皇太子殿下のお友達はその人自身立派な人なのだ

毎日新聞に載った皇太子殿下のご学友の方のインタビュー記事

http://mainichi.jp/articles/20170214/dde/012/040/003000c

ひとりの「ご学友」に会った。NPO法人「子ども環境文化研究所」理事長の小山泰生さん。学習院幼稚園から皇太子さまと同級で、家族ぐるみの交流が続いている。この1月3日も赤坂の東宮御所で新年会があり、皇太子妃雅子さま、長女の愛子さまも終始ご一緒だった。

 「ご学友って言葉は使いません。あくまで同級生です。小さい時分はカルタもしました。このごろは2時間ほど楽しくおしゃべりをして過ごします」。見せてもらった写真には品よく器に盛られたおせち料理、そのなかに黒豆があった。へえ、われわれと同じですな、と思わず口にしたら、小山さん、笑った。「日本酒もいただきますよ。お茶が出てきたら、そろそろお開きの時間でね」

 この小山さん、皇太子さまにとって一同級生以上の存在なのだろう。実に博識で、面白く、かつ語り口がなんとも軽妙。それもそのはず、父は歌舞伎のイヤホンガイド創設者として知られる古典芸能評論家の故小山観翁さん。幼い頃から歌舞伎に親しみ、疎開中、米軍機の機銃掃射を避けながら京都の南座で芝居を見ていたつわもの。寄席通でもある。そんな父に仕込まれれば、仕立てのいいスーツに身を包んでいても、江戸のご隠居ふうの粋がにじむ。小山さんは皇太子さまにとって、いまなお知らない世界へ旅立つ「道」の役割を担っているに違いない。

 思えば、私など皇室についての知識も乏しく、とことん皇室について考えたこともない。だから昨年、陛下が「退位」の意向を示唆されたのには正直、不意打ちをくらった感じだった。居酒屋でニュース速報を見ながら、隣にいた戦中派の客が「ああ、第二の人間宣言だね」とつぶやいたのが印象的だった。むろん、皇太子さまにもお考えはあるだろう。小山さんには打ち明けているのではと尋ねたが、話題にならなかったらしい。代わりにこんな話をした。

 「うちは祖父から私まで3代続く美食家なんて言われてましてね。ウナギだと、祖父と私は天然ものしか扱わない老舗がひいきなんです。ところが、父はウナギはとことん泥を吐き出させた養殖ものに限る、と別の老舗にしか通わない。頑固です。まあ、ことほどさように親子でも意見の相違があるものなんです」

 戦後、新憲法下で初めて即位された陛下は、自ら「象徴天皇」のありようを模索しつつ歩んでこられた。モデルはなかった。それは第二次世界大戦の慰霊の旅だったり、大きな災害の被災地へのお見舞いの旅だったり。その背中をじっとご覧になってきた皇太子さまは、そうした歩みに敬意を払いながらも、さらに新しい時代の「象徴天皇」像を思い描いておられるのだろう。小山さんのたとえ話は、そういうあたりの意味ではないか。
政府は「一代限りの特別立法」でしのごうとしているフシがある。陛下の高齢を考慮すれば急がねばならぬのもわかるが、皇太子さまも世間でいえば、定年後を見据える年齢である。私などとてもとても体力がもちませんわ、と小山さんに冗談めかして言うと、また笑った。「東宮さま(皇太子さま)は丈夫ですよ。山登りで体を鍛えていらっしゃいますから」。ただこの国に皇室の将来を議論する空気が希薄なことに顔を曇らせた。「政治家たちは、できれば皇室を押し入れにでもしまっておきたいんじゃないですかね」

 そう語るや小山さん、オバマ前米大統領の「新たな始まり」と題されたスピーチの一節をそらんじた。2009年にカイロ大で行ったものだ。<私はすべての人々が切望しているものがある、と固く信じています。それは自分の考えを述べ、自国の統治方法に関して意見を述べる権利、法の支配と平等な司法行政への信頼、国民から搾取しない透明な政府、自分の選んだ生き方をする自由です>

 「こうした自由があのファミリーにありますか? ただ国の政治や経済の安定の道具でいいんでしょうか? 宮中の行事にしたって、ほとんどが明治以降に創作されたものです。ドレスで西洋風パーティーをやるなど明治維新をなし遂げた薩摩や長州の下級武士たちの江戸文明へのコンプレックスですよ。東宮さまにも24時間しかない。ある式典に出れば、別の式典にも出てくれとなる。際限がなくなり、土日も休めません」

 遅ればせながら、働き方改革へ動こうとするこのご時世に皇室の働きもまた人間らしくあるべきだろう。小山さんはぽつんと言った。「結局は人間がやることなんですからね」。そして1枚のスナップ写真をテーブルに置いた。夜景である。目をこらすと皇太子さまの後ろ姿、遠くには窓という窓から明かりのもれる高層ビル、空には月が浮かんでいる。1992年の夏に東宮御所の庭で撮影されたらしい。

 「私たちとバーベキューをした後のひとコマです。偶然かもしれませんが、ひたすら国民の幸せを願っておられるように見えました。天皇とはそういうものであっていただければうれしいのです」

 とっつきにくい歌舞伎を身近にしてくれた父の観翁さんよろしく、ここはひとつ小山さんに皇室という知らない世界への<道>となっていただくしかないと思った。より深く国民が皇室を考えるために--。


昨年の年末に放送されたインタビュー番組でもお話されてた方ですね。


皇室スペシャル2016 新時代 2016年12月23日 161223 投稿者 tvshow2015

なんというかまさしく

類は友を呼ぶですね。

もしくは「水は器」です。

「金剛石・水は器」は学習院女子中高等科の入学式で歌われている歌で、照憲皇太后が作詞しました。
2番の歌が「水は器」です
水はうつは(わ)にしたかひ(がい)て

そのさまさ(ざ)まになりぬなり

人はましは(じわ)る友により

よきにあしきにうつるなり

おのれにまさるよき友を

えらひ(び)もとめてもろともに

こころの駒にむちうちて

まなひ(び)の道にすすめかし




照憲皇太后の玄孫の徳仁皇太子殿下も来孫の敬宮さまはまさしくこの歌の通りの人生を送られてますね。

(大正天皇は「儲君は皇后が実母となる」という慣習があったので照憲皇太后の養子です)


皇太子ご一家バッシングが10年以上続く中ずっと皇太子殿下と雅子さまのご友人方は悔しかったでしょうね。

「皇太子殿下はそんな人じゃない!」
「私たちのオワはそんな人じゃない!」

敬宮さまのご学友だって同じでしょう。

本当の姿を知ってる分マスコミのアホどもにイライラされてたでしょうし

それを信じちゃうお人よしすぎる人間にもイライラされてたでしょう。

マスコミやネットの皇太子ご一家バッシングの裏にいるツートップと1・5列目の存在は当然ご存じだし、そのサポーターがどういう人たちかも知っている。

皇太子ご一家とご縁があるからこそ、今まで黙っていらっしゃった。

皇太子ご一家と縁がないヘカテーがハマコー張りにブログやツィッターでブチ切れしてるのとは真逆に(笑)

もう憂国じゃなくて怒国ですよ。

国に対して「何なんだよ、この国はよ!」とブチ切れてるのです。

早く新しい時代が来てくんねーかな。

もういい加減ヘーセー劇場には飽きたんだけど

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」にもそろそろ限界があるんですけど
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素敵なお友達

皇太子さま御一家のご友人方は、本当に品格がおありだと上から目線で失礼ながら思いました。
多くを語らずとも、お顔を拝見するだけで人柄は伝わるものですね。

まさしく

類は友を呼ぶですね。
年末の番組もみておりましたが、先生に背中を押され我に返ったように横断歩道を渡り切ったお話、マジソンスクエアバッグのお話、そして雅子様を全力でお守りしますとの会見をご覧になっていた同級生が、思い出したように涙を浮かべられていた姿など、皇太子殿下のお人柄が伝わり、私も何度も涙が溢れてしまいました。
ご学友ではなく同級生だと言っておられましたが、そこがまた良いなあとほっこりしました。
今回のお話も、皇太子殿下の人となりを、正しく伝えて下さっていますね。
どこぞの筆頭宮家の先輩後輩夫婦には、このようにあたたかいお友達はいないでしょうね。
だって、類は友を呼ぶですから。
お友達もお気の毒ですね。
筆頭宮家夫婦にかかわりたくないでしょう。黒ちゃん以外。

同級生

小山さん、観翁さんのお子さんだったのですか。観翁さんの歌舞伎座のイヤホンガイドは2,3回使ったことがあります。NHKの歌舞伎中継では副音声で解説をしておられました。。博識で話好きで話上手で語り口はソフト、やはり親子と納得しました。この方が徳仁天皇の語り部の中心となられるのでしょうね。楽しみです。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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