喜久子さまと雅子様のご先祖の縁(初秋様コメから)

初秋さまよりコメントを戴いたので記事にしました。
ぜひご覧ください。




(初秋様コメント)
なぜ、喜久子さまは雅子さまに大事な扇をお譲りになったのか。

それは、雅子さまの大祖父で海城学園の創始者である海軍少佐の古賀喜三郎と、喜久子さまの母方祖父、有栖川宮威仁親王に、深い交友があったからですよ。


幕末、佐賀藩の藩士として幕府追討で功績をあげた古賀は、当時の官軍の大総督であった有栖川宮に知遇を得るようになります。

維新後、海軍軍人となった古賀は、軍人教育の必要性を痛感し、私財を投じて海軍予備門を明治24年(1891年)に設立します。


その際、古賀と交流があり、同じ海軍軍人となった有栖川宮はじめ、他の皇族たちもこの学校の開設に協力し、宮内省の土地を学校用地に使わせるなど、大変な協力をしています。


この、後に海城学園となる海軍予備門には、当時の古賀の仲間であり、まだ若かりし西郷従道や伊藤博文、その他渋沢栄一や、当時の気鋭の学者たちがそろって協力し、開設を果たしています。

(実は、海軍予備門開設時に、明治維新を実現した若かりし維新の立役者たちが集まって、校長の古賀を中心にして撮影した集合写真があったのですが、最近、ネット上から消えて見られなくなっています。)


とにかく、喜久子さまの祖父の有栖川宮と雅子さまの大祖父は、海軍の発展という共通目的をもった同志としてつながりがありました。

当然、喜久子さまは、こうした御関係をご存じのはずで、雅子さま入内をさぞお喜びになったことでしょう。
喜久子さまが雅子さまに、期待を寄せておられたのは当然だと思われます。

古賀は、すでに江戸末期に有栖川宮と知り合い、まだ19世紀の明治新政府の初頭から、海軍を基点に、国家の中枢人物と関わっていました。
いわば明治初期に、すでに完全に日本の上流社会に存在していました。

この古賀喜三郎が選んだ娘婿が、同じ佐賀藩出身で海軍きっての秀才といわれた、のちの海軍中将の江頭安太郎(雅子さまの曾祖父)です。

この古賀―江頭の両家には、やがて子息、子女から海軍のエリート閨閥ができ、岩手の山屋他人海軍大将(雅子さまの曾祖父)などともつながってゆきます。


以前このブログで、岩手出身とおぼしき方が、山屋大将と、彼を取り巻く華麗なる岩手人脈のことをかいておられましたが、山屋も、岩手盛岡藩士から、明治維新でいっきに国家の中枢に参画し、大正時代には海軍トップにまで登りつめます。


大正期の海軍大将ということは、大正天皇、貞明皇后、そしてのちの昭和天皇である摂政宮には、頻繁に参内して会っておられたはずです。
それだけでなく、明治期に少将になっているので、明治天皇にも会っておられますね。
後年、山屋は天皇の御用掛にもなっています。


(大将、中将とさらっと書いてますが、当時のこの身分は本当に「雲上人」であって、我々が教科書で見るような政治家、軍人と共に生きていた方々です。
動きようによっては、爵位が与えられたのではないかな、と思います。)


雅子さまは、明治維新以降、新政府の中枢で活躍した先祖、山屋家、および古賀―江頭家、この両家を中心とする、かつての海軍閨閥の背景が、お妃候補としての根拠になっており、歴史的に見てもまっとうな人選だと思います。


(小和田恒氏は、こうした海軍エリートの血筋の子孫である江頭優美子さんが選んだ外交官の婿さん、と見るべきでしょう、あくまでも主体は、優美子さんの血筋です)


明治維新という「革命」によって、下級武士が、一気に国家の中枢を担えるようになった、そういう時代を体現している一族だと思います。


喜久子さまは、こうした雅子さまの来歴をかなりよく知っておられたはずです。
亡くなられた夫の高松宮様も海軍軍人でしたから、なおさらでしょう。

今もおそらく、ご高齢の三笠宮ご夫妻などは、よく御存じだろうと思われます。

山屋他人の長女は、大正期の女子学習院の出身ですし、山屋の子息は、皇族付の海軍武官でした。
当時の支配者層というのは、非常に狭い世界ですから、皇室側と雅子さまのご先祖との間で、我々の知らない種々の人的つながりがあったと推察されます。



喜久子さまと雅子さまのそれぞれのご先祖の関わりから、ちょっと長くなりすぎましたが、
とにかく、雅子さまのご先祖が、維新以降の、近代の皇室を取り巻く上流のネットワークの中に存在したことは間違いありません。


そして、こういうことを決してマスコミは伝えません。
書いても、悪印象を持たせるような揚げ足取りしか書きません


先祖がわからないなんて、失礼にもほどがあるどころか、もはや滑稽です。
マスコミだって、ちゃんとわかって書いてますよ、いろいろ事情があるんでしょう。

(ちなみに、日本では明治5年にちゃんと、全国統一の初の戸籍が作られているんですよ。
わからないなんてことありませんよ、ちゃんと戸籍に記載がありますよ。マスコミにだまされてはいけません)。


雅子さまのこういうお妃としての正統なバックグラウンドを、気に入らない人がいるのは容易に想像できますね。

美智子さんの実家は、商家とはいえ、もとは単なるド田舎のお百姓ですし、近代にはいっても、日本という国家を背負った人など、どこにもいません。

本当に、何のつながりもなく、「偶然に」皇室に飛び込んできた人ですからね。
だからと言って、人に嫌がらせばかりするというのも、困ったものですね。



初秋さま、ありがとうございます。

「小和田恒氏は、こうした海軍エリートの血筋の子孫である江頭優美子さんが選んだ外交官の婿さん、と見るべきでしょう、あくまでも主体は、優美子さんの血筋」と見ればストーンと納得がいきます。

初秋さまって鋭い!

いやー、盆暗な私には足元にも及びません。

古賀喜三郎の墓
(曹洞宗 興国山 賢崇寺 港区元麻布1-2-12 佐賀鍋島藩歴代藩主の菩提寺)
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http://sagaijinden.sagafan.jp/e697426.html
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No title

次の山屋他人氏の話とともに、民間人とはいえ雅子様がいかに皇室と近かったかがよくわかるお話しですね。有り難うございました。
福田和也氏だったかの本にも、山屋寿々子さんが幼少のころ、昭和天皇のすぐ近くで天覧相撲を見た話が載っていました。寿々子さんと江頭豊さんの結婚の媒酌人は昭和天皇の侍従長を務めた百武三郎氏だったそうですし。
http://humming.nobody.jp/Biography/yasutaro.html

なるほど、ますます思うに、美智子皇后さまという方は
>本当に、何のつながりもなく、「偶然に」皇室に飛び込んできた人ですからね。
なんだなとわかりました。
美智子さまは沢山お見合いしていた、外交官との結婚を親は希望していたと読んだことがありますが、外交官相手の縁談では江頭優美子さんのような方もライバルになるわけで、縁談まとまらなかったんでしょうか。

もともとは美智子さまも肩身が狭かったろうと思います。
ですが、結婚して一年経たずして懐妊、男子出産。その後第二子の男子出産。これで、美智子妃は、ものすごく自信をつけた。
そのあたりを思うと男子主義に寄りかかる気持ちもわかるし、少しお気の毒ですが、しかしだからといって、「男子を産んだアテクシ」の価値を永遠に高めるべく、男系男子主義に走ったあたりはやはり何だかな―と思います。

No title

山屋他人をメインとして連なる関係人物などの話、ありがとうございます。

こうしてみると「小和田雅子さんは、皇太子妃となるべく、この世に生を受けて誕生された女性である。」と表現しても過言ではないほどの女性なのだと思いました。

そもそも、戦前に現人神を言われた昭和天皇の御用掛になるというのは、栄誉な事なのでありますが、それ以上に出自の確かさを求められるものであり、なりたくてなれるものではありません。

今上天皇の御用掛とは、全くレベルが違います。

それから、どこのソースだったか曖昧なので出せないのが残念ですが、山屋寿々子は幼少時に喜久子妃と交流があったとか。

アンチは雅子妃殿下の出自を罵っていますが、他の方も書いているように、雅子妃殿下を否定する事はすなわち、近代日本の明確なる史実も皇室をも否定する事になります。

大きな声では言えませんが、正田美智子や川島紀子など、よくぞ皇室に乗り込めたものだと思います。

ペリドットさま、 蝋梅さま

コメントありがとうございます。

>美智子さまは沢山お見合いしていた、外交官との結婚を親は希望していたと読んだことがありますが、外交官相手の縁談では江頭優美子さんのような方もライバルになるわけで、縁談まとまらなかったんでしょうか。


優美子さんの経歴を知って、卒倒しそうになったと思いますよ。自分が成れなかった外交官夫人。美智子さまはおかあさんの冨美さんが外交官か教授の妻にさせたかったと聞いています。優美子さんの経歴はもとより家柄、夫の学歴、海外生活等が美智子さまよりもはるかに立派です。

>こうしてみると「小和田雅子さんは、皇太子妃となるべく、この世に生を受けて誕生された女性である。」と表現しても過言ではないほどの女性なのだと思いました。

山屋他人をはじめとするご先祖も雅子さまもお父様の小和田恒さんも国のために働いてきた人たちです。商人とはわけが違います。やっぱり国のために働いたことがあるって皇族に嫁ぐにあたっては大切なことですね。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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