「縁談はストラッグル、費用は宮内庁持ち 」それがSHOUDA流!

梅花藻さまがすごいことを調べてくださいました。

みなさまのコメント、読んでいて大いにうなずけますし、チャリティー試写会の話題にひたりたいところにこんな話はどうも、なのですが、

比べてみよう そうしよう 嫁入り支度
http://retsugaiha.blog.fc2.com/blog-date-201512-3.html

以前、この記事を見たとき、3000万円?6トントラック1台分が1億円?と思ったけれどそのまま忘れていました。

そんなはずはない、と改めて思ったのは、「週刊新潮」が2月22日に発売した別冊「60周年記念創刊号復刻」。創刊号の復刻の他に「傑作選「金と女と事件」の顛末21」として過去の記事がいくつか再録されていて、その中の「発表後十日間 正田家を心配させる背景」(1958年12月15日号)という記事を見たときです。

英三郎氏の資産、

 ・日清製粉の株
  英三郎氏の所有約14万株。
  貞一郎氏 12万株
  きぬさん 3万株
  その他、縁者の持ち株  
  すべての合計約34万株
  結局、英三郎氏の持ち株は端数を含めて15万株として約2400万円(株価160円として)
 ・池田山の土地と家は1600万円ぐらいと言われる。

英三郎氏の年収は株の配当を含めて680万円。(これは読売新聞1959.3.18の記事より)

預貯金がどれぐらいかは知らず、都心の一等地に1万坪の土地を持っているという資産家でもなければ、上場会社のオーナー社長といえども3000万円を工面するの大変ということでしょう。

で、調べてみました。あれこれ複数の文献をあたるべきところ、今の私は図書館に通うだけの時間的余裕はないので机上でゲットできる新聞記事だけで構成しますが、そう大きくは間違っていないはずです。(註)

まず、トラック三台分の荷物について。
「・・・トラックは日清製粉出入りの三つの運送会社が仲良く一台ずつ同じ型の新車を買って奉仕したもの。運ばれた荷物は、和、洋、整理ダンス各三本、ナガモチ二本など約50個、約一千万円といわれるお支度のうちローブデコルテや訪問着など約五百万円ぐらいという話だった。」(昭和34年4月5日読売新聞夕刊)

次にお支度の費用と内容について。

読売新聞3月18日の記事によれば、

1.宮廷費からの支出 約3000万円

 (内訳)
  A. デコルテ・モンタント、和服、十二単、ティアラ、勲章など1000万円
  ・ローブデコルテ6着
   ローブモンタント6着
   1着15万円~20万円
  (実際には倍ちかくつくり、予算の不足分は内廷費でまかなう、とある)
  ・和服20数組
   1着15万円~20万円
  ・十二単は皇后のものを使うが予算は50万円を計上
  ・勳一等宝冠章 30万円
  ・ティアラは皇后のものを修理 など
  
  B.結婚式、仮御所の修理など  1966万円
  ・結婚、朝見、宮中祝宴の費用
   (祝宴の料理1人分1000円)
   (引出物 銀のボンボニエール1個 1500円)
  ・伊勢神宮、御陵報告の旅費など
  ・仮御所の改修費 150万円

2.内廷費からの支出 約1000万円
  和服、カクテルドレス、デコルテ、モンタントの不足分、アクセサリーなど

3.正田家のトラック三台分のお支度  約1000万円
  うち、ローブデコルテや訪問着などは約五百万円ぐらい

  他に、東宮御所の新築費が5670万円(2億円という記述もあった。要確認)。


上記、2と3は重なっているものがあるような気が・・・しますが、それは言わないこととして、3000万円というのは宮廷費からの支出。正田家の出費は約1000万円ということのようです。

「ご結婚後のお手元金は不自由のないよう差上げます」との当局の話だが、相当高額の持参金(一般とはちがい、おそばにつかえるものの祝儀などにあてられる)をもっていくのが、正田家程度の資産家では常識とされている」

もちろん、目に見えない出費はいろいろとあったでしょうし、持参金も持たせたのかもしれませんが、結論として、富美さんは、


1.結婚にかかる費用は宮内庁持ち
2.足りない分は天皇家の内廷費から
3.結婚後の生活費は十分な額を支給する


ということを約束させた上で結婚の承諾に踏み切ったようです。
旧皇族や旧華族といえども、巨額のお支度金を用意できるお家はないでしょうから、合理的といえば合理的でしょうが、まあそれにしても・・・と絶句してしまいました。

追記すると、
昭和35年の訪米経費は一般会計の予備費から4224万5000円。(毎日新聞1960.09.06)和服を10着新調した、ということです。

結婚前も結婚後も、世間で思われているほど正田家はお金を出していないと思います。昭和34年からずっと金銭感覚は変わっていないのではないでしょうか。

(註)
・読売新聞
1959.01.28 折詰も1000円ぐらい 皇太子さまの御婚儀 1900万円で万事簡素に
1959.03.18 皇太子妃の誕生まで しのぎ削る業者 お支度づくり秘中の秘
1959.03.18 しめて3000万円 やはり世紀の結婚式 真珠108個・宝冠章
1959.04.05 お嫁入り道具運ぶ 東宮仮御所へ トラック3台分

・毎日新聞
1959.01.28 美智子さんのお支度-和服や靴十五足を注文(写真付)
1959.03.16 あと廿五日、忙しい正田家-夜も式服の仮縫い(写真付)

・サンデー毎日 昭和34年4月19日号(未見)
「美智子さんのお輿入れ道具 ひと目ですべてがわかる一覧表」
 宮内庁が「絶対秘密」にしているおコシ入れ道具は?ダイヤの冠・ディオール店の最高服から、日用品までの簡素といわれながら総百三十五品目に及ぶ豪華なお支度品の一覧表
・毎日グラフ 昭和34年4月19日号(未見)
「おコシ入れ道具東宮仮御所へ 何から何までデラックスなお荷物送り込み」


コメントいつもありがとうございます。
梅花藻さま、おそろしい子!

読んだ感想は

「ええ!マジで!?『うちはオーナー社長ですから!華族さまとはひけをとりません!』と威張っておきながら皇室に結構出させてんじゃん」

です。

正田家って乞食よりも浅ましい。

宮内庁が3000万円で正田家が1000万円

しかも東宮御所は新築。

読売新聞は東宮御所の新築費が5670万円と報じてますが、

ご成婚パレードで投石した少年は

「新東宮御所は新築で2億3000万円をかけるのはけしからん。

国民が苦しんでいるのをよそに、多額の税金を皇室が乱用している。」

と動機を語っています。

過去記事 新品じゃなきゃイヤ!!はここから始まった

「濁貧」の川島家が宮内庁にご成婚に掛かる費用全部出させたと当時話題になりましたが、

正田家も笑えねーぞ!


(濁貧とは中村うさぎが作った言葉で、「清貧」とは違い無駄遣いばっかりした結果貧乏になった状態をさす言葉)
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実にせこくショボくケチくさい正田家

以前、雅子様・美智子さん・キコ婆の御輿入れ道具の内容についてこちらのブログでも話題になった時、実は内心で美智子さんの御輿入れ道具の内容と、その費用の出所に疑問を抱いていました。
嫁入り支度にドレスや和服が多い点は本当に衣装道楽の美智子さんらしい()とせせら嗤っていたのですが、「ん?でもこれらの費用はどこから出てるんだろ?すべて正田家だけで持つのはちょっと無理があるんじゃないの?衣装多すぎだし。でもまさか税金使ってということはないよね?」と訝しく思いました。そうしたら案の定、皇室持ち=税金負担だったとは…!
正田家が負担したとされる約1000万も当時としては破格の額だったとは思いますが、それにしても税金に頼りすぎではありませんか。英国のキャサリン妃の実家は確か結婚に関する費用を王室と折半したということなので、正田家の負担の少なさに逆にビックリです。
「華族と変わらない生活をしてきましたドヤァ」と富美さんは豪語したようですが、正田家って実はけっこうケチでショボいし実はお金無いの?と思ってしまいました。

一方で雅子様や小和田家は御輿入れのために、税金をここまで使ってたくさん衣装や宝飾品を用意させたというお話は聞いたことがありませんね。

美智子さん、そりゃ入内前からあれもこれも税金で、あれもこれも新しいもので!という生活に慣れてしまったら、国民の血税を湯水のように使う習慣からなかなか抜け出せないはずだよ…と呆れ返ります。不景気になっても国民全体が生活の苦しさを感じていても、美智子さんだけは当時のままの感覚なんですね。

いつもながら素晴らしい

梅花藻さま、いつもながら頭が下がります。
素晴らしい。

正田家がせっせと勢力を広げたのは、娘を皇室に上げてからという話ですものね。
うーん、正田美智子盛り盛り伝説、すごいな。
誰がいじめられてたって?

>昭和35年の訪米経費は一般会計の予備費から4224万5000円。(毎日新聞1960.09.06)和服を10着新調した、ということです。

ティアラも御木本で作ってまーす。
アンチ東宮が「第二、第二」というあれですね。

No title

たしか、結婚前に「海外旅行に出てお金を使ってしまった」と、お仕度が難しいと正田家がゴネて、それが当時のデンカの「柳ごうり一つで」を引き出したと、昭和の時代は美談になってましたよね。
だから、ヘーカ世代のうちの両親あたりは、正田家が資産家だという認識もないし、結婚に伴う費用は皇室が負担したと思ってますよ。
要するに、投石少年と同じ認識です。

近年になって「柳ごおり」発言はなかったようなことを言い出してるのも笑えますね。

騙されっぱなし

>以前、雅子様・美智子さん・キコ婆の御輿入れ道具の内容についてこちらのブログでも話題になった時、実は内心で美智子さんの御輿入れ道具の内容と、その費用の出所に疑問を抱いていました。

光の日々様、同じくです。どう考えても不自然さが拭えませんでした。
あの頃の日清製粉は、株をやる人でも知らないと言ったとか。
今ほどの規模の会社ではなかったようですし、閨閥と同じく、入内後の繁栄のようですね。
一見おしゃれな洋館に見えた正田家も、訪ねた侍従が質素と言っている。
確かに、前田侯爵家等と見比べるとお話にならない程貧相です。どこが華族様と比べても引けを取らないのでしょう。恐ろしいです。

ヘカテ―様、梅花藻様、いつも4Gの正体を暴いて下さりありがとうございます。
ゴキ様情報も希望しまーす。

結構な厚遇ぶり

>美智子さんのお輿入れ道具 ひと目ですべてがわかる一覧表」
 
>宮内庁が「絶対秘密」にしているおコシ入れ道具は?ダイヤの冠・

>ディオール店の最高服から、

昭和34年に「ディオール店の最高服」ですか、凄いですね。
当時、「ディオール」を知ってる日本人なんて、ごく限られた人以外、ほとんどいなかったでしょう。

平成の雅子さまの「森英恵」と比較しても、いかに贅沢だったかがわかります。

また、昭和33年の婚約と同時に、新東宮御所の建設が決定し、設計に入っています。
まだ、昭和天皇ですら戦災の影響で、御文庫での仮住まいだったというのに。
そして平成の皇太子の御成婚には、建て替え新築はありませんでした。

その上、お支度もかなりの部分が内定費から支出なんですね、知りませんでした。

オーナー会社の社長の娘の美智子さんで、昭和34年に1000万。
一方、代々、上級官僚や銀行、企業重役の家系の雅子様の御実家のお支度は、平成5年でおよそ1億円。

初の平民からのお妃で反対も多く、相当モメたとも言われているわりには、結構、厚遇されてますよね、美智子さん。
ちょっとおかしいな、と改めて感じます。

昭和33年当時の復刻版の新潮の記事、私も先日読みましたが、「粉屋の娘なんかけしからん」みたいなコメントもあからさまにたくさん掲載されていて驚きました。
まだ当時、世間一般にも家柄重視の感覚が強くあったでしょうし、結構、差別的に書かれてますよ、美智子さん。

そんな「粉屋の娘」に、ずいぶんと政府や皇室はサービスしてるように思います。
なんでかな?

皇室存続をかけて、初の平民妃を仕立てての国民へのデモンストレーション(大宅壮一がそう言ってますね)?

それともどこかの国の強力なバックアップ?











プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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