サーヤとミテコさまのファッションの落差がスゲー

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1980年11月1日

和歌山県南紀白浜海岸で貝殻拾ってるミテコ&現公務員夫人
1年に一回、母娘二人で日本中旅行してました。

母親のミテコさまとサーヤのファッションの落差がすごい

サーヤは「学校の遠足で山登りに来ました」という恰好

一方のミテコさまは貝殻拾うならせめてズボンにしたら?と思うファッション

雅子さまはご自分が何十年もお召の衣装ですが、

敬宮さまにはいつもかわいらしくてセンスのいいものをご用意されてます。

≪追記≫
あとこんな写真を見つけた
ミテコさまとサーヤ

抱っこしないんだ

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まあ浩宮さまもこうでしたからね
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落差が激しすぎて…

なんでこんなにダサいのを着せちゃうのでしょうか……

可哀想なサーヤ

親は選べない…。サーヤに反抗期はあったのだろうか。

No title

一瞬、

どこかの奥様と、その小間使い少女? 

と思っちゃったぜ。 

バッグはシャネル?

11月1日に白浜海岸でロングブーツはちょっと早いんじゃないのかな?
まあ、何よりも見てくれが第一で、衣装のとっかえひっかえがこの方のお仕事でしたから、しょうがありませんね。
考え抜いた末の「秋の旅行ファッション」なんでしょう。

もしかして、バッグはシャネルですかね?バックルがよく見えないのでわかりませんが、バブルのちょっと前あたりから昭和の終わりごろにかけて、よくシャネルのバッグを持ってましたよ、美智子さん。

ブーツと言い、シャネル(風)バッグといい、ターバン風お帽子といい、白浜での貝拾いにはあまりにそぐわない恰好です。

紀宮は小学校高学年頃でしょうか。
その後のことを考えると、この当時はまだマシですね。
娘時代の紀宮はあまりに悲惨で、ボサボサ頭に度の強い眼鏡など、もうちょっと母親が気を付けてやればいいのに、とずっと思っていました。
この母親と娘のドレスコードがちぐはぐなのは、もう見慣れた光景でしたね。

私が当時、最も不思議に思っていたのは、どうして母娘二人のプライベートな旅行と言いながら、テレビのワイドショーや週刊誌に取り上げられるのか、ということでした。
私的に行くのなら、マスコミを連れずに、黙ってお忍びで行けばいいのに、と。

当時は、二人旅行は「花嫁修業」を兼ねている(そもそもこういう考え自体がおかしいが)というのが決まり文句になっていましたが、今頃になって、あわてて否定してるそうですね、美智子さん。
しょっちゅう実家に戻ってるそうですが、一体、何のための旅行だったのでしょうか?

それはそうと、紀宮が結婚した相手の勤務先は、今、大変なことになってますね、おまけに仲人さんは、責任追及を避けて逃げ出す始末。
そもそも、汚染した土地を東京都に高く売りつけた東京ガスは、美智子さんの実家親戚が2代にわたって私物化したとして有名な会社。

時間の経過とともに、いろんな実態が露わになってきますね。















ふーん‥‥

美智子さんの服装、帽子はヘンテコですがワンピースやブーツはなかなかおしゃれだと思いますよ。
どう転んでもダサい、みっともない紀子さん&その娘たちと比較すると、美智子さんおしゃれに関してはそれなりの感覚ありますね。
時々笑っちゃうような格好をして出てきますけど。時々、じゃなくてしょっちゅうというべきかもしれませんけど。
でもこの頃の美智子さんって結構いい歳ですよね?随分若作りしてますね。
そして!サーヤ!えーと、田舎だと昔の小学生ってこういう感じでしたけどね。
もう少しマシな格好出来なかったんでしょうか。
若作りしてるひまがあるなら、もう少しセンスのいい服を娘に着せてやりなさいよ。

娘を引き立て役?

リアルタムで美智子さまとはサーヤの服装の差を見ていた世代です。当事は、子供心に???なんだコリャ?と、大きな違和感を感じていました。

で、勝手に「高貴な人は子供の頃はダサい服を着なければならないのだろう。気の毒に」と思っていました。

愛子さまの上品で可愛らしい服装を見るようになって、美智子さまがミテコ様だったのでは?と思うように。

贅沢はできなくても、娘に可愛らしい格好をさせたいと思うのは、当たり前の親心。
娘を自分の引き立て役にしたいなど普通の母親は思いませんよね。

そういう時代なのでは?

どうしても言いたい❗(ごめんなさい(笑))
サーヤのショルダーバッグの紐はどうしてこんなに短いの?
どうしてこんな首吊りみたいにかけてるの?

服装はね、当時の子供ってこんな感じだったと記憶してるんですよ。私はサーヤ姫と同年代なので。
大事なことなので二回言いますよ。当時の「庶民の子供の普段着」はこんな感じだった。

ショルダーバッグが全てを台無しにしてるんだよなぁ。
おかしいですよ、ってアドバイスしてあげる人はいなかったのね。

No title

>そういう時代なのでは?



昭和40年から50年代ぐらいかな?
旅行する時は、みんなオシャレしましたね。

お父さんはスーツ。帽子をかぶるお父さんもいた。

お母さんもスーツ。ハンドバッグでヒールの靴。

子供だってオシャレさせてくれた。

親がオシャレして旅行するのだから、子供も当然もちろんオシャレした。


「そういう時代」というよりも「美智子妃がそういう親だから」サーヤはオシャレさせてくれなかったんじゃないかな。

サーヤの服を見るとオシャレには見えないから。




私の生家は金持ちではなかった。

でも何かで出かける前は、母親が私に可愛い服を選んでくれました。

「この服どうかな? 似合うかな?」
とニコニコ笑いながら、私に服をあてて
「こっちが似合う。」
「そっちは何だか・・・。」
「お母さんは○○の服を着るから、こっちの服とならを合って良いと思うのだけど。」
などと言いながら選んでくれました。

美智子妃って、そういう事しなかったのかしら?

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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