良子さまのご養蚕に関する新聞記事はほとんどありません

梅花藻さまコメント

昭和の皇后陛下のご養蚕に関する新聞記事はほとんどありません。
数件の少ない記事からわかったことは、5月に「御養蚕始の儀」、7月に「御養蚕納の儀」と儀式(神事)が毎年あるということです。

昭和の皇后陛下の養蚕、

皇后さまが「御養蚕始の儀」を行われる(毎日新聞 1988.05.06) 

皇后さまは六日午前、皇居内の紅葉山にある御養蚕所で「御養蚕始の儀」をとり行われた。昨年末、心臓発作を起こして以来、儀式や行事などへの出席を控えてきたが、この日は十数分間にわたって儀式に臨まれた。皇居では毎年、この儀式とともに技術者が蚕を飼育し、七月初めごろ納めの儀式が行われる。


へーせーのコーゴーさま、

皇居で「御養蚕始」 (毎日新聞 1989.05.06)

皇后さまは六日午前、天皇陛下、皇太子さまとともに皇居・紅葉山御養蚕所で「御養蚕始」をご覧になった。皇室では古くから養蚕を続け、歴代皇后は春の「御養蚕始の儀」や夏の「御養蚕納の儀」に臨み、自ら掃き立て、給桑、マユかきなどの世話をされてきた。今回は服喪中のため、皇后さまは職員らの掃き立てをご覧になるだけで、神事も行われなかった。

初めての御養蚕始の儀。以降、給桑などの写真が公開されることは多くとも、「儀式」が記事になったことはありません。  

皇后様が御養蚕始の儀(読売新聞 1990.05.07)

皇后さまは七日午前、皇居内の紅葉山御養蚕所で恒例の「御養蚕始の儀」を行われた。 皇室では古くから養蚕が行われ、明治以降は歴代皇后が蚕やマユの世話をされてきた。皇后さまは昨年から皇太后さまに代わりこれを引き継がれたが、昨年は昭和天皇の喪中のため、儀式としては行われなかった。

2つの儀式は神事なので服喪中は行われないらしい。服喪中以外ではヘーセーのコーゴーさま、「御養蚕始の儀」は感心なことに皆勤、「御養蚕納の儀」はやったりやらなかったり。H6-H7, H14-H16, H18, H20-H22, H25-H27は行われなかったようです。儀式にカメラは入れられないし、「給桑、繭かき、上蔟、山つけ」などの作業の様子をカメラで撮らせて公開するプロパガンダが大事なことで、納めの儀式のころはカメラも入らないし面倒なのかおサボリ気味。パフォーマンス重視、儀式軽視、というのがヘーセー流。


それともうひとつ、

http://retsugaiha.blog.fc2.com/blog-entry-206.html

「小石丸は昭和60年頃、もう作らないようにしようかという意見があったが、美智子さまが皇后になってから、「古くからのものだから残しておこう」と仰ったので今も作られています。」

これは微妙な表現ですね。言っていることにはたぶん間違いはありません。が、あたかも美智子さまのおかげで存続が決まった、とミスリードさせるような言い方です。

もうやめようという意見はもしかしてあったのかもしれませんが、昭和の時代に小石丸の飼育をやめたとは書いてありません。つまり、昭和の時代に小石丸の飼育はずっと続けられていたのです。

正確に言うならば、美智子さまが残しておこうと仰ったので、平成になってからも「今までどおり」小石丸の飼育はやめることなく続けられている、ということでしょう。目立ちたがりの手柄乞食が、小石丸を自分のウリあるいは手柄にしているのが透けて見えて嫌な感じです。

読売新聞の記事から。

1958.7.4 皇居で養蚕納めの儀
・・・稲田侍従次長が祝詞を読み、ことし同養蚕所で作った日支交雑、支欧交雑など217.5キロのマユを神殿に供えた。・・・

1963.5.7 皇后さま、ご養蚕始め
・・・掃き立て量45g、品種は小石丸など。

1963.7.3 皇后さま御養蚕納の儀

1964.5.2 皇后、御養蚕始の儀
・・・この日掃き立てした品種は小石丸、日支交雑、欧支交雑、天蚕、柞蚕など45g。

1965.5.7 養蚕始めの儀
・・・小石丸、日支交雑、欧支交雑など45gを掃き立てられた。

1976.7.1 皇后、御養蚕納の儀
・・・小石丸、日支交雑、欧支交雑45gから取れた繭は約192キロ。洋服生地にして外国からの賓客などのプレゼントにお使いになる。

1988.5.6 皇后さま養蚕始の儀
・・・カイコの種類は今年も昨年と同様、小石丸など三種類で、掃き立て量は計45グラム。


雅子妃殿下は、皇后陛下になったら養蚕を引き継がれる、ということであり、今、養蚕をしておられなくても何の問題もありません。というか、宮家の卑や子供に手伝わす皇后ってケジメなさすぎじゃない


いつもいつもありがとうございます。

1988年というとかなりの昭和の末期ですよね。

良子さまは認知症を患われてましたが、

ちゃんと御養蚕をされてました。

>「小石丸は昭和60年頃、もう作らないようにしようかという意見があったが、美智子さまが皇后になってから、「古くからのものだから残しておこう」と仰ったので今も作られています。」
これは微妙な表現ですね。言っていることにはたぶん間違いはありません。が、あたかも美智子さまのおかげで存続が決まった、とミスリードさせるような言い方です。
もうやめようという意見はもしかしてあったのかもしれませんが、昭和の時代に小石丸の飼育をやめたとは書いてありません。つまり、昭和の時代に小石丸の飼育はずっと続けられていたのです。
正確に言うならば、美智子さまが残しておこうと仰ったので、平成になってからも「今までどおり」小石丸の飼育はやめることなく続けられている、ということでしょう。目立ちたがりの手柄乞食が、小石丸を自分のウリあるいは手柄にしているのが透けて見えて嫌な感じです


そうなんですよね。

「小石丸は昭和の終り頃、飼育を止めようかという声があったけど美智子さまが続けさせた」と美談にしてます。

ということは、良子さまは合理主義者で昔からのものを軽視すると言いたいのです。

そこまで姑を悪者扱いしたいんかい!


Empress_Kojun_at_a_cocoonery_1955-6.jpg

Empress_Kojun_at_a_cocoonery_1955-6.jpg
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

こんな嫁思いのお姑さんはいないと思う。

美智子さんの数々の所業は逆恨みとしか思えない。明仁さんの「家庭を持つまではシネナイ」でしたっけ?、これもおかしな言い種ですよね。ごきょうだいの中でこんなこと言う方いらっしゃらないでしょ。冷酷な長男と自我の強い女が皇室を破壊し、落ち度のない母を傷つけてた、ということですよね。お代替わり後、検証していただきたい案件と思います。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR