正田英三郎証言「結構皇太子一家と会ってるし、御所にも呼ばれてるよ」

『「週刊新潮」が報じたスキャンダル戦後史』という本を買いました。

この本は昔の週刊新潮の記事を再録したものです。

その中に「こ、これは皆さんに紹介しなくては!」と思う記事があったので紹介します。

昭和57年9月2日号
「美智子妃のご実家 正田家の「栄光のなかの孤独」


匿名の正田家の知人が

「正田家ってかわいそう。美智子さまが皇太子妃だから大人してるし、東宮ご一家と交流もできない・・・」

とまあ平成でも言われていることを言っています。

まあ、ここまで読んでいると

「はいはい、正田家はかわいそーかわいそー」

と心の中でうんざりします。

で読み進めているとなんとこんなことをしていた。

さて、当の正田家は何というか。そろそろ、英三郎氏にご登場願わねばなるまい。建築後五十年たつという東京・池田山の正田邸には、冷房の設備がない。謹直な背広にネクタイ姿の英三郎氏は、ウチワでわずかな涼を取りながら、あくまでもニコヤカに語る。

ミッチーパパキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

ええええ!ちょっと、週刊誌の取材受けてるよ!

平成の皇太子妃のご実家の小和田家なんて皇太子妃雅子さまに関する取材を受けたのってヘカテーが知る限り、たった一回『文芸春秋』にご婚礼直前のインタビューを受けただけだよ!

正田冨美さんはガンガン写真付きで出てるしスッゲーな正田家!

しかし正田英三郎氏は結構正直です。

英三郎氏のインタビューをまとめると

・正月や両陛下のお誕生日に宮中に招かれている
・外国の大使館と付き合うようになったし、大使主催のパーティーによく呼ばれるようになった
・宮内庁長官をはじめ、いい方が側近にいるから安心している
・美智子の具合が悪い時には一緒に葉山の御用邸でのんびり過ごした
・夏には軽井沢で自由に皇太子一家と会っていた
・日清製粉のテニスコートに皇太子一家を招いて一緒にテニスをした


ちょっと気になることも証言している。
美智子さまの婚約前のことです。

「私ども、もうさんざん、ご辞退申し上げたんですよ。それが最後は、ホラ、当人同士が電話で話して、決めちゃったわけ。しようがないよねぇ。もしも、あの時、娘が皇太子妃になっていなかったら・・・・・・。いまさらいったって始まらないから、考えたこともありませんがね」

ミッチーパパって結構暴露しちゃう人だな。

ミッチーは皇太子との結婚に実はノリノリだったのね。

勝手に決めちゃうってすごいな。

ただ娘が皇太子妃になってなかったら賞だけは閨閥を築けなかったけどね。
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おとーさんは蚊帳の外

>私ども、もうさんざん、ご辞退申し上げたんですよ。それが最後は、ホラ、当人同士が電話で話して、決めちゃったわけ。

冨美さんも東宮妃選びの進捗状況を逆取材してたなんて話もありますよね。
もう母娘でノリノリ。
おとっつぁんだけ蚊帳の外(笑)

>美智子の具合が悪い時には一緒に葉山の御用邸でのんびり過ごした

雅子さまなんて、流産後は2ヶ月かそこらで公務復帰。
適応障害になられてからは、本当に悪くなられてからやっと軽井沢の実家の別荘に静養に行かれて、それでも非難轟々。
もうこれだけでも、あの方の慈愛が似非だということがわかります。
いかん、また腹立ってきた。

美智子さまは可哀想でもなんでもない。

皇室index というブログにも、美智子妃が実家と疎遠どころか頻繁に交流しているというコメントが多々あります。

もちろん著者が分かる本や新聞記事から引用しています。

実家離れできない、親離れできないのは、美智子妃です。

美智子さまは国民を騙しているとしか思えません。

ご存じなかったですか?

正田父は、同じような事をテレビでも仰ってますよ。

皇室特番でインタビューを受ける氏が、ラフな服装で「結構会えるんですよ。こちら(軽井沢)に来たときとかね」と答えている姿を、良く覚えています。

小和田家の方がひっそり

アンチ東宮の皆さんが…

「正田家は美智子さま入内後にすべての役職を辞し、ひっそりとお過ごしになられた!大変ご立派だ!」

などと豪語しておりますけれど、皇后さま入内後に閨閥を形成したり、新年祝賀や陛下のお誕生日に招かれるなど事実上宮中での礼遇を賜わったり、療養中の当時の皇太子妃に別邸で長期間に亘って静養させたり、当時の皇太子家とその後も親交を深めたりするなどの事実がある以上、とても「ひっそりとお過ごしになられた」とは思えないんですけど…(笑)

むしろ平成の皇太子妃であらせられる雅子さまのご実家、小和田家の方がひっそりとお過ごしになられていると思います。小和田恒さんらご家族が公で話題になったのも、雅子さまが里帰りされたときか、皇太子ご夫妻が愛子さまを連れてお会いになったとき、3年前のオランダご訪問で再会を果たされたときぐらいですし。それにご先祖様の代から努力なさっている家系ですので、皇室の権威などなくても、ご立派に過ごされています。

そういえば、あちらの宮妃のところのご実家も皇室、というより宮妃の身分で、随分と色々やらかしていると聞いていますけど(笑)

私は知る限り、小和田家、津軽家、高木家、麻生家、鳥取家の方々が皇室の権威を使って色々やっているなんて話、噂でも聞いたことありませんよ(アンチの小和田家の人々が準皇族気取りという話は聞いたことありますが、どれも取るに足らないデマですし)。

正田富美は芦田淳のパトロン

>外国の大使館と付き合うようになったし、大使主催のパーティーによ

>く呼ばれるようになった

娘が皇太子妃になる前は、こうした外国の大使との付き合いはなかったってことですね。

正田富美は、美智子さんのデザイナーだった芦田淳を、皇太子妃の母となることで交流が始まった日本駐在の各国大使夫人達に紹介し、独立後の芦田淳のパトロンになってますよ。
芦田氏が、ご自身の自伝に書いてます。

大使夫人も、皇太子妃の母から紹介されたりすすめられたら断りにくいですよね。
特定の服飾デザイナーに、こんなふうに便宜を図ってよいのでしょうか?
結構大問題だと思いますよ。今なら週刊誌ネタでしょうに。
宮内庁は何で注意しなかったんだろう?

芦田氏と正田富美、そして米国大使夫妻の4人で写ってる仲睦まじい写真が、「私の履歴書」に掲載されてました。

「今後の芦田さんのことは、私が全面的に面倒みます」と言って、大使夫人を顧客として紹介し服を買わせ、おかげで、ビルが建つほどにジュン・アシダは成功しました。

皇室使ってパトロンになるなんて、たいした商売人ですよ、正田富美って。

記事とは関係ないのですが

そういえばうちの近くを数年前皇太子殿下が通られたことがあるんですよ。近くってか、目の前の国道を。育樹海…だったかな、すいませんうろ覚えで。だかに行く時目の前を通られまして。昭和の森会館にその時の写真が残られてます。なんとここ、昭和天皇も来られたことがあるそうで、お写真が何枚もありました(まぁ、今上とコウゴー様のありましたが。枚数と紹介文の詳しさが昭和天皇の比じゃありませんでした)それでこれはヘカテー様にお教えしなければ!と写真を撮ったのですが何故か送信できず…。
あと沼津の御用邸記念公園も良く行くのですがそこにも昭和天皇と香淳皇后、あと皇太子夫妻のお写真がたくさんありますし、紹介文もズラッっとあります。(今上?まぁ、皇太子時代のが1枚だけ。秋篠さん?誰それ?状態でしたww)ここ、御用邸内も見学できてホント大好きなんです。
ショップもあって、ヘカテー様も機会があればぜひ来てください〜⊂( ˆoˆ )⊃
長文失礼しました

黒い皇后

実父による証言という貴重な証拠が発掘されたことで、以前から囁かれていた
『美智子が行きたくて(周りも行かせたくて)仕方なかった』説が、
改めて補強されたことになりますね。
きちんとした調査報道や資料分析を得意とするジャーナリストの手によって
この金毛九尾さながらの『黒い皇后』の実像が詳らかになる日が来ることを切に望みます。
早く徳仁皇太子さまの御代が来て欲しい・・・

ああ そうだ

トッシーMYLOVE さまのコメントにある金毛九尾。
美智子さんを見るといつもこの狐の姿が重なる。
紀子さんは金毛九尾の子分くらいの感じ。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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