宮家のお子様方の名前の由来とお印

三笠宮家
ウ冠のつく字でなるべく左右対称の字を選ぶ

第一子 甯子内親王(近衛甯子さん)
第二子 寛仁親王
第三子 宜仁親王(桂宮さま)
第四子 容子内親王(千容子さん)
第五子 憲仁親王(高円宮さま)

お印も皆様樹木です。

三笠宮さま→若杉
百合子さま→桐
甯子さま→樟
トモさん→柏
桂宮さま→桂
容子さま→楓
高円宮さま→柊

高円宮家

第一子 承子女王
(絶えることなく次々と受け継いでいくという意味で「承子(つぐこ)」と名づけられました)
第二子 典子女王
(「典」には手紙、書物、文書、学問、文学という意味があることから知的情操が豊かに育ってほしいと名づけられました)
第三子 絢子女王
(「絢」には文様があり美しいという意味があり、品位を備えて美しくなって欲しいという願いを込められて名づけられました)

お印(久子さまが選ばれました)
承子さま→萩
(『万葉集』で大伴家持が「宮人の袖付衣秋萩ににほひよろしき高円の宮」と詠んだように高円と萩を組み合わせた歌が多いから)
典子さま→蘭
(日本に広く自生し、古くから気品ある姿と香りが鑑賞されてきた花だから)
絢子さま→葛
(山上憶良が『万葉集』で「秋の野に咲きたる花を指折りかき数ふれば七種の花 萩の花尾花葛花瞿麦の花女郎花また藤袴朝貌の花」と詠み、楚々とした風情が人を魅了する花だから)

秋篠さんち
第一子 眞子内親王
(秋篠さんがひらめきで「眞」という字を思い浮かべる。母親のキーコさまの名前がこれ以上皇室で異質にならないようにとマコという呼び方になった。「飾らずにありのままを生きる」という意味は後付けです)
第二子 佳子内親王
(父親に「心身ともに佳い(よい)子に育て」という意味で付けられる。眞子丼同様に母親の名前の異質さを目立たなくするために「カコ」という読み方になった)
第三子 悠仁親王
(父親に「ゆったりとした気持ちで長い人生を歩んでいく」という意味で付けられた。最もヒサヒトという昭和天皇の諱である「裕仁(ヒロヒト)に似た読み方なのはタツ爺さんの入り知恵じゃねーかという説あり)

えー、おっかさんのキーコさまがあの時代に「紀子」と書いて「きこ」という皇室内で(というか一般社会でも)超変な名前だったので、「キコちゃんだけ仲間外れは可哀想」と秋篠さんが「マコ」「カコ」という変な名前にしました。
「佳子と書いてカコなの?ヨシコじゃないの?」と思った人も多かっただろうな。

眞子丼→木香茨
(キーコさまが選んだ。夫婦で好きな花で宮邸にも植えた。中国原産の植物で頑丈ですごい繁殖力ですので油断すると庭が大変なことになる)
佳子ちん→ゆうな
(ハイビスカスの一種で、熱帯の花が夫婦そろって好きだから選ばれた)
坊や→高野槇
(「まっすぐに育ってほしい」という願いで選ばれた)

彬子さまと瑤子さまは名前の由来とお印を選ばれた理由が分からなかったのでご紹介できず申し訳ありません。

高円宮家はさすがだわ。

お名前にしてもお印にしても「これぞ皇室!!」というセンスです。
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そういえば

いつも拝見させていただいております。

確か飛鳥時代に「紀皇女」という方がいらっしゃいましたね。
謎の多い皇女ですが、身持ちが悪かったとも言われてますね。

その時代も、一文字の名は珍しかったはず。(氷高皇女とか阿部皇女とか、たいてい二文字以上)
なんだか久しぶりに思い出してしまいました。

No title

高野槇はお供え用の木なのですが…

お名前に込められた願い通りに

高円宮家の女王さま方を拝見すると、本当にお名前に込められた願い通りになられていると思いますよ。

承子さまは高円宮さまに倣い、日本ユニセフの職員としてご活躍。典子さまも大変知的な方でいらっしゃいますし、絢子さまは先日の「関東東海花の展覧会」で寛仁親王妃信子さまと入賞作品をご覧になられるお姿はとても気品がおありでした。

先日、お母様の久子妃殿下から名誉総裁職をそれぞれ引き継がれた両殿下。こういう方こそ、将来の皇室のためにも皇族でいて欲しいと思います。同時に三笠宮系の皇族方のお務めが広く知られる機会があればと思います。宮内庁も秋篠宮家の日程は掲載しても、他の宮家の日程は掲載しないから本当に困る(まあ、公開したら秋篠宮家よりも高円宮家の方がご多忙なのがバレちゃうから公開できないと思うんだけど)。

ちなみに秋篠宮家のお子さん方は正直、紀子妃が台無しにしていることもあるのか、本当に名前に込められた思い通りのお子さんになっているのか、と疑問に思います。

高野槙

推測の多い文章になるので、不適切であったらすみません。

高野槙というお印には、不穏なものを感じてきました。
紀子さんの父親が、池口恵観に悠仁くんの成長を祈祷してもらった、という話がありました。
池口恵観は高野山の僧ですが、高野山特有のお供えが高野槙になります。
私は和歌山に住むようになり、和歌山と高野山の深い繋がりが分かるようになりました。

高野山はすごい山奥にあるので花があまり育たないのか、お供えといえば高野槙。
一般庶民もお墓には必ず高野槙を供えます。
林業が主な産業です。

紀子さんの父は川島家の養子で、生家は和歌山県有田川町だとどこかで読みました。
この有田川町も、高野山に近いところです。
紀子さんは若いころ龍神温泉に行って村長に手紙を出しています。龍神村も高野山にゆかりの深いところです。

高野山のある場所は、和歌山県伊都郡高野町というところです。
私は紀子さん祖母、紀子(いとこ)さんは、本来「伊都子」であったのを改名したのではと思います。「紀」という字は「紀の川」からとったんでしょう。

また池口恵観は故郷九州で幤立神社という神社の宮司も兼ねているが、この神社に秋篠宮は行ったことがあるそうです。

幤立神社には金日成の写真が御神体となっています。
また高野山真言宗は、智辯学園という学校を運営していますが、ここも韓国に学校があったり非常に北朝鮮や韓国と繋がりがあります。修学旅行も韓国に行きます。

またこれは歴史的事実としてですが、有田川町含め高野山近辺は被差別部落が多かったところです。
紀子さん父が同和問題を研究していたのも、周りの環境などの繋がりがあったからだと思います。

高野山と関わること自体悪いわけではないでしょう。でも紀子さんと川島家は、ある特定の団体と結びつき、利便をはかったり、不正を見逃すごいよう計らうなどする可能性が否定できないように感じるんです。

諱(いみな)とお印の由来がわかります

記事を拝読し、皇室のお子様方の諱(いみな)とお印の由来がわかります。ご両親が健やかに育つよう祈りを込めて名付けたのですね。

三笠宮家は「ウ冠」で統一され、夫々(それぞれ)の意味が読み取れます。しかし姓名判断上、運命は分けられました。王子ご三方は画数が悪く父宮より先に逝き、画数の良い王女様方は嫁ぎ長寿を保たれております。正統な姓名判断の漢字の数え方は「康熙字典」に基づいていますのでお間違えなく。(ご両親は画数がよろしいです)

承子さまは言うまでもなく高円宮をお継ぎになられ、絢子さまは新たな宮家を興しになるでしょう。

一方のあの方々(秋篠宮家)はお名前とお印の通りになりましたね。短絡的かつ軽薄に育ちました。特に高野槙は・・・・・・。(故寛仁親王、彬子女王は微妙なお方ですが)
不吉なことばかり続かなければよろしいのですが(-_-)
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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