喜久子さまと雅子さまとの素敵なエピソード

喜久子さまは照憲皇太后ゆかりの扇子を雅子さまにプレゼントされました。

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「象牙御紋付金蒔絵御扇子」

喜久子さまのお母さまが照憲皇太后から賜った扇子

これだけの品を作るとなると材料の象牙も手に入りませんし、
職人を見つけるのも大変です。

そんな貴重な品を雅子さまにお譲りなったという素敵なエピソードです。

雅子さまって喜久子さまから好かれていたことが分かります。

皇太子妃として認められていたのです。

喜久子さまの性格を考えると嫌いな人には絶対譲りません。



この素晴らしい扇子にまつわるアンチのアホ話

アンチが
 
マサコがヤフオクに喜久子さまから贈られた扇子を出品した!

と言い出しました。

その時の画像がこれ

20081210150858.jpg

拡大してみましょう

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全然違うじゃん

結局、アンチが恥をさらした事件でした。

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非公開コメント

あはは"ァ '`,、'`,、(´▽`) '`,、'`"

アンチ、いい気味w

ほんとこの話はしつこくて嫌な気にさせられたわ。

ってより、皇室の方がお持ちのもの、特に戦前より由緒あるものって、今作ろうと思っても出来ないものが多いのよね。

価値のわからない人が多くなって、ほら、香淳さまのピアノだって放置させてヘーキな方が先頭切ってやってらっしゃるから。

ヘカテーさま、いろいろな検証、有難うございます。

素敵

それにしても、代々受け継がれるような皇室の品が、よりによって「ヤフオク」に出品されるという発想が出来る人ってどういう人なのか、そっちのほうが気になります。
「恩賜の○○」を価値の分からない家族が出品するのとはわけが違うんだから。

それと、秋篠宮家は高松宮家の祭祀を引き継いでいるので、自分ち以外に扇子が渡ったのが気に入らなかったんじゃないですかねえ・・・と書こうとしてググってみたら「秋篠宮家が高松宮家の祭祀を引き継いだ」の記述がどこにも見当たりません。
知恵袋で一件引っかかっただけかな。
あれ?私ってばどこぞの週刊誌に刷り込みされてたんでしょうか?
有栖川流の件と混同していたのなら、人間の記憶って怖いわぁと思ってしまいました。

ここにコメするのもなんですが

典子さまの披露宴動画を見にYouTubeに行ったところ、雅子さまの「サミット晩餐会」という動画があったので、ついつい見てしまいました。

まず目を引いたのが、ミテコさんがお客様に雅子さまではなく「紀子さん」を引き合わせる場面。
次に目にとまった事が、ヘイカとミテコさん以外は、皇太子殿下・雅子さま・常陸宮さま・華子さま・一応紀子さんやサーヤまで、通訳なしで外国のお客様と話している様子。
爆笑というか、目が点になったことは、アーヤに通訳がいないなと思ったら、誰とも話さず前を向いてぼーっと座っていたので必要ないみたいだったこと。

嘘じゃないです、みなさんご覧ください。

Oakleyさま、まるさま、図星さま

コメントありがとうございます

≫ってより、皇室の方がお持ちのもの、特に戦前より由緒あるものって、今作ろうと思っても出来ないものが多いのよね。

象牙のご紋付の扇子って今でも作れることはできるのですが、作れる職人も激減していますし、材料の象牙のみならず紋章を書く道具の筆も新しく作れないということから絶滅寸前です。そんなものを売るか!

≫秋篠宮家は高松宮家の祭祀を引き継いでいるので、自分ち以外に扇子が渡ったのが気に入らなかったんじゃないですかねえ・・・と書こうとしてググってみたら「秋篠宮家が高松宮家の祭祀を引き継いだ」の記述がどこにも見当たりません。

喜久子さまが亡くなった時の喪主は書道の教え子の秋篠さんではなくて寬さんでした。高松宮家が有栖川宮家の祭祀を引き継いだ話は知っていますが、高松宮家の祭祀を秋篠宮家が引き継いだという話は存じません。あの秋篠さんにそんなことできる能力はないでしょう。

≫アーヤに通訳がいないなと思ったら、誰とも話さず前を向いてぼーっと座っていたので必要ないみたいだったこと。


http://retsugaiha.blog.fc2.com/blog-entry-17.html これか!
サミットの晩さん会と言えばアンチが雅子さまが筆頭宮妃をにらんだとか言っていますね。あれはただ単にキーコさんとクリントン大統領の間にいる通訳を見ただけであって、キーコさんを見たわけではありません。もうほんと、失礼しちゃうんわ。

喜久子さまと雅子様のご先祖の縁

なぜ、喜久子さまは雅子さまに大事な扇をお譲りになったのか。

それは、雅子さまの大祖父で海城学園の創始者である海軍少佐の古賀喜三郎と、喜久子さまの母方祖父、有栖川宮威仁親王に、深い交友があったからですよ。


幕末、佐賀藩の藩士として幕府追討で功績をあげた古賀は、当時の官軍の大総督であった有栖川宮に知遇を得るようになります。

維新後、海軍軍人となった古賀は、軍人教育の必要性を痛感し、私財を投じて海軍予備門を明治24年(1891年)に設立します。


その際、古賀と交流があり、同じ海軍軍人となった有栖川宮はじめ、他の皇族たちもこの学校の開設に協力し、宮内省の土地を学校用地に使わせるなど、大変な協力をしています。


この、後に海城学園となる海軍予備門には、当時の古賀の仲間であり、まだ若かりし西郷従道や伊藤博文、その他渋沢栄一や、当時の気鋭の学者たちがそろって協力し、開設を果たしています。

(実は、海軍予備門開設時に、明治維新を実現した若かりし維新の立役者たちが集まって、校長の古賀を中心にして撮影した集合写真があったのですが、最近、ネット上から消えて見られなくなっています。)


とにかく、喜久子さまの祖父の有栖川宮と雅子さまの大祖父は、海軍の発展という共通目的をもった同志としてつながりがありました。

当然、喜久子さまは、こうした御関係をご存じのはずで、雅子さま入内をさぞお喜びになったことでしょう。
喜久子さまが雅子さまに、期待を寄せておられたのは当然だと思われます。

古賀は、すでに江戸末期に有栖川宮と知り合い、まだ19世紀の明治新政府の初頭から、海軍を基点に、国家の中枢人物と関わっていました。
いわば明治初期に、すでに完全に日本の上流社会に存在していました。

この古賀喜三郎が選んだ娘婿が、同じ佐賀藩出身で海軍きっての秀才といわれた、のちの海軍中将の江頭安太郎(雅子さまの曾祖父)です。

この古賀―江頭の両家には、やがて子息、子女から海軍のエリート閨閥ができ、岩手の山屋他人海軍大将(雅子さまの曾祖父)などともつながってゆきます。


以前このブログで、岩手出身とおぼしき方が、山屋大将と、彼を取り巻く華麗なる岩手人脈のことをかいておられましたが、山屋も、岩手盛岡藩士から、明治維新でいっきに国家の中枢に参画し、大正時代には海軍トップにまで登りつめます。


大正期の海軍大将ということは、大正天皇、貞明皇后、そしてのちの昭和天皇である摂政宮には、頻繁に参内して会っておられたはずです。
それだけでなく、明治期に少将になっているので、明治天皇にも会っておられますね。
後年、山屋は天皇の御用掛にもなっています。


(大将、中将とさらっと書いてますが、当時のこの身分は本当に「雲上人」であって、我々が教科書で見るような政治家、軍人と共に生きていた方々です。
動きようによっては、爵位が与えられたのではないかな、と思います。)


雅子さまは、明治維新以降、新政府の中枢で活躍した先祖、山屋家、および古賀―江頭家、この両家を中心とする、かつての海軍閨閥の背景が、お妃候補としての根拠になっており、歴史的に見てもまっとうな人選だと思います。


(小和田恒氏は、こうした海軍エリートの血筋の子孫である江頭優美子さんが選んだ外交官の婿さん、と見るべきでしょう、あくまでも主体は、優美子さんの血筋です)


明治維新という「革命」によって、下級武士が、一気に国家の中枢を担えるようになった、そういう時代を体現している一族だと思います。


喜久子さまは、こうした雅子さまの来歴をかなりよく知っておられたはずです。
亡くなられた夫の高松宮様も海軍軍人でしたから、なおさらでしょう。

今もおそらく、ご高齢の三笠宮ご夫妻などは、よく御存じだろうと思われます。

山屋他人の長女は、大正期の女子学習院の出身ですし、山屋の子息は、皇族付の海軍武官でした。
当時の支配者層というのは、非常に狭い世界ですから、皇室側と雅子さまのご先祖との間で、我々の知らない種々の人的つながりがあったと推察されます。



喜久子さまと雅子さまのそれぞれのご先祖の関わりから、ちょっと長くなりすぎましたが、
とにかく、雅子さまのご先祖が、維新以降の、近代の皇室を取り巻く上流のネットワークの中に存在したことは間違いありません。


そして、こういうことを決してマスコミは伝えません。
書いても、悪印象を持たせるような揚げ足取りしか書きません


先祖がわからないなんて、失礼にもほどがあるどころか、もはや滑稽です。
マスコミだって、ちゃんとわかって書いてますよ、いろいろ事情があるんでしょう。

(ちなみに、日本では明治5年にちゃんと、全国統一の初の戸籍が作られているんですよ。
わからないなんてことありませんよ、ちゃんと戸籍に記載がありますよ。マスコミにだまされてはいけません)。


雅子さまのこういうお妃としての正統なバックグラウンドを、気に入らない人がいるのは容易に想像できますね。

美智子さんの実家は、商家とはいえ、もとは単なるド田舎のお百姓ですし、近代にはいっても、日本という国家を背負った人など、どこにもいません。

本当に、何のつながりもなく、「偶然に」皇室に飛び込んできた人ですからね。
だからと言って、人に嫌がらせばかりするというのも、困ったものですね。


                       (長くなってすみません)

>ヘカテー様

週刊誌だったか皇室番組だったか、何かで見てずーっと高松宮家の祭祀は秋篠宮が継いだと思い込んでおりました。
ひょっとすると、喜久子様から有栖川流を習っていたことと混同していたのかもしれません。
そうではなかったとわかってホッとしてるのはなぜ(笑)

初秋さま、まるさま

コメントありがとうございます。

初秋さまへ
皆様にぜひ知ってほしいと思い、記事にさせていただきました。
貴重なご意見まことにありがとうございました。


>そうではなかったとわかってホッとしてるのはなぜ(笑)

高松宮家をぐちゃぐちゃにしていないと分かったからだと思います(笑)

ヤフオク。

ヤフオクって、先日、初めてのぞいたんです。
なんか胡散臭い印象があって、避けていた。でも「アンティークドール」の出品があるようなんで、好奇心おさえられなかった。
…やっぱりね。
アンティークドール(陶器の頭を持つビスクドールの骨董)にも、ランクがあります。ヤフオクに出てたアンティークドールは、まず最低ランクのもの。それとレプリカ。
ちゃんとした骨董屋さんに持ち込んで、数千円しかつけてもらえず、ヤフオクに出したんでしょうね。
1907年、解散寸前の量産品で、ヘッドのみジュモー、ボディーは新しい…とか。
皇室ゆかりの品をヤフオクに出すか?バカだね。

射手座さま

コメントありがとうございます。

≫皇室ゆかりの品をヤフオクに出すか?バカだね。

宮内庁が不用品を出したりすることはあるんですけどね。官公庁が不用品を出品することがありますから。それでも使わなくなった椅子とかで、大したものではありません。

No title

本当に「皇室ゆかりのお品」なら、

ヤフオクなんかに出すより、

「なんでも●定団」のような番組に出て、

司会者や鑑定者や番組スタッフはてはスタジオ見学者から羨望の眼差しを浴びながら、

いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまん、せんまん、おく.....と跳ね上がるのを見たほうが、

自尊心とても擽られて嬉しいのにね。

本物なら「ぜひ売ってほしい。」と言われるだろうから、

「そうですねぇ...」と言いながら焦らして、

どんどん値を吊り上げた方が、

ヤフオクよりも確実に売れるでしょうにね。

やっぱりアンチってバカなのね。

ど~~しようもないバカ、それがアンチ。

No title

他の方のコメントを見て知りましたが出品者は秋篠宮邸に関係しているかもしれないそうです。

2008年のヤフオクのIDの「トプカプ宮殿」「ボンボニエール」ですが、悠仁親王(2006年生)のWikipediaにトルコの「トプカプ宮殿博物館」から金のゆりかごが貸し出されたと記録されていて皇族でその頃に「ボンボニエール」を造られたのも悠仁親王の祝賀品で秋篠宮にちなんだIDだそうです。

出品の写真が他の皇族写真は販売品なのに秋篠宮殿下と紀子さまの写真だけ非売品で、旧秋篠宮邸の庭で写された物でご本人達以外の人が持っている可能性はないそうです。
別角度から写した写真のURLがあったので貼ります。

流出品についてその方が仰るには、東宮御所は昭和35年に今上天皇が皇太子時代に新築されたので東宮御所の貯蔵品は昭和35年(1950年)
以降の品である筈が古い物が多く2008年8月から東宮御所の配管工事など改修工事を行った際に東宮御所から流出したと言われていますが、出品は2008年10月30日からなので改装工事で蔵から持ち出すとしても8月までにオークションが終わっていないと辻褄が合わないそうです。

更に流出品の多くは大正〜昭和の品で、旧秩父宮邸を引き継いだ秋篠宮邸に貯蔵されていた秩父宮の持ち物と考える方が自然だというのです。
秩父宮邸を一部改築して秋篠宮ご一家が住まわれたので大正天皇の第二皇子の秩父宮の貯蔵品だと考えると今上天皇が生まれる前の「昭和2年に下賜されたボンボニエール」や「戦前の学習院の褒章」「扇子」「三笠宮の書」が跡継ぎも無く亡くなられた秩父宮と1995年に亡くなられた秩父宮妃殿下の物と考えると辻褄があうそうです。
内親王の着物どこかで見た気がします。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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