九条家から嫁がれた貞明皇后だって嫁いだころは慣れるまで苦労された

小学館から隔週で出版されてた『皇室の20世紀』というDVD付きの雑誌を買いました。

(デアゴスティーニみたいなものです)

(かなり前のものなので新品は全て在庫切れ、中古しかありません)

ヘカテーが買ったのは
7巻、10巻、11巻、32巻、35巻です。

7巻『皇太子さま・雅子さまのご成婚』
10巻『敬宮愛子さまのご成長』
11巻『昭和天皇 戦後のご巡幸』
32巻『香淳皇后と皇后美智子さまの微笑み』
35巻『皇室と王室との交流』

ちょっとまだ欲しいものがあります。

皇太子ご一家バッシングでお馴染みの小学館なので、

第一巻が『世紀のご成婚』です。

昭和天皇じゃないのか!と思いました。

そしてリョーヘーカが多いのは仕方がないとはいえ、

異常な程秋篠さんちを特集した巻が多い。

いやー、実に小学館らしいです。

10巻は『敬宮愛子さまのご成長』という巻です。

その説明を読んでたら小田部雄次氏の「皇室の博聞」というコーナーがありました。

10巻では「女官たちの支え」という題がついてます。

そこに書かれていたエピソードが微笑ましいのでご紹介します。

貞明皇后は満15歳で結婚した当初、女官たちに「おてんば」とあきられていた。生まれてから5歳まで東京・高円寺の農家に里子にだされて、野山をかけめぐって育ったのだ。華族女学校に入っても、自由民権運動家であった川上音二郎の「オッペケペ節」を歌ったりしたという。そもそも女学校出身の妃殿下ははじめてのことで、宮中内でその素行が「軽々しい」と見られたのである。
この貞明皇后の教育を担当したのが、万里小路幸子であった。万里小路は孝明天皇と明治天皇の2代にわたり女官として仕えた最長老であった。天保6年(1835)生まれで、貞明皇后が結婚した当時は65歳になっていた。和漢の学、裁縫、料理、茶道に通じており「宮廷のこと一切に通暁した」といわれた。
侍従も側近も一目置いた。万里小路は新婚早々の貞明皇后に「無遠慮な小言の矢」を飛ばし、行儀作法や立ち居振る舞いを指導した。貞明皇后は「万里小路にしかられて、ほんとに切ない思いをすることもあります」と周囲に漏らしたこともあった。やがて、万里小路は老齢のため宮中から身を引くが、貞明皇后はその厳しい躾に深く感謝したという。
厳しい教育の中で貞明皇后をかばったのは、同じ女官の柳原愛子であった。柳原は明治天皇の側室で、大正天皇の生母だった。いわば、貞明皇后の実の姑にあたる。柳原は貞明皇后の「かげになり、日向になり、年若い妃をおかばいした」という。宮中生活に慣れなかった貞明皇后は、「実の母のようにうれしく思った」と回想している。
昭和天皇の生母としての厳格さが知られる貞明皇后であるが、多様な女官たちの支援によって多くの試練を乗り越え、戦後の占領軍の皇室改革にも、毅然と対応したのであった


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貞明皇后が映っている貴重な映像↓




厳しく教育を受けて涙することはあっても、それは自分のためだったと感謝する

正田美智子が皇太子妃に決まった時に大反対された梨本宮妃だった梨本伊都子さまだって著書で

「姑よりもはるかに厳しい女官から『ここは大名家とは違うんです!』と何事にもダメだしされて何度も涙を流した」

と仰ってます。

みなさん、華族出身の自分が苦労したのだから何も知らない平民じゃ教えても下手すりゃ理解できないんじゃないかと考えられた。

こういう歴史を知ると

「平民出身のミテコさまは良子皇后と秩父宮妃と高松宮妃、そして華族出身の女官たちに虐められた!」

と叫ぶのは実にバカバカしい。

良子さまが「もう時代が違うんだから」と優しくされた為、

はっきり言って貞明皇后や良子さまよりも甘い教育がされました。

それでも牧野女官長が頑張ったけど、アホで知られた昭和の皇太子からは「ミチコを虐めるな!」と怒鳴られました。

(『美智子皇后物語』より)  
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No title

梨本伊都子さんは、
「華族から宮家に上がるだけでも本当に大変な事だ。
私も女中頭から「大名家と宮家では格が違う。」と言われ続けた。
一緒に付いてきてくれた小間使いと泣いたものだ。
だからこそ東宮妃は最低でも旧伯爵家以上の方でないと務まらない。無理だ。」
というようなことを回想録で書いている。

平民をバカにしていたのではないと思う。

梨本伊都子さん自身が宮妃となって苦労したから、東宮妃には宮中と縁のある女性がなるべきだと主張していたのだと思う。

そして梨本伊都子さんは正田美智子が東宮妃になると決まって「これで皇室はお終いだ。」と嘆いた。

私は今こそ梨本伊都子さんの嘆き、慟哭を心の底から理解できます。

No title

節子皇后がつけているダイアモンド三連ネックレス。

これが「皇后として正装する時につけるネックレス」だと思う。

美子皇后(明治)

節子皇后(大正)

良子皇后(昭和)

お三方は必ず、このダイアモンド三連ネックレスをつけている。

でも美智子皇后が、このダイアモンド三連ネックレスをつけている写真が無い。

ダイアモンド一連ネックレスはしているけれど。

どうして美智子皇后はダイアモンド三連ネックレスをつけないのだろう?

伝統を重んじているというのなら、明治大正昭和と3代続けての伝統を守るべきなのに、美智子皇后は守るどころか違反して破壊している。

それとも私が見たこと無いだけだろうか?

美智子皇后がダイアモンド三連ネックレスをしている写真を見たい!

その写真があればアップしてほしい!

まさか 「(美智子さんが)ヤフオクで(ダイアモンド三連ネックレスのうち二連を)売っぱらっちまった」 ではないよね?



美智子皇后がダイアモンド三連ネックレスをしている写真があるのなら、私はパソコンの前で土下座するので、そういう写真があればアップして下さい!


No title

日本が敗戦して、GHQは皇室財産の殆どを取り上げて没収した。
でも貞明皇太后は「維新前に戻っただけ。」と言った。

紀子さんは、「うちは皇位敬承者が2人もいて、娘も2人いる。予算も職員も増やせ。」と言う。

紀子は皇后になれる女ではない。乞食ならなれる。

No title

本文の内容とずれてしまいますが、大正天皇以前の皇室を振り返ると思うのが生母が側室である天皇の多さですね。(こういう記事を読むとついウィキペディアで遡りたくなるのです)

側室の存在もあってこそ繋いできた血統というのはやはり現在のこの世の中では限界なのだと痛感します。

Y色遺伝子やら男系と喚くやつらは一度天皇家の系譜を天皇の実母という観点から辿ってみればよろしいのに。
男系主義者の多くは現実を見ていないと思います。
その上で側室を復活をさせる気なのか、それとも一人っ子政策を推し進めていたことのある中国ですら表向き禁止していた産み分けを、日本で正当化させたいのか。
はっきり表明すべきですよ。
「海外では~なのに日本では~はおかしい!」という外圧はあまり好きではないのですが(その国々にはそうするに至る歴史があると考えられることもありますので)
自分達の私利私欲のために倫理違反を起こし、男女の産み分けを正当化するのは生き物として間違っていると思いますし、海外からの批判は免れないでしょうね。

ゆくゆくは聡明でお優しい愛子様が立太子される世の中になってほしいものです。
近代化したというのに女性天皇を認めていた何百年も前より今が遅れてるって笑えません。

もしも貞明皇后がいらしたら

もし平成の皇室において、貞明皇后がいらっしゃったら、週刊誌のいわゆる「美智子さまの~」に対して激怒されてたと思いますね。

皇太子妃時代より、厳しい教育を受け、誰よりも皇室の序列を重んじる皇太后さまですもの。「天皇陛下よりも皇后のお気持ちを重んじるなんて」などとお叱りになられたと勝手ながら拝察しております。

あとは紀子妃の振舞いかしら。「私は皇后になる人です」とか「人員と予算が足りないわ」とか…こんなことが貞明皇后のお耳に入ったら、お怒りになられていたと思います。いや、寧ろ一度くらい紀子妃の振舞いに対して、天国から厳しく言って頂きたいです、本当に。

皇后の重責は重い

このブログの読者の方なら、山川三千子のことをご存知の方も多いと思いますが、大正天皇の生母柳原愛子や貞明皇后にはものすごく辛辣な評価をしています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49332
いくら戦後とはいえ、たった15年前まで現人神と呼ばれていた天皇とその家族について、赤裸々で無礼ともとれるもの言いです。
皇后とはいっても、女官さんたちの視線はものすごく厳しく、その立場は常にストレスとの闘いだったと思います。
美智子さんがあれこれ宮中改革をしたみたいに言われがちですが、むしろ良子さまが寛大な心で見守って下さったのが大きいのでは?
ご自身が女官さんや貞明皇后に厳しく指導されたからこそ、お優しい良子さまは美智子さんの好き勝手も叱りはしなかった。
良子さまのお優しさが、かえってあだになってしまい、美智子さんに引っ掻き回されてしまったのが残念です。
貞明皇后や香淳皇后と比較して、美智子さんが格別にいじめられていたのか。わたしにはそうは思えませんけどね。
そして自身が雅子さまにした仕打ちと、どちらがより酷いものだったんでしょうね?
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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