『ひと日を重ねて 紀宮さま御歌とお言葉集』

上記本を図書館から借りました。

この本は紀宮がただの都の職員と結婚するのを記念して発行された本です。

読んでみると

「どうして紀宮が長いこと結婚できなかったのか」

という謎が解けます。

「え、顔に決まってんじゃん。そんなの」

とヘカテーも小さい頃から思ってました。

でも、ある日三笠宮さまのご令嬢である容子内親王を拝見し、大変驚きました。

しかし、ご存知の通り容子内親王は茶道の裏千家のお家元に嫁がれました。

そうです。

上流階級では顔じゃないんですよ。

この「サーヤのことを思ってる国民ってどれだけいるんだろう」と思う一冊からその答えが出ました。

ずばり

紀宮は性格が悪い!

①二人の義姉への評価

・キーコさま
【平成2年 ご成年にあたっての記者会見より】
川嶋さんは本当にすんなりと私たち家族のなかに溶け込まれて、このたびのお二人のご婚約は、大変自然なもののように感じました。川嶋さんとお会いになった方は、あの暖かな雰囲気に心が和むのをお感じになると思いますが、同時に、芯に大変しっかりしたものをお持ちになり、物事を慎重に深く、お考えになる方だと思います。これからご一緒に両陛下をお助けしながら仕事をしていく上でも、これからの生活の上でも、私が川嶋さんから教えていただくものがたくさんあることでしょうし、また、私の方でも何かお役に立つことがございましたならば、喜んでいたいと思っております。

・雅子さま
【平成5年 お誕生日文書回答】
(雅子さんとは)まだゆっくりとお話しをする機会はございませんが、自分をしっかりと持っていらっしゃり、ユーモアのある楽しい方のように拝見しております。頼もしい姉二人を持つことが出来て大変心強く思っております。


キーコさまは婚約前から東宮御所に出入りしてましたから、身内意識があるんでしょうね。
結構褒めてますね。
対して雅子さまは少ない。雅子さまのみについては実質一行だけですよね。

②香淳皇后の思い出
【平成12年 外国ご訪問にあたっての記者会見より】
幼いころから両陛下にお連れいただいて、毎週のように兄宮たちと共におそばにあがらせていただきながら育ちましたので、皇太后様の思い出は、いつも家族皆との思い出の中にあります。何か特別なことではなくても、お手をお持ちしたときのぬくもりや、柔らかな微笑みなどが懐かしく思い出されます。皇太后様がお元気で外にお出ましになったり、那須でご一緒に散策をさせていただいたころは、まだ小さいころでもありましたので、あまりはっきりした記憶がないのですけれども、両陛下が皇太后様を赤坂の東宮御所にお招きになった折のことは、陛下がお庭をご案内する道筋をお考えになっているお姿や、また、皇后様がお嬉しそうに一つ一つの準備をなさっていらっしゃったご様子などと共に、楽しくお迎え申し上げ、ご一緒させていただいた思い出として心に残っております。昭和天皇が崩御されたお後、両陛下が一番ご案じになっていらしたことは、皇太后様の環境に大きな変化がおありにならないようにすることでした。吹上の大宮御所に静かにお過ごしになる皇太后様の所に、お庭の小道伝いに両陛下とご一緒にお訪ねした日々は、私の中に穏やかな時間の記憶を刻んでいます。この百日というものは、あっと言う間でもあったような、またそれだけの時を経たような不思議な期間でした。陛下が、駈け寄られるように皇太后様のおそばにお寄りになって、じっとその御最期をお見守りになり、そのお後で皇后様が、丁寧にお掛け布団などをお直しになりながら、「ご立派でいらっしゃいましたよ」とささやくようにおっしゃったその時に、周りの人々の悲しみがふっとあふれるように感じられました。その瞬間のことが、昨日のことのように焼き付いております

これって良子さまというよりも両親の思い出っすね。
昭和天皇が崩御された後に良子さまのことを一番案じた両親は、昭和天皇と良子さまが愛した皇居の自然林を伐採して莫大な税金を使って豪華な御所を作りました。
ぶっちゃけ思い出なんてないのかもね。

③姪へのまなざし
・眞子丼 【平成4年 大学ご卒業にあたっての記者会見より】
今までは、赤ちゃんについては、見たときにかわいいと感じるぐらいの気持ちをもっておりましたが、ですから最初は、あまり叔母さんになったという実感はなかったのですけれども、やはり眞子様が日に日に大きくなっていかれる様子を見ておりますと、いつまでも見ていて飽きないような、本当に可愛らしいなと思う気持ちでおります。そういうことがまだ自分のことについては、なかなか結び付いてはきませんけれども、これからずっと成長していくお姿が見られて、どのような方になられるのかと、とても楽しみでございます。

・敬宮さま【平成14年 お誕生文書回答】
ご無事に内親王様がおうまれになったことを、本当に嬉しく思います。両殿下のお喜びはもとより、ずっとご案じになり、妃殿下をおいたわりでいらっしゃった両陛下のご安堵を拝見しておりまして、私自身もほっといたしました。新しい家族を迎えた喜びと共に、秋篠宮様の内親王様方の時と同じく、多くの人々が我が事のように喜びを表して祝ってくださったことも嬉しいことでした。折々にお会いする度に、お顔つきがしっかりとされ、成長される速さを感じております。


佳子ちんはありません。
眞子丼はかわいいと思ってることが分かります。
しかし敬宮さまの方には「お前本当はあまり喜んでないだろ」という思いが伝わります。
どうして両陛下が出てくるんだろう?
昭和のことを調べているから分かるのですが、紀宮と敬宮さまのご誕生時の扱いはまさに雲泥の差!
敬宮さまの時は「国民みんながパーティーピーポー」な状態だったのに、
紀宮の時は「お兄様が二人もいるし、どうせお嫁に行っちゃうからね」
ということもあったのでしょうが、テンション低いです。
ぶっちゃけ愛子さまの人気ぶりは面白くなかったのかも。

④雅子さまのご病気について
【平成16年 お誕生日文書回答】
皇太子妃殿下が十二月のご病気を契機にご静養に入られてから四か月目を迎え、深くご案じしております。ご静養については、両殿下のお気持ちにそって東宮職が取り計らっていることと思いますので、ご回復に向けての良い過程となりますようお祈りしております。詳しいご経過を存じ上げることが難しいので、お気持ちを思い上げ、遠くからご案じするしかできませんが、妃殿下が健康を取り戻されるよう心から願っております。両陛下も、妃殿下がご公務を減らされた昨夏頃からずっとご心配になり、何かできることがあればと思っておられるようですが、今は一番お身近にいらっしゃる皇太子殿下のご判断に頼られるほか無く、これをサポートなさり、静かにお見守りになっていらっしゃいます。両陛下のご心痛も、早く晴れますよ願うばかりです。

【平成17年 お誕生日文書回答】
少しずつ外出の機会を持たれるなど、ご回復の傾向におありになると伺っておりますが、妃殿下のご静養が長期に及んでいることに対して、深くお案じ申し上げております。私の立場で、一連の経緯に対して多くを言及することは控えますが、ただ、このことを発端として、多くの事実に基づかない憶測や言論が展開されたことは、大変残念なことでした。殊に、これまで皇太子同妃両殿下のご相談に一生懸命耳を傾けられ、新しい世代の行く末を見守り支えようとしてこられた両陛下に対して、いわれのない批判がなされ、海外における日本の皇室観にまで影響を与えたことについては、本当に悲しく思っております。妃殿下のご健康を家族皆が心配しておりますが、両陛下のご健康も守られることを願わずにいられません。


雅子さまよりも両陛下の方が大事というのが非常によく伝わります。
雅子さまを虐めてきた一人ですからね。
お菓子作りに雅子さまをハブったり、話の中にいれなかったり。そして最後の最後に自分の結婚披露宴で両陛下を挟んで両殿下を離れ離れにするという非情さを見せたし。
たぶん姪っ子への扱いも親である両陛下同様違ったんだろうね。
抱っこもしなかったろうな。

で、この本を読んでると気持ち悪いぐらい両陛下賛美しまくってます。

美人じゃないし、親にべったりで、優秀な兄夫婦に冷たい人間と結婚したいとは思わないよ!



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ブラコン?

うーん…昔は「ブスとは思うがきっとお心は優しい方なのだろう」と思っておりましたが、少しわからなくなりましたね。

昔は紀宮様は「お兄ちゃまっ子」と聞いたことがあるので、もしかしたら自分にない美しさと聡明さを持った雅子さまが皇太子殿下のお妃様になったことが許せなかったのかも…と思います。

パパとママから離れられない(元)内親王

サーヤ、言うことが見つからなくて困ったときは「両ヘーカのことについてベラベラ喋ってなんとか内容を埋めている」という印象しか残りませんね。何でもかんでも両ヘーカ、ヘーカ、コーゴーサマという有様には少し病的なものを感じてしまいます。

また、
>ただ、このことを発端として、多くの事実に基づかない憶測や言論が展開されたことは、大変残念なことでした

という箇所についても最初は「ああ、雅子様について好き勝手な憶測がされてバッシングが行われていることに憤っているんだな」と思いきや、「両ヘーカを悪く言わないで!!」ですからね~…のけぞってしまいますよ。雅子様に対するバッシングへの気遣いはないんですか??そして最後は「皇太子妃なんかよりも両ヘーカの健康に配慮してよ」ってか。信じられないですね。

サーヤみたいに何の取り柄もない人が、雅子様のようなある意味完璧な義姉に嫉妬する気持ちは理解できなくはないです。でもそれは胸の中にしまっておくべきだし、公の場でその嫉妬をむき出しにするべきではありません。

サーヤは秋篠と違ってそういう自制はきちんとできる人だと思っていた時期があるだけに、残念に思います。この人を見ていると自分から幸せになる道を閉ざしているように見えてしまうのです。それほど、毒親美智子さんの洗脳っぷりが凄まじいのかもしれませんが…そこはもう未知の領域です。

清子さん、逆恨みしないでね

容子さまのご結婚を覚えています。当時の記憶はえっ、この人がイケメンと?なんて失礼な印象を持ちました。まだ、わたしもガキでしたからね。お許しを。

わたしが清子さんの立場だったら、雅子さまに甘えちゃいますね。だって憧れてしまうでしょう?美人だし、何でもお出来になるし。雅子さまはお優しい方だから、きっと清子さんの縁談にも心を砕いて下さったことでしょう。 

まあ、清子さんはブラコンをこじらせちゃったんでしょうね。おまけにプライドだけは高そうですから、雅子さまに対して一方的にライバル視していたのかも。

清子さんは、結局今上さんみたいに見下せる人としか付き合わなかったのでしょう。母親も自分が一番大好きな毒親ですから、清子さんが卑屈になっても仕方ないとは思いますが、でも、心がけ一つで変われたはずなんです。それをしなかったからキーコさまのいいように扱われ、偽装結婚するほど落ちぶれちゃったのだと思います。

清子さんが今上のインフルエンザのお見舞いに駆けつけたと報道がありましたが、わたしは、清子さんが御所でお暮らしだとみています。息を殺して、ひっそりと。自業自得とは言え、哀れな末路です。こうなることを、キーコさんのみならず、美智子さんが最初から企んでいたとしたら…ちょっとしたホラーになりますね。

なぜ批判しない

気持ち悪いくらい母親べったり。
口を開けば「皇后さまが、皇后さまが」
小さい頃から可愛がってくださったおばあさまの思い出は「ない」とほざく。
(下の兄も昭和天皇の思い出を聞かれて同じようなことを言っていましたね)
ああ、寒気がする。
何で母子密着だの母娘カプセルだのと批判しないんでしょうね、不思議。

こんな何の取り柄もないこの公務員夫人と語学堪能な容子さまは大違いですよ~。
正直、結婚の発表があるまで容子さまのことは知らなかったんですけれどね。
え、女性皇族でも30過ぎて独身だったりするんだ!と思ったものです。
しかも、お相手の裏千家の若宗匠(当時)は年下でビックリでした。

No title

なかなか縁談が決まらなかったのは母方の家柄もあると思います。
それとサーヤ本人と両陛下は結婚相手に対してかなり条件をつけていたようです。その一部が、
①都内在住の男性
②夫方の両親とは同居しない
③東京から転勤しない人
理由は「頻繁に里帰りしたい」からです。
どんだけ親離れ&子離れ出来ないんだって話です。
お顔や性格云々以前にこんな精神的に自立できていない女性をお嫁さんにしたいと思う男性はいらっしゃらないでしょう。
サーヤが結婚した頃、ワイドショーや週刊誌で「スーパーのポイントをためて買い物をしている」「100円ショップが好き」などと庶民派アピールをしていましたが、あれもミテコさんが子飼いの記者に書かせたんでしょうね。
当時のワイドショーでアナウンサーが「黒田清子さんも我々庶民と同じような
暮らしをしていらっしゃると思うと親近感がある」とか話してましたが、
少し怪訝な表情をしていました。
それってちっとも幸せそうに見えませんし、むしろ皇女の結婚生活としてどうなんだ?って話です。

Re: No title

> なかなか縁談が決まらなかったのは母方の家柄もあると思います。
> それとサーヤ本人と両陛下は結婚相手に対してかなり条件をつけていたようです。その一部が、
> ①都内在住の男性
> ②夫方の両親とは同居しない
> ③東京から転勤しない人
> 理由は「頻繁に里帰りしたい」からです。
> どんだけ親離れ&子離れ出来ないんだって話です。
> お顔や性格云々以前にこんな精神的に自立できていない女性をお嫁さんにしたいと思う男性はいらっしゃらないでしょう。
> サーヤが結婚した頃、ワイドショーや週刊誌で「スーパーのポイントをためて買い物をしている」「100円ショップが好き」などと庶民派アピールをしていましたが、あれもミテコさんが子飼いの記者に書かせたんでしょうね。
> 当時のワイドショーでアナウンサーが「黒田清子さんも我々庶民と同じような
> 暮らしをしていらっしゃると思うと親近感がある」とか話してましたが、
> 少し怪訝な表情をしていました。
> それってちっとも幸せそうに見えませんし、むしろ皇女の結婚生活としてどうなんだ?って話です。


ええええ!

「嫁ぐ」って言葉を全然理解してない!

そう考えると池田厚子さんってすごいなー。

岡山ですよ。

東京-岡山は遠い。

本当に紀宮って昭和天皇のお姫様方に比べるとタフさがない。

妙に卑屈なところがおありで。

平成の唯一の皇女で有りながら、これだけ華やかな話題のない方も珍しい。
山階鳥類研究所にお勤めの頃、所長の誕生日にあたり「御所の敷地に生えたツクシを入れて炊いたツクシごはん」をプレゼント。
他に、得意料理として「レタスの塩揉み」「ホウレン草のおひたし」。
紀宮はいずれ降嫁して民間人となるのだから、ご一家の夕食には紀宮の手料理一品がついた…そう喧伝されてました。
結婚披露の料理メニューの貧弱さ(帝国ホテル側も困ったろうと思った記憶。高級レストランならランチメニューだって、あれ以上でしょう)、花嫁衣裳は母の古着。
他にも、結婚当初の仮住まい先に、わざと北向のマンションを選んだって。信条は「目立たないこと」。
彼女は清貧でも節約家でもない。
なんだか、とても卑屈な印象があるの。それが黒田夫人をよけいブスに見せるのです。

目立たないようにというよりは・・・

振袖着ても目立てない!!

http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1457917338755.jpg

>清子さんは、結局今上さんみたいに見下せる人としか付き合わなかったのでしょう。

いえいえ、皇太子殿下の花嫁候補の友人がいましたよ!
彼女は安西家へ嫁いだ筈(山科でも一緒だった?)
サーヤのお守のご褒美かな?と思ってます。

容子様

ヘカテー様のブログを毎日楽しみに拝見しております。
私の両親は今上夫婦と結婚記念日が同じで私自身は皇太子様より1ヶ月半遅れて生を受けました。そして子供の頃より皇室番組を見るのが大好きな還暦を4年後に控えたおばさんです。
さて、このブログで裏千家に嫁がれた容子様の事が話題になりちょっと思い出したことが有ります。自宅近くには北野天満宮が有り毎年除夜の鐘が鳴る頃に家を出て初詣に行くのが決まりでしたが10~15年ほど前でしたかこの年は理由は忘れましたが初詣が三ケ日中のいずれかの日、しかも陽が落ちてからになってしまいました。いつものように本殿にお参りしたあと神社内にある「撫で牛」にお参りしていたらそこに裏千家若宗匠(当時)一家が現れたのです。その時感心したのは容子様が夫である若宗匠の後ろに控えお参りした後もやはり一歩下がって帰っていかれたことです。私だったら主人と並んで歩き、下手をすれば主人より先にお参りを済ませてしまうのに。
皇室で育ち降嫁された先が裏千家というある意味伝統と格式をもつ家という点は同じであるかもしれませんがこの時のお姿を見てすっかり今の生活に溶け込んでいらっしゃる、と感心致しました。
今は公務員夫人となられた方が昔、表千家の若宗匠との縁談がうわさされたことが有りましたがもしまとまっていたとしても実家が一番では容子様のようになれたかどうか、はなはだ疑問です。

酷いですね、清子さん

キーコさんにしても、この人にしても、笑顔が凄く冷たい。
性格がにじみ出ているんでしょうね。
千容子さん、確かに地味なお顔立ちですが、笑顔はとても優しいと思いますよ。
あんな能面みたいな紀宮と、毎日顔を合わせることを想像してください。
病気になりますよ。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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