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昔の本はガチ情報の山だぜ昭和37年発行『浩宮さま 美智子妃殿下の育児』

なんか昔の雑誌の記事を紹介したら皆さんに褒められちゃってちょっと嬉しいヘカテーです。

と言うわけでまた紹介しちゃうぞー!!

『浩宮さま 美智子妃殿下の育児』

昭和37年9月に出た本ですが、当時かなり売れたみたいで、ヘカテーが持ってる本は昭和37年10月の38刷です。

著者は佐藤久氏

明治29年生まれの人で、昭和3年から侍医になられ、照宮さまを始めとした皇子皇女方のお医者さんを務められました。

一時的に侍医職を離れられたこともありましたが、

昭和28年のエリザベス女王戴冠式に出席する明仁皇太子に随行したお方です。

だもんで超身近で明仁美智子皇太子夫妻を見た人です。

はいじゃあ今のマスコミじゃあ書けない情報をヘカテーが紹介しちゃうぞー!!

その1 やっぱり正田美智子の写真を撮ってたんじゃん
十月下旬、東京飛田給の日本郵船テニス・コートに再び軽井沢千ヶ滝トーナメントのメンバーが集まり、楽しいトーナメントが催された。試合の合間、皇太子さまは愛用のカメラで、しきりに友人たちをスナップしてまわられた。
ところが、その秋、東宮仮御所で開かれた職員の趣味の写真展で、皇太子さまが特別出品された数枚の写真の中に、美しい女性の四ツ切り大のポートレートが一枚あった。その写真は、できばえとしては特にとりあげるほどのものではなかったが、私は、その写真を見た瞬間「おや、この方はどこかで見覚えがある」と興味をそそられた。


「ご成婚前の宮内庁文化祭に,陛下が何であれ「女ともだち」などと題したお写真を出展なさった記録は勿論ありません。宮内庁文化祭は,宮内記者も自由に観賞できる行事であり,仮に,当時お若かったご成婚前の陛下が「女ともだち」と題する写真を出展されていたとすれば,お后問題への関心が最も高かったその頃,既にその時点で大きな社会的話題となったはずでありますが,そのような記録は見当たりません」
http://www.kunaicho.go.jp/kunaicho/koho/taio/taio-h30-0131.html
なーんて宮内庁は「ミテコの言い訳コーナー」で言い訳してたが、

やっぱり写真撮ってんじゃん。

ちなみに写真ってこれな↓
7645f32b4efdd55f354b0887cfeef054_2018062514253529d.png
(『週刊朝日昭和33年12月7日増大号』巻頭グラビア)

高清水有子のアホはちゃんと調べもしないで別の写真をテレビでドヤ顔で紹介したけどな

ちなみに佐藤侍医曰く、新聞記者も正田美智子の写真を見たけどみんな「ふーん」というリアクションで、誰一人として「この方がお妃候補じゃないのか」と騒がなかった。

まあそりゃ当時は旧皇族の北白川肇子さんが超有力候補で、「本決まりだろうね」と庶民からも思われていた。

平民が皇太子妃になれるなんて誰も思わなかったのさ。

その2 正田家はまったく遠慮なんてしてねえ!!
(ミテコさま浩宮さま出産時の時のこと)
妃殿下ご入院の二時間後には、正田家からご母堂がご来院、終始看護にお力を尽されたが、ご初産の妃殿下にとっては、どのくらいお心づよかったか計り知れないものがあった。

たしかに宮内庁病院へ入る正田富美の写真がよみうり報知写真館にあります。
(ブログに掲載すると2万取られるので皆様お手数ですがご自分で見てください。タイトルは「[皇室]皇太子妃出産。深夜の宮内庁病院にかけつける正田富美さん」です)
https://database.yomiuri.co.jp/shashinkan/yomiuriPhotoThumbnailList.action

はい、雅子さまがご出産された時に小和田優美子さんが宮内庁病院に駆けつけられたら、

「リョーヘーカよりも先に行くとは!!」
と今でも叩く下郎下女は土下座するように!

ちなみに昭和天皇と良子さまが初めて浩宮さまのお顔を御覧になったのは2月25日です。

でこの本の85ページにはこのように書かれています。
また、一月に一度ぐらいは正田富美夫人のご訪問を受けられ、静かにお相手されている姿も見かける。

おい、一か月に一回の割合で東宮御所に来てるぞ正田富美!!

小和田ご夫妻は本当に遠慮されているのに「実家とべったり」とデマ情報を流されているが、
(どうやってオランダに住まわれている小和田ご夫妻が雅子さまとべったりできるのよ)

正田家こそ図々しいわ!

マスコミ及び皇室ジャーナリストよ、嘘だと思ったらこの本の85ページを読め!

ちなみに安西家に嫁いだミテコさまの妹の結婚式には明仁皇太子一人が出席してます。
ミテコさまはその時葉山で静養中だったので明仁皇太子一人が出席したのです。
同じことを皇太子殿下がされたら絶対にマスコミはぶっ叩きまくるぞ

その3 浩宮さまも「パパ、ママ」でした
浩宮さまは、はじめのうちは、なんでも「オーオー」とおっしゃっていた。それが、お母さまであるということを意識なすって「ママ」とお呼びになられたのは、十一か月目のころである。少しおくれてお父さまがわかり、「パパ」とおっしゃりはじめたが、時にはこれが「ババ」となることもあった。(中略)皇室ではお父さまを「おもうさま」、お母さまを「おたたさま」とお呼びになるということが、新聞・雑誌に掲載されてから、このむずかしい発語を、どうお教えなるだろうか、どうお呼びになるだろうかということが、興味の中心になったようだった。その後まもなく両殿下が「徳ちゃん」とお呼びになり、宮さまは「パパ」「ママ」とお呼びになっていることがわかって、われわれと同じだったと言って喜んだ人が多かったのである。

さ、2歳のおチビさんだった敬宮さまが「パパも」と可愛らしく仰ったことを

「何だあの言い方は!皇室はおもうさまおたあさまだ!」
とケチ付けた秋篠宮家の広報担当の一人の珍宝館館長に顔が似てる第三夫人は土下座するように!
20160807182217aea_20180625152532056.png
何度も言うが第三夫人はキーコさまの弟とも超仲良しで、キーコさまの弟が離婚する前にはわざわざ東北まで行って嫁さんと娘と写真を撮ってブログに載せている。そして離婚したら嫁さんを批判した。


ちなみに照宮さまの東久邇家のお子さま方もパパママだった。
(昔の雑誌に書いてあった)

三笠宮家高円宮家は「おとうま」「おかあま」です。

マスコミとずぶずぶの関係の秋篠さんちがチビの頃の眞子丼の「うみへびがいるわね、おとーさま」という音声をテレビ局のカメラに撮らせて放送させたから懇意の第三夫人は「眞子さまはお父さまなのに!パパ何て!」と敬宮さまを叩いたのだ。
通常未成年のお子様の声は皇室では流さない。
「皇室のルールなんて知るかバーカ!」と思ってる両親の血を引き継いだ秋篠さんが撮らせたんですね。

敬宮さまの映像を皇太子ご夫妻が公開されたのは「愛子さまは自閉症」と書いた週刊誌への静かな抗議です。
(「愛子さまは自閉症ではない」と抗議すると自閉症の人やその家族を傷つけると考えて、「わが子は健康です」と分かるように映像を出されました)

やっぱり昔の雑誌や本って貴重な情報の宝だわ。

今の忖度ばっかりのマスコミはこういった情報をわざと出さない。

そういう意味で考えると古本屋や図書館って素晴らしい!
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恐ろしいですね。

第三夫人は、日本の事を何も考えていませんよ。考えているのはご自分の事と日本への恨みと、決してお目通りかなわぬ天皇への面当てだけです。
それだけを原動力に、署名運動と言う名の謀反をけしかけた外国籍の人です。
ご自分の野心を日本の為と言う大義名分にすり替えて、考えもなしに恐ろしい事をする人ですね。
第三夫人だった嫁ぎ先のように、天皇家が転覆すればいいと思っているのかな。

あら、ご存知?

ヘカテーはん、珍宝館の館長をご存知でいらはるんか。
「月曜から夜ふかし」をご覧になってはるんかな。

第三夫人

テレ朝の激レアさんをつれてきた。に第三夫人が出るんですね。国策でインドネシアに献上されたことは無視して、偶然出会ってプロポーズされたなどという美談になってるようで(-.-) デヴィさんの捏造噺ってどなたかのテニス噺を思い出します。根本七保子さんと正田美智子さん、同じ穴の狢と認識しています。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@yahoo.co.jp

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