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三笠宮家の甯子内親王さまのご結婚の橋渡しをされた高松宮妃喜久子さま 同じ宮家の内親王なのにこの差!

国会図書館で記事を取り寄せました。

『婦人倶楽部1965年10月号』に掲載された
「特別対談 三笠宮甯子さまのご婚約について」


これは高松宮妃喜久子さまにインタビューをして書かれた記事です。

三笠宮家のご長女甯子内親王殿下はご存知の通り五摂家の一つ近衛忠輝氏と結婚され、現在は常磐会会長を務められています。
無題
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近衛忠輝氏は九州のお殿様のお家柄の細川家から近衛家に養子に入られたので、細川護熙首相の弟です。
近衛家が途絶えたので、母上が近衛家出身の忠輝氏が養子に入られた。
つまり近衛家も女系ですね。

さて、ヘカテーも知らなかったことがこの記事に書かれていたので驚きました。

なんと近衛忠輝氏と甯子さまの橋渡し役をされたのが伯母に当たる高松宮妃喜久子さまだったのです!!

喜久子さまに講談社の野間社長がインタビューしています。

高松宮妃
私ははじめ忠輝さんを存じ上げなかったのですけれども、秩父宮妃殿下が、たいへんいい方がいらっしゃるとお聞きになったらしいんですね。それで三笠宮の甯子ちゃまもソロソロお年ごろだし、心がけなくてはと思っていたのです。なにかいい機会があって、三笠宮家のほうで忠輝さんをごらんになれるといいなあと考えて・・・・・・。それでそういう機会がないかしらと思っていましたら、忠輝さんは赤十字につとめていらして、それがこんど近衛家にご養子にいらしたというんですね。それに私は日赤の名誉副総裁という肩書をもっているのですけれども、一週に一度本社で奉仕作業というのがあって、美智子妃殿下や、秩父宮妃、三笠宮妃をはじめ皆さま集まって、災害用の赤ちゃんの産着のミシンがけなどをしているのです。それで、その奉仕作業のときに島津前社長から「細川護輝(ヘカテー注:忠輝というお名前は近衛家に入られてから変えられたものです)という方が、こんど日赤に入って、いろいろ御厄介になりますでしょうからご紹介申し上げます」というお話があって、日赤本社ではじめてお会いしたのです。
野間
そうでございますか
高松宮妃
作業はみなそれぞれ用事があって、なかなか一緒にはゆかれないのですが、その時は珍しく秩父宮のお姉さまも三笠宮妃殿下も三人揃ってゆきました。そのとき、これはいい方だということで、三笠宮の妃殿下――甯子ちゃまのお母さまが非常にお気に入られたわけです。お若いのに落ち着いていらっしゃるし、お態度もおよろしいし、いい方だということになったわけです。ところが、三笠宮の妃殿下が忠輝さんをよくお知りになる伝手がおありにならないのです。
野間
そこで妃殿下がおとりもちになられたわけですか。
高松宮妃
というほどのことではないのです。ただ、お母さまとしては、なんとかもう少しおつきあいして、いろいろ知りたいというお考えがあったのです。それは世間一般のことでございましょう。忠輝さんのお祖父ちゃまの護立さまが私の生家の父と無二の親友でいらしたためにしぜんその子供である忠輝さんのお父さまの護貞さまや叔母さまの中島敏子さんと私は親しくおつきあいしていましたから、それでは私がお話をいたしましょう、ということになりました。
野間
近衛家とはご親戚でございますしね。
高松宮妃
高松宮家と近衛家とは古くからの親戚で、忠輝さんのお祖母さまの近衛千代子さまと私どもはお親しくしていました。私、護立さまには、生まれたときに抱いていただいたのですよ。(中略)まあそんな間柄でもあるし、私がまず中島敏子さんにそのお話をいたしましたら、最初はあちらでも恐れ入っていらしたようですけれども、お年ごろもちょうどよろしくいらっしゃるし、とにかくお会わせしてみなければわからないということになったのです。始まりはそういうことでした


何なんだろう、同じ宮家の内親王なのにこの差!!

五摂家の一つ近衛家の当主でご出身は熊本藩主細川家

川島家よりかはまだちょっとだけマシというレベルの海の王子(笑)


というか、本当に華族の世界って狭い。

どっかの家とどっかの家がどこかしらで繋がってるんだもん。

ちなみにデートに使われたのは高松宮ご夫妻が当時お住まいだった光輪閣でした。
デートも母上の百合子さまが同席されています。

間違い何て起こるわけがない(笑)

えー、ちなみに三笠宮さまは甯子さまのご結婚についてはこのような態度だったとのことです。

高松宮妃
三笠宮さまは甯子ちゃまのご結婚のお相手については、当人本位でべつに名門の方をねがっていらしたわけではないのです。たまたま忠輝さんが名門の出でいらっしゃったわけで・・・・・・。ですからこのご縁も、三笠宮さまは真っ先にお喜びになりました。

あら、結婚相手については本人に任せるというのも秋篠さんちと一緒!!

でも甯子さまならちゃんとした相手を選ばれるに決まってます。

三笠宮ご夫妻にとって一番安心して見ていられるお子様でしたから。

喜久子さまもこのように仰っています。
高松宮妃
あのお姫さまは感心なんですよ。妃殿下のご教育といいますか、おしつけといいますか、非常に質実剛健でいらっしゃるんですね。なにしろ時代が時代ですから、宮家でも困苦欠乏に耐えられるような、これからどんなところへお嫁に行くかわからないということで、その点を第一に考えられていたようです。ご生活ぶりも地味で、学校にも電車でお通いになるし、お召しものなども大変ご質素にお育てになったのです。
野間
スポーツも大変お好きなようにうかがっていますが・・・・・・。
高松宮妃
中学一年のときからバスケットの選手をなさって、昨年まで八年間もやっていらっしゃいますね。ほかの選手と一緒に合宿もなさり、だれからの差別なく粗末な食事もいっしょで八年間も鍛え上げていらっしゃるのです。
野間
スキーもおらりになっていますね。
高松宮妃
小学校の五年生からおはじめになって、今年で十年目ですから、一級の腕前です。本当にお世辞ぬきにおじょうずなんですって。高校生になられてから、もう三回くらい山スキーにも行かれています。志賀高原の横手山から万座にもいらしたし、新潟県の浅草岳にもいらしたり、それから妙高ですね。うちの宮さまとごいっしょに登ったりもしていらっしゃるんですよ。
野間
ご性格がたいへん明るい方のようにお見受けいたしますが・・・・・・。
高松宮妃
とにかくお綺麗で素直でいらして、お利口で――聡明な上に非常に明るくていらっしゃるのです。本当に私、ベタぼめというくらい言い方で・・・・・・。いいお嫁さんにおなりだろうと思っています。それに、とてもおかわいいところがおありなんです。私が去年、骨折したときにも、お見舞いに甯子ちゃまがお一人でもいらっしゃってくださったのですよ。私はなにしろ身動きができないですから、一生懸命、そばにいて気をつかってくださったりね。「何もお気がつきませんで」とおっしゃりながらいろいろやってくださるの。だから、どんなところへお嫁にいらっしゃっても大丈夫だ、と思いました。


甯子さまが非常に伯母様方から可愛がられたのはご本人の性質が非常に素晴らしかったから

そりゃ「いい方を紹介して差し上げたい!」と思います。

「アタシを誰だと思ってるのよ!」と学校で威張ったり、お稽古をさせても先生から「こんな態度のお子様教えたくありません」と数回で辞められたり、成績が悪いのにズルして修士号をもらったりする人の結婚のお世話なんてしたくありません。

さて、甯子さまの父方の祖母はかの貞明皇后です。

甯子さまは初の外孫ということで大変貞明皇后から可愛がられました。

貞明皇后は「昭和天皇のお子様がたは両陛下の皇子皇女であって、孫と言ってもその下の身分である皇太后の自分の孫ではない」という弁えた考えをお持ちでした。

なので外孫である甯子さまに対しては超可愛がられた

高松宮妃
私はこんどのおめでたがお決まりになったとき、昔を思い出して、本当に感無量でした。貞明皇后さま――甯子さまのお祖母ちゃまですねわね。貞明皇后さまは甯子ちゃまをたいへんおかわいがりにんっておられたのです。御所のお孫さまでなく、よそにおできになった初めてのお孫さまですから。その意味で、非常にお気楽に、ちょっとおいで、ということがおできになるし、とてもおかわいがりになって、本当に一生懸命にお相手をしていらっしゃいました。おたのしそうに、おままごとのお相手をつとめられたりね・・・・・・。ですからもし貞明皇后さまが今日いらしたら、どんなにお喜びになっただろうと、おりにふれお導き申し上げているのです。それでこんどもだい一番に、貞明皇后さまにご報告を申し上げなければと、妃殿下はおっしゃっていました。ですからご婚約がきまったあと、いろんなご用がおありになるのに、何はおいてもと、多摩御陵に甯子ちゃまと参拝されています。


貞明皇后と言えば女傑という雰囲気のあるお方ですが、本当におばあちゃんになれる外孫の甯子さまには非常に可愛がられていたんですね。

父方の祖母に可愛がられたっていうのは眞子丼と一緒なのになんでこんなに差がうまれたのかな(笑)

最後に喜久子さまはこのように仰っています。

高松宮妃
やはり結局、おさまるところにおさまったということですね。

ヘカテーも同じです。

キーコさま、眞子丼はおさまるところに見事なまでにぴったりとおさまったんだよ。

というか秋篠宮家がちゃんとしていれば他の宮家の方々も「眞子ちゃまにいい縁談を」と動いてくださってたんですよ。

しかし、昭和天皇の喪中に結婚するという悲しみの中にいた宮家の方からすれば許せない行動を最初からして、坊や誕生以降やりたい放題してきたし、当主自ら「他の宮家とは交流ない」と記者会見で言っちゃう位付き合いがないから眞子丼は海の王子を選りにも選って選んできた。

うん、収まるところに収まっちゃったんだよ!
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No title

「結婚相手については本人(内親王)に任せる」というのは
三笠宮さまと鯰さんとじゃ意味が違います。

三笠宮さま→甯子さまを信頼しているから娘の意思にまかせる。

鯰さん→自由恋愛最強!学生結婚最強!(鯰はそう思ってる)
「大学は勉強する所じゃない。相手を探しに行くところ。父ちゃんも母ちゃんとは大学時代×××ばっかしてたし!」と婚前交渉を推奨。
        

預言者ヘカテー様?

 ちょうど絢子女王殿下のご婚約内定発表前日にこの記事をアップされるとは…。ヘカテー様「半端ねぇ」 でございます。

 良家の子女の縁談は、係累次第 ということですね。
 甯子様は秩父宮・高松宮の妃殿下方、絢子様は久子様の関係からのご縁。「この方であれば皇族の女性の嫁ぎ先として心配ない」というところをあたりますよね。(当然)

 所詮、実家はあのレベル、せめて皇族入りしてから謙虚に物事を学び上流社会との関係を築いていればまだよかったものを、あのキーコさまでは良縁など得られるわけがありません。

 とはいえ、マコどんはあれで「良縁」だと思いますよ。心置きなくご降嫁あそばしてください、と思っております。

みんな親戚

講談社の野間さんも御親戚ですよ。

No title

照宮様の長女文子女王は初め別の方と婚姻したものの離別、子供も無く一人で児童文学に携わって生計をたてていらした。でも祖母の香淳皇后が将来を心配して「どなたかよいご縁はないか」と口になさるのを拝見し喜久子様が再縁先取り持たれたと。相手は旧華族では無いけれど「寝ていても生活が出来る」ほどの資産家と当時の写真週刊誌で見ました。

誰でも後々面目丸つぶれになるようなことが想像できたら怖くて縁組みの口利きなんて出来ませんものね。縁組みの当事者は当然だけど後ろの親、親戚を見て釣り合いを考えて口をききますもんね。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@yahoo.co.jp

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