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『徳川おてんば姫』 結 ヘーセー四人組よ!高松宮ご夫妻に対して恥ずかしいと思わんのかね?

井手久美子さんの著書『徳川おてんば姫』には戦後の高松宮ご夫妻についてこのように書かれています。

「戦争に負けたのに、私たちがこんな大きなところに住んでいてはいけない」
有栖川宮邸から高輪御殿(現在の高輪皇族邸)に移られていた殿下と妃殿下ですが、昭和二十一年(一九四六)、道ひとつ隔てた「表」の責任者が住んでいた小さな官舎に引っ越されました。ですから、両殿下が高輪御殿にお住まいになっていたのは戦後はわずかな期間だけでした。
殿下と妃殿下の住まいが縮小されたことにともない、官舎もいくつか空きが出ました。大きめの官舎が五軒ほどあり、私たち家族もその一つに入りました。
御殿本館は光輪閣として改装されて、各国の大使をお迎えしたり、結婚式などの特別な宴の会場として一般開放されました。門には「シルク・ギャラリー」の看板が掛けられ、館内に絹製品を展示、海外から来賓に日本文化を紹介していました。(中略)引っ越し前の高輪御殿の広さは八百七十坪、引っ越し後の官舎は五十坪でしたから、縮小なんて規模の話ではありません。入りきらない様々なものはお蔵にしまわれたそうです。何がしまわれたかわからない状況で、妃殿下は毎日のように朝から晩までお蔵にこもり、整理整頓をしていらっしゃいました。戦後の物資がない状況で、お蔵にあるものを無駄にしないようにとの思いからでした。そのうちに、元々呼吸器関係が丈夫でなかった妃殿下は、埃を吸って喘息になってしまいました。お蔵の中での作業を約三か月も続けていたのですから無理もありません。心配された殿下が、治療に適した日当たりの良い光輪閣の庭の奥に四十坪ほどの平屋のお住まいを建てらえ、そこへ移られました。
まことに慎ましやかな家で、当初、殿下は「五年くらい住むかな」と仰っていたのですが、結局二十二年もお住まいになりました。何事も質素を心がけられていたお二人らしいエピソードです。光輪閣は、パーティーや大切なお客様をお招きする時だけお使いになっていました。
御殿のお庭には畑もあり、お芋やトウモロコシ、ダイコン、ナス、ゴマなんかも植えられていました。日本全体が食糧難でしたので、「自給自足」をめざし、妃殿下も手を真っ黒にして畑仕事をしていらっしゃいました。お客様をご招待されお食事を出す機会も多かったので大変です。殿下と妃殿下はお二人とも「特別扱い」がお嫌いで、いつも普通の日本人と同じ視線、同じ姿勢、同じ心で過ごしたいというお考えでいらっしゃいました。この時代を皆と同じように生き抜きたいというお気持ちでお引っ越しをされ、畑仕事をされてたのでしょう。


高松宮ご夫妻が現在の高輪皇族邸(旧高松宮邸)に移られたのは昭和47年です。
老朽化した光輪閣が取り壊されることになった為、跡地の一部に建てられた平屋建ての新宮邸に移られたのです。

つまり高松宮さまは薨去された昭和62年までのたった15年しか宮邸にいらっしゃらず、それまでずっと戦後狭い所に住まわれていた。

喜久子さまのご実家は建物が1300坪、敷地面積が3400坪という広さだった。

そんなお姫さまがたった50坪の官舎や、40坪の宮邸に22年も住んでいたのだ。

高松宮ご夫妻が貴重な時間を過ごされた高松宮邸を仮住まいにしようと企んでいる高貴な高齢者コンビがいる。

高松宮ご夫妻の甥っ子にあたる。

最長で一年半、つまり住む期間はもしかしたら一年に満たない可能性のある仮の住処になんと5億円越えの血税を使ってリフォームするというのだ。

最初は8億円かけると発表したが国民から「おかしくない?」という声が少しだけ出たら最近になって

「8億4千万から5億5千万に下げます!偉いでしょ!」とアピールしてきた。

高松宮ご夫妻が知ったらどれほど情けない気持ちになるのか分かりません。

ヘーセーは戦争がないから平和かというとそうではない。

震度7の地震は4回も発生したし、東日本大震災の被災地には今なお仮設住宅で暮らす人たちがいる。

それ以外の天災も多い。

先週の大雨で住む家を失ったり、畑の作物が全滅した農家だってある。

そういう人たちを思って「贅沢なことは言えない」と思わないのか?

昭和天皇は「戦争で家を失った人がまだいるから」と何年も御文庫でひどい生活をされていた。

新御所を建築する際にも「贅沢をするな、人身事故を絶対に起こすな」と厳命されていた。

大人しく摂政にすれば丸く納まるのに、「摂政なんて嫌だ。生前退位して上皇と上皇后になりたい」と言って余計な税金を使う。

どの面下げて高松宮邸で生活するというのか!!

まったく同じことを言えるのは秋篠宮家も同じだ。

「うちにはショーライノテンノーがいる」「二人も男がいるんだから金寄越せ!もっと広い所に住まわせろ」と主張して秩父宮邸をほとんど原型を留めない位に増改築をしている。

秋篠さんは高松宮妃喜久子さまから有栖川御流を習いに高松宮邸に出入りしていたが、結局高松宮ご夫妻の姿勢や謙虚さを学ばず、習字しか学ばなかった。

高松宮ご夫妻は特別扱いというものが大嫌いだった。

井手久美子さんはこのように話されている。

殿下は皇族としての特別扱いを嫌い、いつもほかの人と同じようにされていました。街へお出かけになるときもお一人でホンダの車を運転して出かけられ、帝国ホテル脇に停め、そこから歩いて回っていらしたようです。
日中の午後、帝国ホテルに勤務していた私の長男を見かけると、「おう」と手を挙げて街の中へ消えて行かれたそうです。私が西銀座で殿下にバッタリお会いしたときは、「妃殿下に言うなよ」とにっこりと笑われて去って行きました。お金の管理は妃殿下が握っていらしたので、私によく「お金がほしいな」なんてこぼしていて、そんな愚痴を言うところも、私にとっては素敵な父のようでした。周囲へ常にお気を配られ、それもさりげなく、相手に気づかれないようなご配慮がありました。人を思うお気持ちの深さゆえのことでしょう。


特別扱いしろだとか、警護を東宮家並みにしろなんて外廷皇族が言う事なんて絶対に許さなかっただろう。

高松宮さまは自由に外を歩けることがどれほど楽しいことか三笠宮さま同様によく知っておられる。
軍隊生活でも特別扱いされて「普通の兵隊として見て欲しい」と思われたお方だから、戦後の一人で車を運転出来ること気軽さを本当に楽しまれただろう。
自動車事故の加害者になった癖に「東宮家並みに警備を増やせ」と懇意の記者に書かせる宮家が直宮家ということが情けない。

高松宮ご夫妻を身近で見てきた井手さんはどのようにヘーセー四人組を見ていたのかちょっと見える箇所がありました。

ご紹介します。

ニュースなどを見ていると、妃殿下がご健在の頃と近頃とでは、時代が変わったのだと感じることが多々あります。宮家らしさというものは後で身につけることはできず、生まれた瞬間から備わるもの、すなわちご結婚にあたり家柄が重視されるのは当然のことだと思わざるを得ません。何かうまくいかないことが起こるのであれば、そこに理由があるのだと、“家”に翻弄されてきた立場だからこそ強く感じます。人をどこまでも思いやることができる心、位高ければ徳高きを要す、それが培われる環境は一夜にして成らず、そう思います。

「秋篠宮家のことかー!!!」と私は心の中で叫びました(笑)

あれだけ家に翻弄されたお方でも「ご結婚にあたり家柄が重視されるのは当然のことだと思わざるを得ません。何かうまくいかないことが起こるのであれば、そこに理由があるのだ」と仰る。

お腹を痛めて産んだ娘を“家”の為に手放すという経験をされたお方でもそのように仰る。

昨年から続くゴタゴタですから、入退院を繰り返されてましたが、先月中頃まで認知症もなく過ごされていた井手久美子さんは絶対に眞子丼&海の王子の結婚騒動を御存じだったわよ。

まあヘーセー初期の喪中婚約からすべてはおかしかったんだよね。

だから今の状況になった。
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昭和の東宮御所の新築に、口を出しまくった正田美智子!

東宮明仁が結婚する!
慶事だ!
新婚さんだから新しい御所に住ませてあげたいね!

という動きに図々しく乗ったのが正田美智子!

婚約者だけど、まだ民間人の正田美智子が!
図々しくも東宮御所に自分の要望を入れまくった!

例のミニキッチンですね。
使用感ゼロの台所。
主婦だから分かるのよ。
あのミニキッチンの使用感ゼロさが。

いくら婚約者でも民間人が東宮御所の間取りに口を出すなんて、
どれほど恵まれているか!
今でも1つ屋根の下で偽帯住宅で苦労する嫁がいるのに!

そして即位後も吹上御所を新築させた。
古い東宮御所はリフォームさせない。

退位後の仮住まいには5億円かける。
でも最長でも一年半は住まない。
その後は平成の東宮御所へ乗り込むらしいけど、そこもリフォームさせる。

どれだけ金食い虫な明仁と美智子なんだ!

美智子さまがイジメられたなんてウソでしょ。
これほど恵まれてワガママやりたい放題の女は、民間人でもいないわよ。

No title

いつも拝見しています

仮御所については、この大災害なのに!と思うとあきれ返っています。
御用邸で静かにしていられないのでしょうか?
たった1年半のことなのに。
そこで東宮御所のリホームの完成を待つとしても、
自分の余生を考えると残り何年住むと思っているのでしょう。
昭和天皇の住まわれていた吹上御所でもいいのではないでしょうか?

No title

国民に寄り添うと言いながら、やることなすことが全て正反対の明仁と美智子。この夫婦が皇族としていかに異質かということが良く解る内容ですね。
昭和の陛下の姿勢を全く受け継ぐことをせず、よくも今まで贅沢をしてきたものだと、改めて思いました。

家柄を重視すべきだったのは、秋篠宮家のこともさることながら、まず明仁の結婚だったのではないでしょうか。ですが本人に問題があるが故か、お妃候補の方々にはすべて断られた。
挙句に自分は平民であること以外完璧だととれる発言をする(現在もなお)自意識過剰な相手と結婚した。これがとんでもない時代の始まりでした。

井出久美子様も当然この時代のこれまでの様子をご覧になっておいでですから、何度もため息を漏らしたことでしょう。
何といっても昭和を生きてきた方ですもの 。

結婚とは、良くも悪くも、同レベルの者同士で成り立つものでしょう。
とても幸いなことに、次の時代は真に日本の象徴としてふさわしい素晴らしい方と、その方が望み、自らの人生を良きものになさりたいと結婚を決意された雅子さまが、天皇皇后両陛下となられます。

井出久美子様、どうぞ姉上さまはじめ、其方にいらっしゃる高貴な方々と共に見守ってくださいませ。
おかしな時代はもうすぐ終わりそうです。
そして、皇室に関わる素敵な資料をありがとうございました。

徳川静子さんのこと。

徳川宗家を継いだ田安亀之助、のちの徳川家達(いわゆる16代様)の孫娘に、徳川静子さんがおられます。
僭越ながら、私同様アンティークドール好きで、アンティークドール特集雑誌にいろいろお話をされてます。

女の子が生まれた時には「天児(あまがつ)様」という「お身代わり人形」を買い与えること。
大正初年生まれの母親は70㎝ほどの市松人形で、葵の紋付の正装だった。しかし、第二次世界大戦直前の静子さんの天児は35㎝ほどの赤い正絹振袖。戦争中の妹は人絹の振袖で、母親が嘆いたこと。
小学2年の時、母から静養人形を譲られたこと。
その西洋人形は、祖父・家達イギリス留学のお土産だったこと。
伏見宮妃となった徳川慶喜九女・経子妃に西洋人形をもらって嬉しかったこと。

こう書くと贅沢をしているようだが、ふだんの生活は、
「靴下の穴をかがって履く」
「小さくなった鉛筆を継ぎ足して使う」
むしろ贅沢を戒める家風だったため、これらの譲り人形やお土産が強烈な記憶として残り、嬉しくてたまらなかったそうです。

やがて、成長した静子さんは働き出し、懸命にお金を貯めてはアンティークドールを買うようになります。
そこで、彼女は悩むのです。

「私にアンティークドールを持つ資格はあるのか」

これを読んだ時、驚きました。
私も(私にアンティークドールを持つ資格はあるのか)と考えます。
でも、それは私が庶民だからです。
徳川宗家の血筋の方が、こう内省されるとは。
ノーブリス・オブジェ、高貴なるものの義務。
さすがだなーと思いました。

本のご紹介をありがとうございます。

井手久美子さん、高齢にして作家デビューされたと思ったらすぐに訃報が入り、最後に本当に興味深く貴重なご本を残していかれたのだな…としみじみ思いました。

「国民とともに歩む皇室」というものは、美智子さんとキコさんの皇室入りで悉く崩壊されてしまった感じがします。それどころか、皇室というものを「権威」でなく「権力」と履き違えてどこまでもその力を誇示することだけしか考えない皇室にされてしまいました。たった二人の民間上がりの女達によって。もちろん、この二人の女達の亭主の出来が悪いことも原因でしたが。

しかし次代の新天皇皇后両陛下が、必ず本来のあるべき皇室に戻してくださると信じています。平成のうちに膿を出し切り、新両陛下には澄み切った清々しい時代を迎えていただきたいですね…。

敬宮様

来年、皇太子殿下が天皇に即位なさって、敬宮様がその次の天皇におなりになったら、新しい日本の夜明けとなりますね。
敬宮様は、まさに日本の進むべき道を体現なさる、性別による差別なき日本の象徴となります。
日本の人口が減少して、将来はどうしても女性の社会的労働力が必要となります。古い考えに引きずられ、減少しているなら産ませればいいという非現実的な老人的な考えでは、日本は衰退してしまいます。
社会体制が整えば、女性が子供をたくさん産むなんて、女性を馬鹿にした考え方ですし、実際にたくさん産むわけはないと思います。
70年以上前の考え方を変えられないなら、衰退してしまうんですよ。
男がガタガタ言うなら、男が産めばいいんですよ。
どう足掻いても産めもしない男や年齢的に産めなくなった女性が、自分が出来もしないのに産まない女性に子供を産めなんて言うのが、ちゃんちゃら可笑しいですよ。
しかも、生まれてきてくれた子が女の子なら継がせないとか、もう馬鹿々々しくて話にならないです。

人口の約半数は、女性です。社会構造とか社会受け入れ態勢とか託児所とかの問題ではないように思います。
現に、社会体制の整った北欧で、子供を何人も産んだ子だくさん家族が、多いかというと少数だと思います。
日本が先進国でありたいなら、いらない因習や昔からそうだったなどの理由から脱却しないと未来はないです。

敬宮様が、未来の天皇になった時に日本は発展した社会へと変わり、敬宮様は差別なき日本の象徴となります。
悠仁様が、天皇となったら日本の性差別の象徴となります。
変わるタイミングを逃したらずっとそのままなんですよね。あとは沈んでいくだけです。
日本だけでなく、世界中社会は進歩し変化しているのです。それについていけないどころか後退していく国は、滅びていくのです。
差別と区別は違うという常套句を掲げている人は、変化や進歩を恐れ、現状維持が安心と思っている人です。
もし、日本が江戸時代の考え方を止められず、頑なに伝統だとか文化だとか言い張って、変えられていなかったら、今の日本はないです。
男女ともに自分は居心地がいいから、未来の人や未来の国の事を考えられずに、このままのやり方で何とかごまかして今さえ凌げればいいと考えている人は、差別じゃなくて区別だとか、伝統を守るとか戯けた事を言って、結局何もかも無くしてしまうんです。
性差別をしないからと言って、女性が強くなったり男性に威張り散らす事は、ないです。
女性は、そんな馬鹿じゃないですよ。
今でも、女性を下に見なくても立派に生きている男性は、変化を恐れず社会の進歩を望んでいます。

象徴なら国を体現した方でないと困ります。
ただの芸能や文化や家族の話とは違うのです。日本国の象徴なのです。芸能文化やスポーツや宗教や家族の話なら、勝手に衰退していけば良いだけです、芸能文化やスポーツが国の象徴なんてあり得ないです。
衰退して廃った芸能や文化やスポーツなら、現にたくさんあります。
それだけ、天皇とは別と言う事です。
敬宮様に即位の道を開く事は、将来の日本国に必要な事なのです。



No title

最初から、新天皇御所を吹上御所にして改修すれば
低予算で済むのに、両陛下の我が儘で二ヶ所も改修して
高額な税金を投入する。
3億円も削減できるならば、最初からなぜしなかったか疑問で、
5億5千万円だって国民感情では無駄遣いに変わりない。
低所得者は重税で苦しめられているというのに
国民と寄り添っていると言えますか?

マスコミは、庶民レベルの敬宮様の3万円のバックや
雅子様の1500円のランチは叩くのに、
両陛下と秋篠宮家の高額な税金の無駄遣いや、
やりたい放題には知らん顔。
権力を監視しなければならないマスコミが
きちんと報道していたならば、
ここまでの好き勝手は出来なかったはず。
秋篠宮の皇族費3倍は以ての外。


プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@yahoo.co.jp

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