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列外派星くず日記

―令和の天皇ご一家を愛する者たちが集うブログ―

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なんかとんでもない犬の飼い方してた継宮明仁親王

図書館から『天皇明仁の昭和史という本を借りてきました。

元学習院御用掛の高杉善治さんが書いた本で、
最初は1968年に読売新聞社から『若竹の如く』という題名で出版されましたが、
2006年にネット右翼御用達の出版社ワックから上記タイトルで再出版されてます。

で読んでみるとまだ子どもだった継宮に東宮職として大人が50人も仕えていたという驚くべきことが書いてありましたよ。

「あー、子どもの時から大勢の人間が自分ひとりに仕えていたから上皇になっても職員を減らす気が無いんだなー」

と思った。

奥日光湯元の疎開先から東京に戻って来ましたが、

青山御所内にあった東宮仮御所は空襲で焼けてしまっていた。

昭和天皇と良子さまが暮らしていた皇居内の御文庫で生活するという方法もありましたが、

東宮職約50人が収容できないという理由で仮住まいを探さなければならなくなりました。

更には同級生66人を収容する教室と寄宿舎が必要でした。

で小金井に住むことになりました。

小金井には紀元二千六百年記念祝典の時に皇居前広場に立てた光華殿という建物が移築されていました。
これを教室プラス寄宿舎として使用しました。

しかし継宮が住む東宮仮御所がない。

昭和天皇は
「国民が防空壕生活をしているときに、お住まいを新築することなど絶対にならぬと新築を許されませんでした。
仕方がないので葉山御用邸にあった供奉員宿舎を解体して小金井に移築することになりました。
小金井の御仮寓所に引っ越したのは昭和21年6月の事でした。

で、ヘカテーがびっくりしたのは小金井時代の犬の飼い方です。

番犬代わりに犬でも飼おうぜという話になったのです

初代飼い犬「元軍用犬」
「私にも子犬の心当たりはなかったが、前に勤務していた元陸軍恤兵部の残務整理部に、おとなしい犬がいたことを思い出したので、そこへ行ってみた。幸いすぐにゆずってもらうことができ、自動車に乗せ、元の家に戻らないようにするため、外が見えないようにして連れてきた。犬はご内庭の片すみにつないでおこうと思ったが、首輪がない。当時は、そんなぜいたく品はとても手にはいらなかった。私は家中を物色してみたが、適当なものが見当たらない。思いきって一本しかない外出用の本革ベルトを切って、首輪にしてやったらどうやら品がついた。せっかく品までつけてやったのに、この犬はどうしても食物を食べない。断食して無言の抗議をしているようであった。あまりにもかわいそうなので二日ほどして放してやった。しばらく付近で遊んでいたが、いつの間にかいなくなってしまった。翌日、元の住み家である恤兵部(新宿にあった)に電話で連絡してみると、もうすでに戻っているとのことであった。利口なものだ。自動車でわざわざ外が見えないようにして、新宿から二十キロも離れた小金井まで連れてきたのに、ちゃんと元のところに帰っているのである。」

「わー、名犬ラッシーみたーい」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、
放すのはどうかなーと思うぜ
近所の人に「わ、野良犬がいるぞー!」と殺されるかもしれないじゃん。
当時はまだ狂犬病とかあっただろうしね。
まあ当時は動物愛護精神なんて無かったからこの程度なのかもしれませんが。

二代目飼い犬「しろ」
「成犬で失敗したので、子犬なら逃げないだろうということになり、私の家(世田谷区赤堤町)の近くにいたテリヤの子犬をもらってきた。黒白のかわいい子犬だった。御座所の縁側にあげると、子犬は尾をふりながらクンクンないている。戸田侍従が、「東宮さま、ひとつ名前をおつけになって下さい」といわれると殿下はすぐに、「“しろ”とつけよう」とおっしゃった。それから“しろ”と呼ぶことにした。」

お、出だしはいい感じじゃないですか!!
ちゃんと名前も付けられてるし
と、思ったらこのしろ号も長くは小金井にいませんでした。

「しばらく飼ってみたが、“しろ”はからだも小さくあまりほえず、愛玩用としてはよいが番犬としては不適格であった。ある日、皇居から久松侍従が来られて、農場を見学し、いろいろ農場経営などについて話をされたときに犬の話が出た。「どうせ犬を飼うなら血統の正しい、番犬にもなるような、もう少し気のきいた犬を飼ったほうがいいでしょう。日本畜犬協会に頼んであげますからそうしなさい」そこで数日後、日本畜犬協会会長の坂本保氏、日本畜犬協会理事の七条元公爵、東京都技師(獣医)の荒木芳蔵氏の三人が御所に来られた。私が対応に出たところ、柴犬の子犬を一匹持参しておられ、それを献上したいとのことであった。侍従さんたちとも相談して、ありがたく頂戴することにした。坂本氏は、「いままでお飼いになっておられた“しろ”を私のほうにいただきたい。記念として大切に飼育いたしますからぜひお願いします」といわれた。二匹飼っても仕方がないので、殿下にも伺って“しろ”は坂本氏に下げ渡しすることにした。

名前まで付けてあげた犬ですが、あまり愛着がなかったんですね。
敬宮さまなら「しろがいいのです。他の犬はいりません」と仰るだろうなー
あと、血統の正しい犬がいいというのも21世紀に生きるヘカテー的には嫌な感じがするなー

三代目飼い犬「あか」
「殿下はこの柴犬には“あか”という名をつけられた。毛色が褐色であったからである。こんどは逃げられないように用心して、一か月余り犬舎につないでおいた。もう大丈夫だろうということになって、運動のためにちょっと放してみたら、しばらくご内庭で遊んでいて犬舎にもどってきた。これで安心だと思って、毎日それをくりかえしていたところ、三日目の夜にどこかに行ったまま戻ってこなかった。どこかに迷いこんだのだろうと思って、付近を捜したがとうとう見つからなかった。殿下はご内庭のあちこちを見回しながら、「“あか”はもう帰ってこないのかしら、どこへ行ってしまったんだろうね」ととてもお寂しそうであった。」

またいなくなったのか!!
というかここまで犬がどこかへ行っちゃうって警備体制はどうなんだろう・・・
侵入し放題だぞ
いや、昔だからセコムもアルソックもなかったけどさ、ここまで脱走できるってどうよ?
ただ、寂しそうにしただけ継宮の娘の公務員夫人よりはましですね。
公務員夫人は愛犬がいなくなったら「いなくなったものはしようがないよねー」で済ませたから

四代目飼い犬「秋田犬の多摩」

“あか”が逃げてしまったのでまた坂本会長に相談することになった東宮職
四代目の飼い犬は落ち着いた性質の秋田犬の子犬でした。
継宮がつけた名前は東京都北多摩郡小金井町にちなんで「多摩」でした。
「殿下は多摩が非常にお好きであった。多摩もまた殿下によくなついていた。殿下が学校から御所にお帰りになり、東門にそのお姿が見えると、食堂の前につないである多摩は、うれしそうに尾をふりからだをくねらせ、チンチンして近づいてくるのが、待ち遠しいという恰好で喜んでいる。殿下は御座所にお上がりになると、準備してあるお八つ(といっても、物資部録の折なので、おもなものはふかし芋)をとって多摩のそばにより、チンチンをさせたり、おあずけ、はいはいをさせたり、しばらく芸をしこまれてから、ふかし芋を与えるというぐあいで、多摩はたちまちのうちにいろいろな芸当を仕込まれるようになった。ときには、御膳に供えられた魚や肉をお残しになって、食事がお済みになってから、ご自身でそれを多摩に与えられることもたびたびあった。そして御所の外に散歩におでかけになるときには、多摩もうれしそうに一緒にお供をするようになった。」

お、なんかかわいがられているなーと思ったら・・・

「その後、年老いてからは、坂本氏のところに引きとられ静かに幸福な余生を送っていたが、数年前、突然、なくなったとのことである。」span>

年取った犬はいらねえと坂本会長に引きとらせた!!
えー、ちなみに多摩は子犬の頃は犬小屋に一匹だけでいると寂しがって鳴くので、
高杉さんの家で寝ていました。
高杉さんは犬好きなのでふとんの中に入れて多摩と一緒に寝たとのこと

成人するまでに飼った犬は多摩までです。

まあ当時は現人神の昭和天皇の息子で東宮さまだから血統の良い犬しか飼わない事が普通でした。

平成の皇太子殿下は雑種の犬を大切にかわいがって育てていらっしゃるのを見ると、
ピッピ、マリ、由莉の3匹は幸せだなーとしみじみ思うぜ

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Comment

全部中退です。 

今上天皇は、生まれた時から、思うがまま生きてきたのですね。

したいことだけして、したくないことは辞~めたと。

犬を飼うけど、可愛がらないから、いなくなる。
犬もわかるんですね!
大学に行ったけど、半年間、海外旅行して、単位が取れなくて、中退
祭祀も面倒くさいから、正座大変だし。
天皇もやめた。
でも旅行はします。お出かけはします。

僕したくないから、やめるね。
と最後まで全うしない人です。
  • posted by CHi-BA 
  • URL 
  • 2019.01/27 20:35分 
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老いては 

生きとし生けるものに心をかけない冷酷なお人。フワフワと上辺だけで流されるままに、自分の事だけを考え自分だけを大切にして生きてきたお人。
自分の意にそわない者には、家族であろうと何の執着も愛情も持たず、感情の赴くままに生きて、人としての責任感を持たないお人。
こういう人間がこの世にいるのですね。三つ子の魂百までもと言いますが、特殊な環境の中で特殊に育つと、人間としての感情も特殊になるのですね。
浩宮皇太子殿下は、やはり稀有なお方なのですね。
特殊な環境にお育ちになっても、人としての暖かい心をずっとお持ちになっていらっしゃる。自分の為ではなく、国民の為・国の為・ご家族の為に生きていらっしゃいますよね。
後付けのお育ちや環境でなく、もって生まれた浩宮皇太子殿下の強く暖かいお人柄なのでしょうね。
国民や雅子妃殿下や敬宮様を見る時の瞳が、とても優しく暖かいけれど、引き締まったお顔付で全てを受け止められる深い懐をお持ちになった方だけが持つ独特の雰囲気が浩宮様にはあります。
ボンヤリとしたお顔つきで、ご自分の事だけを考えて生きていらしたからか、どこか自信なさげな方とは、雰囲気も顔つきも全く違います。
平成は冷酷で自分勝手で自分の立場を守る事だけに固執して、自分にへつらいおべんちゃらを言う者だけを重宝して他者を顧みない嫌な時代でした。
浩宮皇太子殿下が即位なされたら、浩宮様のお人柄のように温かく柔軟だけれど芯の通った時代になる事と思います。
そんな良い時代にするためにも、権力の二重構造などと言った事にならないように、先帝とその皇后にはしっかりと隠居して頂き、むやみに出歩いて国民にアピールしたがらないようにして頂きたいです。浩宮様や雅子様に意見などなさらないようにして頂きたい。
天皇は浩宮様ただおひとりだけで、その上には先帝だけではなく、何人も立てないのです。
そうでなくては良い時代にならないし、浩宮様と雅子様のお苦しみが増えるだけです。皇室だって老いては子に従えなのです。
  • posted by かたつむり 
  • URL 
  • 2019.01/28 03:16分 
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犬や猫を大事にしない人が国民を大事にできるのか、口先だけではないのかと思います。
意外と冷たい人なんだと思いました。

保護猫などを大事にする皇太子さまとは、似てないんですね。
  • posted by 都民A 
  • URL 
  • 2019.01/28 12:01分 
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秋田飼いとしては 

たぶん「多摩」にとって、本当の飼い主は高杉氏だったと思われます。
お仕事としてアキヒトさんに接していたんではないでしょうかw
飼い主高杉氏のために一生懸命お仕えしたと思います。
お仕事を終えて、飼い主のお布団の中で眠りにつくのは、至福の時だったでしょうね。

  • posted by Oakley 
  • URL 
  • 2019.01/29 09:54分 
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さすがアキシノの親父らしいエピソード。こういうの人間性が出ますよね。
皇太子さまがあんなに慈しみ深いのは何故?
  • posted by 匿名希望 
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  • 2019.01/30 17:44分 
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ヘカテー

Author:ヘカテー
東宮応援派のハマコー改め新天皇応援派のハマコー
新天皇皇后両陛下並びに敬宮殿下を愛する鎌倉市民だにゃー
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
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