ドン引きするぐらい常陸宮ご夫妻を憎んでるキンジョーヘーカのご学友橋本明

『週刊女性 創刊50周年記念号 美智子さまと雅子さま』

という本を買いました。

そこに書いてあった橋本明の特別読み物が気持ち悪い

とにかくミテコさまをほめまくった後に書かれた常陸宮ご夫妻の記述

常陸宮さまの悪口

じつは昭和36年、高室内で「宮中聖書事件」と呼ばれる出来事があったんです。
ある日、皇居の御文庫(昭和天皇の住居)での団欒のとき。昭和天皇がそのころお妃選考が始まっていた常陸宮(当時は義宮)に、
「義坊ちゃん、そろそろ結婚する年ごろだけど、どういう女性がお嫁にほしいの」と尋ねられた。
義宮は「お姉さまみたいな女性がいい」と答えられた。そこで昭和天皇が「お姉さまのような人というのはどんな人なの」とお尋ねになられると、「ともに聖書を読める人・・・・・・」と、はっきりと答えられたのだという。
美智子妃はカトリック系の聖心女子大の出身。プレジデントと呼ばれる生徒会長でもあった。歴代のプレジデントは誰もが洗礼を受けていたが、幸い、美智子妃は唯一の例外だった。
それでもカトリックの教育を受けられた美智子妃は、義宮にとって好ましい身内でもあった。
というのも、幼いころに小児麻痺を患い、それを克服した義宮は、側近にカトリック信者の皇子傳育官がいたことおあり、中等科のころから急速にカトリックの教えに系統されていた。
「義宮はキリスト教にかぶれている」
そんな噂は私も耳にしていた。じつは、大学生のころ、私は高等科の義宮のと学習院の清明寮で同室だったことがある。実際、就寝前にアーメンと唱えて十字をきられてもいた。
ある日、その義宮が呟かれている言葉に仰天したこともある。
「神さま、橋本さんの、あの穢れた気持ちをお救いください。あの人は決して悪い人ではないのです・・・・・・」
こっそり布団の中から、義宮に目をこらすと、その表情は真剣そのものでした。
キリスト教にかぶれているどころではない、これは本物の信仰だと思いました。実際、送られてくる『嘉信』という無教会派の雑誌を、義宮は美智子妃に手渡したりしていた。
皇室には戦後はもちろん、戦前からカトリック信者の侍従や職員はいた。昭和天皇は側近の信教の自由はお認めになっていた。だが、身内の者はそうではなかった。義宮は第2位の皇位継承資格者、それだけに昭和天皇よりも直宮妃たちが衝撃を受けていた。だが義宮は自説を曲げなかった。
そんなことから、その後しばらくして、昭和天皇が激怒され、美智子妃は御前で土下座して謝られた・・・・・・。そんな噂が流れたんです。
しかし、それは民間出身の皇太子妃を快く思わない人たちが意図的に流した事実無根のことだった。後年、それを知った昭和天皇は、「私は(美智子妃)を怒ってはいない。そのような事実がないばかりではなく、心にも思ったことさえなかった。この文句どおりを東宮職に伝えるように」とおっしゃっている。


昭和天皇がそんな事実はないと言ってるんだから実に眉唾である。

っていうかこの常陸宮さまの発言含めて橋本が流した噂なんじゃね?

そもそもミテコさまの実家の正田家は正田冨美さん自身が

「正田家はクリスチャンです」

って言ってるからね。

こんな写真も撮られてるし

カトリックの女性が被るベールを身に着けるミテコさま
クリスチャンベール

常陸宮さまと同室だったていうのも非常に嘘くさい


さて、もっと橋本明がもっと憎んでるのが華子さま

華子さまへの悪口

昭和39年、義宮妃は旧華族(伯爵家)で学習院出身の津軽華子さんに決定した。おふたりの結婚で常陸宮家が創設された。
美智子妃にとって、義弟宮である義宮に嫁いだ華子妃は天性明るい気さくな性格の女性だった。ときにお付の女官が使う机の引き出しにこっそり生き物を入れ驚かせたりする。そんな無邪気な明るい女性だった。
だが、そんな人柄の華子妃を香淳皇后は猫かわいがりされた。そんなことから皇室内での美智子妃の孤立がますます深まっていったのも事実でした。
日本赤十字社には皇族室があり、そこで皇后をはじめ各宮妃がお針子姿になって奉仕される恒例行事がある。それに華子妃が加わってからは、美智子妃だけポツンと作業される姿が多くなったと日赤関係者は語っている。
香淳皇后や宮妃の会話の中心は、いつも華子妃であった・・・・・・。


お前どんだけ華子さま嫌いやねん

なんか華子さまのせいで美智子さまいじめがひどくなったみたいな書き方だな

酒井美意子さんが仰ってますが、

ご両親陛下思いの常陸宮さまは特にお母上の良子さまが気に入るお方を、と思われて華子さまを選ばれました。

華子さまのご成婚当時のお写真を拝見するに、

ものすごく自然体で素敵な笑顔です。

むしろ正田美智子の方が気取っていてナルシストであることがわかります。

美智子さまは孤立していたとか言ってるけど、

みんなから嫌われるような行動とってきて

「私いじめられているんです」

と言われてもねー。

喜久子さまが帽子の角度を直してあげたら5分もたたないうちに元の角度に直して、喜久子さまを「もう何にも教えて差し上げない!」と激怒させたのにね。

常陸宮ご夫妻のご性格がよくわかる写真をご紹介します。
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(長姉の東久邇成子さんのお子様と遊ばれる常陸宮さま。後ろにいらっしゃる成子さんの表情も素敵ですね)

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(甥っ子の浩宮さまをご覧になる常陸宮さまの表情が優しい)


華子さま
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正田家はカトリックです by 正田富美

正田富美が自分から記者に言ったよね。
正田家は日蓮宗だったけどカトリックに改宗した、ってね。

聖心女子大学では、聖母マリアの役をするのは洗礼を受けている人というのがルール。
正田美智子は聖母マリアの役をやった。

皇室会議で、
「正田家はカトリックであるが美智子さんは洗礼を受けているのか?」
という質問が出た。
「洗礼は受けていない。」という答えだったけど、クリスチャンベールを持っていて、かぶっているのは洗礼を受けたからとしか思えない。

正田富美の葬儀は神道だった。
葬儀に参列した正田富美の友人達が、
「富美さんはクリスチャンだからキリスト教の葬式だと思ってたので神道葬で驚きました。」
とテレビで答えてた。



キリスト教とズブズブだというのだけは明らかだよね。

キリスト教への不信感?

今は手元にありませんが、鬼塚英昭氏著「天皇のロザリオ」という本を以前読んだことがあります。そこには、1949年6月8日に昭和帝が別府市の児童養護施設であるカトリック系の小百合愛育園を訪れた際、マッカーサーと当時の吉田茂首相(クリスチャン)によって危うくカトリック教徒にさせられそうになったことが書かれてあります。
昭和帝は小百合愛育園付属の礼拝堂を入口から眺める予定であったが園長のソラリ・カルメラから中に入るように言われ、あわや礼拝まで薦められそうな雰囲気になったそうです。しかし危険を察知した当時の脇鉄一別府市長と、宮内庁の鈴木総務課長が「陛下、こちらへ!」と声をかけて機転を利かし、昭和帝は踵を返して礼拝堂から出られた、ということが書かれています。
もし仮に昭和帝が園長に薦められるまま礼拝堂の中に入っていたら陛下は自分の意思と関係なく後ろから首にロザリオをかけられ、「陛下はカトリックに改宗された」という報道が写真付きで国内外にされたであろう、というのです。当然、日本国自体がキリスト教の国となり、仏教も神道も禁止されていただろうと予想されています。そして昭和帝もそれに対して異議を述べることはできなかったであろうと。
戦後間もない時代だったので日本はまだ「敗戦国」としての地位が濃く、また戦勝国でありキリスト教の国であるアメリカの思惑も根強く残っていた頃だったので、このような危機が起きることになったのかもしれません。

そして上記の「天皇のロザリオ」は、今上天皇と美智子さんがキリスト教の信仰を持っているということも記述していました。美智子さんのみならず今上さんまでそうだと書いてあったので、読んだ当時は「え~まさか…」と思ったのですが…。
「天皇のロザリオ」は、昭和帝が別府で経験した危機によりキリスト教をかなり警戒されるようになり、その一件もあって聖書の件で美智子さんを叱り飛ばしたとも書いています。もし別府の一件が本当なら、昭和帝がキリスト教に対する不信感をお持ちになっても不思議ではありません。

本当は真相はどうだったのか、分からない部分もあります。しかし、常陸宮殿下と美智子さんは現在はまったくと言っていいほど交流がありませんので、昔は聖書やキリスト教の考えを通じて意気投合していた部分があったというのは少し違和感を覚えます。仲が良かったのに昭和帝の激怒が原因で交流がなくなったのか、それとも最初から常陸宮殿下と美智子さんの交流自体が嘘だったのか。

ところで、美智子さんが聖心のプレジデント(生徒会長)まで努めたにも関わらず、例外的に洗礼を受けていなかったという点も「そんな偶然ある?」と怪しく感じてしまいます。ピンポイントで洗礼を受けていなかった人が皇太子妃になる…ちょっと出来すぎな気がします。

そしてマコカコ姉妹がICUに行ったことにつき、これも美智子さんのアドバイスがあったのかどうかも気になりますね。
こうして見ると美智子さんはただでさえ民間人初の皇太子妃だったのに、それに加えてキリスト教ともつながりが深そうで、こんな思想の人なのによく皇室に入れたよなあ…と今でも不思議に思います。

常陸宮ご夫婦は、お立場というのをわきまえておられて、とても好感がもてます。どっかの筆頭宮家も、常陸宮家を見習われていえば・・・今上が甘やかし、勘違いさせたのが元凶ですね。
皇室は続いて欲しいけど、あの家はなくなってしまえばいいのに、と思います。

発信源

明仁殿下の美智子さんへのプロポーズ「柳行李ひとつで来てください」も橋本の創作でしょ。当の本人、今上さんが否定したんですよね。昭和の天皇皇后両陛下がご訪米の際、羽田でのお見送りで、良子さまが美智子さんを無視した、なんていうのも、渡辺みどりがひとり言いふらしてるようだし。だって、その時の映像なんて見たことないし、確たる証拠もない、ただ渡辺みどりが言ってるのが拡散してる。ただ、発信源は橋本、渡辺でも、美智子妃殿下虐めらているにしても、なんだか、元の元の発信源は、実は今上ご夫妻なのでは?と、訝しく思っています。

橋本明による風説の流布

>っていうかこの常陸宮さまの発言含めて橋本が流した噂なんじゃね?

かの有名な皇太子の正田美智子へのプロポーズ。

「行李一つで来てください」

あれも橋本明の創作だそうで。
そのプロポーズをしたとされる本人に全面否定されています。

>(甥っ子の浩宮さまをご覧になる常陸宮さまの表情が優しい)

お正月撮影用の席を小さな浩宮さまがお決めになったのはこのときでしたっけ。
だったら、実はお母さま嫌われてない?
一番遠くにやられてますが。

お優しそうな常陸宮さま

昭和天皇や香淳皇后の表情も素敵ですね。
そしてこの写真でも美智子妃の存在がどこか異質です。
何というか、「皇室に不慣れ」なのは程度の差は当然あるものの、華子さまも美智子さん同様だったと思うんです。
美智子さんはあまりにも我が強く、香淳さまや妃殿下方をないがしろにしていた。華子さまは教えを乞う姿勢があった。
最終的に我の強い美智子さんは皇室そのものを美智子カラーにしちまって、そこに馴染めない雅子さまを苦しめることになるのですが。
明仁さんと美智子さんなんかが舅姑ではなく、常陸宮ご夫妻が舅姑であったら、雅子さまも辛い思いはなさらなかったと思います。

許せません(怒)

常陸宮様、華子様に対してなんてことを!
土下座して謝って!

箇条書きで失礼します

聖心女子大の校舎って、一部は香淳さまの生家だったはずです。どうしてそうなったのかという経緯に疎くてごめんなさい。香淳さまは、そこで学んだ人が皇室にお嫁に来る事を当然知っていたでしょうし、最初からいじめようとは思わなかったと思います。

光の日々さまへ
ロザリオは仏教で言うと数珠に近いもので、普通、首からは下げません。
その記事を書いた人はカトリックの事を知らないし、取材もしていないと思います。

美智子さまが洗礼を受けていない件について
私の幼馴染みのご両親がキリスト教徒でした。幼馴染みも小さな頃から聖書を読むとか、教会に行くとかしていましたが、ご両親の意向で洗礼は保留していました。大人になってから自分で決めなさいということでした。美智子さまはどうだったのでしょうね。

雅子様頑張れ

>それに加えてキリスト教ともつながりが深そうで、こんな思想の人な

>のによく皇室に入れたよなあ…と今でも不思議に思います。

・・・・というよりもむしろ、キリスト教徒であることが、お妃になるのに都合がよかった、ということですよ。

当時の状況を考えると、当然でしょう。
やっとのことで、国体の護持(天皇制の維持)を許可してもらったのですから。
日本の皇室サイドもいろいろ忖度したわけです、続けていくために。

まだ日本は高度成長前で、あらゆる面で貧しい国でしたしね。
国会での岸首相の発言は「やらせ」だと思います。


占領当時の日本の政治状況や社会経済、そしてマスコミ事情について、21世紀に入ったあたりでようやく解禁となった米国の公文書によると、そこに記された日本の当時の政治家など指導層たちの姿はとても衝撃的で予想もしなかったものでありましたし、昭和の皇太子ご成婚の頃の状況もおのずと推し量れるというものです。
その後も少なからず、こうした状況は続いているのでしょう。

この辺の事情が、現在の皇室のゴタゴタにつながっているのでしょうね。
もちろん、日本全体の問題でもありますが。

長く積み重なってできた「悪しき体制」に必死にしがみついている人々にとって、現実に屈しない雅子さまは脅威の存在だったのでしょう。
それで、バッシングが続いている。
なんとか持ちこたえていただきたいと願っています。























ちょっと都市伝説みたいですが、

ロザリオの用途がどうこう、というより、神道の長であった天皇が十字架を身に付ける事が問題の本質という事ですね。上手く読めていないままコメントをしていました。ごめんなさい。

バイニング夫人が皇太子だった明仁さまの家庭教師になったのも、GHQの指示だったみたいで、ちょっとびっくりしました。

だけど、原点に回帰するように今、彬子さま典子さまは日本の文化や神道に寄り添うことをライフワークとしていて、改めて素晴らしい事だなと感じました。
黒田清子さんも、伊勢の臨時斎宮になった時、この人ってこのためにいたんだ!とはじめて思いました。

ちょっと都市伝説みたいですが、いわゆるアンチが高円宮家を嫌ったり、彬子さまを悪く言うのって、本人たちが正統派だからかな、とも想像しました。

お人柄がうかがえる笑顔

若かりし頃の常陸宮ご夫妻のお顔を拝見していますと、本当に情に厚く子供好きでいらっしゃることが分かりますね。
芝生の上で膝をついてお姉様のお子様方と遊ばれるお姿や、浩宮さんを見て優しく微笑んでいらっしゃるお姿は、常陸宮様が本当にお優しい方であることがうかがえますね。
華子様も本当に愛らしく、お優しいお顔をされていて、心根の優しい方であることが一目瞭然です。

現在の常陸宮様は少し脚がご不自由になってはおられますが、亡き昭和天皇陛下を彷彿とさせる穏やかで品格を備えたお姿となられ、華子様は凛とした気高さと強さを秘められた美しいお姿で、やはり今は亡き高松宮妃喜久子様と雰囲気が似ていらっしゃったなあと思います。
そして、両殿下が皇太子ご夫妻と楽しそうにお話になっておられるお姿を拝見するに付け、やはり皇太子ご夫妻のお人柄の素晴しさを実感する次第です。
華子様は一本筋の通られた方とお見受け致しますので、秋家の様にズルばかりしている下等な人種はお嫌いなんだと思います。
本当に、ゴキを見る様な眼でゴキ夫婦とゴキ娘達を見ていらっしゃいますものねぇ……。

本当に、どうしてこの両殿下が皇太子様のご両親ではなかったのかと、残念でなりません。
華子様がもしお義母様であったなら、雅子様はここまでご苦労をされることはなかったのではないかと思います。
敬宮様のことも、それはそれはお可愛がりになられたことでしょうに……。
(いえ、今でも十分に可愛がっていらしゃるのではないかと存じますが……)

しかしながら、天皇となるもこまた皇后となるものには多くの試練が課せられているのでしょう。
昭和天皇ご夫妻がそうであった様に、現在の皇太子ご夫妻がそうなのです。
必ずや立派な天皇皇后となられることでしょう。
今上夫妻には、そんなものなかったからあんな程度なのです。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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