昭和の皇后陛下が宮家に贈られた「お好みぎれ」

『皇后さま お誕生から今日までのアルバム・絵と書 お作品集』

という写真集を買いました。

昭和59年2月初版なので皇后さまとは良子皇后陛下です。

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「お好みぎれ」とは新年に参内される各宮妃殿下に、両陛下から下される小さな細工物などに仕立てるために、両陛下のお好みによって織られた名物裂風の紋織物です。

ただそれほど歴史は古くはありません。

皇后の養蚕が始まった明治の末期からです。

昭和3年「松折枝小鳥」
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昭和7年「えびら」
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昭和8年「御能かるた」
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昭和10年「桃太郎」
桃太郎

昭和12年「松にいかる」
松にいかる


昭和13年「文化勲章」
文化勲章

こんな風に使われます。
アルバムと額装
絹
お袖落とし
懐紙入れ


また戦後になるとお好みぎれとは別に新しいデザインの洋服地として広幅の紋織物がわずかずつではありますが、生産されるようになり、ご訪欧または来日された海外の国家元首夫人への贈り物に活用されてます。

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古希還暦のお祝いのたびに良子皇后がお贈りになられた布地をご覧になる弟宮家の妃殿下方。

えー、ミテコさまが「小石丸を守ってる伝統を重視してる偉い皇后」とアピールしてますが、

昭和55年6月
>「繭かきにお出ましの皇后陛下。御養蚕所の蚕種は、古くから伝わる❝小石丸❞。日本伝来種としての品種保存にも、ご関心が深くていらっしゃる」(昭和55年6月)

良子さまも小石丸の品種保存についてちゃんと考えていらっしゃったのです。

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No title

>皇后の養蚕が始まった明治の末期から



明治時代から始まったのが事実なのに、
平成の皇室報道は

小石丸の養蚕は美智子さまが始められた

と読めるようなものばかりです。

どうして、そんなウソ記事になるのでしょうか?



「皇后が小石丸の養蚕を始めたのは明治の末期から」というのが事実なのですから、事実を事実として書かないのが不思議でなりません。

史実をねじ曲げてまで美智子皇后の手柄にして何が面白いのでしょうか。

本当に異常な平成皇室報道です。

仕立ててごらんなさいね。

小石丸とは関係なく思い出したことなのですが、賢所に奉仕する内掌典には、その初めての雛祭りに皇后陛下から下されものがあるのです。
内掌典の新人は若い女性です。
美智子皇后は各地で買った人形。
香淳皇后は、市松人形に友禅の絹地を添えて「周りの方々に聞きながら、着物を仕立ててごらんなさい」。
雛祭りに人形を贈る慣わしとは言え、皇后陛下の個性が反映されます。

市松人形の着物は背縫いがないだけで、人間の着物と同じです。それを仕立てることができれば、和裁の基本的な体験ができますし、周りの方達に教えを乞えば、同僚とのコミュニケーションもはかれます。
香淳皇后とは、まるで「おかあさん」のような方ですね。

平成ってこういう話ないですよね

本来皇室報道ってこういうものだと思うんですよ。
平成になってからはこういう話を見たことがありません。

「コーゴーさまが廃れていた技法を復活させた」

とか言ってご自分のお着物を誂えた話とかはありますけどね。

秀麗ですね

「お好みぎれ」の美しさに目を奪われますね。
この「お好みぎれ」も、時代を経ると「名物ぎれ」と呼ばれるようになるのでしょうね。

小石丸という蚕を飼うことが、職人の技を磨き、日本の美意識を伝えるもとになるのですね。奥が深いです。

すべてを自分の手柄にしなくても、受け継いだものを後世にきちんと伝えることが出来れば、それはとても意義のある立派なことだと思うのですが・・・。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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