高松宮妃喜久子さまに一度も招かれたことがない筆頭宮妃さま

こんなコメントを戴きました。

あばこさまコメント

高松宮妃殿下が生前、一度も自邸に招かなかった唯一の
ミヤ卑と高松宮邸の近くに住む友人から聞きました。



喜久子さまが即位の儀での十二単をお召しになる際、

着付けの人に

「キコちゃんみたいにしないでね」

とおっしゃった。

こんな風にしないでねと↓

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女官さんたちがやる気ゼロで着付けたことが実によくわかる。

喜久子さまは礼宮の書道の先生をされてました。

喜久子さまから礼宮に対する評価
歌会始の勅題、天長節、皇后様のお誕生日、皇太后様のお誕生日と、毎年四回、御歌を書いて送ってこられます。
どうもご両親様から詠むようにおっしゃられて、送っていらっしゃるようですが、いつもそれがスローモーションなのよ。
お早く詠んでちょうだと言うんですけど、ぎりぎりまで来ない(笑)
お正月の御勅題は、男と女で書き方が違いまして、男の方のがむずかしい。三十一字を、九字、十字、九字、三字と四行にわけて書くのが決まりなのです。これを九十九三と言います。おしまいの三字は硬い字で書く。ところがあのお坊ちゃまの歌は九字で切れない(笑)。時々、とんでもなく字余りになってしまう。仕方がないから、その御歌の字に朱を入)れています。

(『菊と葵のものがたり』より引用)

まあ、ぶっちゃけかわいい教え子ではない。

しかもお子様がいらっしゃらない喜久子さまのお葬式の喪主を務めたのはトモさんでした。

師匠の喪主も務められない器なんですよ。

うーむ、教え子の嫁さんを家に招かないとはなー。

キーコさまって本当に嫌われてるんだな(笑)。

喜久子さまだって常磐会の会員なのにね。

ちなみに喜久子さまは雅子さまに照憲皇太后から母君實枝子さまに下賜された扇を雅子さまに贈られてます。

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そして敬宮さまがご誕生された時には歌を詠まれ、そして「皇室典範を変えて女性でも天皇になれるようにしよう」と寄稿されました。

過去記事 喜久子さまは仰った「女帝OK!カイザリン誕生!」
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高輪のご近所さん方との逸話にほのぼの

『菊と葵のものがたり』は、私も拝読しておりますので、晩年の高松宮妃殿下(当時の皇室では最長老であらせられた)が「お忙しい日々が続く皇族同士が会う機会がないから、親睦の中心になって欲しい」との宮内庁の要望で、高輪の宮邸で皇族親睦会のような催しを開こうと考えていたというエピソードを読んだときには良いお話だなと思いました。

著書が出版される時点では、なかなか親睦会は実現できず、両陛下や皇太子ご夫妻をお招きしかできなかったそうですが、それを近所の理髪店のおかみさんが「妃殿下はご病気なんじゃないか?」と心配されることもあったとか。思わずほのぼのしてしまいましたが、それぐらい高松宮ご夫妻が高輪のご近所さんたちから慕われていたということですね。私も以前、高輪の近くを歩き、皇族高輪邸(旧高松宮邸)前も通りましたが、結構素敵な場所でした。

そのご近所に住まわれたご友人が「秋篠宮妃が唯一招かれなかった」と仰っていらっしゃるとなると、喜久子さまからも相当避けられたんですかね、秋篠宮妃は。改めて他の宮家と交流が殆どない筆頭宮家に驚くことばかりです。

それにしても、皇族間で親睦を催すことも難しいぐらい、この頃から皇族の皆様はお忙しい日々が続いていたんですね。これも平成に入って公務が急増してきた平成スタイルの弊害かなとも思いましたが…。

皇族としてのお務めも素晴らしいことですが、やはり個人的には身内同士が親睦の機会がもっと持てるような環境であって欲しいと思います。そういう意味で次代の皇室に期待したいですね。

ちょっと、はてなマーク

う~ん、ご近所の方の思いちがいかも。。。

紀子さん、高松宮邸に招かれていますよ。
高松宮邸内で写された写真、実際この目で見ました。
一緒にお食事してました。プライベートの時と思います。

喜久子様は心の大きい方なので、そういう古典的な
いじわるの仕方はしないかも。 心の中では好き嫌い
はあったと思いますがね。 

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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