25年前の日本はこんな感じでした





1993年1月19日の日本の様子です。

とげぬき地蔵のばあちゃんの

「あれだけの人よう探したわ。皇太子殿下は偉い!」

という言葉に頷いちゃうぜ!

いい感じに日本国民パーティーピーポーしてますねー。

浜尾さんとか保守系の人間が婚約会見での雅子さまのことを

「皇太子さまよりも多くしゃべった」とか「よく人間ができてるとか何様!」と言いましたが、

恥ずかしがり屋の雅子さまが一生懸命一生懸命初めての記者会見でお答えになられてて私は好印象ですよ。

皇太子殿下が実に嬉しそうです。

ご両親の小和田ご夫妻の話し方も気取ったところなく好感が持てます。

≪追記≫
そういや今思い出したんですが、

ヘカテーは小学校と中学校の時にベネッセの通信教育のチャレンジを受けてたのよ。

で中学校のチャレンジのおまけの本みたいなやつで

「私の学校の先輩」みたいな特集があったのよ。

そこに「私の母校の先輩は皇太子妃の雅子さまです。私はソフトボール部なので部活の先輩でもあります」

と書いてあったのを思い出しました。

1993年当時の田園調布双葉の生徒さんもパーティーピーポーしてますね。
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No title

文中の浜尾さんとは浜尾侍従のことでしょうか。
確かに晩年は?な発言もありましたが、これだけで浜尾氏を責めるのは早計です。

高貴高齢者コンビが育児放り出して外遊三昧の時に浜尾氏によって幼少時の殿下を優しく(べったり甘やかすのではなく)時には厳しく育てたことで殿下の篤実な人格が形成されたと言っても過言ではありません。

今となっては、あの二人が育児に関わらなくて本当によかったとさえ感じます。

わたしにとっての皇室

何度かブログでも伺っていますが、へカテーさまにとって皇室といえば皇太子ご夫妻のご成婚でしたね。
今年36歳になるわたしにとって天皇や皇室を意識した最初の出来事というと、昭和天皇の崩御で、その次がアーヤの結婚でした。
ただ物心がつくかつかない時期のことでしたから、はっきりと記憶に残っている出来事は、やはり皇太子ご夫妻のご成婚でした。
実をいうと、わたしの周囲の大人のなかには「皇太子は結婚できないだろう」みたいなことを言う人もいました。
あんだけお妃候補の報道が加熱して、なかなか決まらないのであれば、そう思う人がいたのも仕方ないかもしれません。
当時はまだ、適齢期に対する意識が強かったと思います。
なので、お祝いしている人たちの慶びが感慨深いです。
10歳だったわたしも、いつの間にかご成婚当時のお二人の年齢を越えました。
「大切な人のことを全力で守る」。
言葉にすれば容易いけれど、それがどれほど難しく大変なことか。
この年齢になりようやくそのことの重みが少しずつわかるようになってきました。
そして、それを実際に行動であらわしてきた皇太子さま。
もうね、しびれるぐらいにカッコいい!男の中の男だと思うのです。
わたしにとっての皇室は最高のロールモデルであり、人としてどう生きるべきかを示してくれる存在です。
(あ、もちろん平成四人組は悪い見本ですけどね。)
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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