良子さまのご養蚕って毎年毎年こんなにニュースになってましたか?

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ミテコさまのご養蚕のニュース

皇后のみがされるというのに、田舎のおばあちゃんの養蚕のようにただの宮家の嫁と孫に手伝わせるというミッチールールでされているものです。

ネットで調べたら

菌が繁殖するので触るときは素手ではなくビニール手袋をしたほうが良いです。僕が使っているのはソーセージのようなもので大体一本1000円くらいで購入できます。菌が付きやすいので注意しないと雑菌が繁殖してそれが蚕の口から入り病気が流行ったりする事もあります。
http://www7a.biglobe.ne.jp/~kodomonokaikonojikkennsitu/kouza.html

と「素手で触っちゃダメですよ」と書いてありますが、

ミテコさまはガッツリ触ってますね。

さて、ここでふとヘカテーは疑問に思った。



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良子さまのご養蚕って毎年毎年こんなにニュースになってましたか?

毎年毎年だけじゃなくて養蚕がスタートすると、

ほぼ毎月毎月

「今日は○○をされました」
「今日は××をされました」

と細かくニュース映像でお茶の間に流します。


良子さまもこうだったのかな?
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No title

いつもの事です。

美智子さまが◯◯された。
美智子さまが◯◯へ行かれた。
美智子さまが◯◯と仰せになった。

そう、明仁天皇なんか存在していないような報道さばかり。

これほど存在感ゼロの明仁天皇って何なんでしょうかね?

平成は明仁天皇の御代ではなく、間違いなく美智子天皇の御代ですね。

No title

たぶん平成になってから取り上げ方が多くなったような気がします。

そう言えば暮らしの手帳でも見た記憶があって
この間、探してみたのですがⅢ世紀の三分の一とⅣ世紀の10冊くらいには乗っていなかったのです。

私の記憶が確かなら例のごとく美智子さんがお好きなポーズの写真と記事が数ページあったと思います。

花森安治氏、大橋鎭子氏や暮らしの手帳に取り上げられる方々のこと好きそうですよね。美智子さん。

いつの号だったか、近いうちにまた探してみます。

養蚕をパフォーマンスに使うコーゴー

マスコミを使って世間に
「ミテコさまはこんなに働いていらっしゃるのに、長男の嫁は何してんだ!」
「キコさん、マコカコさんはご養蚕を手伝ってエライ!」って印象をすり込みたいんでしょう。

養蚕は歴代皇后の仕事であって、他の女性皇族に手伝わせるものじゃありません。秋家の女性陣は点数稼ぎしたいために来てるのが
見え見え過ぎます。
ミテコさんのは「なんちゃて養蚕」でしょう。「長男の嫁を叩かせた~い!」「私が働いてる所を世間に見せた~い!」「蚕を愛でる『慈愛(自愛)に満ちた私を見せた~い!」ってドス黒い思惑がミエミエのパフォーマンス養蚕。実際は職員さんに丸投げしてるんでしょ。本当に養蚕をしている人は手袋を付けてカメラを意識せずに作業しますよ。

良子さまは養蚕の際、手袋をされていますね。カメラを意識せず
コツコツと作業されています。本当に養蚕作業される方はこうですよ。

むしろ籠られましたよ。

香淳皇后は災厄が起こると、むしろ御所に籠られましたよ。
布団を縫ったり、セーターを編んだり、皇女皇子達の古着のお印を取ったりして、困っている国民にこっそりお送りになられました。
いくらこっそりと言っても、周囲の旧皇族華族は見ているわけで、
「娘もらう時には母親を見ろ」
こんな言葉の生きている時代ですから、昭和の皇女さま方は全員よいお家に嫁がれました。
・・・と、親から聞きました。

5月の「御養蚕始の儀」と7月の「御養蚕納の儀」

昭和の皇后陛下のご養蚕に関する新聞記事はほとんどありません。
数件の少ない記事からわかったことは、5月に「御養蚕始の儀」、7月に「御養蚕納の儀」と儀式(神事)が毎年あるということです。

昭和の皇后陛下の養蚕、

皇后さまが「御養蚕始の儀」を行われる(毎日新聞 1988.05.06) 

皇后さまは六日午前、皇居内の紅葉山にある御養蚕所で「御養蚕始の儀」をとり行われた。昨年末、心臓発作を起こして以来、儀式や行事などへの出席を控えてきたが、この日は十数分間にわたって儀式に臨まれた。皇居では毎年、この儀式とともに技術者が蚕を飼育し、七月初めごろ納めの儀式が行われる。


へーせーのコーゴーさま、

皇居で「御養蚕始」 (毎日新聞 1989.05.06)

皇后さまは六日午前、天皇陛下、皇太子さまとともに皇居・紅葉山御養蚕所で「御養蚕始」をご覧になった。皇室では古くから養蚕を続け、歴代皇后は春の「御養蚕始の儀」や夏の「御養蚕納の儀」に臨み、自ら掃き立て、給桑、マユかきなどの世話をされてきた。今回は服喪中のため、皇后さまは職員らの掃き立てをご覧になるだけで、神事も行われなかった。

初めての御養蚕始の儀。以降、給桑などの写真が公開されることは多くとも、「儀式」が記事になったことはありません。  

皇后様が御養蚕始の儀(読売新聞 1990.05.07)

皇后さまは七日午前、皇居内の紅葉山御養蚕所で恒例の「御養蚕始の儀」を行われた。 皇室では古くから養蚕が行われ、明治以降は歴代皇后が蚕やマユの世話をされてきた。皇后さまは昨年から皇太后さまに代わりこれを引き継がれたが、昨年は昭和天皇の喪中のため、儀式としては行われなかった。

2つの儀式は神事なので服喪中は行われないらしい。服喪中以外ではヘーセーのコーゴーさま、「御養蚕始の儀」は感心なことに皆勤、「御養蚕納の儀」はやったりやらなかったり。H6-H7, H14-H16, H18, H20-H22, H25-H27は行われなかったようです。儀式にカメラは入れられないし、「給桑、繭かき、上蔟、山つけ」などの作業の様子をカメラで撮らせて公開するプロパガンダが大事なことで、納めの儀式のころはカメラも入らないし面倒なのかおサボリ気味。パフォーマンス重視、儀式軽視、というのがヘーセー流。


それともうひとつ、

http://retsugaiha.blog.fc2.com/blog-entry-206.html

「小石丸は昭和60年頃、もう作らないようにしようかという意見があったが、美智子さまが皇后になってから、「古くからのものだから残しておこう」と仰ったので今も作られています。」

これは微妙な表現ですね。言っていることにはたぶん間違いはありません。が、あたかも美智子さまのおかげで存続が決まった、とミスリードさせるような言い方です。

もうやめようという意見はもしかしてあったのかもしれませんが、昭和の時代に小石丸の飼育をやめたとは書いてありません。つまり、昭和の時代に小石丸の飼育はずっと続けられていたのです。

正確に言うならば、美智子さまが残しておこうと仰ったので、平成になってからも「今までどおり」小石丸の飼育はやめることなく続けられている、ということでしょう。目立ちたがりの手柄乞食が、小石丸を自分のウリあるいは手柄にしているのが透けて見えて嫌な感じです。

読売新聞の記事から。

1958.7.4 皇居で養蚕納めの儀
・・・稲田侍従次長が祝詞を読み、ことし同養蚕所で作った日支交雑、支欧交雑など217.5キロのマユを神殿に供えた。・・・

1963.5.7 皇后さま、ご養蚕始め
・・・掃き立て量45g、品種は小石丸など。

1963.7.3 皇后さま御養蚕納の儀

1964.5.2 皇后、御養蚕始の儀
・・・この日掃き立てした品種は小石丸、日支交雑、欧支交雑、天蚕、柞蚕など45g。

1965.5.7 養蚕始めの儀
・・・小石丸、日支交雑、欧支交雑など45gを掃き立てられた。

1976.7.1 皇后、御養蚕納の儀
・・・小石丸、日支交雑、欧支交雑45gから取れた繭は約192キロ。洋服生地にして外国からの賓客などのプレゼントにお使いになる。

1988.5.6 皇后さま養蚕始の儀
・・・カイコの種類は今年も昨年と同様、小石丸など三種類で、掃き立て量は計45グラム。

雅子妃殿下は、皇后陛下になったら養蚕を引き継がれる、ということであり、今、養蚕をしておられなくても何の問題もありません。というか、宮家の卑や子供に手伝わす皇后ってケジメなさすぎじゃない?

No title

養蚕に関わらず、昭和の皇后陛下のご動静について単独でニュースになることは、まずなかったと思います。

定期的に放送されていた皇室特番などから、良子様が皇后のお役目として養蚕をなさるのはもちろん知識として知ってはいましたが、作業の段階ごとに、都度都度報道されるなんてことはありませんでしたよ。

平成になって、美智子さんが毎年、誕生日ごとに長々とコメントを出してますが、こういうことも昭和の皇后陛下にはありませんでした。
大体、良子様の誕生日は、喜寿や傘寿など区切りの年齢の時以外、殆ど報道されなかったように記憶しています。

昭和天皇でさえ、会見は数えるほどしかありませんでしたし、毎年毎年、何らかのメッセージを文書で出すなんてことはなかったです。

とにかく、平成になってからですよ、こんなにやたらとあらゆる機会をとらえて出てくるようになったのは。




No title

ご養蚕の全ては、ご養蚕所の職員がしています。
蚕が繭を吐くまでに育てるのは大変な仕事でしょう。
毎日毎日桑の葉を食べさせて、糞の掃除をして・・・病気もあるし


陛下のお田植、稲刈りと同じで、
繭が出来上がるとかの節目節目・・・マスコミに公開する時にたずさわるのが皇后という事ですね。

陛下が数本の稲苗を植えて、数本の稲を刈り取られたからと言って、陛下が米を作っていると思っている人はいないでしょう。

養蚕は身近ではないので、皇后伝承の何かがあるような雰囲気づくりをされているように思いますが、
全て、養蚕プロフェッショナルの養蚕所職員がやっているのだから、
皇后伝承の技術は皆無です。

ご養蚕所も、宣伝してもらえば予算がつくから良いのかもしれませんが・・・





養蚕の歴史は浅いです

皇后の仕事として養蚕を始めたのは、昭憲皇后です。明治天皇の正妻です。
皇室の歴史からすれば、たかだか140年足らずの出来事です。明治の日本の重要な輸出品である生糸の増産を国民に呼びかけるために、
「皇后おん自らなさる養蚕」
アピールですね。富国強兵、外貨獲得、戦争準備。
だいたい、天皇が男性限定であること、必ず皇后がいることは明治以降の新しい取り決めだし、天皇あるいは皇太子が結婚式を挙げること自体、大正天皇からのならわしです。歴代天皇の半数は、皇后がいなかった。明治天皇の生母は准后で、孝明天皇には皇后がいなかった。
私達が「皇室の伝統」と信じ込んでいることの大多数は、明治維新以降の新しい制度にすぎないのです。

古文書的には、継体天皇が手白香皇女との婚姻に際して、養蚕は后の大事な仕事の一つ、としており、武家政治体制前までは続いていました。古代中国の神話的皇帝の皇后が養蚕を始めた、と伝わるように、絹は、大事な貿易品でもあり、韓国やタイなどでも、王家の后たちが関わっています。明治に皇太后が復活させた仕事です。良子皇后が養蚕をされる御様子はテレビで良くニュースで扱われておりました。皇太子妃が手伝われていたニュースもありました。御参考まで。

Re: タイトルなし

> 古文書的には、継体天皇が手白香皇女との婚姻に際して、養蚕は后の大事な仕事の一つ、としており、武家政治体制前までは続いていました。古代中国の神話的皇帝の皇后が養蚕を始めた、と伝わるように、絹は、大事な貿易品でもあり、韓国やタイなどでも、王家の后たちが関わっています。明治に皇太后が復活させた仕事です。良子皇后が養蚕をされる御様子はテレビで良くニュースで扱われておりました。皇太子妃が手伝われていたニュースもありました。御参考まで。
  

教えて下さってありがとうございます
美智子皇太子妃が手伝っていたというソースを出してください。写真や動画、日付が分かる新聞記事や雑誌記事等

予算はつきません

>ちゃとらさま

御養蚕はあくまでも私的なものです。
公的な予算なんぞつきませんよ。
「秋篠宮家に比べて東宮家は予算が多い!」と言われている両陛下と同じお財布の中から払われるだけの話です。

映像あるの?

>良子皇后が養蚕をされる御様子はテレビで良くニュースで扱われておりました。皇太子妃が手伝われていたニュースもありました。

養蚕に限らず「皇后さまが何をした」なんてニュース、昭和の時代には、少なくともTVでは見たことないですよ。
良子様が、蚕に桑の葉をやっている写真は残ってますが、そこにミテコさまがいるのは無いですよね。

そもそも、ミテコさまがお姑さんと絡んでいる映像って、「組み紐」しか見た事ないけどね。
あの、なんでも撮影させたがるミテコさまなんですけどねー。

香淳さまも手袋をしておいでですね

香淳さまのモノクロ写真の方、おそらく蚕を移す作業だと思うのですが、手袋をしておいでです。
カラーの方は、ご給桑ですから、しておいでになりません。
蚕は何齢だったかな、ものすごく桑を食べるようになります。
香淳さまが桑の枝を抱えて、蚕たちにかぶせるように桑を与えているお写真がありますが、力仕事ですよ。
大きなお写真でみましたら額の汗が写っていました。

小石丸は信州上田で生まれましたが、ミチコサンが蚕の世話にご自分の故郷、群馬県館林から職員を呼んだことから、皇后の養蚕は路線が変ったように思います。

蚕糸産業振興のために始まった皇后のご養蚕アピールで、貞明皇后から続く関係団体への皇族方のお出ましは、常陸宮さまが受け継いでいらっしゃいますが、細々としたものです。

一方、美智子皇后のご養蚕は、群馬県が中心となって、官営富岡製糸場などを含めて、絹産業遺産群として、世界遺産に登録されました。
パリユネスコで登録アピールの博覧会をしたときには、美智子皇后ご養蚕とアワ坊のお産召しが陳列されたのは、記憶に新しいところです。
信州(長野県)も絹産業の遺産登録を目指していたのですが、破れました。
信州から群馬にかけて、絹産業の足跡は多く残っており、日本の皇后ならば、県をまたいででもやれることはあったのではないかとは思うのですが、仕方ありません。

蚕はゲノム解析から始まって今遺伝子商売の一つです。

こちらは小麦のゲノム解析で有名な研究所が横浜のとある大学にあり、日清製粉から協賛金が出ていたようですが、その弟子たちが蚕遺伝子の組替技術発展に寄与したと聞いたことがあります。
今、組替技術は国の生物資源として国が一元管理していますが、もともとは昭和が終わった時、紅葉山ご養蚕所を閉鎖するつもりだったようです。
国(農林水産省)には明確な意図があって、山梨だったかと思うんですが国立の蚕糸研究所に蚕を管理・研究させるつもりで、皇居の蚕も移すつもりだったのが、美智子さんが小石丸を育ててみたいという希望で残されたとか。

群馬の絹産業遺産群世界遺産登録が国をあげての運動になり、宮内庁からの全面的なバックアップもあり、みごとユネスコの世界遺産に認定されまして、宮内庁では、美智子皇后のご養蚕、アワ坊の寝巻き、マコカコの養蚕手伝い、皇后からの眞子への手紙など、いくつか話題を提供しているところをみると、ミチコサンは果たして養蚕を[昔からの皇后の仕事」として雅子さまに引き渡すでしょうかねぇ?
横浜のゲノム研究所も鯰の公務先の一つのようですし、マコカコに手伝わせたことをことあるごとに報道させているところを見ると、何らかの形で、秋家の方へ流れていくような気がします。

一旦金もうけ(失礼、経済関係でした)の道具になると、流れはどうしてもそちらの方へいくように思うんですよね。

陛下の稲作、かげが薄くて気の毒な気が・・・

日本書紀巻十七継体天皇には、
「男が田を作らなければ、天下が飢える。女が糸を績まなければ天下は寒い」と天皇が詔していった。そこで「帝王(スメラミコト)みづから田を作り農業につとめた。后妃は蚕をかって桑の葉をあたえた。」
という趣旨の記述があります。
私見ですが「民に必要な産業を、天皇も皇后もしているよ。農業も養蚕も苦労が絶えないけれどがんばろうね。」という姿勢を示したと考えます。

近代の皇室と養蚕については、すでに皆さまご存じかもしれませんが念のため。
インターネットで「天皇家御養蚕所と東京農工大学」と書き込み、検索してみてください。
照憲皇太后が明治4年に養蚕を始められたこと。数々の事由で中断したけれども現在に続くこと。
英照皇太后の頃、華族の子女が今の御養蚕所にあたる施設で蚕の飼育を行っていたこと。
明治38年、貞明皇后が東京蚕業講習所(現・国立大学法人東京農工大学)に行啓し、「小石丸」の献上を受けられたこと。
貞明皇后は養蚕・製糸の関連学科に奨学金を御下賜されたこと。

などが記されています。若き日の香淳皇后や徳川喜久子姫のお写真も掲載されています。

私見ですが。
幕末から明治にかけて生糸は重要な輸出品でした。殖産興業・士族授産・外国貨幣の獲得など、養蚕業は明治時代を支えた重要産業でした。「国を支える大事な蚕業です。皇后も応援していますよ」という姿勢を示したと考えます。

以上のことから、天皇皇后は稲作・養蚕に代表される、農産業を応援していますよ、というメッセージを送るために稲作・養蚕をしている。
スポットライトを当てられるのは、お米やお蚕さんそのものや、農家の方々や農産業を学ぶ生徒や学生であって欲しいです。

ところで継体天皇の巻と言えば、ドラマチックな始まり方。
「小泊瀬天皇かむさり玉ふ。もとより男女(おとこみこおんなみこ)無くて継嗣絶ゆべし」
小泊瀬天皇は武烈天皇を指します。
「武烈天皇が崩御した。でも天皇には男の子も女の子もいない、だから跡継ぎがいない、大変だ!」
どうする大伴金村、動揺する豪族達!災いが起こる前に探せ!次の天皇になる方を。
中島みゆき『地上の星』をBGMにして、どなたかドラマを作って欲しいわ。
大事なことだからもう一度。「男女無くて継嗣絶ゆべし」女の子だって跡継ぎなのよ。

参考資料
「改訂増補國史大系 日本書紀 後編」(吉川弘文館 昭和56年発行) 

No title

養蚕のための専門職員いますよ。



美智子皇后が、たった1人だけで、桑の葉を与えたり、糞を片付けるわけじゃないです。

それに報道されているじゃないですか。

「美智子皇后は本当にお忙しくて・・・・」と。

そんな超多忙な人が、手間暇かかる蚕にかかり切りになれるはずがない。

さも美智子皇后が1人で蚕を世話しているように報道させているけれど、それは蚕を育てている専門職員への侮辱になるんじゃないかな。

蚕を育てている専門職員さんたちは、御所で行われたコンサートを、美智子皇后の思し召しで、鑑賞できたんですよ。
「作業服のままで」

作業服が悪いとは言わないけれど、御所でもコンサート鑑賞の時、美智子皇后はじめ皇族方みんなスーツです。

そういう中にあって作業服というのは、ちょっと浮くんじゃないかなぁ?

作業服が悪いとは言わないけれど、なかには(着替えてお洒落な服でコンサート鑑賞したいなぁ)と思った職員が1人ぐらいはいたかも。

でも美智子皇后から「作業服でいいから」と言われたら、お洒落したくても作業服でコンサート鑑賞ですよね。

美智子皇后には 「小さな親切・大きなお世話」 「お仕着せ余計なお世話」 という言葉を捧げ奉りたいかも。

Re: 映像あるの?

> >良子皇后が養蚕をされる御様子はテレビで良くニュースで扱われておりました。皇太子妃が手伝われていたニュースもありました。
>
> 養蚕に限らず「皇后さまが何をした」なんてニュース、昭和の時代には、少なくともTVでは見たことないですよ。
> 良子様が、蚕に桑の葉をやっている写真は残ってますが、そこにミテコさまがいるのは無いですよね。
>
> そもそも、ミテコさまがお姑さんと絡んでいる映像って、「組み紐」しか見た事ないけどね。
> あの、なんでも撮影させたがるミテコさまなんですけどねー。


というかあったら絶対出してる(キッパリ)

あれだけ「いじめられたけど姑にやさしく尽くした」と書かせてるのだから、あったら絶対出す!

でも出さないでしょ?

ないからだよ。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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