家に住めなくなったから避難所に来たんだよ!

前々記事に寄せられたコメント

外輪山さまコメント
被災者の心の傷に、塩をすり込む美智子皇后。

避難所を慰問した美智子皇后。

その避難所では、被災者のためのスペースがあり、カーテンで仕切られている。

美智子が、そこにいた小さな少女に話しかけた。

「ここが、あなたの、お家なの?」

自宅が倒壊したから、倒壊しなくともライフラインが使えないから、避難所に避難している。

小さな少女は怖い思いをしただろう。

あって当然の自分の家で暮らせないのは、小さな子供であってもストレスフルで悲しく辛いはず。

「狭いけど自分たち家族のためのスペースで、今はここが自分の家」であっても、心の底から自分の家と思えるだろうか?

美智子って、被災者の心の傷に塩をすり込める婆なんだな・・・と思った




コメントありがとうございます。

本当にこんなことを言ってたなら人として終わってる。

えっと、熊本に何しに行ったの?

ただでさえ忙しくて倒れそうな熊本県、益城町、南阿蘇村の職員さんたちの余計な仕事を増やして、ANAのジャンボ機一台チャーターして、自衛隊のヘリをタクシー代わりにした挙句に、女の子の心の傷に塩を刷り込む



本日平成28年5月25日はへーせーが始まってから一万日目にあたります。

あーあ、早いとこ終わってくんないかな。

あの世に行ったら昭和天皇をはじめとする今までの全ての皇族からしこたま叱られればいい!

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美智子さんの誤算

・・・というか、じわじわと、両陛下の愚行がわかって来てしまった? 一応表面上被災地訪問を受け入れてはいますけどね… ご次男夫婦のイタリア観光との合わせ技てで、今回の押し掛け訪問は、裏目に出てしまったのでは? 悠仁さんの「台風の目」ももしかして余計な産物だったのでは? 

馬鹿すぎる

>「ここが、あなたの、お家なの?」」


お 家 だ と ?
予行演習ばっちり、練りに練って用意していたアテクシの思いやりの言葉決まった!ってとこですか?
お家?お家?お 家 ?
何十億かけた御所でぬくぬくしてる高貴高齢者お二人様と違って、ままごとしてんじゃないんだぞ。なんだ、お家って。
ふ ざ け る な !(怒
ああもう。
これで自分では優しいこと言ってやったと本気で思ってるんだから、ほんと、たちが悪い。

北原様

スレチですみません。ヘカテ―さま、

北原様。
北原様からコメントをいただいていたことに今日気づきました。すみません。
そして、お気遣いいただいてありがとうございます。

北原様の声は、頓珍漢で結局は予定調和でお茶を濁すマスコミの報道より、ずっと真実で、貴重なものだと思います。
ぜーはーなったり、くらくらしたり。確かに反芻していい記憶ではないですが、決して嫌な思いはしていません。
今回の熊本の地震だけではなく、五年前の私達の気持ちも代弁してくださっているように感じています。
なので、逆にありがとうございます。
ただ、食欲がない。胃薬が手放せない。よく眠れないとのことでしたので、どうぞお体だけはご自愛くださいませ。疲れ切った体と心は回復するのに時間がかかります。
無理にでも食事はしっかりとってくださいますよう。食は力。これはこの五年間の私の教訓になっています。

六月の皇太子ご夫妻の来県のご報告、必ずさせていただきます。


無理矢理に押しかけた上に

人を傷つけるような発言をするなんて。
側仕えを通す文書回答ではなく、その場で咄嗟に
かける言葉だからこそ、本性が出るんですね。

ああでも、ミチコさまは「ジアイを込めてかけた言葉」と
思いこんでらっしゃるのかも?

本当にお気の毒です、声を掛けられた女の子が。

恥ずかしい老女ミテコ

「ここが、あなたの、お家なの?」

なんたって、幼かったサーヤと庭でおままごとしているところ(ミテコさまはなぜか着物に割烹着姿だった)を撮影させたミテコさまですからねえ。

段ボールで仕切られた被災者のためのスペースが、豪邸住まいのミテコさまの眼には、まるでおままごとセットのように映ったのでしょう。

すると少し○ケかかったミテコさまの脳内に、「アテクシの中の小さな女の子」wが発動し、自分が何のためにここに来ているのかすっかり忘れ、女優のように美しいアテクシが少女に優しく語りかけるパフォーマンス(ビデオ撮影用)になったと思われ。

ほんっと、恥ずかしい老女になりましたね(呆)

愚かな老人

テレビを点けると、画面の端に「生活情報」が流れます。その中には眠れない時は一度起きましょうとか、子どもの前では地震の話をしないで添い寝をしてあげましょう、なんて実にきめ細かいことまで書いてあります。

あの地震が、どれほど被災者の心身に影響を及ぼしたか、美智子さんは想像もつかないのでしょうね。お遊びに行くための「取り敢えず」の熊本訪問だったらしいし、やることが本当に厭らしい。自分が発した言葉が、どれほど残酷なものであったかも判断出来ないほど頭が空っぽなんだと思いました。でも、それは今に始まったことではないし、これからどんどん露呈していくばかりかも。そして、本人がやっと冷ややかな国民の視線に気づいた頃には、どうして孤立してしまったのかも分からないまま死を迎えるのかもしれません。気づいたらまだ救いはあるかもしれませんが。

雅子さまや敬宮さまにあんな酷い仕打ちをしなければ、まだ国民に愛されるおばあさまというポジションを手に入れることも出来たのに。北原は皇室に畏敬の念を抱いておりますが、りょーへいかに対しては、愚かで憐れな老人に成り下がったと見ています。あ、今上さんは論外。既に心がどこかを漂っていらっしゃるようだから、ある意味お幸せかもしれませんね。

どんだけ上から目線

いやー、どんだけ上から目線かと呆れますね。
もっとも、被災者の姿を見て自分が慰められるでしたっけ、あんなことを言っている時点でジアイもクソもないというか・・・はるか上から下々の民を見ている姿勢が見え見え。

いくら避難所でスリッパを履かなかったとかひざまづいて被災者と同じ目線で云々と報道されたって、尻尾は思いっきり見えていますよ(怒)
茶皿さんの日課のスロージョギング中に、何か決定的なことでも起こらないもんでしょうかと、不謹慎ではあるけど願ってしまう今日この頃です。

想像してみてください

朝日の島康彦が書いた美談記事です。

天皇、皇后両陛下 被災地・熊本日帰り強行軍の舞台裏
http://dot.asahi.com/wa/2016052500258.html

押しかけておいて、大変だった、大変だったと恩着せがましいのはいつものことなので、とりあえず置きます。
ここに書かれている二人の様子を想像してみてください。
被災者を見つけてはせわしなく近寄っていく。
小走りに近づく。
美談めかして書いてありますが、そこに心はありません。
まるで、予め声をかける人数を決めていて、そのノルマを達成するためにやっているようです。
何の意味があるんでしょうね。
くまモンのバッジをつけてみせるとか、あざとくてほんとうに嫌。

りょーへーかというゲスコンビ

早いとこお二人ともお☆くなりになってちょうだい。

☆→亡

岩手在住さま

スレチで申し訳ありませんが、岩手在住さま、お心遣いありがとうございます。

過去の被災者の方も含め、わたしたちはみな「同志」だと勝手に思っております。余震の最中に書き込みをすることに躊躇はありましたが、ヘカテーさまや、ヘカテーさまのブログのファンの方たちの温かな言葉がどれだけ力になったことか。

復興には気が遠くなるほどの時間を要するのだと痛感しております。そして、時間が経ってから心身にあれこれ症状が出て、本当に凄まじい経験をしたことを改めて感じます。

あの老夫婦の専横は今に始まったことではないけれど、幼い女の子を傷つけたことは許すまじ、と怒りに震えております。因果応報、いずれしっぺ返しをきっちり受けてもらいたいものです。

マイホーム13LLDK870㎡ 仮縫室・着替え室付き

めちゃくちゃ腹が立ちました。
やむをえず避難所で暮らす少女に、「ここがあなたのおうちなの?」って無神経すぎる。いくらなんでもひどすぎる! 完全に、人として終わっている、そのとおりですね。

熊本地震では倒壊家屋の数は阪神大震災をも上回っているようです。家を失い、いまだ避難所暮らし、テントや車中での生活を強いられている方たちのことを思うと本当に心が痛みます。家が無事でも、余震が恐ろしくて家で寝られないという方もおられますしね。

今回の地震が大変なのは、震度7が2回もあったことと、余震がなかなか終息しないこと、でしょうか。熊本には知り合いもいますし、同業者からは次のような連絡がありましたが、熊本市内なのでまだしもマシなほうなのでしょうか。それでも、余震を警戒しながら過ごす毎日は途方もなくストレスがたまることと思います。

 ・幸いなことに人的な被害はなかった。
 ・14日に発生した「前震」の翌日から復旧作業を開始したが、16日未明に発生した「本震」によって、更に大きな被害を受けた。
 ・「余震」に警戒しながら災害復旧に努めている。
 ・震災前の状態に戻るためには、もう少し時間がかかるが、早期の完全復旧を目指したい。

小学生のときにJRCのバッジをつけていた私は、以前は災害のときは日赤に寄附していましたが、申し訳ないけれど今はその気になりません。ふるさと納税とか別の方法で、少しずつ長く、と思っています。国民みんな、ひとごとではなく、昨日の我が身、明日は我が身なのです。

ところで、安全地帯の後期高齢者2人のおうちは・・・

延べ面積4940㎡。3棟あり、「私室部分」870㎡、「接遇部分」は映画鑑賞や演奏会のできる広間、食堂、休所など11室、計630㎡、「事務部分」が地上二階、地下一階で計1480㎡、侍医、侍従の宿直室や魚類研究室、天皇ご一家の食事を作る調理室などがある。

「私室部分」は、マイホーム13LLDK870㎡。
両陛下の書斎各1室、居間2室、和室、研究室、食堂、供進所(くしんじょ=配ぜん室)、サンルーム、寝室、着替え室、理髪室、仮縫室、医療室、1階に紀宮の居間、寝室、進講室。合わせて計17室。また2階に天皇陛下の「ご身位に伴う部屋」として、「剣璽(けんじ)の間」「執務室」の2室(計30平方メートル)がある。

昭和天皇の吹上御所が完全に私的なお住まいだったのに対し、迎賓機能を持たせたいとのご希望で、外国王族などが来日した時に宿泊、接待できるようになっているそうだ。(宿泊してくれた王族なんていましたっけ?)

「延べ床面積約4940㎡は、東宮御所より約520㎡狭く、吹上御所より約920㎡広い」と書いてありましたが、吹上御所より少し広いだけ、と騙されてはいけません。御文庫(1320㎡)を含めて吹上御所というのだそうで(もしかしたら御文庫附属室330㎡も含んでいるでしょうか)、昭和36年に新しく建設された吹上御所は事務棟も含めて1350㎡だったのです。

ちなみに、昭和天皇のお住まいは7LLDK、といったところでしょうか。談話室(応接間)、陛下の書庫・書斎、洋式の居間、8畳の和室(皇后陛下がこの部屋で絵を書かれた)、予備室(お子様方がいらっしゃったときの宿泊のため)、10人収容可能な食堂、2階は寝室を中心に3室。陛下は書庫ができたことをことのほかお喜びになったそうだ。

間取りひとつを取っても、こちらは普通の邸宅、あちらは無駄に豪華な虚飾の館、女主人の頭の中をのぞいたようで恥ずかしいわ。

酷いばばあだ

家に帰りたくて仕方ないだろうに。
潰れてしまったか、シール貼られて立ち入り出来なくなったかはわかりません。
いずれにせよ、避難所にいるってことはおうちには帰れないんですよ。
余計な声かけるなら慰問なんていらねえよ、バカタレ。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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