昭和天皇のちょっといい話―東北を想う編―

昭和10年(1935年)の夏、

涼しい日続いていたので側近が

「この間まで暑くて大変でしたが、ここ2,2日は涼しくていいですね。もう一週間もこうした状態が続くとよろしゅうございます」

と言った。

昭和天皇は側近を叱った。

東京のような都会に住んでいるから、そんな呑気なことをいう。
しかし、去年冷害になやんだ東北・北海道の農家の人たちが、
いまこの瞬間、天を仰いでどんなに心配しているかわからんのか


また、冬の間雨が降らない日が続くと麦の伸びすぎを心配して

雨は一体いつになったら降る見込みか、気象庁に問い合わせて欲しい

と側近に命じた。

(参考文献 金治勇著 『今上陛下のご人徳』 1988年3月発行 豊興産株式会社)


1930年から1934年まで東北は冷害により大凶作でした。

80代の女性に昭和天皇はどんな天皇だったか聞いたことがあります。

答えは

国民の隣にいらっしゃる天皇

でした。

ヘカテ―は平成育ちで昭和天皇の記憶がありません。
しかし、調べるほどにこの「国民の隣にいる天皇」という表現にぴったりな天皇であると考えます。

昭和の両陛下のエピソードを知れば知るほど平成の皇室の軽薄さが鼻につくことが残念です
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昭和天皇のちょっといい話―台風編

ある年のこと、台風が東京を逸れたので、側近が陛下に「東京を逸れて幸いでしたね」と申し上げたら、「逸れた先にも国民がいる」と仰せになったそうです。

昭和天皇は、めったに直接国民の前に姿をお見せにはならなかったけれど、心で国民に寄り添って下さっていたのだと思います。
国民もそれを心で受け取っておりました。
「心から心へ」の真の交流です。

平成のご夫妻は、直接目に見える物しか評価できない人たちなので、出かけた回数、場所、会った人数にやたらにこだわります。
なんだか成果主義の企業経営者のようですね。

服の裾をつかまれて。

昭和天皇と香淳皇后は、今上皇后の1/10も出歩かなかった。
でも、児童養護施設にゆかれると、妙なほど幼児に好かれたのです。とにかく、昭和天皇香淳皇后に取りついて離れない。
幼児「またきてね」
昭和天皇「また来るよ」
小さな子供や犬猫は、瞬時に「自分を好いてくれる人」を見分けますよね。
幼児が香淳皇后のお洋服をさわりまくり「おばちゃんの洋服きれいだね」と言ったそうです。この子、たぶん香淳皇后に抱っこして欲しかったんじゃないかしら。
幼児と犬猫は、リトマス試験紙。

九重さま、射手座さま

コメントありがとうございます。
お二方ともいい昭和天皇エピソードをありがとうございます。

>ある年のこと、台風が東京を逸れたので、側近が陛下に「東京を逸れて幸いでしたね」と申し上げたら、「逸れた先にも国民がいる」と仰せになったそうです。

やっぱり、昭和天皇は国民の前に直接姿を現さなくても国民の側にいた天皇陛下でした。平成は成果主義というか、ごますり主義だと思います。


>児童養護施設にゆかれると、妙なほど幼児に好かれたのです。とにかく、昭和天皇香淳皇后に取りついて離れない。

おじいちゃん、おばあちゃんに孫が甘えるのと一緒ですね。今上陛下が敬宮さまに「懐かない」などと言うのとは大違い!
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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