浜尾さんがいなかったら浩宮さまはバカになってただろうなーと思うエピソード

『皇室日記』を見ましたが、15分の番組で短いからこういうブログの管理人をしているヘカテーには物足りないものでした。

日曜の朝6時じゃ皆見ないだろうし。

皇太子ご一家特集でゴールデンタイムに1時間でいいから放送してくれないかなー。

浜尾実東宮侍従が書いた『浩宮さまの人間教育』という本を読んでいたら気になることが書いてあった。

1歳のころの浩宮さまのエピソードです。

いたずらを覚えるようになった浩宮さま

 おイタが過ぎるということで、私には、忘れられないことがひとつある。
 それは、前にも書いたように、浩宮さまの躾や教育に関しては、宮さまご自身にきびしくするだけでなく、必要なときには、両殿下に苦言を呈することがあった一例である。
 両殿下ともその日は、ご公務から解放されてほっとしておられたのだろうと思う。前後のいきさつは忘れたが、二階の居間に私もうかがっており、浩宮さまは、どこの子もそうであるように、みんな揃った中での安心と楽しさを、思うぞんぶんに味わいながら、部屋の中を動きまわっておられた。
 そのうちに、椅子を力まかせに押しはじめた。日ごろの鍛錬が予期しないところで効果を見せ、椅子は幼い宮さまの力で傾き、やがてバタンと倒れた。それが嬉しかったのだろう。宮さまは、倒れた椅子を、ヨッコラショとおこし、また押し倒した。一回でおやめになるかと思ったら、そこはお子さまである。面白がって、何度も同じことをくり返される。
 私は、殿下か妃殿下が、いまに注意してくださるかと、見守っていた。しかし、両殿下とも注意するということにお気づきにならないほど、楽しいお気持ちにひたって、宮さまの愛らしい力業(?)を眺めておられるだけであった。
「宮ちゃま、椅子を倒すのは、イケマセン」
私は、それ以上は見かねて、おとめした。まだ幼いのだから、いけないことは「イケマセン」の一言で、なにはともあれストップをかけ、そのことのくり返しで、やっていいことと悪いことがあるということをわかっていただく、というのが当時のやり方であった。
 私は、両殿下に申し上げた。
「お庭で椅子を倒したり小石を投げたりすることは、場合によってはお身体を鍛える手段として黙って見ておいでになってもいいかも知れません。しかし、居間の椅子でそれをなさるのは、適当ではありません。けじめをつけて、その場でおっしゃっていただいたほうがいいと思います」


叱れよ!危ないだろ!

浜尾さんはこの本の中で両殿下は躾に厳しかったと書いてますが、

こういうエピソードを知ると、

「常識ねーなー」

と呆れます。

ただでさえ、次男坊で自由奔放な性格だった礼宮は非常識で遊び好きの両親から教育を受けて今のようになりました。

本当に浜尾さんがいてくれてよかったわー。

特別な子どもとして甘やかすのではなく、自分の子どもだったらどうするだろうと考えながら養育係としての務めを果たしました。
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敬宮様にとっては。

浩宮様に浜尾さんがいらっしゃってよかったです。
今、敬宮様にとってはおかあさまの雅子様が浜尾さんの役目もはたしてらっしゃるんだろうと思いました。
不登校の時(事実は不登校ではありませんが)、両陛下やマスコミからの心無い言葉やバッシングに屈することなく、全力で敬宮様の守られたこと、いつかお代が変わったとき、この平成の皇室で起こったことが検証されることを願ってやみません。

子供を躾けられない明仁と美智子。

礼宮が、
テーブルの下に潜り込んでいたり、床で寝そべっている写真が残っています。

それは遊び時間ではありません。
昭和天皇と香淳皇后に関する祝賀行事での時だったと思います。

いくら無礼講だったとしても、昭和天皇と香淳皇后の御前でテーブルの下に潜り込んでいるなど失礼すぎます。

常識ある親であれば、そういう事は今すべきではないと礼宮に注意すべきです。

でも明仁と美智子は何も言わずに放置していた。
だから、そういう写真が残っている。

明仁と美智子は子供に常識を教えられない、躾けられない、ダメ親です。

だから礼宮と川島紀子は学生時代に2回も・・・・・以下略。

浜尾さんも貞明皇后もご立派でした

昭和天皇・香淳皇后や浜尾さんがいたからこそ、今の皇太子さまがいらっしゃるんだなと思うお話でした。

でも、どうせなら礼宮(秋篠宮)にも「弟宮として兄宮を支えよ」といった厳しい教育を施すよう浜尾さんにお願いすれば良かったのにと思います。

自由奔放に育ってしまったから、皇族とは思えないほどの容姿をしたり、好き勝手なことをやったり、髭を生やして昭和天皇の不快を買ったりしてしまったんでしょうね。もし、弟宮として兄宮を陰から支える皇族であったら、少しは国民にも尊敬されていたのですけどね。今更ですが(笑)

昭和天皇の弟宮として、秩父宮、高松宮、三笠宮の3殿下に「兄を支えよ」と厳しく教育された貞明皇后は大変ご立派でした。母君の願い通り、3殿下は戦前、戦中、戦後と昭和天皇を、皇室を支えられました。3殿下のお妃さま方もどこぞの某宮妃と違って、でしゃばるようなこともされず、皇太后さまを支えられました。

改めて皇太子ご夫妻を陰ながらお守りしていた高円宮さまの早すぎる薨去が悔やまれます。

浜尾家には愛があった

1960年代の四ッ谷の初等科。門の前に交差点があり、普段は信号だけなのですが、朝のある時間になると警官も交通整理を始めます。
すると、みんなが登校する四ッ谷駅方向からではなく、赤坂御用地方向から二人の人影が見えてきます。浩宮さまと浜尾侍従が並んで登校してくるのです。

「特別扱いじゃないと言うけど、警官が来るなんて、特別扱いじゃないか」などと、生徒は影で言ったりしていましたが反感はありませんでした。だって、本当は普通でいたいのは浩宮様自身なんだということが、良ーく判っていたからです。
つまり、「自分は特別なんだ」という事で偉そうにしたり、目立ちたがったりというようなところが、浩宮様にはまったく無かったので、生徒全体が暖かい感覚でいたのです。

浜尾侍従は、一般家庭で考えれば浩宮さまの「親」でした。
美智子妃は、何かの行事の時に、普通の保護者より目立つ服で来ている「パフォーマンス母」という感覚でした。特別なのが好きなのは母の方でした。

それはともかく、浜尾さんの息子さんも学習院に通ってきていて、元気な男の子で宮様より学年が上でした。思い出すと「弟分の浩宮さま」が、普通の子どもの遊びができるように教えたり誘ったりするのは、「兄貴分の自分」の役割だと自負があったと感じます。

それって、すごく素敵な事だったんじゃないでしょうか。どうしても、子どもは「ちょっと境遇が違う子」を空気で感じて引き気味になるところがあります。そんな中で、皇位継承者である宮様を弟分として積極的にリードし、溶け込ませのに一役買うのって、なかなかできない事だと思います。

そこには「浜尾家あげての、浩宮さまへの本物の愛」があったと思います。お仕事と割り切ったら、こういう愛は生まれません。いや、本当の尊皇家の深ーい仕事にはこういう愛が必要だという事が、浜尾家の家風にあったのかもしれません。

礼宮さんにそういうお友達はいたのでしょうか? ましては、その長男さんには、こういうお友達は全くいないでしょうね。

ぼく卒業したよ。

浩宮さまが学習院幼稚園を卒園した時、浜尾侍従は盲腸炎の手術で入院してました。
「オーちゃん、ぼく卒業したよ」
病室に、ひとりで浩宮さまは卒業証書を持ち、現れたそうです。
なんか、いじらしいですね。

浩宮さまは浜尾侍従を「オーちゃん」と呼んでおられました。ちゃん呼びはお久家さんの呼び方。
昭和天皇は、明仁親王を「東宮ちゃん」と呼んでおられました。
それと、内廷皇族の称号持ちのお子さまはご称号でお呼びするのが、昭和までのやり方でした。
傍系宮家の子供も、東宮家のお子さまもゴチャマゼの名前呼びの平成のほうがおかしい。

ああ、

こんなに皇太子の事を思っていた浜尾さん。
なのに浜尾さんが亡くなった時、皇太子はお悔やみに行かなかったらしい。

Re: ああ、

> こんなに皇太子の事を思っていた浜尾さん。
> なのに浜尾さんが亡くなった時、皇太子はお悔やみに行かなかったらしい。

お悔やみのお花を送られました。 
そもそも臣下である浜尾さんのお葬式にほいほい行けるほど気安いお立場じゃないし。

Re: ああ、

噂ではコーゴー様が浜尾さんのお葬式に行かせなかったとか。

あんなにお世話になったのに意地悪なコーゴー様!

普通の国民は察しましたよね

>なのに浜尾さんが亡くなった時、皇太子はお悔やみに行かなかったらしい。

ええ。
なので、普通の国民は察しましたよ。
女官長に呼び出させて叱責したり、旧職員のお茶会に招待しなくなったりと浜尾さんをお出入り禁止にした誰かさんに「行く事まかりならん」と言われたに違いないと。

てりい くん とやら。

浜尾さんは、遊び歩くばかりの今上と美智子皇后に苦言を呈したんだよ。
そうしたら、旧職員のお茶会へも招かれなくなった。
今上と美智子皇后は、出来の悪い次男や育ち悪くおもねりうま いその嫁さんのような、自分らより能無しの、諫言なんかは絶対にしない連中が好きなんだねえ。
誰だっけ?
学生時代の今上について「付き合っていただきたい優れた相手を遠ざけ、付き合って欲しくない相手とばかり、お友達になる」
そう言った方がいましたなあ。
つまり、浜尾さんのような真心の人は大嫌い。
だいたい、皇太子さまが臣の葬儀に出席できるわけないでしょう。
ああ、皇太子ご一家を誹謗中傷する輩は、皇室典範を理解してないんだっけ。それじゃ全てわかるまい。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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