平成の内親王は親にべったり

心配された天皇のインフルエンザ 黒田清子さんが参内していた

週刊文春 3月12日(土)7時1分配信
2月末の閏日、「天皇陛下がインフルエンザに」と衝撃の一報が入った。27日午後から37~38度台の発熱、のどの痛み、せきなどの症状があり、28日夜にA型インフルエンザと診断された。エジプト大統領との会見などは皇太子が代理を務め、天皇は安静に過ごされていた。

「侍従職にインフルエンザの発症者はいないそうなので、公務でお会いされた方から感染したのでは、と言われています。直近の2月24日のフィリピンご訪問尽力者300人以上を招いた茶会や、25日の警察大学校警部任用科の学生の拝謁など大勢の前に出られる機会がありました」(宮内庁担当記者)

 去年秋にインフルエンザの予防接種を受けられていたため、肺炎との合併症など大事には至らなかったという。

「天皇陛下は3月2日の朝には平熱に戻られていて、4日朝からは、御所でお過ごしになる時の普段着をお召しになり、通常の生活を送られています。療養中、皇后さまはマスクをしながら、何度も陛下のいらっしゃるお部屋を訪ねられ、お加減を気にかけられていたそうです」(同前)

 天皇が休んでおられた間、長女である黒田清子さんが“ご実家”を訪れていたのはあまり知られていない。

「3月1日のことです。野鳥の観察のため吹上御苑を訪れ、その後御所に参内されています。夕方前にお帰りになったようです。5年前の東日本大震災発生直後、ご兄弟より早く御所に駆けつけたのも清子さんでした。82歳でインフルに罹患された陛下を心配されてお見舞いされたのでしょう」(千代田関係者)

 天皇は新年に当たり、厳冬を迎えた東北の被災者の健康を気遣うお言葉を述べられたが、3月11日の追悼式には強い思いがおありだ。

「2012年2月18日に行われた心臓バイパス手術の日程は、式典出席の可能性を考慮して逆算して設定され、当日は左胸に800ミリリットルの胸水が残ったままご臨席になっています。今年も追悼式でお言葉を述べられるまでに、ご体調を万全にされたい思いがおありだったようです。3月16日から2泊3日の被災地訪問にも予定通り臨まれます」(宮内庁関係者)

 天皇は7日のご引見から本格的に公務に復帰され、お忙しい日々へと戻られるという。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160312-00005958-sbunshun-soci

これ記事にしていいのかな?

インフルエンザをまき散らしたのは公務で会った人たちと決めつけてます。

そっちから「御所へ来い」と命令したり、「そっちへ行くからちゃんともてなしてよね」と命令したりとやりたい放題してるのに何様?

あ、天皇陛下だったね!

美智子さまのどーでもいいことを何とか美談にしようと必死なのも笑えます。

はいみなさんここにご注目!

天皇が休んでおられた間、長女である黒田清子さんが“ご実家”を訪れていたのはあまり知られていない。「3月1日のことです。野鳥の観察のため吹上御苑を訪れ、その後御所に参内されています。夕方前にお帰りになったようです。5年前の東日本大震災発生直後、ご兄弟より早く御所に駆けつけたのも清子さんでした。82歳でインフルに罹患された陛下を心配されてお見舞いされたのでしょう」(千代田関係者)


出た!出戻り疑惑内親王サーヤ!

マスコミはこのことを国民が知ったらどう思うのかわからないでやっているのだろうか?

「まー、紀宮さまって優しいのね」

と思ってくれる優しい人ってどれくらいいるんだろう。

ヘカテーは

「なんでそんなに帰ってるの?
黒田のお姑さんに尽くせよ!
雅子さまなんて全然お会いされてないのに『親子べったり』と叩かれてるのに!」

と憤りを感じます。

サーヤって昭和天皇の内親王殿下方に比べるとたくましさがない。
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非公開コメント

島津貴子さんと比べてしまいますね。

島津貴子さんがお姑さんの島津久子さん(でしたか)とたいそうお仲がよろしくて、まるで本当の母娘のように写っているグラビアを見たことがありますが、黒田清子さんにはそういう類いのもの皆無ですね。

あの日

震災当日、都の職員の多くには「帰宅するな」の指令が出たんですよ。自分の家に帰るな、という命令です。
要するに、都民の公僕として、帰宅困難者への対応を優先しろという事です。

だのに、都職員の妻が帰宅困難者の足を妨害してどうするのよ。

まあ、当時もう、出戻っていたことは周知の事実みたいですけど。

実家に行く時だけアクティブになるサーヤ

>5年前の東日本大震災発生直後、ご兄弟より早く御所に駆けつけたのも清子さんでした。

これもちょこちょこ美談風味に報じられていますが、震災当日の都内は車道も歩道もとにかく混んでおり遅々として前に進めず、電車もバスも大幅にダイヤが乱れていた記憶があります。私も当日は職場で地震に遭遇し、わずかな距離でも帰宅にはかなりの時間を要しました。一体サーヤはどうやって「兄上たちよりも早く」ご両親の元に駆けつけることができたのでしょうか?「皇居に出戻っている」からこそ「兄上たちよりも早くご両親の元に行けた」としか解釈できないのですが。それとも大事な用もないのに震災当日も皇居に遊びに行ってたとか?

天皇のインフルでも案の定サーヤはお見舞いに行ってたのですね。もし小和田氏が日本にいてインフルにかかり、雅子様がお見舞いに行っていたら絶対に壮絶なバッシングを受けていたことでしょう。どうしてサーヤの実家ベッタリは叩かれないんでしょうか。また、サーヤのあまりのヒマっぷりにも情けなくて涙が出てきます。仮にも元内親王であればその立場を活かしてやるべきことが色々あるんじゃないですか?パートに出るだけでも社会との接点が出て良いことだと思うのですが、プライドが高いのか無能なのか本人にやる気がないのか。

余談ですがキコ婆は「アタシが最初にヘーカのお見舞に行くのよ!」とまた暴れなかったんでしょうか…

予想と違った

この記事、見出しを見た段階では、父親のインフルを聞いた娘が御所に駆けつけて、母親と交代で寝ずの看病的な美談なんだろうと思っていたんです、今までのパターンからいって。

・・・あれ?

これ、美談になってませんよね。
天皇がインフルなのに、呑気に吹上御苑で野鳥観察してたって記事ですもん。
で、ちょっと御所に寄って帰った、と。

なんかもう美談に仕立てるのも面倒くさくなったのかな、って印象です。

実家べったりの嫁

普通ならヒンシュクものなんでしょうが、サーヤに限っては
何故か美談になるんですね。
もしも(きっと断腸の思いで我慢なさるとは思いますが)
雅子さまが小和田のお父様の大病の知らせに
かけつけたとわかったら、マスコミは大挙して叩くでしょうに。

ところで本日、リョーヘーカは震災復興支援チャリティコンサートの
鑑賞にお出かけになったようですね。
インフルエンザ騒動からまだ日も浅いと思うのですが…
高貴高齢者のお二人は出歩いてないと気が済まないのでしょうか。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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