昭和天皇は過度なお見送りを嫌った

先週のりょーへーかの被災地訪問ツアーのことを記事にしたところ、

「あの二人ってめちゃくちゃやりたい放題してますよ。
あと、沿道にまでお出迎えの市民を待機させようとするし」

古き良き昭和をご存知の那須住人の高久甲さまからコメントを戴きました。

昭和の天皇陛下は那須の御用邸にお見えの際、出迎えを大変に嫌がられました。
自分の為に働き人が手を止めてはならぬ、と仰有いまして。
ただ、御用邸への道に面していたT 小学校の児童達の顔を眺めるのは非常な楽しみにしておられました。
児童達は教室から校門に移動するだけですから、大した手間ではありません。それでも、
「子供に最敬礼をさせるな」
「木陰の涼しい場所にいさせよ」
昭和の陛下のお達しは、今上のお達しと内容が違ってましたねえ。


貴重なお話を教えてくださってありがとうございます。

昭和天皇らしいエピソードです。

どうして昭和天皇の跡取り夫婦が”人の視線大好き病”なんだろう。
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カボチャの話もあります

戦争中の話です。
兵隊に行った大きいアンニャ(兄さん)が支那で戦死した頃。私の父とすぐ上の兄(私には伯父)、分家の従兄弟、父の姉の嫁ぎ先のいちばん下の弟、みんな10才くらい。
兄の戦死は名誉と教えられていたし、疑問に思う複雑な思考もなく、悲しみもせず元気に夏休みを迎えていました。
夏休みと言ったってどこかに遊びに連れて行ってもらえるわけでなし、カボチャ作って(栽培して)遊んでいたら、とてもよいカボチャが取れました。
「陛下に献上しよう」
まあ、何かよいものが収穫できたら陛下に献上と言う土地柄。いちばん幼かった私の父親の名前で「(戦死した兄の)遺族代表」と言う名目で親に申し出てもらい、子供らで大八車にカボチャ積み、御用邸に行ってしまったんです。門衛との押し問答は多少あったようですが、昭和の陛下はなんと、御用邸の建物からお出ましになり、子供らを待っていてくださったようで。(ご自分の皇子方とは離れて暮らさねばならなかった陛下です。なんとなく土民の子供らを哀れに思し召したのかもしれません。)
「カボチャも、こんなに大きくなるのだねえ」
「こんなに大きくては、私達では食べきれない。自分達で食べなさい」
昔のおとな、ことに戦争中で男手を取られて忙しい、子供の話も聞いている暇も気もない。それを「日本でいちばんえらい天皇陛下」が自分らの話を聞いてくださったと、田舎の子供らは大感動して(親より陛下のほうが好きだ)そう思った、これもまた昔の話です。
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Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
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メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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