藤島泰輔著『上流夫人』にある東久邇成子さまのエピソード

昭和の皇太子夫妻が大大大嫌いな明仁皇太子のご学友の藤島泰輔の著書『上流夫人』

『上流夫人』内でも

『地位の象徴』(大門一樹著)という本を読むと、聖心女子大の卒業生は、同窓会のパーティーに出かけるとき、その衣装が、総しぼりの五十万ぐらいの訪問着でないと肩身が狭いと書いてあった。ほんとうだとすれば愚かなことだし、上流イメージとは程遠い。
(66ページ)

と言ってます(笑)

聖心女子大と言えばミテコさまの母校

「東宮妃の母校の聖心女子のOGってバカだよねー。チョー成金って感じでチョー下品なんですけど~。常磐会の会員はそんなバカなことしません!」

とかなり言いたい放題です。

(地元の図書館とか調べるとあると思うので読んでみてね)

列外派でも藤島泰輔の昭和の皇太子夫妻を思いっきりバカにした発言を何回も取り上げてますね。

さて『上流夫人』では多く東久邇成子さまのことを取り上げてます。

そこに涙なしには読めないエピソードが書かれてました。

東久邇成子さま
照宮さま

列外派読者の皆さまはご存知の方ですね。

昭和天皇と良子さまの第一子で、

御結婚前は照宮成子内親王

皇族の東久邇家へお嫁入りされ、

戦後は臣籍降下で平民として苦労に苦労を重ねられ、

5人の幼い子どもを残して35歳の若さでガンで亡くなられたお方です。

昭和天皇同様激動の人生を送られた方です。

ご学友だった酒井美意子さんは

「学習院の錚々たる御家柄のプライドの高い女生徒たちが『このお方には敵わない』と敬愛したプリンセスの中のプリンセス」
「戦後の苦労の中でも輝きを増していった稀有なお方」
と語っています。

昭和天皇の側近たちが

「このお方が親王様だったら」

と残念に思ったほど優秀でした。

(対してやっと生まれた男子の継宮明仁親王は何事も後ろから数えて2,3番目というほど低いレベルでした)

日本の皇室は男尊女卑です。

生まれた時は臣民はもとより良子さまのお母様までガッカリしましたが、

昭和天皇だけが

「女の子は優しいからいいね」

と仰いました。

お姉さまである成子さまが継宮の前を横切ったら

「女の分際で東宮さまの前を横切るとは!」

と昭和天皇の側近から怒鳴られたことがありました。

(こういう周りの大人たちの反応がもともとバカだった継宮をさらにバカにしていった)

体調を崩されたのが昭和35年11月

大膳課主廚長の秋山徳蔵氏が語る東久邇成子さんの思い出話
(以下引用)
皇室の司厨長である秋山徳蔵氏が紹介している成子さんの親を想う心は、次の通りである。
昭和三十六年二月、成子さんは小康を得て国立第一病院を退院した。
そのとき、彼女は一冊の雑誌と、秋山氏あての手紙を使いの者に届けさせた。雑誌は婦人俱楽部の二月号で、そのなかの「ガンと女の一生」という記事のところに、手紙がはさんであった。
封筒はありあわせの髪をはりあわせたもので、ご飯粒でノリづけされており、表書きにはただ「秋山様」とあった。中は、ありきたりの付箋二枚に、丁寧にペンで書かれていた。その原文は次の通りである。
「長い間の病院生活中、毎日毎日、御料理を苦心して下さって有難う。折角のものを食欲がないばかりに、我儘をいって申しわけなく思っています。食事のことを考えるだけでなんだか胃がもたれるように感じたりして、ちょうど妊娠中のつわりみたいです。でも御蔭で少しずつ食べられるようになりました。
これまでレントゲンをかけていたので食欲もよけいなくなってしまったのだと思います。退院すれば気分も変り、少しずつ運動もついて、だんだんおいしくなるのではないかと思っています。本当に本当に感謝して居ります。又欲しいものが思いつきましたらお願いします。
婦人クラブ二月号をよんだら老人向の食生活のことが出ており、両陛下もだんだんお年を召すので、お病気になってからは侍医が考えるでしょうけれども、それではおそいので、今からお食事についてお気をつけになった方がよいと思います。勿論充分考えておられるでしょうが、親孝行の一端として、これでもよんで参考にして下さいませ。
陛下は直接申し上げると一々気にあそばすし、御料理の材料でなるべく気をつけてさし上げる方がよいと思います。
では寒さの折御大切に。
秋山司厨長へ      成子」
この手紙を受け取ったときの秋山氏の気持ちは筆舌に尽くし難かった。
秋山氏は次のように述べている。
「泣き虫の私は、途中から熱いもので目が霞んでしまい、読み終わってからも、しばらくは涙が止まらなかった。雑誌につけてあった折り目の個所を開いてみると、鴫谷亮一医博執筆の『動脈硬化症』という記事で、そのなかに食生活の注意が、二、三出ていたのであった」
心づかいは、目立たないからこそ心づかいなのである。

(『上流夫人』161~162ページより引用 原文ママ)

成子さまが亡くなったのは昭和36年7月23日

この時から5か月後のことでした。

ガンであることはご本人には秘されていたので成子さまはご存じなかった。

まさかご自分の方が両親よりも早く逝くとは思ってなかったのかもしれません。

またこんな素敵なエピソードも

日活ホテルのアーケードでビューティー・パーラーを経営しているアーデン・豊子さんの回想では―、
「・・・・・・おぐしのおととのいがすみ、お帰りの折、『お車を……』と申し上げると『バスで帰るから結構よ』とおっしゃって、さっさとお帰りになりながら、いたずらっぽく、ニコニコとなさって『お宅のお客様全部お帰りにお車のサービスをなさるのならだけど、私だけなんでしょう。そんなことしたら民主主義にかないませんよ』t私はギャフンとまいって頭をさげるほかありませんでした。私は、この話を誇りとして、外国婦人たちにいたしますが、アメリカ婦人なぞは『プリンセスが』といって、びっくりします」
皇室の存在を快からず思っている人は別として、大部分の日本人は、この話を誇りにするはずである。
どういうわけか、たぶん、他の内親王にくらべて臣籍降下が早かった故であろうが、成子さんの、こうした内面は、あまり世間にしられていない。私自身、この稿の執筆にあたって、調べていてびっくりした。

(153ページより)

特別扱いはしなくて結構!

「うちには男が2人いるんだから特別扱いしろ」と言ってるどっかの宮家に聞かせたいですね。

あ、あと藤島泰輔はこんな風にも言ってる

こうして、私が、東久邇成子さんについて、くわしく書いているのは、上流夫人のマナー、心づかい、精神といったものが、彼女によって代表されているように思えたからである。
我が国においては、上流社会と上流夫人というものが、ひどく誤解されている。
上流夫人とは、召使いをこき使い、権高く、高飛車で、冷たい性格の持ち主であると思われがちである。上流社会では家族間の情愛など、まことに索漠たるもおに違いないと想像する向きもある。
だが、真の上流階級の精神というものは、それを支えている階級の人々に対する奉仕と思いやりの精神に満ちているものなのだ
(160ページより)

うーん、職員に屈辱的なあだ名を付けたり、「あそこにだけは行きたくない」と言われ、職員が数年で辞めるような宮家に聞かせてやりたいわー

≪追記≫
何度も何度も列外派で書いてますが、

昭和天皇と良子さまは愛娘を失った悲しみを癒すために那須へご静養されました。

東久邇成子さまが亡くなって一か月も経たないうちに昭和の皇太子夫妻は両親の元へ行きました。

東京からわざわざ那須へ行った。

そして夜遅くまで自分たちのどうでもいい不満を訴え続けた。

入江日記
昭和36年8月16日(水)快晴
那須で東宮同妃から両陛下にいろいろのこの間からのことを十時すぎまで率直にお申し上げになったとのこと。お上はよく分かったと仰せになったが皇后さまは終始一言もお発しにならなかったとの事


庶民でも「四十九日が過ぎるまではそっとしといてあげましょう」と思うのに

次の時代の国の象徴になる人がこういう行動したのよ!

そして昭和が終わると天皇になった。

みなさーん!

リョーヘーカってこういうことしてる人たちですよー!
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No title

成子さまが若くして癌で亡くなられたのは、やはり心労が大きかったという点も否定できないでしょうね。ご本人は健気に一生懸命に生きてこられたと思いますが、時代の流れもあって苦労なさったことも多いと思います。この方が長く生きていたら各方面でご活躍され、色々と良い影響を与えてくださっただろうと思うと残念です。

しかし藤島泰輔氏は上流階級の何とやらをよくご存じのはずなのに、なぜよりによってバーのマダムで人格に難ありのメリー喜多川なんかと不倫したのでしょうか。婚外子(ジュリー藤島)までもうけてしまい、高浜虚子の孫娘の妻を捨ててまで再婚してしまったことは藤島氏の汚点としか言いようがないと私個人は思います。

会社は誰のもの?

かつての企業は創業者は神様的な所も少なくなかったでしょうが、現在の激しい競争を勝ち抜くには、外国企業と提携したり、経営責任者を外部から招いたりたりが、普通の事になりました。会社は創業者の私物ではなく、従業員、株主、客である消費者、立地する地域の財産でもあります。美智子さんが入内した頃は、明仁&美智子夫妻に正田家(日清製粉)が援助する事に色々なメリットがあったのでしょう。しかし今は明仁&美智子&秋篠宮家の見栄の為に、実家としてあれこれ便宜を図る事は、企業イメージを悪くしかねないでしょうね。平成が早く終わる事を一番望んでいるのは、美智子さんの実家かも知れませんね。

皇室に興味を持って良かったこと

皇室に興味を持って、東宮派の方々のブログで照宮成子内親王殿下と言う
素晴らしいお方を知ることが出来て感謝しています。

ヘカテー様、今回も成子様の高潔さとあたたかさを備えておられた
お人柄がよく分かる良い記事をありがとうございます。

天皇家の内親王殿下としてお生まれになり、国民の範となる生き方を
生涯貫かれた成子様に唯唯頭が下がります。
香淳皇后陛下、雅子皇太子妃殿下、東久邇成子様。
昭和と平成を見てきて、このお三方にこそ本当の意味での慈愛を感じます。

藤島さんのおかげでテレビ番組のスカッとジャパン並みに気分爽快になれました。

私も聖心に関わってはおりますが、あれれれ…と思う事や人が多いので、今日はすっきりしました。

ヘカテーさん、ありがとうございます。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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