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斯くも残酷な側室制度 『朝香宮家に生まれて』

図書館から『朝香宮家に生まれて 侯爵夫人・鍋島紀久子が見て激動の時代』という本を借りました。

著者は北風倚子氏で北風氏の母鍋島紀久子さんについて書かれた本です。

北風氏は肥前佐賀35万7千石の鍋島家の長女として生まれました。

父鍋島直泰氏は式部官兼狩猟官を務められました。

鍋島紀久子さんは朝香宮家出身で明治天皇の孫に当たります。

朝香宮家は竹田、東久邇と同じく明治天皇の皇女の嫁ぎ先を確保する為に創設された宮家です。

皇女は皇族か天皇が特別に許した華族としか結婚出来なかった。
明治天皇は娘たちは結婚後も臣籍降嫁せず皇族であって欲しいと考えた。
だから宮家の当主となる男性皇族が必要だった。

明治天皇の四人の皇女と年齢が釣り合う男性皇族は以下のメンバー
・北白川宮恒久王(明治15年生まれ)
・北白川宮成久王(明治20年生まれ)
・有栖川宮栽仁王(明治20年生まれで明治41年に20歳で薨去)
・久邇宮鳩彦王(明治20年生まれ)
・久邇宮稔彦王(明治20年生まれ)

このうちの北白川宮成久王(明治20年生まれ)しか宮家の当主になれる皇女と年齢の連れあう男性皇族がいなかった。

宮家の当主になれない次男坊三男坊だと臣籍降下しなくてはならなくなる。

北白川恒久王は明治15年生まれで成久王よりも年上ですが、側室の子なので正妃の子である成久王が北白川宮家の跡取りとなりました。

「ほな、もうしゃーないから無いなら宮家を作ればええやん」

となって創設されたのがこちらの三つの宮家

竹田宮(初代恒久王で常宮昌子内親王と結婚)
朝香宮(初代鳩彦王で富美宮允子内親王と結婚)
東久邇宮(初代稔彦王で泰宮聡子内親王と結婚)


某皇族芸人を見るたびに
「明治天皇の皇女の為に作られた宮家出身の癖に女性皇族の人権を認めないとは馬鹿じゃねーのこいつ」
とヘカテーは思ってしまいます。
(口が悪くてすまん)

おっと、話がそれてしまった。

それでこの本を見てて気になった事を挙げてみるとこんな感じ。

その1 四人の内親王の子どもたちは仲良し
竹田宮昌子妃、北白川宮房子妃、朝香宮充子妃、そして麻布の宮邸に住む東久邇聰子妃の四姉妹の子供たちは、しょっちゅう往き来して遊んでいた。
母は活発な女の子だったから、従兄弟にあたる東久邇宮家の盛厚王や北白川宮家の永久王方とも一緒に遊んだという。北白川宮家には永久王、美年子女王、佐和子女王、多恵子女王の御四方の御兄妹で、美年子女王と母は同級。


「他の宮家とは繋がりがない」と言ってる皇族がいるが、大正時代の外廷皇族は交流があったのです。
内廷皇族と伏見宮家から分裂した外廷皇族はそれほどの付き合いはありません。
同じ皇族と言っても身分があまりに違いすぎますから。
だから照宮さまは盛厚氏と結婚後も愛情が生まれるまで時間が掛かった。

その2 フランス流の朝香宮家
朝香宮ご夫妻はフランスに遊学に行かれています。
帰国した朝香宮ご夫妻は生活を万事フランス流に変えます。
>日常会話にはフランス語が使われるようになって、子供たちは食事の時も、「ブール、シルヴブレ(パンをお願いします)」などと言わねばならない。祖父は、母に早くフランス語をマスターさせたいと考えたのだろう。食事中にも「フランス語の動詞の変化を言え」と命じて、答えられないとさらに質問が飛んでくる、というわけで、母は時に涙をこぼしていたと、叔母から聞いた。
>祖父も祖母も、日本にいる時からフランス語を学んでいた。皇室の公用外国語がフランス語だったためで、フランスでも磨きをかけ、日常会話のフランス語は不自由なく使えた。毎日の献立もフランス語でコックが書き、祖母の手元に上げられた。何かの集まりに、たまに着物を着ることはあったが、日常は洋服で通していた。
>フランスから婦人服のカタログを取り寄せて、これをもとにデパートでオーダーするのだから、そこにフランス人女性がいて、フランス語で注文していた。


明治生まれの皇族がフランス語ぺらぺらだった。
これを見れば「ミテコさまが虐められた背景にミテコさまが英語がペラペラで外国のVIPと英語で会話される姿に外国語が話せない皇族たちが嫉妬した」という皇室ジャーナリストどもの話が嘘だと分かりますね。

その3 側室だったら生母であっても「母とは呼ばない」
祖父の生母は小柄で目のクルッとした可愛らしいおばあさんで、よく祖父の家に来ていたから私も覚えている。でも小学生の頃だったから、このおばあさんはどういう人か、ということはわかっていなかった。母や叔母は「すが」と呼んでいた。
もう一人、同じくらいの年齢のおばあさんが、やはりよく祖父の家に来ていた。こちらは母や叔母に「小菊」と呼ばれていた。この人が祖母の生母で、小菊典侍と呼ばれていた園祥子である。祖父の家の老女を始め女中たちの彼女らに対する扱いは丁重であったが、母や叔母たちは「すが」「小菊」と呼び捨てにしていて、あくまでも「使用人」という感覚だったのだろう。
「すが」が祖父の、そして「小菊」が祖母の生母であることを知ったのは中学生の頃だったか。誰に教えられることもなく、いつの間にかそれは認識されたようだ。


側室制度って本当に残酷ですよね。
この本で一番印象に残ったことはこれ。
実の孫に「すが」「小菊」と呼び捨てにされるって辛い。
大正天皇も自分の母は昭憲皇太后と信じていて、生母が柳原愛子だと知った際にはショックを受けました。
皇女達も同様で母と呼んでいいのは嫡母である昭憲皇太后であって、生母ではないのです。
側室制度が無ければ男系男子継承なんてどう考えても無理なんですよ。


その4 皇女だから分家の分家の宮家当主の夫よりも偉い
内親王方は常に宮号で呼ばれた。私の祖母の場合は「富美宮様」である。充子、と呼ばれたことはおそらく一度もなかったであろう、と叔母もいっている。だから祖父が姉妹の妃殿下を呼ぶ時は、「周宮さん」とか「泰宮さん」であった。

北風氏は「宮号」と書かれていますが、正しくは「御称号」です。
宮号は「朝香宮」「東久邇宮」等の外廷皇族に与えられるものです。
「愛子さま」と高貴高齢者コンビが呼ぶからマスコミもそれに合わせて「愛子さま」と書いてますが、
正しくはちゃんと御称号で「敬宮さま」と呼ぶべきです。
明治天皇の皇女さまは結婚後も名前で呼ばれなかった。
御称号があるのは名前で呼ぶのは失礼だからです。
それだけ御称号がある内廷皇族の子どもと外廷皇族の子どもは身分が違う。

北風倚子氏の叔母に当たる大給湛子氏は『朝香宮のアール・デコ』という本でこのように語っています。
「他家の宮様方が自動車にお乗りになるときは、殿下が先にお乗りになって、妃殿下はおあとに乗るのが普通でしたがうちは反対でした」
(変人の東久邇稔彦王は別で「皇女でも俺が宮家の当主なんだから俺が偉い」という考えでした)

北白川宮家竹田宮家も同様でした。
偉大なる大帝明治天皇の皇女の方が夫であろうが分家の分家の皇族よりも偉い。
そりゃそうです。だって皇女さまの為に作られた宮家です。
「誰のお陰で宮家の当主になれたと思ってるんだ」と言えます。
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本当に残酷…。

側室制度って、本当に残酷な制度ですね…。自らが腹を痛めて産んだ子でありながら、“子供を産むためだけに“存在を許されているので、実の子であっても一緒に居られないし、結婚している訳ではないから、生まれた子供の地位は不安定で、子供の将来の為には正室に託さなければならない。しかも、一旦正室の子と認識されたら、”赤の他人“として暮らさなければならない。あんまりです。そんな暮らし、嫌に決まってますよ。誰だって。だからこそ、近代に入ってから、側室制度は廃止になったんですよ。“男系男子絶対派”は、その事を“本当に”分かっているのでしょうか。

フランス語もご堪能な雅子さま

ヘカテーさま、こんにちは。

ずっと以前にコメントを書かせていただいた者です。
コメントはご無沙汰でしたが、その後もずっと愛読させていただいています。
最近は、さまざまな文献などもご紹介いただいて、
ヘカテーさんは「皇室研究者」としても名を馳せることができるのではないかしらと
思うくらいです^ ^

先日の皇太子ご夫妻の「祝銀婚式」の記事を読んだときは
このような素晴らしいご夫妻が次代の天皇皇后になられるのだと思うと本当に嬉しくて
Twitterで「このようなご夫妻が次期天皇皇后になられるのは、
日本の数少ない希望の1つです」と記事をシェアさせていただいたところ
思いの外たくさんのイイネ!やRTをいただいて、お2人の人気の高さを実感しました。

ところで、文献からの引用文で「「ブール、シルヴブレ(パンをお願いします)」とありますが、
正しい訳文は「Beurre s'il vous plaît. (ブール=バターをお願いします)」だと思います。
パンはフランス語でも「pain(パン)」と発音しますので。

フランス語といえば、雅子さまが皇太子妃に内定されたときのyoutubeを見ていたとき、
外務省に退職のご挨拶をしに行った映像の中で、思いがけず外国人の同僚が入ってきて
雅子さまに花束を渡すシーンがあったのですが、そのとき雅子さまはすかさず
「Merci, c'est gentil! (ご親切に、ありがとうございます)」とおっしゃったのですが、その発音の美しさにびっくりしたことがあります。

しかも、Merci beaucoup(メルシーボクー)ではなく、「c'est gentil (セ・ジャンティ)」とフランス人がよく使う、こなれたフランス語をとっさに使ったことで、
雅子さまは英語だけではなく、フランス語もご堪能な方なんだと誇りに思いました。

(万一、アンチがこのコメントを読んで得意の「根拠を出せ」とか言われるとうざいので書きますが、私は足掛け2年ほどフランスに住み、フランス人とルームシェアしたこともあることから、自然とそう思った次第です。
なお、該当のyoutubeを探しまくったのですが、見つからず、、すみませんm(_ _)m)

このような知性と美貌を兼ね備えた雅子さまが皇后になられて
今度こそ(誰にも邪魔されずに)、世界に誇れる皇室外交の担い手としてご活躍されることを
心から楽しみにしています!!

園祥子はもとより角田須賀子も粉屋の娘や川島某より遥かに家柄がいい・・・
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@yahoo.co.jp

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