プリンセスの中のプリンセスと謳われたお方は対応がスマートだぜ!

ババン!今日もけなげに仕事を終えたヘカテ―登場!

りょーへーかの「常総市に行くぜ!」宣言

「皇族が混乱している被災地に行くなよ。落ち着いてからにしなよ」と国民がうんざりしている今日この頃

薨去された高松宮妃喜久子さまの災害時の行動がスマートです。

射手座さまコメント

1996年、阪神淡路大震災。
高松宮の喜久子妃殿下は、
「私が行っても何の役にも立ちません。知り合いの医者を行かせます」
こう言っておられた。

私は「へえ~身分の高い人って、立派とゆうか庶民じゃないなあ」
なんとなく感心しましたっけ。
本当に残念なのは、いつ、どこで、どんな媒体で、喜久子妃のお言葉を聞いたか書き留めておかなかったこと。

こんなていたらくの平成皇室。
今上と皇后の責任は重いよ。


DAIGO風に感想を言うとこんな感じ↓
かっけー、喜久子さまマジリスペクト

喜久子さまは癌に関する活動を長年されていたからツテがあったのでしょう。

美智子さまってそういうツテがないんじゃない?

まあ、ツテがあったとしても

スポットライト大好き症候群(略してSDS)の患者の美智子さまじゃ被災地へ行きますけどね。

あー、そう言えば東日本大震災の時に石原都知事が今上陛下に

「いい加減若い人に譲りなよ」と言われたら、

会議だかが終わってから石原都知事のところまで来て

「いいえ、私が行きます!」と言ったんでしょ。

どんだけ前に出るの好きなんだろう
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スレチですが・・・

なんで佳子さんは鳥取県ばかり行くのかって?

秋篠さん家はいつも金くれアピしてるおwww

秋篠さんたちは金が欲しくて欲しくてたまんねぇんだおwww

鳥取県には金持神社というのがあるおwww

だから佳子さんは鳥取県が気に入ったかもおwwwww




金運祈願 開運祈願
   金持神社
http://kanemochi-jinja.net/


気高い支援とは

はじめまして。 いつも感心しながら読ませていただいています。


喜久子妃殿下が当時、医師団と看護師をチームで派遣されたのは
事実です。 地震のニュースをご覧になりながらすぐに決断され、
周りもびっくりだったそうです。

喜久子妃殿下は、ヘカテ―さまご指摘の通り、癌撲滅の活動を通じ、
医学界とは強いパイプがあり、妃殿下を心から慕っている医学研究者
はとても多かったようです。 妃殿下の頼みならとみなさん快く協力
してくれたとか。 人と人の血の通った関係だったからこそなせる業。

(喜久子妃殿下はそれだけではなく、さらに一般人では出来ないことも
されましたが、ご本人がご自分と分からないようとのことでしたので、
この場では控えます)

皇族が、災害現場に行けば、ご迷惑なるから行くものではないとも
おっしゃっていたそうですよ。


品のある行動とはこういうものだとつくづく思います。
最近の皇族のマスコミを使っての「私、やってます」パフォーマンス
合戦にはうんざりしてしまいます。

済生会

喜久子さまは、社会福祉法人・団体の「済生会」に総裁として関わっておられました。全国に「済生会病院」ってありますよね。

達筆の喜久子さまの「済生会」という毛筆での揮毫を雑誌か何かで見た覚えがあります。

そうした関係から、医療関係者と人的交流があり、阪神大震災の折、医師や看護師の派遣を後押しなさっておられたんだろうと思います。
私も、このエピソードは聞いたことがあります。


ところで、済生会について確認しようと思って調べてみると、何と、今現在の済生会の総裁は秋篠宮なんですね、一昨年に就任しています。
驚きました。

昭和時代、高松宮様が総裁で、薨去後は喜久子様が後を継がれ、喜久子様がお亡くなりになった後は、寬仁様が総裁でした。
そして一昨年、寬仁様薨去後は、本来ならば信子様だったのでしょうが、ご夫妻の夫婦仲の不和をいいことに、ちゃっかり秋篠宮が総裁の椅子を奪い取っています。

結婚以来長い間、秋篠宮家には、まともで実のある公務依頼は殆どなく、馬鹿夫婦が何の研鑽も積まず遊んでばかりいたところを、高円宮様に注意・叱責されたのは有名な話です。

また、皇族の中でも唯一、秋篠宮記念や秋篠宮杯がない宮家でもあります。

それを、「アヤではどうか」となんとかゴリ押しし、常陸宮様に来ていた名誉総裁の職を奪って次男にまわしてきたのが今上でした。

高円宮様薨去の際は、日本サッカー協会の名誉総裁を狙いましたが、ここは、単に式典に出て座っていれば事足りるような甘い任務ではなかったため、頭が悪くて有名な鯰夫妻は、協会サイドから断固として拒否されました。

しかし、その後、寬仁様、桂宮様薨去の際には、その公務、総裁職をどんどん手中に収めているんですね。

寬仁様、桂宮様が亡くなられたときの今上夫妻の態度を見ると、心なしか喜んでいるようにも見えましたが、こうした総裁職に空きができることが関係してるんでしょうね。

三笠宮系の女王方を何とか追い出そうとしているのも、こうした事情があるのでしょう。
実際のところ、具体的にどういう利益があるのか、是非知りたいものです。

周りがどんどん亡くなっていかなければ、誰も秋篠宮家など相手にもしなかったでしょう。
長年馬鹿にされてきた恨みが、公務や総裁職漁りにつながっているような気がします。

ところで、済生会の総裁の秋篠宮は、頻繁に起こる災害に対しての医療活動について、どういうスタンスでこの団体に関わっているんですかね?
単に総裁になって喜んでるだけでしょうね。








残念なお知らせ

両陛下は10月1日に水害の被害の大きかった茨城に
慰問という名の小旅行に行かれるそうですが、週末の色々なニュースによると
10月1日は先日亡くなった故川島なお美のお通夜、2日が告別式を行うようです
当日の夜のニュースには慰問は少しは取り上げられると思いますが
皇后の好物のワイドショーや女性週刊誌の主役は無理のようです。残念でした。

なんと災害の多いことよ

最近は、出かけるたびに慰霊だ、慰問だをセットにするので、平成がいかに災害の多い時代であるかをかえって強調しているような気がします。
昨日は、津波の防災施設を視察したそうですが、東日本大震災の年の誕生日会見で

>もしこの度の被災地域の人が,奥尻島の津波災害の状況を更につまびらかに知っていたならば,
>一刻も早く避難することにもっと力を注ぎ,より多くの人が助かっていたのではないかと残念に思われてなりません。

と言った言葉を思い出して不快になりました。
「賢帝の御代にも天災はある」と言う人もいますが、天災が起きると嬉々として出かける準備をするのは、平成の両陛下だけだと思います。

皇太子ご夫妻も

皇太子ご夫妻は、定期的・継続的に児童養護施設を訪問されていますが、どの子どもさんも事情があって入所しているのだからと、映像として残る事のないようカメラを入れないそう指示されているそうです。
カメラが大好物、山の上でも女優立ちのどなたかとは、大違いですね。

そうなると、宮内庁は公務としてカウントもしませんよね。

被災者が頑張る姿は、美智子皇后の慰めになるのです。

http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h23sk.html

災害発生直後,

一時味わった深い絶望感から,

少しずつでも 私 を 立 ち 直 ら せ た も の が あ っ た と す れ ば,

それはあの日以来,

次第に誰の目にも見えて来た,

人 々 の 健 気 で 沈 着 な 振 る 舞 い でした。


非 常 時 に あ た り,

あ の よ う に 多 く の 日 本 人 が,

皆 静 か に 現 実 を 受 け と め,

助 け 合 い,

譲 り 合 い つ つ,

事 態 に 対 処 し た と 知 っ た こ と は,

私 に と り 何 に も 勝 る 慰 め と な り,

気 持 ち の 支 え と な り ま し た。


被 災 地 の 人 々 の 気 丈 な 姿 も,

私 を 勇 気 づ け て く れ ま し た。



______________



美智子皇后という方は、

災害でズタボロになっている被災者たちが健気に頑張っている姿を見ると、

絶望感から立ち直るのです。

そしてそれは、

美智子皇后にとって何にも勝る慰めになり、

気持ちの支えとなり、

勇気となるのです。



   v-40 美智子皇后 = 超サディスト v-40



震災

1995年ですが発言は96年ですか?

Re: 震災

> 1995年ですが発言は96年ですか?

詳しくは分からないので95年か96年か不明です。

No title

喜久子さまは、徳川慶喜公の孫で、母上は宮家の出身というお家柄も凄いけど、なによりご本人の資質が素晴らしかったんですね。
皆が驚き慌てるばかりのところ、何をするのが自分にふさわしいか、人のためになるのか、すばやく知恵を巡らせて、的確な行動をおとりになる。なかなかできることではありません。

雅子様にもお優しかった。

「菊と葵の物語」に載っていた、80歳の時のローブデコルテ姿のお写真、貫録、気品、美しさ、どれをとってもみっともないズラを被った一本眉毛の婆様と同じ年齢とはおもえません。

ご在世なら、敬宮愛子様の立派なご成長をどんなに喜んでくださったでしょうに。

妃殿下だからこそ

星たべよ様のコメントを拝読させて頂き、皇太子ご夫妻の児童養護施設ご視察にも関係する逸話が、友納尚子氏の『ザ・プリンセス雅子妃物語』の中にありました。

2006年11月15日に、皇太子妃雅子さまが「私的なお出まし」として、世田谷にある児童養護施設「福音寮」をご視察されたそうです。雅子さまは施設の子どもたちと和やかなムードで過ごされ、職員の方々にも労いの言葉を送ったそうで、当時の施設長の方も「温かい思い出」と語っていらっしゃいました。

このお出ましは私的扱いですので、カメラも入らず、宮内庁としての「皇族のご公務」でもありません。事実、宮内庁HPの「ご日程」には、同年のご日程は、皇太子さまの勤労奉仕団とのご会釈のみ記載されているだけです。しかし、私的なお出ましとしてカメラを入れないのは、雅子さまのご体調というのもありますが、もう一つの理由もあるそうで著書には元東宮職の証言としてこう書かれていました。


「ご自分が視察される度に子どもたちがマスコミにさらされることが、果して良いことなのかと妃殿下はお考えでしたし、カメラに撮られ続けていると妃殿下も子どもたちも萎縮してしまう。それではせっかく自然な中で生まれる会話や距離感が損なわれてしまうとお感じになっていたようです」(元東宮職)(同著、P.331)

雅子さまの施設の子どもたちへのご配慮というのがここにも伝わってきています。ちなみに妃殿下は前月の10月に明治神宮会館で行われた「児童福祉施設文化祭」にも単独で出席されたそうです。こちらも宮内庁HPに記載されていないのを見ると、「私的なお出まし」という形での出席だと思います。

高松宮妃喜久子殿下は本当にご立派なお方であったと思います。皇太子さまも2005年2月のお誕生日会見で、喜久子さまとの思い出を綴られていらっしゃいましたね。

喜久子さまは敬宮さまのご生誕を心から祝福され、お歌を詠まれていらっしゃいましたし、皇太子ご夫妻を何度も宮邸に招待されていらしたそうです。お世継ぎの件では雅子さまにエールを送りつつも、周囲がご夫妻に再びお子様の誕生を求める動きに懸念を抱いていらしたと記憶しています。当時の雅子さまのご体調を気遣っていたそうです。

阪神大震災での喜久子さまの対応も、日常から癌撲滅に取り組まれていた妃殿下だからこそできることですね。当時の喜久子さまのお言葉を裏付ける資料があれば、探してみたいと思います。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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