慈愛のコーゴーさまは小学校時代の学籍簿に「勝気な子」と書かれた

昔の雑誌をヤフオクで落札したヘカちゃん

『増刊女性セブン 皇太子さま・美智子さま ご成婚10周年記念』

その中の記事
「美智子さまの青春 その愛と感動の日々」

にこんなことが書いてありました。

昭和20年3月、米軍の東京大空襲で、約100万人の都民が家を失った日からまもなく―。
群馬県館林市の館林南国民学校(当時は、小学校をそう呼んでいた)の4年梅組に、長い髪をして色白のかわいい少女が転入してきた。その少女は、きれいな声ではっきり挨拶した。
「正田美智子です」
わずか1週間ほどで4年生はおわり、4月から5年生になったが、当時、土地っ子で同じクラスメートだったNさんの思い出は・・・
「髪も長いし、東京弁でナマイキだというんで、美智子さまと私とひっかきあいの喧嘩をしたことがあるんです。でも、お嬢さま育ちの美智子さまが、さいごまで泣かれなかったのがで、東京の子のくせに強いんだなあ、とびっくりしたものです」
当時の学籍簿にも、美智子さまについては、こう書かれている。
「勝気な子」


学籍簿に「勝気な子」と書かれて、
同級生とひっかきあいの喧嘩をした子

大人になって皇族になっても

嫁いで間もない頃に

高松宮妃喜久子さまが直してくださった帽子の角度を

すぐに元に戻すという

まるで「なんであたしがあんたの言うこと聞かなきゃいけねーんだよ!あたしは皇太子妃!あんたは宮妃!威張んじゃねーよババア」

と言わんばかりの行動をしちゃったり、

天皇皇后の侍従に

「皇后さまはあたしが平民であること以外に何が気に食わねえんだよ!」

と言っちゃう気の強さをお持ちです

今では「優雅」とか「奥ゆかしい」みたいなことを形容詞にしてるんだから時代の流れはスゲーなー
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勝気じゃなくてワガママでキツい性格

「勝気」といえば聞こえはいいですけど、
ハッキリ言ってしまえば「キツい性格」ってことでしょう。
普通、小学生の女の子が周りの子にちょっかい出されたら「やめてよ!」などと口で反論するとか、おとなしい子なら泣き出してしまうって感じでしょう。
それが「引っかく」って昔も今の子でもありえないと思います。

あっそういえばこの方に育てられた鯰さんも子供の頃から
気に入らない事があると「おじいちゃんに言いつけてやる!」
「俺を誰だと思ってるんだ!」
そして初孫さまも小学生時代に同級生の子に飛び蹴り入れて
その子が「痛い!」って大泣きしてるのにケラケラ大笑いしたり、
妹共々
事あるごとに同級生の子に「私を誰だと思ってるの!」
「おじいちゃんに言いつけてやる!」と恫喝してたんでしたっけ?

No title

>美智子さまと私とひっかきあいの喧嘩をしたことがあるんです。

>でも、お嬢さま育ちの美智子さまが、さいごまで泣かれなかったのが



都会のズベ公が、田舎娘と、とっくみあいのケンカした。

そんな図を想像した。

なんか、、、、怖い女の子って感じがする>正田美智子

いまおもうと、昭和の人は実に好意的に見てました。

美智子妃殿下の気の強さをうすうす感じてはいたと思います。でも、否定的なものではなく、気が強くなけれ皇室でやっていけないでしょ、美智子妃殿下、お偉いわと、絶賛に変換されてましたね。とは言いつつも、絶賛するけど、あまり好きではなかったのか、美智子妃殿下より、華子さまの方が人気あったのではないかしら。美智子妃殿下は、お子さんが、特に浩宮さまの存在を含めての人気だったと思います。結婚の翌年に、男子を出生されたこと、これに尽きるんでしょうね。

よくもまあ、ぬけぬけと

お優しい香淳さまはともかく、喜久君や勢津君は、ある程度厳しく接していらっしゃったのかな?と漠然と思ってました。
当然、それはしきたりやマナーを教えるという優しさでもあったでしょうけど。
何と喜久子さまに直してもらった帽子をすぐにもとに戻すとは、無礼千万!
まあ勝ち気なのはすごく伝わってきますよね。
今でも。いえ歳をとってよけいに伝わるような気がします。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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