病人へ優しかった昭和天皇

『思い出の昭和天皇』という本を読みました。

思い出の昭和天皇―おそばで拝見した素顔の陛下 (カッパ・ブックス)思い出の昭和天皇―おそばで拝見した素顔の陛下 (カッパ・ブックス)
(1989/12)
秩父宮 勢津子、東久迩 信彦 他

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いろんな方々が昭和天皇との思い出を語るという本です。

さまざまな素敵なエピソードがあります。

今回は秩父宮妃勢津子さまと高松宮妃喜久子さまの対談に出てきたエピソードを紹介します。

①桂宮さまのことを心配する

昭和天皇の具合がかなり悪くなっていた時に三笠宮妃百合子さまがお見舞いされました。

すると昭和天皇は

「お子さんの具合はいかがですか」

と仰せになった。

自分が病で苦しんでいるのに桂宮さまのことを心配していました。

喜久子さまはこのエピソードを聞いて涙が出るほど感動されたとのこと

調べると桂宮さまが病気になられたのは昭和63年の5月26日のことでした。

ずっと意識不明の状態でしたが、同年8月に意識を回復、11月に退院されました。

昭和天皇も心配されていたのです。

②病気を本人以上に心配する

高松宮妃 とにかく昭和天皇さまという方はあたたかいお方で、たとえば私が病気になったり、また怪我でもするといつもお気にあそばして、お目にかかると「体はどうか」と必ずお尋ねくださる。うっかりするとこちらが忘れているぐらいに治っていますのにねえ。
(82ページより)

や、優しい。

昭和天皇ってこんなに繊細で暖かい人だったんですね。

国民に愛される理由が分かります。





あっ、別に平成の両陛下は病人に対して血も涙もない対応をしているなんて言いたいわけではないですよ。

本当、本当、昭和天皇の爪の垢を煎じて飲めばいいなんて考えていませんから。

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最後の戦没者追悼式

お声の力強さに驚きました。

「命を削って」という言葉が思い浮かびます。

No title

昭和天皇のお姿に、お声に、涙が出てきました。
お体はすでに、かなり酷かったと思われます。

こういう表現が正しいのか否か分かりませんが。
昭和天皇は、懺悔というか贖罪というか、そういうお気持ちを抱かれ続けられているから、戦没者追悼式にご出席されたように思えます。


敢えて書いてしまいます。
昭和天皇を拝見すると、今上など、どうでもよくなります。



妃殿下達の歌

常陸宮妃殿下御歌
「何気なく犬は元気かと問い給ふ 昭和天皇今はいまさず」

三笠宮妃殿下御歌
「我がかつぐま深きベール風に揺れ 氷雨はやまずみはふりの庭」

平成2年に出版された常磐会の本からです。
華子さまに、愛犬のことをお尋ねになる昭和天皇の気さくで暖かい姿が偲ばれます。
妃殿下達の哀しみが深々と伝わってきます。

庶民である私にも昭和天皇の崩御は、大きな衝撃であり、恐怖でした。
以前も他でも書かせていただいたことがあるのですが、日本を守っていた「最大の陰陽師」のような存在が居なくなったような気持ちがしたのです。

もちろんその力は「徳」によるものですが、悪鬼や魑魅魍魎を、凛!と防いでくれていたような、何故だかそんな気持ちがしていたのです。
そして、その予感は当たってしまいました。今や日本の中心の掘の中が魑魅魍魎の巣となってしまいました。

Oakleyさま

コメントありがとうございます。

>「命を削って」という言葉が思い浮かびます。

これに比べると美智子さまの「命がけ」がいかに安っぽいかわかります。

付記

昭和天皇のご生涯をいくつかの本で読ませていただいて、昭和天皇が「有徳」の人で「正義感が強く」一方で「愛情深い」人だったのは、まぎれもないことだったと思っております。

政治の世界では、その「有徳」であることが、政党政治が混迷し軍部が勝手をし始めたときに、天皇自ら力を発動しようとか、マキャベリストになってでも、軍部を分断しようとか、そういうことができない枷になってしまったのではないかとも思っています。

摂政宮の時から、そのお人柄で人気があったため、返って軍部が天皇をシンボルとして使った時は使いやすかったでしょうし。例えばですが、明さんや秋さんのために「万歳」と言って玉砕できるか・・・と言えば、犬死と感じて、兵も降参したくもなるでしょうしねー。

そういった合理的なことは頭で判っておりますが、それでも、昭和天皇の崩御が、日本の心の荒廃の引き金になるような気がしたんですよね。まさか「幼い孫娘公開リンチ」など、荒廃の発信地が皇居になるとは予想していませんでしたが。

わたしが皇室に関心を持つきっかけが、数年間の欧州滞在時にパーティや事ある毎に、わたしが日本人だとわかると皇室の話題を振られ、わたし以上にあちらの方が良くご存じで、ロクに答えられない自分に日本人として恥ずかしさを感じたことでした。

歴史的な知名度もありますが、あちらの方は、天皇といえば昭和天皇で止まっておりましたが、やはり天皇は偉大な存在なのだ、と改めて思い知らされました。

それまでも、今生天皇ご夫妻、秋篠宮家にはチャラい印象はありましたが、知れば知るほど、今度は別の意味での恥ずかしさを感じています。

正しい在り方、ふさわしい人物でなければ、象徴の意味なしです。
それにしても、美智子さん、きこさんは同胞?

H.H. さま、昭和天皇ファン さま、みかさま

コメントありがとうございます。


>昭和天皇は、懺悔というか贖罪というか、そういうお気持ちを抱かれ続けられているから、戦没者追悼式にご出席されたように思えます。

自分のために死んでいった人たちのことを真剣に考えているから体が悲鳴を上げていても出席されたと私も思います。


>庶民である私にも昭和天皇の崩御は、大きな衝撃であり、恐怖でした。
以前も他でも書かせていただいたことがあるのですが、日本を守っていた「最大の陰陽師」のような存在が居なくなったような気持ちがしたのです。

ヘカテ―は小さかったので覚えていませんが、日本の歴史上これほど多くの国民の支えになっていた天皇はいなかったと思います。

>歴史的な知名度もありますが、あちらの方は、天皇といえば昭和天皇で止まっておりましたが、やはり天皇は偉大な存在なのだ、と改めて思い知らされました。

天皇と言えば昭和天皇。生涯3回しか外国に行っていなかったにも関わらずやはり大きな存在でした。それにしても何十回と皇室外交しているのに知られていない今上陛下って・・・
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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