救急車と一緒に行動したフィリピン旅行

なんかとんでもないことが書いてあった。

「移動時の両陛下の車列に、救急車が含まれていたのです。実は昨年、日本国内でのいくつかの公務の際にも、近くに救急車が待機しているのが見かけられたことがありました。ですが、こと車列に救急車となると過去に例を見ない。何か重大な体調のご不安があるのではないかと、一部、騒然となりました」(前出・皇室記者)

 実際は、救急車の手配はフィリピン側の配慮によるもので、危惧すべき問題ではなかったという。

「ご到着、ご出発の両日にアキノ大統領が空港に足を運ばれるなど、フィリピン側は最上の敬意を払って両陛下をお迎えしていました。救急車の存在も、ご高齢の両陛下に“万が一”があってはならないと、万全を期するためのものだったそうです」(前出・皇室記者)

http://www.news-postseven.com/archives/20160204_382681.html?PAGE=2

救急車って・・・

調べてみたらフィリピンの平均寿命は

男性69.5歳、女性73.9歳(フィリピン国家統計局調べ)

そりゃ怖いわ!

日本人なら80代のじいちゃんばあちゃんなんていっぱいいるけどフィリピンじゃ珍しいわ!

日本と10歳平均寿命が違うんだから!

日本人の感覚だと90代のおばあちゃんが気温差30度の国へ来るようなもんだよ!

フィリピンも死んじゃったら面倒なことになるから神経とがらせたのでしょう。

ごめんねフィリピン
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毎回、本当に恥ずかしい2人

本当に、フィリピン国民の皆さんには多大な迷惑をかけてしまって申し訳ない気持ちになりますね…最初から海外など行かずにいれば、相手国にこんな気遣いをさせる必要もなかったのに、と毎回思います。

救急車の件だけでなく、天皇皇后は最初にフィリピン側が用意してくれた開閉できないスモークガラスの車を、開閉できる透明ガラスの車にわざわざ変えさせたという話もあるみたいですね。警備や安全の面からフィリピンが配慮してくれたのに、「え?窓が開かない?しかもスモークガラス?そんなんじゃアタクシの顔をフィリピンの皆さんにお見せできないじゃないの!早く開閉できる透明ガラスの車に変えさせなさい!」と、美智子さんがヒスを起こした(?)ようですが…例の特注高級ビニール傘()に通じる勘違いが海外でも炸裂したようです。心底恥ずかしいです。

天皇皇后はおとといから葉山静養に入ったようですが、そこでも「あっちの方角がフィリピンかしら?」みたいに2人で指差ししていたとか。本当に呑気ですね。心は既に「次の海外訪問先」に向かっているのかもしれませんが(呆)

鈴をつける誰かいないの?

もうね、はっきり言って〇けているとしか思えない言動の数々。わたしの祖父も認知症になり、現役の頃の威厳は何処へ?と悲しくなりましたが、両陛下に比べれば可愛いものでしたよ。

国内の徘徊は100歩譲っても、今後一切無駄な海外へのお出ましは止めていただきたい。相手側も迷惑このうえないと思うんです。日本人として恥ずかしい。

それと、BSでしかやらなくなった皇室番組。時間の無駄ですよね。これが東宮ご一家ならば心も弾みますが、美智子さんの不自然な美談話かと思うと、タイトルだけで観る気が失せます。

世の中の閉塞感の元凶は、日本一有名なお年寄り夫婦なんですよね。祭祀をさぼるから災害だらけだし、その奥さんはダンナより目立とうとしたがるし、ホント目障り。誰か鈴をつけてくれないかなぁ。

不敬だと分かっています。だけど、ちっとも尊敬出来ないんだもの。あ~ヤダヤダ。
 

晩節を汚して早四半世紀

結局何しにいらしたのか。フィリピンの方々は慰霊とは思ってらっしゃらないんでしょ。・・・不意に思い出しました。歌手の方が、本場の、例えばニューヨークなどの劇場でコンサートをします!と言いながら、お客さんはほぼ日本からのファンで、現地の人は仕込みだったりする、今回の「慰霊の旅」はそんな状況を連想してしまいますね。

Keep well, keep well

日本のエンペラーとエンプレスが来たんだー、へー知らなかった、とか、車を換えさせた、とか、救急車が用意された、とかのメガトン級の事件とは比べようもない小ネタですが、I am Michiko; do you remember me? と題する記事を見つけました。感想は・・・・言わない。

http://www.philstar.com/news-feature/2016/01/29/1547435/i-am-michiko-do-you-remember-me

天皇皇后が駐日フィリピン大使と会食した際、2人の偉大なフィリピンのテニス選手のことをお尋ねになった。故ホセ・アンポンとジャン”ジョニー”・ホセ。天皇皇后はジョニー・ホセと会いたいと所望された。1959年と1960年に日本で開かれたデビスカップの試合でホセをご覧になっていた。皇后は一度ホセとテニスをしたことがあった。大使は本国に連絡し、車椅子に乗り片目をほとんど失明したホセと妻のオリビアがマラカニアン宮殿の晩さん会に出席するように手配した。

“I am Michiko of Japan,” the empress introduced herself to Jose after the dinner. “ I hope you still remember me.” Jose nodded.

The royal couple spoke to Jose and his wife Olivia for almost 10 minutes. She kept on repeating to Jose, “Keep well, keep well.”

皇后は、お元気で、お元気で、と言い続けた・・・・・・ 

完璧な英語を話す皇后は、カトリックの学校で教育を受けたが洗礼はしていない。皇族と結婚した最初の平民である。(自由訳失礼)

デジャブ……

読売新聞2016年(平成28年)2月10日水曜日
震災5年 両陛下と被災地(上)

天皇、皇后両陛下は、東日本大震災からの5年間、津波や原発事故
の被災地の繰り返し足を運び、人々に寄り添われてきた。震災と復興に、
両陛下がどう向きあって来られたかをたどる。

2011年3月14日、天皇陛下は、皇居・御所で側近らと夕食を囲まれた。
平安時代の869年、仙台平野などを大津波が襲った「貞観地震」と、三日前の大地震の類似性に言及し、「歴史がきちんと刻まれていたら、被害はまた違ったのでは」と話された。
宮内庁の羽毛田信吾長官(当時)は、陛下が折に触れて書籍を開き、地震の歴史を調べられているのを知っていた。
「地震のことを常に考えれているからこその想いがあふれたお言葉だった」
と振り返る。
大地震の発生時、公務で宮殿にいた陛下は、状況を把握するためにテレビをつけられた。
御所に戻っても、度々の余震の中、津波の映像を見続けられた。側近によると、両陛下はすぐに
でも被災地を訪れたいという気持ちだったが、「何よりも救助を優先し、訪問時期は現地の判断に委ねるべきだ」と決められたという。
両陛下が被害の全体像を把握されたのは15日だった。御所に呼ばれた安藤隆春長官(同)が東方沿岸の衛星写真を示すと、両陛下は一枚一枚手に取って目を凝らされた。かつて訪れた街が津波に飲み込まれたと知り、一瞬、言葉を失われたようだった。
決して希望を捨てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜いて――。16日夕、陛下がビデオ映像で語りかける異例のお言葉が、テレビで放映された。
両陛下は被災地に寄せられる強い思いを行動でも示された。15日から、計画停電の時間帯に
合わせて、御所で自主停電を始められた。
当時、陛下は77歳、皇后さまは76歳。陛下は前月の精密検査で動脈硬化や血管の狭窄が見つかった。寒さが体に障る恐れもあったが、「
「そこまでなされなくても」という側近に
「被災地は電源すらない。気遣いはありがたいが、厚着をすればいい」と話された。
(続く)

デジャブ2

(続き)
東京消防庁の新井雄治消防総監(同)は4月下旬、消灯された御所の応接間で活動状況について説明中、皇后さまが「計画停電が終わりました」と女官から声をかけられ、手首に巻いた黒いひもを外されるのを見た。
「自主停電中であることを忘れないための印で、ここまで徹底されているのだと頭が下がる思いでした」
3月30日の東京武道館訪問から始まり、7週連続で避難所、被災地を巡ったお見舞いは現地の負担に配慮して全て日帰りだった。羽毛田長官が「ペースを落とされたら」
と伺いを立てたが、陛下は「このままで大丈夫」と応じられた。
4月27日、両陛下は初めて東北の被災地へ。陸上自衛隊のヘリコプターで、800人以上が犠牲になった宮城県南三陸町に降りられた。(了)

美談……なんでしょうが、所々に「このエピソードは、むしろ……」と感じる部分が多いです。
なんだかリョーヘーカの過去はどんどん美化修正されていくのを実感しました。
恐いです。

親善も何もあったもんじゃない

慰霊というのは本人たちの個人的な目的であり、第一の目的は親善ですよね。
相手国に多大な負担をかけるのが親善なんでしょうか?
フィリピンはまだまだ教育やインフラ整備など、課題もたくさんあると思いますよ。
今回の訪問にかかった費用で、普通に学校の一つも作れそうですけど。

なぜ省エネ生活を続行しなかったのか?

>皇后さまが「計画停電が終わりました」と女官から声をかけられ、手首に巻いた黒いひもを外されるのを見た。

え?計画停電が終わると同時に、天皇皇后も省エネ生活を止めてしまったの?別にわざわざ時間を合わせなくても、自主的に省エネ生活を続ければそっちの方が美談になっただろうに。だから「ただのパフォーマンス」と言われてしまうんですよ。

まあ、計画停電が終わり震災から時が過ぎれば、例年と変わらない一日がかりの豪勢な誕生祝いをやらせたり、皇居のライトアップを始めてしまう今の天皇皇后らしいエピソードとは感じますけどね。あ、被災地巡りのときもわざわざ新しい高価なコートを新調させたという皇后の話もありましたっけ。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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