昭和天皇と良子さまのご令嬢は強い!

本日もお仕事でおつかレーシック角膜ぺりぺり~なヘカテーです。

ヤフオクでむっかーしの雑誌を落札しました。

『別冊女性自身 皇太子ご夫妻10年・あの日あのとき ご成婚10周年記念家庭保存版』
(昭和44年4月1日発行 発行所 光文社)

それをパラパラ~と見ていたらすごいことが書いてあった。

「鷹司和子さん、池田厚子さん、島津貴子さん ビックリ言行記 天皇家三姉妹の八月十五日」

塩原温泉の明賀屋の番頭の小林五郎治さん(当時72歳)の思い出話を収録したものです。

昭和天皇と良子さまの内親王方は長男である継宮明仁親王同様、地方へ疎開されました。

終戦1年前の8月、那須の御用邸に近い塩原です。

塩原の温泉旅館「明賀屋」は三皇女殿下方と学習院女子生徒100人の疎開学園になりました。

学校自体が疎開するのは当時はよくありました。

山田風太郎先生の母校東京医科大学も長野県に疎開しています。

学習院女子の生徒さんたちは明賀屋で生活をしていますが、

三人の内親王は那須の御用邸で寝起きをされ、

授業を明賀屋で受けるという生活スタイルでした。

御用邸から明賀屋までは箒側の流れに沿って約2キロ。

黒い自動車で通学されました。

激しい雨の日、雪の日は道のりの中間の塩湧橋の手前でとまってしまう。

疎開されて間もなくのひどい吹き降りの朝。

「きょうのご登校は、橋の手前から歩いていらっしゃるそうだ」

そう聞いて五郎治さんは驚いた。

「なんてえこった。あそこから1キロはあるぞ。デコボコの上り坂だ。もしころんで、崖から箒川へころんだらどうするだ!」

気が気ではなく走って途中まで迎えに行った五郎治さん。

すると、子ども用の傘が三つ、それを大人の傘がとりかこんで、坂をエッチラオッチラ登ってくる。

孝宮、順宮、清宮と一列に並んで歩いていた。

一番小さい清宮は小さい傘を両手でしっかり握り、姉宮に遅れまいと一生懸命。

足をすべらし、清宮の小さな体が転倒した。

泣きそうになる清宮。

しかし、前を歩く姉宮たちは振り返りもしない。

どんどん前へ行ってしまう。

付き添った傅育官も女官もジーッと見てるだけ。

手も出さず、自力で起きるのを待っている。

しばらくして今度は先頭の孝宮がつまずいて転んだ。

しかし姉宮のわきを妹二人は知らん顔でサッサと通り過ぎていった。

傅育官は後に五郎治さんにこう言った。

「ご鍛錬です」

この話を知ったヘカテーの第一声

強い!強いぞ昭和天皇の内親王!

女は弱いって誰が言った?

めちゃくちゃ強いぞ!

甘やかされてどうしようもなかった継宮明仁親王をお姉さまと妹さん方はどう見てたんだろう。

過去記事 子育て中のパパママ必見 甘やかして育てると今上陛下みたいになりまっせ

こんな強くたくましい内親王さまですが、姉妹だけになると三人のことをお互い

「菊姫」「百合姫」「雪姫」

と呼ばれていました。

菊姫→孝宮
百合姫→順宮
雪姫→清宮

孝宮さまのふくさには”菊”という文字が刺繍されていたことを五郎治さんは目撃しています。

戦争の物資不足は現人神の内親王にまで及んでいました。

五郎治さんがびっくりした清宮さまのお習字箱

初等科一年生になりお習字を始められた清宮さま

さぞかし豪華金襴な硯箱をお使いだろうと五郎治さんは想像していました。

しかしご愛用された硯箱は

ミツワ石けん3個入りのあきボール箱

これには五郎治さんもびっくりした。

現人神であらせられる天皇陛下の末娘の硯箱があきボール箱という現状を知った五郎治さんは

「本当に戦争に勝てるのだろうか」

と不安になられました。

ヘカテーが愛読していた頃のなかよしの付録はボール箱の筆箱でした。

自分で組み立てるやつです。

でもさすがに内親王がお使いになった硯箱があきボール箱ということにはびっくりです。


強い、強いぞ昭和天皇の内親王!

明仁皇太子のヘタレっぷりを数回取り上げてきたから余計にそう思う。

えー、姉と妹が親から離れても甘やかされずにたくましく育つ中、


明仁皇太子は甘やかされて育ったため大人になってもヘタレでした。

大人になった継宮は皇太子になり、結婚する粉屋の娘に

「俺は暖かい家庭を知らない。兄弟喧嘩も知らないの。かわいそうでしょ?」

と愚痴りました。



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誰よりも劣っていたひつぎのみこ

明仁さんではなく、正仁さまがお世継ぎだったら、でも、そうしたら、浩宮さまはお生まれになかった、わかっていてもついつい「たら・れば」を考えてしまいます。

愛子様も現代社会において鍛錬されている

当時は戦中だったので現代と比べるのは筋違いかもしれませんが、敬宮愛子様もこの「鍛錬」に通じることを一生懸命に行っているような気がするのです。

夜遅くまで学業に取り組まれて良い成績を修めるのはもちろんのこと、遠泳で泳ぎ切ること、運動会で危険を伴う組み体操の苦しいポジションで堪えること、虐めを受けてもマスコミから悪意の記事をたくさん書かれても普段通りの日常を過ごされること…東宮アンチ連中は「愛子様は甘やかされている、親離れができていない」とトンチンカンなことを言っていますが愛子様は甘やかされていないし、東宮ご夫妻もバランスのとれた育児や教育をずっとされてきたと思うのです。

私の目から見て甘やかされているのは秋篠とサーヤにマコカコ悠仁くんだと感じます。「自分は皇族」という立場に胡坐をかいて努力をしてこなかった人間の卑しさが表れています。

これって

>「俺は暖かい家庭を知らない。兄弟喧嘩も知らないの。かわいそうでしょ?」


日頃からどーでもいいことをぶちぶち文句垂れていたのを、ろくでもない某ご学友が「おかわいそう」設定に変換して、口説き文句として使うように入れ知恵したんでしょうね。
でもこんなん聞かされても、まともな人なら思いっきり引きますわ。
玉の輿を狙っていた正田のお嬢様()は本気で昭和の皇太子を「おかわいそう」に思ったわけではなく「暖かい家庭を作ってさしあげたい」と思ったわけでもなくて、自分を「おかわいそう」に思って欲しいというヘタレな昭和の皇太子につけ込んだだけと思われ。
(あ、なんか今、平成の筆頭宮家夫婦の顔が頭をよぎった)

兄弟喧嘩どころか、大人しい弟宮を虐めてたし、「暖かい家庭」をぶち壊したのはヘーカご自身。そして今も妻共々東宮ご一家を絶賛虐待中。
そんなご夫婦に上から目線で国民の幸せを祈ってますとか、被災地に思いを寄せてとか言われてもね。白けてしまいますわ。
天候がまだ不安定な時期に「強いご意向」で被災地に来て、風邪をうつされましたとか言いそう。最悪。

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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