年1月の東南アジア3ケ国訪問前、11月のフィリピン訪問前の記者会見をもう一度見てみましたが、慰霊のイの字も頭になかったと思います。

外国旅行の前にはお勉強をしたそうです。以下、読売新聞から抜粋。

・昭和42年1月19日記者会見

-ご訪問の目的、意義について。

皇太子 三か国大統領の日本訪問に対する答礼の意味ですから、やはり相手国との親善が第一だと思います。できる限り相手の国を理解し日本をも理解してもらうよう努めたい。

-ご準備は。

皇太子 東大名誉教授の岩生成一さんなどから話を聞いたり、世界文化史大系を読んだりです。

美智子妃 このまえ外国旅行のとき日本のことを聞かれたので、こんどは高等学校時代の日本史の本を読みました。


:(あとは浩宮のことばかりで主として美智子妃が答える)



・昭和42年11月1日記者会見

-フィリピンご訪問に当たってのおこころがまえについて

皇太子 日本とフィリピンの関係はいままでかならずしもよいとはいえなかった。最近は非常によくなったと聞いていますが、こんどの訪問を機会に、よくなりつつある両国の関係を、なおもよくできるなら幸いです。

-ご出発の準備は。

皇太子 決して十分といえませんが、百科事典とか世界文化地理大系、日比協会発行の「フィリピン協会便覧」などを一応読みました。

美智子妃 殿下の集めた資料を拝借して、殿下の読まれたところを読みました。それらを調べると向こうの教育とか福祉施設のことはよくわかりました。これから両国のそれらを比較してみたいと思います。

-フィリピン独立の父といわれるアギナルド将軍にお会いになる予定ですが。※

皇太子 歴史的人物に会えるので非常に楽しみにしている。




はあ~、若いってすばらしい。。。

NHKは連日、慰霊行脚のアゲアゲ報道を垂れ流していますが、私が印象に残ったのは、フィリピンを51回訪れたという元兵士の方、「慰霊のために行っているというわけではない、大切なのは今後。友好のためにという思いで行っている。」

当時の皇太子が訪問しただけでフィリピンとの関係がよくなった、というわけではない、たくさんの有名無名の人たちの努力があって今日があることを忘れないでいただきたいものです。

54年前のことを大統領に話したと言うから、つい54年前のことを調べてしまいました。この調子だと、どうしても韓国に行きたい、とか言いそう。その前に今度はベルギーとウォーミングアップしてるかな? 

※アギナルド将軍がフィリピン初代大統領になったのは1899年のことです。


コメントありがとうございます。

そしてお疲れさまです。

ヘカテーが肩もみでもしたいくらいありがたい。

「できる限り相手の国を理解し日本をも理解してもらうよう努めたい」と言っておきながらやった予習は

皇太子 東大名誉教授の岩生成一さんなどから話を聞いたり、世界文化史大系を読んだりです。

美智子妃 このまえ外国旅行のとき日本のことを聞かれたので、こんどは高等学校時代の日本史の本を読みました。

別の日

-ご出発の準備は。

皇太子 決して十分といえませんが、百科事典とか世界文化地理大系、日比協会発行の「フィリピン協会便覧」などを一応読みました。

美智子妃 殿下の集めた資料を拝借して、殿下の読まれたところを読みました。それらを調べると向こうの教育とか福祉施設のことはよくわかりました。これから両国のそれらを比較してみたいと思います。


まあ、昔は「世界の歩き方」なんて便利なものはなかったからね。

そりゃ21世紀の日本みたいにネットで欲しい情報が手に入り、知りたい分野の本も注文できる超便利な時代とは違います。

ただ、もうちょっと勉強してもいいんじゃね?

徳仁皇太子殿下は安心ですよね。

何しろ隣にいらっしゃるのが外交官だった雅子さまです。

相手国のことを調べることに関しては専門家です。

素人だと「へー、そんなところからこんなことを調べられるんだ」と感心することをプロは知っています。

次代の天皇皇后の外国訪問は安心できますね。



50年前のフィリピン行きのことを突っ込んじゃうぞー!前編

ヘカテー以上にヘカテーな方がいらっしゃいます。

(「ヘカテー」とはギリシャ神話の女神の一人です。「ヘカテー」はあらゆる犯罪現場に現れるという特徴があります。デーメーテールにコレーが誘拐されたことと犯人を言ったのはヘカテーです。ギリシャ神話最強の犯罪カメラです。列外派の管理人の名前を「ヘカテー」にしたのは「お前らがしたこと全部見てるからな!」という意思を表しています。)

梅花藻さまこそ、平成皇室の筋が通らない点を昭和のことまで調べて警告を鳴らすお方です!

それでは見てみましょう!

54年前、最初は2月にフィリピンを訪問する予定だった。
昭和33年10月、フィリピン大統領が国賓として来日、その答礼で天皇陛下の名代としてフィリピン、そして同じくパキスタン、インドネシアを訪問することになった。その予定は次のようなものであった。

1/22 10:30 羽田出発。17:40 カルカッタ到着。
      知事主催の非公式夕食会。(カルカッタ泊)

1/23 午前在留邦人と会見
   11:00 カルカッタ発 14:00 カラチ着
   17:00 市民歓迎会、大統領主催の夕食会。(カラチ泊)
1/24 午前、建国の父ジンナー霊びょうを山田東宮侍従長代拝
   ご夫妻はカラチ市内と国立博物館見学の後、在留邦人と会見。
   インドから追われてきた難民が集まっているコランギ地区視察
   大使レセプションに出席後、夕食会主催(カラチ泊)
1/25 9:30 カラチ発 12:40 ベシャワル着
   ジャムルッドでしゅう長からヒツジをうけられたり、カイバル峠をご覧
   西パキスタン州知事主催の夕食会に出席(ベシャワル泊)
1/26 博物館見学のあとラホールへ
   16:00 市民歓迎会、
   西パキスタン州知事主催の夕食会(ラホール泊)
1/27 10:00 寺院、トリデなどラホールの史跡見学
   午後はとくに希望されたポロを見学
   夜はミュージカル・バレー観覧(ラホール泊)
1/28 11:25 ラホール発 16:46 ダッカ着(ダッカ泊)
1/29 10:00 工場見学、クルース川舟遊
   ブリガン川で漁業見学
   午後 在留邦人会見、 市民歓迎会、
   東パキスタン州知事主催の夕食会 (ダッカ泊)

1/30 8:30 ダッカ発 17:00 ジャカルタ着 (ジャカルタ泊)
1/31 午前 大統領訪問、
   独立戦争犠牲者のカリバタ英雄戦士の墓参拝
   午後 ジャワ・サラサ西方のパティック見学、
   大統領の答訪を受けられる
   夜 大統領主催の夕食会、舞踊見学 (ジャカルタ泊)
2/1 午前 在留邦人会見、市内見学
   午後 自動車でボゴールへ
   大統領別邸の熱帯植物園見学 (ボゴール泊)
2/2 自動車でバンドンへ、市内見学、養魚場視察   
   16:30 飛行機でバンドン発 
17:50 古都ジョグジャカルタ着、
   影絵芝居をご覧 (ジョグジャカルタ泊)
2/3 午前 ヒンズー文明の遺跡ボロブドール、メンダットの寺院訪問
   午後 大統領さしまわし機でバリ島へ (バリ泊)
2/4  午前 年に1度行われるアレゴリック・パレード
       (人間の一生を描いたパレード)
       市内見学
   夜 舞踊御覧  (バリ泊)
2/5 10:15 バリ発ジャカルタ着
   午後 とくに希望された社会施設見学
   夜 夕食会を主催  (ジャカルタ泊)

2/6  9:30 ジャカルタ発 16:00 マニラ着
   大統領訪問、大統領主催の夕食会  (マニラ泊)
2/7  リサール記念碑参拝、上下両院訪問、社会施設見学、
   国立大学訪問
   とくに希望されて独立の父アギナルド将軍と会見
   マニラ麻工場、淡水魚養魚場、研究所、水族館視察 (マニラ泊)
2/8  汽車でバギオに向かい、明治時代日本人が作ったペンゲット道路視察、
   陸軍士官学校訪問、バギオ市長主催レセプション (バギオ泊)
2/9  バギオで休養 (バギオ泊)
2/10 マニラに帰り、夕食会主催 (マニラ泊)
2/11 大統領主催の朝食会
   11:00 マニラ発 16:00 羽田着

はあ~、転記しながらイヤになったわ。この人たち、昔も今も、民衆の前に姿を見せて歓呼にこたえるのが親善と思っているらしい。

しかし、皇太子が高熱を出し、フィリピン訪問は延期になったのである。

1962.02.05 皇太子さま、39度の発熱-比国入り見合わせ
1962.02.06 比大統領、遺憾の意
「フィリピン政府は皇太子ご夫妻の訪問に備えて年初から準備を整えていた。ご夫妻のパレードの道筋のアーチはすでにできあがり、各種行事への招待状もすでに発送ずみであった。またもっとも厳重な警備の手はずも整えられていた。」

東京は冬、パキスタンは晩秋、インドネシアは夏、フィリピンは春、と気候がまちまちなので荷物も増え、随員はてんてこまい。欲張ってあちこち観光地をめぐったあげく、高熱出してキャンセル、フィリピン大統領が劇オコ、が真相だったのね。

道中、ずっと発熱していた皇太子の代役を8つ、美智子妃が立派に務めたとか。ヒンズー文明の遺跡見学など。

2月5日、ジャカルタには戻らず、9日までバリに滞在、予定を1日早めて10日に帰国した。9日には美智子妃も高熱を出し、空港には正田富美さんもお出迎え(英三郎氏は流感のため欠席)、痩せこけた娘を見て目をしばたかせたそうな。

1962.02.06 早急に改めて比国訪問
1962.02.07 天皇、比大統領に謝電
1962.02.13 比国訪問は来月?-比国外務当局語る
1962.02.23 比国訪問は来月?-来月中には実現へ
1962.03.03 訪問延期-訪比で比国大統領語る
 大統領は、3月は重要な国家の政務とぶつかると述べ、訪問延期を要請したといわれる。
1962.08.18 比大統領、訪比を受諾
1962.08.24 11月5→10日に訪比-延期以来半年ぶり

すぐにフィリピンを訪問しようとしたが、3月がダメなら4月も同じようなもの、5月になったら暑くなる、ということで延期、結局フィリピン訪問は11月になったのである。

2月24日から3月5日までは葉山の御用邸、8月2日から7日までは浩宮の”夏の海浜生活”のために、葉山の海はよごれてますでしょ? 沼津の御用邸で静養しましたの。8月10日から30日までは軽井沢でテニスやドライブを楽しみましたわ。体力の増強につとめなきゃ、また中止になったら困りますものね。結局、その年の11月に改めて訪問しましたけれど、美しいアテクシはフィリピンの人たちを魅了しましたの。

当時の朝日新聞社説:「いま国民は、この若いご夫妻に、あかるい日比関係の将来への祈りをかけているのである」

(以上、すべて当時の毎日新聞、読売新聞、朝日新聞の記事がソースです。)

いま、私たちは、この年老いて呆けた夫婦に、いったいどんな将来を見出そうというのだろうか。慰霊なんて、結局、外国に行きたいための名目でしょう。どこからも声がかからないから。


ありがとうございます。

「お前が調べろよ、ヘカテー!」と頭はたかれても文句は言えない。

>東京は冬、パキスタンは晩秋、インドネシアは夏、フィリピンは春、と気候がまちまちなので荷物も増え、随員はてんてこまい。欲張ってあちこち観光地をめぐったあげく、高熱出してキャンセル、フィリピン大統領が劇オコ、が真相だったのね。


出た!昭和の皇太子夫妻名物

やりたい放題なのは当たり前!でも平成になったら隠す!

アホだな。

思いっきり観光旅行じゃん。

皇太子ご夫妻がベアトリクス女王陛下からご招待を戴いてオランダへご静養に向かわれた時に、

「俺たちは私的な海外旅行なんてしたことありませーん。いつも無私でしたー。えらいでしょー」

とマスコミの前で皇太子ご夫妻を批判しましたが、

これ私的じゃん!私的な海外旅行じゃん!

雅子さまには皇后になられてからバンバン皇室外交をしてほしいです。

ちゃんとした皇室外交であって、観光旅行ではないもので!

>9日には美智子妃も高熱を出し、空港には正田富美さんもお出迎え(英三郎氏は流感のため欠席)、痩せこけた娘を見て目をしばたかせたそうな。

って言うか本当に正田夫妻って身の程を弁えないな。

実態はこんななのに、いまだにマスコミは昭和のことをわすれつつある国民を「正田夫妻は地味に過ごしていたかわいそうな人、小和田家は娘べったりのダメな人」と洗脳しようとしています。

海外からも「OH BEAUTIFUL PRINCESS!」&皿帽子エンプレス(笑)

読者の方から「ROYAL HATS」という海外のサイトに雅子さまが絶賛されてますよ

と教えていただきました。

ROYAL HATS Imperial Couple Visit Philippines

コメントを見てみよう

・Crown Princess Masako get an A+ for her wonderful outfit. The hat, coat, color — lovely.

・Crown Princess Masako was my favorite of this bunch of hats, and the vibrant blue color suited her perfectly, and the cut of thlittle saucer hatsat coat was perfect, and even the clasp, jewels and accessories were spot on! Empress Michiko looked good, even though her style is rather predictable, but she suits those . Princess Nobuko’s toque was very simple, but grabbed my attention. The remainder of the hats were quite nice, but not terribly memorable.

・The Emperor & Empress always look genuinely happy, and that is what I most appreciate about them, much like Elizabeth and Philip. The Empress was predictable with her style, but it’s unique enough that I don’t grow tired of it.

Masako was the best dressed of the send-off party. That cornflower blue color is fantastic for her, the hat shape is quite flattering, and the clasp on her coat is exquisite! Kiko, once again, would look better if her hat didn’t look half a size too large on her. Her daughter Mako looked amazing in that cloche, and I hope we see it again soon, much closer up!

Nobuko once again shows who’s boss in the extended imperial family; her hat is very simple, but she looks so like Queen Mary here, and I love it. Her daughters looked fine in their respective hats, although I think Akiko was more successful.

Overall, a fine day for Japanese millinery, although unfortunate the winds in the Philippines! :)

・I agree that Crown Princess Masako looks absolutely wonderful. Her hat complements her coat and dress beautifully, and she stands out.
The Empress looks best, I think, in the first photo, not so good in the third-to-last photo. Her saucer is her regular look, as is her one-lapel jacket.
Japanese royals obviously have very strict sartorial guidelines, and they follow them to the letter.

・Crown Princess Masako looks fantastic!


おお、絶賛ばっかりですな!

雅子さまってすごいなー。

海外の人も「素敵!」と言わせるだけの美しさをお持ちなんだもの。

美人なだけじゃなくてファッションセンスも家系も語学も学歴も職歴も一流なすごいプリンセスです。

こんな方を国内幽閉するって意味わからん。

さて、もう一人話題になっているのが美智子皇后の帽子

・little saucer hats

・Her saucer is her regular look

「皿」って言われてるし(笑)

フィリピン滞在中の記事でも「皿帽子」って呼ばれてるし(笑)

Day Two of Japanese Imperial Visit to Philippines

恥ずかしいからその皿帽子やーめーて!

日本人からは「フィリピン出発の日の美智子さまはカラス天狗かと思った」って言われてるし!

イメルダ夫人以上の浪費家、それはミテコ皇后

面白いコメントをいただきました。

カキフライさまコメント

1980年代の半ば、ちょうど私が大学に入学したころのフィリピンは、政情不安から革命が起こり(1986年)、当時の独裁的指導者だったマルコス大統領が国外に脱出(逃亡)する事態となりました(この革命の勝利者が、現大統領のお母様です)。

その後、このマルコス一家が住んでいたマラカニアン宮殿が公開され、大統領夫人であったイメルダ夫人の衣裳部屋に並べられていた膨大な数の靴が大きな話題となり、夫人の贅沢ぶりが面白おかしく大々的に報道されました。

当時、大学で友人とこの話題になった時、
「でも、美智子妃殿下のこれまでの衣装に比べると、金額的にも数的にも大したことないんじゃないの?靴なんてどんな高級品でも値段がしれてるわよ。」
と一人が言うと、
「確かに言われてみればそのとおり」と一様にみな納得し、
「ただ、日本は豊かだからいいけど、フィリピンは貧富の差が大きいから問題だよね」
と。

イメルダ夫人の衣裳部屋にはドレスもたくさんあったのですが、フィリピンはほぼ一年中夏と言っていい気候ですから、ハワイのムームーみたいな、或いは昔でいうところのアッパッパみたいな薄手で安っぽい感じのものが殆どで(もちろんそれでも良いものなんでしょうが)、いかにも上等そうな地模様のある厚手のシルクの服なんて、国内では必要ないわけです。

大量の靴も、地場産業奨励のために国産品ばかりだったそうですから、一概に悪いとも言い切れないと後に報道されました。

昭和終盤のバブル初期の女子大生達は、あのイメルダ夫人よりも自国の美智子妃殿下の方が余程お金がかかっていると、冷静に判断を下していたわけです。
我々世代は子供のころから、美智子さんの衣装のとっかえひっかえ(着用はほぼ一回限り)を、知らず知らずのうちに見て育ってましたからね。

ただそれでも、当時はまだ決して批判的には見てなかったですよ。
皇太子妃っていう身分の人はそういうものだろうと誰もが思っていましたから。
しかしそれも、雅子さま入内によって、「国民の無知と善意による誤解」だとバレ始めました。

おそらくこれまでの衣装は順次処分されてるでしょうが、美智子さん入内以来の装身具についてのあらゆるデータをきちんと出すべきだと思いますね、宮内庁は。
間違いなく、イメルダ夫人をはるかにしのぐことが証明されるはずです。




コメントありがとうございます。

そうですよねー。

イメルダ夫人の6000着以上にミテ子さまは衣装を作ってます。

一体どれくらいの国税が使われたのか恐怖すら感じます

フィリピンの人に

「貴国に来たエンプレスはイメルダ夫人がかわいく思うくらいの浪費家ですよ!」

と教えてあげたいです。

「あたしは皇太子の嫁さん」の詳細

昨日の「あたしは皇太子の嫁さん」とミテコさまが言ったら美談になったことを取り上げたところ、

読者の方が当時の詳細なインタビューを調べてくださいました。

梅花藻さまコメント

セピア色の新聞記事を正確に再現しておきましょう。

-----------------------------------------
問い(フィリピンの記者) ケネディ大統領夫妻がフランスに行ったとき、フランス人の関心は夫人に集中した。フィリピンでも妃殿下に集中していますが、殿下はどう思われますか。

皇太子 (苦笑)いずれにせよ歓迎を受けるのはうれしい。

(ここで同じ記者が「ケネディは”私はジャクリーンの夫である”と言ったが」というと妃殿下はすかさず「私は殿下の妻です」と答えられたので爆笑)
----------------------------------------

記者会見のこの件りは、朝日、読売には掲載されていなくて、毎日だけに掲載されていました。載せてはまずい、という判断だったのでしょうか。

それから、

-------------------------
問い(フィリピン婦人記者)妃殿下は民間のご出身ですが、そのことは民主化された日本にとってプラスになりますか。

妃殿下※ そう思います。
-------------------------

※の部分は、
読売は、翌日に、翻訳の間違いで「皇太子」であると訂正した。
毎日は、「美智子さま」。
朝日は、「皇太子」。

訪問前にも記者会見をしていますが、妃殿下のほうがうんとよくおしゃべりになっています。それでは、帰国前の記者会見の全貌をご覧いただきましょう。内外記者団(日本側22人、フィリピンなど6人)と日本大使公邸で会見。(3紙をつなぎあわせて再現)

-------------------------
問い こんどのご旅行でとくに印象深かったのはどんなことですか。

皇太子 あらゆることが感銘深かった。またアギナルド将軍といっしょに記念すべきバルコニーに立つことができたことは一生忘れません。

問い 国立フィリピン大学をおたずねになって若い世代に接触されたが、どうお感じになられましたか。

皇太子 時間が短かったのでじゅうぶんには話し合わなかったが、両国の関係が非常に親密になるだろうという感じを受けました。

(ここでフィリピンの婦人記者がお二人のロマンスの発端となったテニスをめぐる話題を質問、笑いがおこる)

問い(フィリピン婦人記者)妃殿下は民間のご出身ですが、そのことは民主化された日本にとってプラスになりますか。

妃殿下※ そう思います。

問い(同)フィリピンにこられていろいろな人がお二人に握手を求めたり、近づいたりしたが不愉快ではなかったですか。

妃殿下 それぞれの国にそれぞれの親しみの表明のしかたがあります。この国のしかたでしてくださったのですから私はほんとにうれしかった。

問い(フィリピンの記者) ケネディ大統領夫妻がフランスに行ったとき、フランス人の関心は夫人に集中した。フィリピンでも妃殿下に集中していますが、殿下はどう思われますか。

皇太子 (苦笑)いずれにせよ歓迎を受けるのはうれしい。

(ここで同じ記者が「ケネディは”私はジャクリーンの夫である”と言ったが」というと妃殿下はすかさず「私は殿下の妻です」と答えられたので爆笑)

問い(フィリピン記者)戦争未亡人や孤児の団体の代表にお会いになて、どういう話がでたか。

妃殿下 皆さんがどんな生活をし、子どもの教育はどうやっておられるかなどを話しました。お会いしたのは限られた代表の方だけでしたが、フィリピン全国の未亡人と遺児のしあわせを祈っています。

問い 浩宮さまへおみやげは?

妃殿下 パギオで木彫りのかわいいくだものをみつけたので一そろい買いました。またロセス文部大臣夫妻が子供の洋服やフィリピンのおとぎ話の本を捜してくださるそうです。この本はまもなく浩宮もおもしろく読めるようになると思います。こんどは一度も手紙を書かず電話もしませんでした。


ありがとうございます。

>問い(フィリピン婦人記者)妃殿下は民間のご出身ですが、そのことは民主化された日本にとってプラスになりますか。
>妃殿下※ そう思います。

この件って本当に美智子さまが言ったじゃないかなーと何事にも疑うようになったヘカテーは思います。

誤訳と言ってますが、マジで美智子さまってそう思ってそう。

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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