読者の方からのコメント「ヘカテー、2万は多い方だよ。ひどいときは1万切ってた」

クリスマスが終わりましたね。

昨日は仕事で、今日は歯医者に行ってから家の大掃除だったヘカテーです。

いよいよ年末ですな!

箱根駅伝が待ってます。

昨年は紅白に中島みゆきが出て(ヘカテー一人で)盛り上がってましたが、

今年の紅白はイマイチ盛り上がりません。




さて12月23日のブログで、

天皇誕生日を祝いにわざわざ皇居に行った人の数が2万7000人だったことを

「すくねーな。」

とヘカテーが言ったところ

読者の方から

「ヘカテー、ヘカテー。今年は多い方だよ。ひどいときは1万切ってた」

と教えていただきました。

梅花藻さまコメント

2万7000人は少ない、ですが、平成になってからはずっと少なくて2万人以下だったのです。
新緑の候・連休の初日、の昭和とは違い、うすら寒い年の瀬の慌しい時期なので参賀の人数が少ないのは当然でしょうし、時代も違いますから一概に比較はできませんが、それにしても安定の低空飛行、1万人を切った年もありました。

宮内庁のHPに天皇誕生日の一般参賀の人数が掲載されています。
http://www.kunaicho.go.jp/about/gokomu/kyuchu/sanga/sanga02.html

自然発生的に人が集まるのならば天気などにも左右されるはずで、毎年の数字はもっとばらけてもいいはず。サスペンスドラマの見すぎでしょうか、特にここ数年、「数字があまりに揃いすぎている、おかしい」(動員してるだろう) と思うのは考えすぎでしょうか?

午前3回の参賀、午後は記帳のみで、数字は午前と午後の記帳を合わせての数字です。昭和の時代は参賀の数字と記帳の数字が記載されていることが多かったですが、平成は合計の数字しか公表しませんね。記帳も含めての数字ということは知らない人もいるかも知れません。


1989(平成元) (行われず)
1990(平成 2) (行われず)
1991(平成 3) 17,420
1992(平成 4) 13,550(参賀9,400 記帳2,700-朝日新聞より)
1993(平成 5) 20,140
1994(平成 6) 18,220(参賀14,000 記帳4,200-朝日新聞より)
1995(平成 7) 13,350
1996(平成 8) (取り止め:ペルー人質事件のため)
1997(平成 9) 9,280
1998(平成10) 14,800
1999(平成11) 17,567
2000(平成12) 14,890
2001(平成13) 16,760
2002(平成14) 19,079
2003(平成15) 18,848
2004(平成16) 17,681
2005(平成17) 17,558
2006(平成18) 20,152
2007(平成19) 15,602
2008(平成20) 22,655
2009(平成21) 30,560  (即位20年)
2010(平成22) 26,298
2011(平成23) 24,789
2012(平成24) 28,065
2013(平成25) 28,945
2014(平成26) 28,933
2015(平成27) 26,627


新聞の記事を拾って集めた昭和の参賀状況はつぎのとおりです。

★大群衆が皇居につめかけ、陛下お1人がバルコニーに出てこたえられる(2回, 1952から4回,1955は6回, 1956は行事の合間に7-8回)
・記帳所には机120台、帳面100余冊が置かれ1割が記帳(1948年)
・15台の机に8冊ずつ記帳簿が置かれたが3分の2は署名できなかった(1951年)

1948(昭和23) 350,000
1949(昭和24) 140,000
1950(昭和25) 100,000
1951(昭和26) 50,000 雨
1952(昭和27)(喪中のため参賀はなし)
1953(昭和28) 97,000
1954(昭和29) 82,000
1955(昭和30) 60,000
1956(昭和31) 80,000

★皇居広庭の特設お立ち台にご一家が立たれる(午前3回 午後4回)
1957(昭和32) 90,000
1958(昭和33) 80,000
1959(昭和34) 120,000
1960(昭和35) 62,600
1961(昭和36) 70,000
1962(昭和37) 89,000
1963(昭和38) 122,000

★新宮殿造営のため記帳のみ
1964(昭和39) 13,600(記帳のみ)
1965(昭和40) 5,000(記帳のみ)雨
1966(昭和41) 20,000(記帳のみ)
1967(昭和42) 12,300(記帳のみ)雨
1968(昭和43) 昼過ぎまでに20,000(記帳のみ)雨

★新宮殿完成(午前4回お出まし)
1969(昭和44) 37,000
1970(昭和45) 36,000(参賀24,000 記帳12,000)
1971(昭和46) 17,000 雨
1972(昭和47) 56,090(参賀36,200 記帳18,890)
1973(昭和48) 42,000(参賀24,000 記帳18,000)
1974(昭和49) 56,000
1975(昭和50) 63,410
1976(昭和51) 74,500(記帳23,000) (在位50年)
1977(昭和52) 43,000
1978(昭和53) 39,120(参賀28,400)
1979(昭和54) 43,800(参賀28,500 記帳15,300)
1980(昭和55) 70,400(参賀48,100 記帳22,300) (浩宮成人)
1981(昭和56) 75,420 (この年よりマイクでお言葉)
1982(昭和57) 61,470
1983(昭和58) 75,160
1984(昭和59) 76,000
1985(昭和60) 82,200
1986(昭和61) 81,030
1987(昭和62) 55,800
1988(昭和63) 41,000(参賀35,000 記帳6,000) 雨

参賀の人数の違いもさることながら、昭和の一般参賀は天皇陛下のお誕生日だった。いや、それは当たり前なのですが、天皇陛下が主役。手を振るのは天皇陛下だけで、皇后陛下および皇太子と常陸宮ご夫妻は天皇の傍らで控えておられたのです。後年、皇后陛下もお手振りをされましたが、手をあげるのは肩の線ぐらいまでで控えめでした。(証拠写真がネットですぐに見つかりませんが。)

平成は天皇と皇后が平等。そこが大きく違いますかね。アキンド脳の女優には控えるなんて発想はないらしく、毎年ひらっひらの洋服を新調して、堂々と対等に手を振っておられます。安定の不人気ですけど。


http://mainichi.jp/graph/2013/12/23/20131223k0000e040160000c/002.html

コメントありがとうございます。

ちょっと注目

1991(平成 3) 17,420
1992(平成 4) 13,550(参賀9,400 記帳2,700-朝日新聞より)
1993(平成 5) 20,140

↑平成5年で一気に7000人増えたのは雅子さま効果ですね。

1997(平成 9) 9,280

すくねぇ!

何があったんだ!

まあ、日も悪いよね。

昭和天皇の時は

「天皇陛下の誕生日を祝った後に初夏で天候もいいからちょっと東京観光してから帰ろう」

ということもできました。

ゴールデンウィークだから会社も学校も休みです。


しっかーし、平成は師走のしかも23日という超忙しい時の誕生日でしょ。

よほどガッツと時間的余裕がある人じゃないと皇居に行こうとはなりません。

大船のルミネの改札口に近い入口の特設会場では12月23日にすでにクリスマスケーキの販売をしているのを見て

「天皇の誕生日よりもクリスマス。これが平成のジャパニーズ」

と国民の本音を見てしまいました。

新年の一般参賀なら常陸宮ご夫妻、三笠宮ご夫妻、トモさんち、高円宮家というこれぞ皇族!という方々が集まります。

でもさー、天皇誕生日だとリョーヘーカ、皇太子ご夫妻、秋篠さんちだけでしょ?

行かねーよ。

めちゃくちゃ忙しいのに皇太子ご夫妻以外しょぼいメンツじゃ


また昭和を知らないヘカテーにとって注目すべき点は

>参賀の人数の違いもさることながら、昭和の一般参賀は天皇陛下のお誕生日だった。いや、それは当たり前なのですが、天皇陛下が主役。手を振るのは天皇陛下だけで、皇后陛下および皇太子と常陸宮ご夫妻は天皇の傍らで控えておられたのです。後年、皇后陛下もお手振りをされましたが、手をあげるのは肩の線ぐらいまでで控えめでした。

探してみましたらありましたよ!

しかも映像で!



2c07b41bef673be0be54838a6915e23b.png


本当だ

手を大きく振っているのは昭和天皇だけで、あとは良子さまが控えめに振ってるだけですね。

皇太子である明仁さんも振ってません。

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面白い人だなあ

一番最後の写真、右端にいる人の髪に釘付けです。
また面白い飾り付けてそう。

一般参賀、今も最初はへ~かだけが手を振っていますよ。

天皇陛下、82歳の誕生日 愛子さまや悠仁さまがお祝いのあいさつ
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00312029.html

なぜか次男のところの娘が、観衆に向かってお辞儀をしているところがツボです。

うわっ

1997(平成 9) 9,280

雨の日の横浜vsヤクルトくらいしか人来てませんねぇ…。
晴れてて、日祝だと2万前後は集まるんですけど、
不人気だとか、地味だとか言われるヤクルト戦ですらw
神宮球場の収容人数は34,092人(HP参照)ですので、
有料入場者2万+α(招待券入場の人はカウントされない)で、
大体スタンドは埋まってる感じですが、昭和の参賀では
4~5万人が当たり前だったとこに2万人程度ではスカスカでしょうねw
我らがスワローズは不人気球団とか言われてますけど、
今上天皇といい勝負だったのか。もう少し人気あげたいですね、
勿論スワローズの方の。

昭和が懐かしい

ヘカテ―様、年末でお忙しいでしょうに、更新ありがとうございます。
ヘカテ―様はお若いので、昭和はご存知ないんですね。
私は、昭和生まれの昭和育ち、平成なんて、年号とは思えない。

那須の植物も皇后さまの画集も我が家にありました。
昭和天皇実録を読むと、昭和天皇はお若い時から本当に生物学の研究にご熱心だったことがわかります。摂政としての超多忙な毎日ですが、専門家を呼んで、勉強していらした。
那須の御用邸ができたのは、大正15年。そのころから、那須の植物を採集したり、観察したり、本当にお好きだったのが分かります。

誰かに見せたいとか、褒められたいとか、そんな卑しい心は全くない純粋そのもののお方のようでした。皇后さまも同じです。

昭和の時代は高度成長で、人の心も明るかった。でもそれは経済が良かっただけではなくて、国民の象徴の存在が今とはまったく違っていたからだと思います。

本当に昭和が懐かしいです。昭和の空気をご存じない方は、ある意味お気の毒とさえ思われます。

次代の天皇誕生日

2月23日、わたしは1度は参賀に行きたいですね。
東京は遠いですけど。

陛下とへ~か

>一般参賀、今も最初はへ~かだけが手を振っていますよ。

本当ですね。よく調べもせずにごめんなさい。
ただ、言い訳をすると、朝日新聞の記事の写真は、平成20年と21年は、天皇1人が手を振っている写真、平成19年と23年は、天皇皇后皇太子ご夫妻の4人が写っていて、皇太子ご夫妻が入場の場面なので誰も手を振っていません。平成24,25,26年は天皇と皇后の2人が手を振っている写真でした。平成27年は、天皇皇后の写真で天皇のみが手を振っています。

今上天皇1人では、オーラがなさすぎ、なのでしょう、か。

写真は一瞬を切り取るものですから、動画のように最初から最後までというわけにはいかないので、本当はどうだったかはわかりませんが、とにかく新聞に掲載された写真については、昭和の時代は天皇陛下が手を振っておられる、というイメージです。

ヘカテー様が貼ってくださった写真、
天皇陛下が大きく見えます。一歩、前に出ておられるのでしょうか。

追記:
・9280人だった年は、読売新聞によれば、みぞれまじりの天候だったそうです。
・昭和23年の35万人は、1日と2日の2日間の数字です。
・数字については、皇居内に入った人数かもしれませんし、参賀の人数+記帳の人数かもしれません。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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