久邇宮家の婚約破棄事件

戦前に婚約を破棄したことがあった。

良子さまのお兄様である久邇宮家の朝融王が勅許(=天皇の許し)が出ていたにも関わらず、酒井菊子嬢との婚約を一方的に破棄したのだ。

大正6年に婚約内約、大正7年に宮内省から婚約発表、大正13年に婚約破棄という流れです。

これを婚約破棄事件と後世では呼んでます。

酒井家は姫路藩の藩主の家柄です。世が世なら酒井菊子嬢は姫路城の御姫様なのです。

海の王子でもないし、3DKの団地娘でもありません(笑)

宮中と酒井家は激怒

それもそのはず

久邇宮家は大正10年の宮中某重大事件では

「勅許が出てるから絶対に結婚させる!!」

と強気だったのに今度は「勅許なんてしーらない!」という態度です。

宮内大臣も「考え直せ」と言いましたが、聞く耳持たず。

結局酒井家から婚約辞退という形でl婚約は無しとなりました。

摂政宮だった裕仁皇太子は舅である邦彦王に訓戒の言葉を伝えてます。

娘が皇太子妃になると久邇宮家は宮中に出入りするようになったし、お金をよこせとせびるようになり、貞明皇后を激怒させたほどでした。

ちなみに酒井菊子姫は加賀百万石の侯爵・前田利為にお嫁入りされました。

前田菊子になられたんですね。

東久邇成子さまのご学友で評論家の酒井 美意子さんのお母さんが前田菊子さんです。

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