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紅葉山御養蚕所は運動不足解消の為というゆるーい動機で作られました

国立国会図書館のデジタルコレクションを調べてたらこんな本があった
水谷次郎著『大正天皇御物語』昭和2年発行
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1719560

で、この本に「皇后さまの御養蠶」という章があるんだわ

皇后の御親蚕と言えば雅子さまを叩くこん棒の一つとして使われてきたものですね。

これの始まりにちょっと驚いた。

貞明皇后は1914年(大正4年)に紅葉山御養蚕所を皇居内に建てられた。


この本にはこのように書かれています。

この御養蠶のはじまりは、皇后さまの御日常が大そうお忙しくてゐらせられるのを拜して、萬一御健康にお障りがあつては恐れ多いといふので、侍醫から何かおなぐさみにする御運動を御はじめあそばすやうにと御勸め申しあげましたら、皇后さまは御心よくそれを御聞きずみあそばされ、それならば自分は東宮妃の自分から試みたところのもの、それはわが國産の第一である養蠶にて、それは一般の日本婦人にも奨勵すべきことであるから、それを致してみやうと仰せられて御はじめになつたのであります。

運動不足解消の為に始まったのか!!

ただ聡明な貞明皇后はただ養蚕をするだけではなく、実験もしてました。

新式と旧式で養蚕を分けたのです。
新式は専門の技師に命じて設備を整えさせた当時としては科学的な養蚕
旧式は農家が副業としてやっている昔ながらの養蚕

新式と旧式でどれだけ収穫に差が出るのかを調べたのです。

また御養蚕所のスターティングコストは全て皇太子妃時代に節約してあまったお金で賄われました。

こうやって書くと貞明皇后はリアリストと思われそうですが、それだけではない一面もあります。

貞明皇后は病気になった蚕も殺さず御養蚕所から隔離して御所の廊下で育ててました。

拝謁した下田歌子が貞明皇后に繭籠あったことを不思議に思い質問したところ、

「あれは病兒である。普通の養蠶では病兒は川へ落すといふことであるが、それは已むを得ない無理ならぬことである。しかし自分の養蠶はいはゞ慰みのために飼つてゐるのである。折角宮中で生まれたものを病兒を得たからとて、それを捨てるには忍びない。病兒は隔離して他へ病の傳染せぬやうにして置いたので、あれは病院にゐる患者のやうなものである。そして彼らの生命を全うせしめてやりたいと思ふのである。」

病気の蚕にも優しかった貞明皇后

病気になるまで虐め倒した皇太子妃に対して冷酷だったヘーセーの皇后

レベルの差ってこういう所から出てくるんだなー

大正も昭和も皇后陛下はゆったりと御養蚕を楽しまれていた。

ヘーセーは自分を賛美させる道具としている。
蚕自体に興味はない。だから素手で持っている。

次の時代の皇后陛下となられる雅子さまは大正昭和の時代に戻ってゆったりと御養蚕を楽しまれればいいのです。
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そうだったのですか

ヘカテー様、貴重な資料をアップして下さって、
感謝申し上げます。

やってみないと分からないような事でも
出来ないと決めつけるように
雅子妃殿下を叩く理由に使うのが
卑劣過ぎです。
雅子様はお辛いだろうと、私のような田舎者でも胸が痛みます。

ピッピとマリを見た時、誰もがどんな犬種かしらと思ったでしょう。
まさか
赤坂御用地に迷い込んだ雑種犬だなんて。
キリッとした品格のあるわんこで、飼い主を信頼しているのが伝わりました。
雅子妃殿下は、タヌキの怪我を治して森に返したとか、動物がお好きな方と分かるエピソードが沢山あるのに。
お蚕さんも
雅子皇后陛下に一日も早くお世話されたい事でしょう。

良子皇后陛下はいつでもお一人でご養蚕を
なさっておいででしたよ。まるで農家の方のように、何の躊躇いもなく大胆に桑の葉を与えていらっしゃったことを覚えています。
美智子様がおかしいのです。
宮家の娘に手伝わせるなんて。

日赤の御公務だって、わざと嫌がらせして。
美智子様は目の黒い内は嫌がらせを止めないのでしょう。
それでも 頂点に
徳仁天皇が立てば次第に
手を出せなくなると思うのですが…

感動いたしました。

貞明皇后さまの病気となった蚕への御心、感動いたしました。
なんてお優しい御方だったのでしょうか…。
鯰を研究しながら、大学生の身分で15000円もする鯰料理を川嶋キーコ嬢と食べに行ってた礼宮さんとは雲泥の差です。
そして、高校の文化祭に行き、帰宅の約束の時間をちょっと過ぎてしまうくらい夢中になって馬術部(だったと思います)の馬さん達に餌を食べさせておられたという優しい敬宮さまを思い出しました。
馬さんといえば、ヘーカが競馬の天皇賞を見に行った言わば天覧試合で勝ったのはヘヴンリーロマンスという牝馬(雌馬)。
その後、皇太子様が見に行かれたダービー(これは3歳の馬のレースですが、殆ど牡馬(雄馬)しか出走しません。まだ馬が若いから、男女差が激しい為でしょうか。競馬をしている騎手、馬主等関わっている人達が一番欲しいタイトルだそうです)で勝ったのは、ウオッカという牝馬で、実に牝馬がダービーを勝利したのは60数年ぶりだったそうです。
そのことを最近知ったのですが、私には天が「敬宮さまこそが相応しい」と啓示されたようにしか思えません。
どうか長子優先の当たり前が実現いたしますように…。

新小石丸

栃木県小山市で皇居御養蚕所の小石丸の改良型の「新小石丸」というものが平成15年につくられました。

今年のものはすでに出荷しています。

皇居ではのんびりと小石丸を育てて、新小石丸を支援すればいいのではないかと思います。

https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/37359

No title

このブログのおかげで、また知識が増えました。
皇室での養蚕は、貞明皇后陛下の健康の為に始めたことだったのですか。
それなら雅子さまも肩の力を抜いて、のんびりと取り組まれていただきたいですね。
それにしても、貞明皇后陛下が、日本婦人のことを考えてくださったこと、新式と旧式で収穫量の違いを比較したこと、最初の経費はご自身の東宮妃時代の貯えで賄ったこと、病気の蚕の生命も全うさせたこと、どれも皇后としての真の在り方を象徴しています。
養蚕の経緯一つとっても、昭和で途切れてしまった皇室の在り方を再認識させられることばかりです。


プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@yahoo.co.jp

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