高円宮さま薨去へのお言葉

高円宮さまの突然のあまりに早すぎる永遠の別れ

それについてりょーへーかと皇太子ご夫妻と秋篠さんちがどうお話しされているかを比べてみます。

てんのーへーか
平成14年の誕生日の記者会見
問1 この1年を振り返って,印象に残った出来事や感想について,先月,亡くなられた高円宮憲仁さまの思い出も含めてお聞かせください。
天皇陛下
今年は,厳しい経済情勢が続き,国民の生活には様々な苦労があったことを案じています。来年は,少しでも良い方向に向かっていくことを願っています。

今年は日本では,比較的自然災害の少ない年であり,天候に恵まれ農作物も一部の地域を除いては,おおむね良い収穫が得られたことをうれしく思っております。それでも自然災害による死者が,今年は50人くらいになっています。誠に痛ましいことです。日本の自然は厳しく,16年前までは1年を除き毎年100人以上の死者が自然災害によって起こりました。近年の自然災害による死者の減少は,長年にわたり治山治水に携わった人々,気象情報を正確に早く伝えようとしている人々など様々な関係者の努力の結果であり,心強く思っております。

三宅島の噴火はまだ収まらず全島避難が続いています。島の環境とは異なる環境での島民の生活は,いろいろ苦労が多いことと察していますが,体に気を付け元気で島に戻られる日の来ることを願っています。また,復旧に携わっている人々が健康に十分気を付け,仕事を進めていかれるよう願っています。

小泉総理の北朝鮮訪問により,拉致事件の一端が明らかとなり,その後5人の拉致被害者が帰国したことは大きな出来事でした。長年にわたる拉致被害者並びにその家族の苦しみや悲しみは,いかばかりであったかと察しています。

喜ばしい出来事としては,サッカーのワールドカップにおいて,共催している日韓両国のチームが決勝トーナメントに進んだことです。日本チームは韓国には及びませんでしたが,日本選手の活躍をテレビで見て非常に頼もしく感じました。日本の多くの人々を明るい気持ちにさせたことと思います。このワールドカップが,日韓両国の国民の相互理解と友好関係の増進に寄与したこととうれしく思っています。

また,ノーベル物理学賞を小柴昌俊博士が,ノーベル化学賞を田中耕一氏が受賞されたことも喜ばしいことでした。多くの人々の励みになったことと思います。

私自身のこととしては,7月に皇后とポーランドとハンガリーを公式訪問し,その前後の週末に,チェコとオーストリアを訪れたことが印象深く残っております。それぞれの国の大統領閣下並びに令夫人から心のこもったおもてなしをいただき,多くの人々から温かい歓迎を受けました。これら4か国は,私どもの初めて訪問した国でありますが,これらの国々が経てきた厳しい道のりと民主主義を守りつつ発展しようとしている姿に理解を深めることができました。

国内のこととしては,毎年のように全国植樹祭,国民体育大会,全国豊かな海づくり大会などの行事の機会に各地を訪れ,人々に接し,地域の実情に触れることに努めてきました。各地で高齢化が進み,地域の人々には多くの苦労があることと察しています。

今年の豊かな海づくり大会は長崎県で行われ,その機会に,平戸と生月の両島と五島列島の福江市を初めて訪れました。即位後できる限り早い機会に全県を回りたいと考えていましたが,まだ2県が残っています。島についても機会あるごとに島を訪れ,島民に接していきたいと考えています。

今年は,沖縄が日本に復帰して30周年に当たります。30年前の5月15日,深夜,米国旗が降ろされ,日の丸の旗が揚がっていく光景は,私の心に深く残っております。先の大戦で大きな犠牲を払い,長い時を経て,念願してきた復帰を実現した沖縄の歴史を,人々に記憶され続けていくことを願っています。そして沖縄の人々が幸せになっていくことを念じています。

また,この沖縄復帰の日は,今から70年前,犬養総理を海軍の将校らが暗殺した五・一五事件の起こった日でもあります。短期間ではありましたが,これまで続いた政党内閣は,この事件をもって終わりを告げ,その後政党内閣ができるのは戦後のことになります。


高円宮の薨去は,誠に突然のことで本当に驚きました。最後に会ったのは,宮殿での検事総長,検事長などとの午餐の席であり,スポーツの話などが出て非常に元気でしたから,翌日にこのようなことが起こるとはとても思いませんでした。誠に残念なことでした。高円宮の今年の活動は,日本サッカー協会の名誉総裁として,ワールドカップに尽力したことだと思います。開会式に出席し,韓国各地を回り,韓国との友好に尽くしてくれたことをうれしく思っています。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h14e.html

一番最後に触れていますね。

ま、こんなもんかな?

こーごーへーか
平成15年の誕生日の文書回答
問1 この1年を振り返り,ご一家のことも含めて印象に残る出来事やご感想についてお聞かせください。
皇后陛下
昨年の誕生日以来,この1年も事多い年でした。

5月と7月の2度にわたり,宮城県を中心とする地域に,また9月に入ってからは,北海道十勝に度々に地震が起き,大きな被害を残しました。大勢の人々が怪我を負い,また避難生活を余儀なくされ,心の痛むことでした。7月には,中国,九州地方が豪雨に襲われ,また8月には台風10号のため北海道始め広範囲にわたる地域が被害を受けました。この時の40名を超える犠牲者の死を悼みます。

この夏は異常に涼しく,農家の人々は苦労が多かったことと案じています。紅葉山養蚕所の春蚕も,今年は総じて繭が小さく,5,6月の日照不足が桑に及ぼした影響があったようです。

三宅の火山ガスの放出もいまだ止まらず,3年にわたり避難を続けている人々は,どんなにか疲れていることでしょう。東京都が,早くより地道に続けているライフ・ラインの復旧,橋梁や砂防の工事も順調に進んでいるようであり,全員帰島の日の遠からぬことを祈っています。

この10月で,地村保志さん等5名の拉致被害者が帰国して1年になります。

この方たちそれぞれが,長い断絶の時を経,恐らくは私たち誰もが十分には察しきれない悲しみを内に持ちつつ,日本の社会に再適応する困難に耐えていることを忘れてはならないと感じています。

国際的な出来事の中では,イラクにおいて,国連の事務所がテロの対象となり,ボスニア,ティモール等,世界各地で紛争後の国造りに力を尽くしたデ・メロ特別代表が死亡したことを,大変残念に思います。同じく,国連との関係になりますが,今年,小型武器規制に関する中間会議で,日本の猪口軍縮大使が議長を務めた姿も,印象に残っています。年間50万人もの死者を出すといわれる小型兵器は,主として人目の届かぬ小さな国々で被害を出しており,大使が,こうした国々の被害者の声を議場に届けることを議長の役割とし,年次報告書の全会一致の採択に向けて努力する姿に胸を打たれました。

この他,保健・衛生に関し,SARSやBSE,輸血血液の問題等,これからの課題として記憶に残りました。

スポーツ界は陸上,水泳を始めとし,嬉しいニュースを沢山に届けてくれました。多くの世界大会で活躍し,今,現役を引退した荻原健司選手が国際フェアプレー賞を受賞したことも,日本にとり素晴らしい出来事であったと思います。今年は陛下のご不例で初場所を見ませんでしたが,来年は陛下がお元気で,ご一緒にお相撲を見られるとよいと今から楽しみにしています。


一家のこととしては,お若い高円宮の薨去が,今も深い悲しみを残しています。妃殿下が悲しみの中にも健気に殿下のお志を継承しようとしていらっしゃり,少しでもお力になっていかなければと思います。

1月には陛下ががんの手術をお受けになりました。私にとっても初めての経験が多く,心細い日々でしたが,陛下が科学者らしい静かなお目で事態をご覧になり,また陛下としてのご自覚の中で全てに対処なさいました。難しいことの多かったあの日々も,陛下に支えて頂いて通り抜けることが出来たのだと思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h15sk.html

す、少ない!
たった2行!


ま、こんなもんかな。
てんのーへーかの手術の方がミテコさまとしては大きかっただろうし。

皇太子ご夫妻
ニュージーランド・オーストラリアご訪問に際し(平成14年)
会見年月日:平成14年12月5日
会見場所:東宮御所
問1 両殿下にお尋ねします。約8年ぶりの両殿下そろっての外国親善訪問になりますが,どのような感慨をお持ちでしょうか。また,両殿下ご自身の外国親善訪問の意味や在り方についてどのようにお考えでしょうか。今後の外国訪問の中で,どのように「自分らしさ」を出していこうと考えていらっしゃいますか。

皇太子殿下
まず始めに高円宮殿下の突然のご逝去に大変驚いております。今でも信じられないような気がいたします。高円宮妃殿下そして3人の女王さま方のお悲しみもいかばかりかと拝察いたします。高円宮殿下には,私が幼少のころから亡くなられるまで終始温かく見守ってくださり,また,ときには相談に乗っていただくなど,私にとって兄のような存在でした。本当に残念です。皇族として幅広い分野で活躍され,国民と皇室との大切な橋渡しをされたと思います。心からご冥福をお祈りいたします。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/gaikoku/gaikoku-h14-nz-australia.html

まず最初に高円宮さまの薨去についてお話しされるところが殿下らしい。

ちなみに殿下は平成15年のお誕生日の記者会見でもわずかではありますが、薨去について触れられています。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/02/kaiken/kaiken-h15az.html

雅子さま
会見年月日:平成14年12月5日
問1 それでは,質問させていただきます。妃殿下にお尋ねします。皇族になって10年目に入られ,人生の中で一つの大きな節目であろうと思います。殿下との出会いからご成婚,敬宮愛子さまのご誕生,そして満1歳のお誕生日に至るまで様々な喜びやご苦労もあり感慨も深いのではないでしょうか。これまでのご自身の歩みを振り返り,あわせて今後を展望して,抱負をお聞かせください。
皇太子妃殿下
はい。いま10年目と言われまして,ああ10年目なんだなというふうにまず思いました。自分の中では9年という気持ちが強かったものですから,10年目と言われて,10年と申しますと,十年一昔とも申しますし,十年一日のごとしとも申しますけれども,確かに考えてみますと,年が明けますと,1月19日に皇室会議を開いていただいて,そして婚約ということになったのがもう10年も前になるんだなあということを思い出しますと大変深い感慨がございます。その後,皇室に入らせていただいて,私なりにいろいろと努力をしてきたつもりではございますが,本当に力の至らない点が多かったのではないかしらというふうに思いますが,常に皇太子さまに温かく支えていただきまして,いつもいろいろとご相談に乗っていただいて,励ましていただいてここまで元気に過ごしてまいることができましたことを,本当に有り難いことと思っております。

殿下との出会いは,さかのぼってみますと昭和61年の秋でございますか,ちょうどこのお部屋で,両陛下がスペインのエレナ王女さまのためにレセプションをお開きになっていらしたところに私の両親と一緒にお招きを頂いて,伺った時が初めてお会いした時で,その後,いろいろな事がございましたけれども,私自身,まさか自分が皇室に入らせていただくことになろうとは夢にも思っておりませんでしたので,本当に何年かの後にそういうお話になりました時には,大変驚き,その時は本当に大きな選択であったと思います。また,分からないこともたくさんございましたし,心もとない気持ちでおりました中を皇太子さまにいろいろとお教えいただきながら,また,天皇皇后両陛下にいつも温かくお見守りいただきながらここまでまいりますことができましたこと,大変有り難く思っておりますし,そして昨年は子供が誕生いたしまして,国民の皆さんから本当に温かい祝福の気持ちを折に触れてお示しいただいてることを心から有り難く感謝しております。


そうでございますね,後は私たちの結婚に至るまでの過程の中で,高円宮さまにはとても心を砕いてくださってましたし,そしてまた,結婚後も本当にいつも優しく心を寄せてくださって,皇太子さまにとっては五つ年上のお兄さまのような存在でいらした方で,本当にいつも温かく私たちを励まし,いろいろアドバイスしてくださってましたので,今回本当に突然の事でお亡くなりになってしまわれたことを本当に寂しく,本当に心が痛んでおります。妃殿下の久子さま,3人のお子さま方,そしてご両親でいらっしゃる三笠宮両殿下にはどれほどかお力をお落としのことと本当にご心中お察しするに余りある思いでおりますけれども,ご生前に宮さまから頂いた本当にたくさんの温かいお励ましを有り難く思っておりまして,ご冥福をお祈りしたいと思います。

その意味で,一つとても思い出に残っておりますのは,結婚の日の私たちのパレードがございましたけれども,ずっと皇居を出て新宿通りから学習院の初等科前を通って,鮫が橋門から入門してこちらの赤坂御用地内に入ってまいりまして,そして当時は東宮仮御所でございましたので,後ほど,こちらと御用地の反対側になるわけですけれども,そちらに向かう途中,いつも園遊会が開かれております赤坂御苑の所を通りましたのですけれども,その時に思いがけず,高円宮両殿下がそのころまだ初等科の低学年でいらしゃった承子女王さまをお連れになって,お池の所でとても温かく優しい感じでお迎えくださったのが本当に予期していないことだったんでございますけれども,その光景が本当にうれしいこととして大変思い出に残っております。


この1年を振り返ってみますと,初めて親になりまして最初の何か月かは時間の流れがとてもゆっくりになったなあという感じがいたしました。それまでは公務を中心にして,そして,その公務に合わせたいろいろな準備ですとか,そういったことで殿下と私と2人でいろいろなことの生活のペースというのが決まっておりましたけれども,子供がおりますとやはり子供中心の生活になりまして,時間帯もいろいろ不規則になったり,きっと子供さんがおられる皆さんは皆さんご経験と思いますけれども,初めて親になってあたふたとしている日々で,初めの半年間は何だかそれまでよりも時間の流れがゆっくりだったような気がいたしました。その後,子供の方もだんだんと成長して活発に動くようになったりしまして,いろいろな表情も豊かになりましたし,活発に動き回るようになっておりますし,いろいろな反応が返ってくるようになって,それからはだんだんと時間が経つのがまた速くなって,あっという間にもう1歳の誕生日なんだわということで,先日1歳の誕生日を無事に迎えることができました。

お陰さまで,とても今のところ身体が丈夫で,そしてまた,おおらかな性格といいますか,皇太子さまに似ましたのか,何ていうのかしら,ゆったりと,どっしりとしておりますので,その点健康に恵まれた子供を持っているということは,そうでない方もたくさんいらっしゃるわけなので,本当に恵まれたことだと思って有り難いことと思っておりますし,また,こちらでは子供の世話を手伝ってくれる職員も配慮していただいて,手配していただいておりますので,公務などとのことで私自身が面倒を見ることができない時も,そういった職員がよく面倒をみてくれていることもとても有り難いことと思っております。

今後につきましては,子供を通してまた世の中のいろいろな新しい面も見えてくるのではないかしらと思っておりますので,一つ一つ新しい経験になりますけれども,その時その時できることを考えて,そして皇太子さまのお力にもなれるように努力しながら,子供の成長も見守りながら,私のできることをしていきたいと思っております。


問2 妃殿下にお尋ねします。この1年を振り返り,印象的な出来事や心に留まったことなど,身近なことも交えてお聞かせください。
皇太子妃殿下


この1年も本当にいろいろなことがあったと思います。年の前半の方ではソルトレークでの冬季オリンピックもございましたし,その後,6月にはサッカーのワールドカップということで,これは史上初めて日本と韓国と2か国で共同開催をするということで,関係者も大変に力を尽くして準備を進めたことと思いますけれども,これが大変な成功のうちに終わって本当に良かったと思いましたし,また,その成功の陰には,高円宮同妃両殿下の,皇族としての初めての韓国へのご訪問,これもとてもきっと気をお遣いになることが多いご訪問でいらっしゃいましたと存じますが,本当に素晴らしい成果をお上げになっていらっしゃって,ワールドカップそのものの成功のためにも,宮さまは大変にお力をお尽くしになられていらっしゃいましたので,本当に成功のうちに終わって良かったなという印象でございます。

それからまた,秋にはノーベル賞の受賞者が国内から,同時に物理学賞と化学賞でございますか,小柴名誉教授と田中さんとお二人出られて,ダブル受賞という言葉もはやったようでございますけれども,そういったことも初めてございましたり,そういううれしいニュースも幾つかございましたと思います。

他方で,やはり日本の国内にあっては北朝鮮の拉致の問題でございますね,こちらが明るみに出て,そしてその被害に遭われた方のうちの何名かが帰国されたというようなこともございまして,また亡くなられてしまったと言われている方々もいらっしゃるわけで,本当にその被害に遭われた方々,そしてまた,そのご家族のお気持ちを思うと,本当にこれは胸が痛むことで,本当にお気持ちを察するに余りあることであったのではないかと思います。

世界的に見ても,中東の情勢がやはり緊張が続いておりますし,また,テロの事件があちこちで起こっているといった,大変心配される事態もあります。というのは,私は昨年の誕生日の記者会見を出産後で控えさせていただきましたので,それ以前からの話になりますが,やはり昨年の9月のアメリカにおけるテロが起きて以降,何か世界の枠組みといいますか,世の中の情勢,流れが大きく変わったのではないかというのが,率直な印象でございます。

それまでも,冷戦の構造の崩壊ということによって,地域紛争ですとか,内戦ですとか,世界のあちこちの地域でそういう問題が起きていましたけれども,今度はまた,テロという形で相手が見えない脅威が一般の市民に降りかかってくるということで,こういった問題の背後にあるいろいろな貧困の問題ですとか,格差の問題,いろいろな問題について,これから世界の人々が手を取り合って,知恵を出し合って,対処していかなければいけないのではないかというふうに思っております。そのような中にあって,アフガニスタンの復興に向けていろいろ支援がなされていますけれども,長いこと内戦で傷ついた国がだんだんといい形で復興してまいりますことを,本当に祈らずにはいられない気持ちでおります。


身近なことは,やはり1問目でお答えした子供の成長ということと,それからやはり最近の高円宮殿下の急なご逝去というのは,本当に大きなことでございまして,私も高円宮さまに大変お世話になっておりましたので,とても,なかなかその悲しみをまだ乗り越えることができずにおります。

雅子さまにとって高円宮さまという存在がどれほど大きかったかということがよくわかります。
皇太子殿下にとっては本当にお兄様のような存在で皇太子殿下を支えるというお気持ちの強い方でした。

秋篠さんち
問1 殿下にお尋ねいたします。この一年の国内外の情勢を振り返りまして,印象に残った出来事についてお聞かせください。

殿下
この一年でいろいろなことがあり,印象に残ることも多々あったわけですが,まず,思いつくままに挙げさせていただきますと,6月に日本と韓国との共同開催でワールドカップが行われました。私もサッカーというものを今回初めて見る機会に接したわけですけれども,チュニジアと日本でしたね。(妃殿下に)

妃殿下
はい。

殿下
大阪で行われたのを見たわけですが,そのワールドカップそれ自体も大変成功だったと思いますし,日本と韓国の友好の年に伴って様々な文化行事,交流行事が行われたと思います。例えば韓国の人たちの大衆文化の展示会とか,名宝展もありましたし,それから日本と韓国の両方の国の宮中音楽についてそれを比較するというレクチャーとデモンストレーションが行われたものを始め,見学する機会に触れて,私自身まだ訪問したことはありませんけれども随分身近に感じるようになりました。
そして10月,ノーベル賞の受賞者の発表がありましたけれども,日本から二人の受賞者が選ばれました。小柴昌俊さんと田中耕一さんのお二人,これは大変喜ばしく明るいニュースであったことと思います。特にこれは言い方がなかなか難しいんですが,田中さんの受賞について,非常に公平な選考がなされたという印象を受け,大変私はうれしく思っております。
そのような明るい話題があった一方で,気分が暗くなるような事柄も起きております。その一つは各地においてテロが起こり,多くの人たちが亡くなったことであると思います。このようなテロの背景には,様々の複雑な事柄があり,容易にそれが解決しないということはもちろんあると思いますけれども,テロのない世界が到来することを心から願っております。
そして,小泉総理が北朝鮮に行き,今までの拉致問題についての一部が分かってきたわけですけれども,そしてその後5人の方たちが日本に帰国をされました。しかし,一方ではいまだに消息が分からない方たちが少なからずおります。そのような拉致の被害に遭われた方たち,そしてその家族の方たちのことを思うと大変心が痛みます。
あとは自然災害の発生,南アジアとか中東欧で発生した洪水被害など自然災害によって非常に多くの人が亡くなったわけですけれども,自然災害の恐ろしさというものも改めて認識いたしました。
また,そのようなこととは少し違いますが,小学校にいる子供を持つ親として学校が週5日制に移行したということがあります。これが今後どのようなことになっていくのか私にはわかりませんが,長い視野に立ってそれがその時代の教育を受けた人たちにとってどういう影響,これは良い意味悪い意味長短両方あるかもしれませんが,今後ともそのようなことには関心を払っていきたいと思っております。


そして最後になりますけれども,先月の21日に高円宮さまがお亡くなりになりました。非常に突然のことでしたので,大変驚いておりますとともに,妃殿下や3人のお子さまのお気持ちを深く察しているところであります。非常に残念なことだったと思います。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/03/kaiken/kaiken-h14.html

あんまり残念に思ってないことがよく伝わります。

平成4人組にとっては高円宮さまの存在って目の上のたんこぶだったんでしょうね。

本当に徳仁皇太子ご一家のこと、皇室のこと、皇室外交、皇室とスポーツとの関わり、皇室と伝統文化との関わりを考えていらっしゃいました。

またアマゾンで高円宮さまを偲ぶ内容の本を2冊買ったのですが、

高円宮さまって本当に我が国の皇族としてどこの国に出しても恥ずかしくない非常に稀有なお方でした。

国際交流基金のお仕事も一生懸命まじめにされてました。

高円宮さまがもしご存命だったら皇室がこんなザマにならずに済んでただろうと思うと残念でなりません。
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紋切り型?木で鼻をくくるような?

こういうお言葉の端々に、日頃どのようなおつきあいをされてたのかがわかりますね。うわべだけのお言葉。平成四人組に温かみを期待してはいけないのだということがひしひしと伝わって来ました。高円宮さまへのこういうありきたりな、心の籠らない言葉の延長線上に、雅子さま、敬宮さまへの冷淡な態度があるように思います。何度となく繰り返される被災地の方々への押し掛け慰問がありがたく感じられないのも、上っ面だけの、体裁だけ整える輩だというのがわかってしまったからかもしれない。

素晴らしいのは雅子さまと思います

質問をいくつも投げ掛けられてそれに対して答えるという形式では答えも長くなってしまいますし、どうしても一つ一つの事柄について単調になってしまうのも仕方がないかと思います。

しかし、天皇陛下のお答えは失礼を承知で申し上げれば非常によろしくない。何故なら悪いことに対して「こんな悪いことがあった。あんな悪いことがあった。胸を痛めている」。高円宮さまに対してもだめ押しの様に述べていらっしゃる。今でこそ象徴とはいえ、昔は政をしていらした天皇が悪いことにしか言及なさらないのは本当に不吉です。

一方、皇太子殿下は高円宮さま薨去を悼みながらもあたたかい思い出を語っていらっしゃる。さらに、雅子さま。

同じく高円宮さまの薨去にふれてきちんとお気持ちを述べられたのちに、希望の見えるお言葉をたくさん伝えていらっしゃる。

こうでなくてはなりません。

悪い話に胸を痛めるのは誰でもできますが、そのあと立ち上がっていこうとする人たちを導くのが本来の天皇家です。
災害があったら喜んで慰問にいくのはおかしいし、悲しい悲しいばかりで滑稽です。

秋篠宮?あれは放っておいたらよろしいかと。

追記・訂正

悲しい悲しいは皇后さまでしたね。
天皇陛下のは当たり障りなくてまあこんなもん、という感じです。
すみません。
もう少し自分のお言葉があっても良いような感じです。

胸を打つ雅子さまのお言葉

リョーヘーカの言葉って、形式的というか心がこもってない感じがします。
皇太子さまのお言葉は、控えめながらもお優しいご性格がにじみ出てきています。温かさを感じます。
ある意味雅子さまは正反対な部分もあって、非常に熱いものを感じるんです。
言葉を選んではおいでなのでしょうけど、熱い思いを感じて、胸を強く打たれるような気がします。
被災地のご訪問でもそうです。
あたたかい魂の交流があります。
形を取り繕って見栄えを気にしただけの皇室なんて、誰もついてきません。
人々が本当に崇め、敬うのは皇太子さまご夫妻のような方々です。

秋篠宮と紀子?お前らはしゃべるな。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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