論より証拠 明仁皇太子一家は軽井沢の民間のホテルを貸し切って1か月以上豪遊してました!

リョーヘーカはご高齢だから例年よりも少し長めにご静養に入られます。

でもその間も公務をされてます。

えらいでしょ、てんのーへーかとミテコさまって

とマスコミを使ってアピールしてますが、

昭和の頃を知らない人が増えてるので

ご紹介します。

動画




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軽井沢に御用邸はありません。

千ヶ滝プリンスホテルに泊まっていました。

これは丸ごと貸し切りです。

さらに長期間軽井沢に滞在するので礼宮と紀宮は「聖ヨゼフ保育園」に通っていました。

しかも軽井沢には正田家の別荘があるので

正田家の人たちともバンバン会いまくってました。

軽井沢観光協会の公式HPに

昭和33年軽井沢でのテニスコートから、皇太子・美智子妃殿下のご成婚、そして浩宮、礼宮、紀宮殿下御誕生から皇室御一家を毎夏のようにお迎えして深い縁が続いた。

8月中旬の「定例記者会見」を同じ軽井沢でやっているので、確実に「一ヶ月間以上は軽井沢で静養」ですね。
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No title

その軽井沢のホテルに東宮職を移動させて設置した、と記憶している。

軽井沢は高級別荘地として有名で、当時の庶民では手の届かない場所だった。

そういう高級避暑地の軽井沢へ、昭和の東宮ご一家は毎夏いつも長期滞在していた。

軽井沢でテニスをしているというニュースを見た記憶もある。

それを、とがめた事などない。

皇族なのだから、東宮家なのだから当然と思って見ていた。

それを今になって「両陛下は夏は慎んで過ごしてらっしゃる。」「遊んだことはない。」と言われると、

         ウソこけ~~~~!

と言ってしまうのです。

昔からお出まし・ご旅行三昧

ミテコさんてこのほかに「サーヤはいずれ降嫁して民間人になる身だから母娘の時間を大切にしたい」とか何とか言って全国各地を旅行してましたね。
マスコミはこれを美談として報道してますけど、肝心のサーヤはなかなか縁談がまとまらなくて、都職員と妥協婚でいまだに実家とベッタリしてる始末。
一方、他の降嫁された方達が頻繁に母娘旅行をされたという話は聞きません。それでも皆さん立派なお家に嫁がれています。ミテコさんはサーヤを口実に旅行してたってのがバレバレです。
もしも雅子さまが「軽井沢のホテルを貸しきり長期滞在、お子様を
軽井沢の保育園に通わせる、頻繁に親子旅行をする」という事をされたらマスコミは鬼のようにバッシングをするでしょう。

それと今回の「生前譲位」騒動も最近お出ましをされるようになられた雅子さまへの当て付けなんじゃないかと思えてなりません。
「コームが大変なの!」「長男の嫁が働かないから私達に負担がすごいの!」「私達、この歳になっても働かされてるから辛いの!」
「コームが多くて負担なの~」と宣伝させて、また雅子さまをバッシングさせたいのかなと・・・
(※りょーへーかは祭祀も高齢を理由に省略されてますし、「公務」と言われているものは「お出まし系ゴコーム」ばかり。
本当に体力的に辛いのならお出ましなんか出来ない筈です)

必殺技

軽井沢での静養は即位後も行っていました。
しかし、御用邸もあるのに天皇が民間のホテを使って静養するのはさすがにどうよ、という批判がでて、行かなくなりました。
それが再び行くようになったのは、「失語症」という必殺技を編み出してからだったと思います。

「お好きな軽井沢に行かれるくらいいいじゃない」

いや、いいけどね。
いろいろごまかしたり、戦争絡めて正当化しなくてもいいじゃん。
堂々と行きなよ、堂々と。

この写真を見るたびに、
キーコさんはぶりっこしてるだけまだマシなのか?
と錯覚してしまいます。

若き日のミテコさんのこの堂々たる女優ぶり。ふてぶてしくさえ見えちゃいます。

これで一生貫いてくれるならまだしも、今になって 満身創痍で公務に励んでるだの、質素に暮らしてるだの、ババアどの口が…(あら失礼)って思っちゃいます。

みんな寛大でした。

1ヶ月軽井沢にいようと、誰も批難しないし、当たり前だと思ってたように思います。昭和天皇、香淳皇后は那須、昭和の皇太子一家は軽井沢と、ベツコウドウでも、そういうものだと思ってた。今、皇太子さま、雅子さま、敬宮さまが同じようなことしたら、鬼のくびでも取ったようにマスコミは大騒ぎするのでしょうね。嫌な時代です。

来てましたよね。

こんばんは。
天皇になっても来てましたよね。
紀子さんも一緒に。
親戚の別荘がテニスコートの近くで、私たちが使っているときにちょうど、ご一家が来て、車が出せなくて大変でした。
後、紀子さんとあーやは万平ホテルを使っているときに、それはひどい態度で、常連客や旧軽井沢に別送を持っている人たちが眉をひそめていました。あのおふたりのお嬢様方は、そういう方たちのお知り合いには、決して嫁げないと思います。

華子様

ヤフーニュースで、華子様が手術されたとありました。無事に成功されたようですが、一ヶ月ほど入院なさるとか。
ゆっくり療養して頂きたいと思います。

文藝春秋2015年12月号

今日、図書館に行ったので「文藝春秋」2015年12月号を借りてこようと思ったのですが、置いてありませんでした。
また今度機会があれば借りてきます。

というのも、どらやきさまの書き込みを読んだから。

平成の皇后と親しい小池政行の“皇后さまが明かした
八十一歳の「ご覚悟」”という記事があるのですが、その中で「清子を降嫁前提で育てたことはない」というようなことを皇后が言ったということが書いてあったのです。
「いずれ降嫁するから」を言い訳に母娘で旅行してたことを知ってた人間としてはのけぞるような内容でした。
ので、正確に引用したいと思ったのです。
同じ記事の中では、よく言われる皇太子さまと天皇と秋篠宮の三者会談は現在はすでに行われていないというようなことも書いてあったのです。

いろいろ変節なさるのがお好きなようで。

2015年12月号

「パートナーは絶対に必要というものではないのよ。そして結婚する年齢を意識する必要はありません。サーヤ(紀宮さま)は結婚したときには三十六歳でした。黒田さんは婚約してすぐに四十歳になったの。サーヤは成年皇族として立派に務めてくれていましたから、降嫁することなく、成年皇族として務め続けて欲しいと思っていた時期もありました。」
「サーヤを、結婚することを前提に育てたことはありません。いつまでも成年皇族として、引き続き立派に公務を果たしていくこともよいと思っていました。」

2015年12月号「皇太子殿下に任せるほかない」

皇后さまによれば、皇室の在り方は、周りの皇族や皇位継承者の配偶者が決めるものではなく、皇位継承者ただ一人が皇位を継承したときに、その時代が要請することを考え、その役割を果たしていくことで決まっていくものだ、という。皇位継承者の役割は皇室の中にあって抜きんでたものであり、その責任は極めて重いということなのだろう。
皇后さまからこうしたお言葉をおうかがいするようになったのは、二〇一二年四月に両陛下の御葬儀において、火葬を取り入れることを検討することを発表されてからのことと思う。それ以前は、天皇陛下は皇太子殿下と秋篠宮殿下を御所に招き、定期的に話し合いの場を設けておられた。皇室の在り方についてもお話し合いがあったようだが、ある時から皇太子殿下に任せるほかないとお思いになられたようである。両陛下は、「東宮(皇太子同妃両殿下)にこれをして欲しい≪引き継いでほしい)」と望まれることは自制され、次の代になったときには、皇太子が決めればよいとお考えのようだ。
象徴天皇が将来、どのように継承されていくかはわからない。しかし、両陛下はこの先、命のあるかぎりは皇室のあるべき姿を、ご自分たちの行為によって示そうと御決意されておられるように思う。

やりたい放題

>ミテコさんはサーヤを口実に旅行してたってのがバレバレです。

そんなミテ子母娘の警備に向かう為に、溺れた子どもが警官に助けて貰えず亡くなったんですよね?
ミテ子の徘徊、迷惑では済まないのです。

>軽井沢に御用邸はありません。

>千ヶ滝プリンスホテルに泊まっていました。

>これは丸ごと貸し切りです。

堤さんが宮邸を買い取って、昭和の皇太子夫婦に提供。年間を通して他に客を入れる事はなく、天皿の夏休みの為だけのホテルだったとか?
でも堤さん、そこまでしても大事な息子をサーヤの生贄にはしなかった。
サーヤどんだけ(以下略)。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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