産経新聞のミッチーアゲ記事を突っ込んじゃうぞ!

寒い日本列島で皆さまいかがお過ごしでしょうか?

沖縄では観測史上初の降雪ですって!

沖縄の電化製品店からはストーブが品切れですって!

と、東北・北陸・北海道の人間が聞いたら

「フン、これだから甘ちゃんたちは」

とバカにするでしょうね。

ヘカテー、大学の卒業旅行で新潟県の坂口安吾縁の地に行ったんですけど、

雪国新潟の人間の真面目さに驚きました。

中越地震の時に「新潟県の人はまじめだから自分で抱えず、周りの人に相談してください」とテレビで流していた時に、

「へー、新潟の人ってまじめなんだー。田中角栄はまじめそうには見えないけどね~」

と思っていました。

(当時のヘカテーの中の新潟県民は田中角栄、眞紀子だった)

で、安吾縁の地のどっかに行った時のことでした。

地方の衰退というものをまざまざと見せつけるシャッター通りを歩いていたヘカテー

すると車すら通っていないのに赤信号を律儀に待つ人がいたことにびっくり。

「本当だ!本当だよ。新潟県民は真面目っこだ!」

とびっくりしました。

大阪どころか大船駅の東口改札の横断歩道ですら青信号になる前に渡ろうとする人がいるもん。

絶対に車が来ないことが分かってるのに、キチッと寒い中待ってるんだよ!

すごいよこれ!

あと、ムーンライトえちごを待っていた新潟駅では駅の休憩所みたいなところで数時間に一本の電車を待つ女子高生たちを見ました。

これもヘカテーにとっては驚きでした。

首都圏に住んでいるとたった10分電車が遅れたからってギャーギャー騒ぐ人がいますが、

新潟県民は何時間も待ってるんだもん。

女子高生たちは友達と話したり、英単語帳で学習してました。

いやー、新潟県民強いわ。

田中角栄が出てくるわけだよ。

(列外派の読者の皆さんは「ヘカテー、あんた東宮応援派のハマコーを名乗ってるんだから、新潟=田中親娘の地とか言ってんじゃないわよ。小和田家の縁の地でしょ。雅子さまがご成婚前にお墓詣りの為に新潟県の村上市に行ったでしょ。新潟=雅子さまでしょ」と冷静なコメントをされるでしょう)

田中眞紀子の「まきこ」の字が分からなくて調べたら「眞紀子」なんですね。

眞子丼の眞とキー子さまの紀子という秋篠信者がつけるべき名前ですね(笑)


と、どうでもいい話からスタートしました。

産経新聞HPの「皇室」カテゴリーを見てたらこんなことが書いてあった。

1月26日 産経抄 わたくしは殿下の妻です

昭和37年11月、当時の皇太子ご夫妻は、フィリピンのマニラ国際空港に到着された。大統領官邸のマラカニアン宮殿までのパレードには、2、3メートルおきに完全武装兵が立つ、厳重な警戒態勢が敷かれた。

 ▼先の大戦で、アジア最大の激戦地となったマニラでは、訪問反対のデモを計画する動きがあったからだ。しかし、お二人の人気は予想以上に高かった。沿道を埋め尽くした人波からは、「マブハイ」(万歳)の声が上がるばかりだった。

 ▼ご夫妻は、戦争未亡人や戦争孤児と会見するなど、精力的に日程をこなされた。新聞はお二人のロマンスを取り上げ、町のあちこちで、それまでタブーだった日の丸が翻っていた。54年前のご訪問は、フィリピンが親日国となる、きっかけの一つになった。

 ▼皇太子さまは、フィリピン人戦没者が眠る「無名戦士の墓」に花を手向(たむ)けられた。ただ、現地の日本人戦没者のご慰霊は実現しなかった。慰霊碑がまだできていなかったこともあるが、対日感情への配慮もあった。

 ▼フィリピンは、海外の戦地ではもっとも多い、51万8千人もの日本兵が犠牲になっている。天皇、皇后両陛下は、先の戦争で亡くなったすべての人を追悼する、「慰霊の旅」を重ねてこられた。今回のご訪問は両陛下にとって、長年の念願であった。

前回のご訪問を伝えるセピア色の新聞記事から、お二人の若々しい姿がよみがえる。帰国前の記者会見での出来事だ。「ケネディは『私はジャクリーンの夫である』と言っています」。現地の記者が当時、世界の注目を集めていたケネディ米大統領夫人を話題にすると、すかさず美智子さまが答えられた。「わたくしは殿下の妻です」。その場が和やかな雰囲気に包まれたのは、言うまでもない。

http://www.sankei.com/life/news/160126/lif1601260007-n2.html

まあ、いつもの両陛下アゲですね。

こういう記事を読んでネット右翼は「日本の天皇陛下は世界一偉い」とか信じちゃうんですね。

さて、そんなどーでもいいことは置いておいてヘカテーが驚いた箇所をピックアップ

>帰国前の記者会見での出来事だ。「ケネディは『私はジャクリーンの夫である』と言っています」。現地の記者が当時、世界の注目を集めていたケネディ米大統領夫人を話題にすると、すかさず美智子さまが答えられた。「わたくしは殿下の妻です」。その場が和やかな雰囲気に包まれたのは、言うまでもない。

天国のおかーさーん!!

粉屋の平民の娘が当たり前のことを言ってるのにマスコミが美談にしてるよー!


この「明仁皇太子の嫁」だった人は皇后になったらマスコミに「美智子女帝」「新天皇陛下は美智子さまの言いなり」みたいなことを書かれたら速攻ヒステリー起こして「失声症」という病名掲げました。

まあ、この時点で既に「明人皇太子=美智子の夫」だったんじゃないですか?

明仁皇太子って「平民の正田美智子さんと結婚した人」だもん。

昭和天皇みたいに圧倒的な世界的知名度があるわけでも、

徳仁皇太子殿下みたいに国連の水問題委員会の名誉総裁をして国連本部で講演をするような活動をしてるわけでもないし。
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哀れと言えば哀れな存在です。

明仁さんを箇条書きにしたら、昭和天皇の第1男子で、正田美智子さんを嫁にし、・・、あとは?
プルーギル? 敬宮さまのおじいさま?
自分の代で、2度も大震災があり?
・・一体ナニをされた方なんでしょうか

実際に何の取り柄もない

明仁さん、本当に何の取り柄もない。
いや、別にそれはいいんですよ。
人格が何よりだと思います。
でも知的コンプレックスを、頭のよい長男一家にぶつけるってどうなのよ?
やはり知性ってのは人格で、知性の貧困さは人格の矮小さにつながるのでしょうね。
両陛下見てるとよくわかります。

海外だと開放的?

昭和の猫かぶりまくってた皇太子妃が

>「わたくしは殿下の妻です」

とか言ってたんですねえ。
当意即妙な返し!アテクシ賢い!とか思ってたんでしょうねえ。
私のイメージだと「妻」とか言いそうにないんですけどねえ。
「殿下」じゃなくて、蚊の鳴くような声で「東宮さま」ですしねえ。

へえええ。
で、当時の殿下は、現在フィリピンでニコニコと楽しそうです。
お出かけ出来てよかったね、おじいちゃん。

皇太子は苦笑

セピア色の新聞記事を正確に再現しておきましょう。

-----------------------------------------
問い(フィリピンの記者) ケネディ大統領夫妻がフランスに行ったとき、フランス人の関心は夫人に集中した。フィリピンでも妃殿下に集中していますが、殿下はどう思われますか。

皇太子 (苦笑)いずれにせよ歓迎を受けるのはうれしい。

(ここで同じ記者が「ケネディは”私はジャクリーンの夫である”と言ったが」というと妃殿下はすかさず「私は殿下の妻です」と答えられたので爆笑)
----------------------------------------

記者会見のこの件りは、朝日、読売には掲載されていなくて、毎日だけに掲載されていました。載せてはまずい、という判断だったのでしょうか。

それから、

-------------------------
問い(フィリピン婦人記者)妃殿下は民間のご出身ですが、そのことは民主化された日本にとってプラスになりますか。

妃殿下※ そう思います。
-------------------------

※の部分は、
読売は、翌日に、翻訳の間違いで「皇太子」であると訂正した。
毎日は、「美智子さま」。
朝日は、「皇太子」。

訪問前にも記者会見をしていますが、妃殿下のほうがうんとよくおしゃべりになっています。それでは、帰国前の記者会見の全貌をご覧いただきましょう。内外記者団(日本側22人、フィリピンなど6人)と日本大使公邸で会見。(3紙をつなぎあわせて再現)

-------------------------
問い こんどのご旅行でとくに印象深かったのはどんなことですか。

皇太子 あらゆることが感銘深かった。またアギナルド将軍といっしょに記念すべきバルコニーに立つことができたことは一生忘れません。

問い 国立フィリピン大学をおたずねになって若い世代に接触されたが、どうお感じになられましたか。

皇太子 時間が短かったのでじゅうぶんには話し合わなかったが、両国の関係が非常に親密になるだろうという感じを受けました。

(ここでフィリピンの婦人記者がお二人のロマンスの発端となったテニスをめぐる話題を質問、笑いがおこる)

問い(フィリピン婦人記者)妃殿下は民間のご出身ですが、そのことは民主化された日本にとってプラスになりますか。

妃殿下※ そう思います。

問い(同)フィリピンにこられていろいろな人がお二人に握手を求めたり、近づいたりしたが不愉快ではなかったですか。

妃殿下 それぞれの国にそれぞれの親しみの表明のしかたがあります。この国のしかたでしてくださったのですから私はほんとにうれしかった。

問い(フィリピンの記者) ケネディ大統領夫妻がフランスに行ったとき、フランス人の関心は夫人に集中した。フィリピンでも妃殿下に集中していますが、殿下はどう思われますか。

皇太子 (苦笑)いずれにせよ歓迎を受けるのはうれしい。

(ここで同じ記者が「ケネディは”私はジャクリーンの夫である”と言ったが」というと妃殿下はすかさず「私は殿下の妻です」と答えられたので爆笑)

問い(フィリピン記者)戦争未亡人や孤児の団体の代表にお会いになて、どういう話がでたか。

妃殿下 皆さんがどんな生活をし、子どもの教育はどうやっておられるかなどを話しました。お会いしたのは限られた代表の方だけでしたが、フィリピン全国の未亡人と遺児のしあわせを祈っています。

問い 浩宮さまへおみやげは?

妃殿下 パギオで木彫りのかわいいくだものをみつけたので一そろい買いました。またロセス文部大臣夫妻が子供の洋服やフィリピンのおとぎ話の本を捜してくださるそうです。この本はまもなく浩宮もおもしろく読めるようになると思います。こんどは一度も手紙を書かず電話もしませんでした。




No title

どうも初めまして、新潟県民です。
そうか、他県の人から見ると、そんなに新潟はまじめなんですね。
今でも車がこなくても赤信号を待つ人は多いです。

わたくしは殿下の妻ですという言葉、ただそのままのことを言っただけで、そんなたいした話には思えないですねえ。
話題にすかさず答えられたというけど、そこはまず殿下の言葉を待ってから言うところのような感じがします。

イメルダ夫人をしのぐ美智子さん

1980年代の半ば、ちょうど私が大学に入学したころのフィリピンは、政情不安から革命が起こり(1986年)、当時の独裁的指導者だったマルコス大統領が国外に脱出(逃亡)する事態となりました(この革命の勝利者が、現大統領のお母様です)。

その後、このマルコス一家が住んでいたマラカニアン宮殿が公開され、大統領夫人であったイメルダ夫人の衣裳部屋に並べられていた膨大な数の靴が大きな話題となり、夫人の贅沢ぶりが面白おかしく大々的に報道されました。

当時、大学で友人とこの話題になった時、
「でも、美智子妃殿下のこれまでの衣装に比べると、金額的にも数的にも大したことないんじゃないの?靴なんてどんな高級品でも値段がしれてるわよ。」
と一人が言うと、
「確かに言われてみればそのとおり」と一様にみな納得し、
「ただ、日本は豊かだからいいけど、フィリピンは貧富の差が大きいから問題だよね」
と。

イメルダ夫人の衣裳部屋にはドレスもたくさんあったのですが、フィリピンはほぼ一年中夏と言っていい気候ですから、ハワイのムームーみたいな、或いは昔でいうところのアッパッパみたいな薄手で安っぽい感じのものが殆どで(もちろんそれでも良いものなんでしょうが)、いかにも上等そうな地模様のある厚手のシルクの服なんて、国内では必要ないわけです。

大量の靴も、地場産業奨励のために国産品ばかりだったそうですから、一概に悪いとも言い切れないと後に報道されました。

昭和終盤のバブル初期の女子大生達は、あのイメルダ夫人よりも自国の美智子妃殿下の方が余程お金がかかっていると、冷静に判断を下していたわけです。
我々世代は子供のころから、美智子さんの衣装のとっかえひっかえ(着用はほぼ一回限り)を、知らず知らずのうちに見て育ってましたからね。

ただそれでも、当時はまだ決して批判的には見てなかったですよ。
皇太子妃っていう身分の人はそういうものだろうと誰もが思っていましたから。
しかしそれも、雅子さま入内によって、「国民の無知と善意による誤解」だとバレ始めました。

おそらくこれまでの衣装は順次処分されてるでしょうが、美智子さん入内以来の装身具についてのあらゆるデータをきちんと出すべきだと思いますね、宮内庁は。
間違いなく、イメルダ夫人をはるかにしのぐことが証明されるはずです。

何の取り得もない男

>明仁さん本当に何の取り得もない
ハイ実際その通りらしいです。肝心の現皇后さんがそう言っていたそうですから。「あの人(明仁さん)は皇太子でなけりゃ何の魅力もない男だ」とのたまったそうですよ、結婚前の美智子さん。私の母や姑が全く違う場所で同じこと言っていましたから結構当時は知られた話だったみたいです。結局皇太子妃の地位に惹かれて結婚したんですね。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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