天皇は女性格を持つ 『「日の丸・君が代」と日本』

松本健一先生の上記本を読みました。

そこにちょっと面白いことが書いてあったのでご紹介します。

77ページから始まる「天皇は女性格を持つ」という章

松本先生はこうおっしゃっています。

日本は原初に、米作りの国、女の国というふうに出来上がっているとわたしは考えております。日本は女性の国ということを言うと現在のフェミニズムに近いと思われるかもしれませんけれども、わたしの考えはやや違います。例えば天皇が日本の国を支配するというシステムを作り上げるとしますと、天皇が女性格であるというわたしの認識になります。日本の古代からの英雄、ヒーローを考えてみると、面白いのですけども、ほとんどヒーローと言われる人は女性格をある程度身につけている。というよりも、ある時点で強い力を持とうと思ったら、必ず女装をして、女性の力を借りるという方法を取ります。ですから、日本武尊が熊襲健を討ち滅ぼすという時に、女装をして出てくるわけです。そして「いい女だな」と酒に酔っぱらったときを見計らって実はその熊襲健を討ち取る、殺すということになりますけど、これは何を意味しているかというと、日本においては強い力というものはもともと女性である。その自然の力というかそういうものを借りてきてなければ強い力を持つことができないという想像力になってくるのだろうと思います。(中略)こういうことは日本のなかで、女性の力を借りる、つまり生む力を持っている、強い力を持っている、根源の力を持っている女性の力を借りてくるという方式がありまして、天皇もまた女性の力、生む力、稲の力を借りるという形でこの国を知ろしめすというふうな文化になっているのだろうと思います。

天皇は女性格で、強いエネルギーを持つ女性の力を借りてこの国を治める

なかなかおもしろいですね。

幕末の動乱、戦前戦中の軍隊、三島由紀夫の盾の会には女性の姿がありません。

なぜ女性がいないのかということについて松本健一先生はこう記されています。

天皇が女性格だからなのですね。天皇という高貴な女性のために、男たち、武士たち、あるいは志士たちが一生懸命に働くという構造になっています。(79ページ)
士というのはそういう意味では男なのですね。つまり男が志を持って、一生懸命に妙なる女性のために働く、つまり天皇のために働く。世の中が間違っていると認識した場合には改革する、維新をする。そういう形で女性のために働けばいい。これが維新運動になってくるわけです。(80ページ)


高山彦九郎という江戸中期の尊王思想家は光格天皇にも拝謁した時の感激をこう詠んでいます。

我を我としろしめすかやすべらぎの玉のみ声のかかる嬉しさ

御簾の向こうから声がかかる。お声をかけれたということが嬉しくて男は一生懸命働くという図式があります。

士がその御簾の向こう側にいる女性のために一生懸命働くという構図になるというのが、これが要するに日本の革命運動、維新運動の基本構図になってきます。(81ページ)

「声をかけてくれただけで感激!僕一生懸命あなたのために頑張ります」という中学生男子並みのピュアピュアな感じがありますね。


最後にこう締めています。

これはフェミニストに言わせれば、日本が男性原理社会であって、あるいは男性社会であって、女性を一個の人格として認めてくれないからだといいますけれども、わたしの考えはまったく逆でありまして、女性はそんな下々のことに働く必要はない。士が女性格であるところの天皇のために働くというのが維新運動の原理でありますから、男が一生懸命駆け回ればいいわけでありまして、そのように日本の維新運動には女性がいなくてもよろしいという構図になってくるわけであります。(82ページ)

松本先生程賢くないヘカテーはバブル期のメッシー君、アッシー君、ミツグ君を思い出しました。

ギリシャ神話、北欧神話など世界の国々の神話における神様のトップは男性神です。

でも日本は女神である天照大神なんですよね。

男性の天皇であっても女性格がある、だから下々の男たちは一生懸命命をかけて頑張る。

その女性が大好きだから。

まさにミツグ君!

ちなみに松本先生は「女系も認める秋(とき)なのだ」と主張されてました。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

古代日本は

上野美術館で安田靫彦展が開かれるのか、そのポスターが駅にありました。
代表作2点 「卑弥呼」と「額田王」
それを見て「古代日本は女性が王だったのだ。そもそも最高神が天照だ。男の血統だけが問題で、女は産む機械に過ぎないというのは後から入った概念なんだ」と思いました。

あまり難しいことはわかりませんが、古くからの伝統を守るというなら、今の男系主義の考えはおかしいのではと思います。
詳しい方、フォローお願いします。

Re: 古代日本は

額田王の「王」は「KING」「QWEEN」という意味ではありません。

三笠宮の彬子さまや高円宮家の承子さまが「女王」という立場であることと一緒です。

そうでした

>額田王の「王」は「KING」「QWEEN」という意味ではありません。

ああ、そうでしたね。あまり歴史に詳しくないので失礼しました。
でも彼女の力強いおおらかな歌を見たら、決して男性の陰で消え入りそうな声でしゃべるのが美徳だったとは思えません。

卑弥呼はやはり王的な存在だったのでしょうか。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR