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列外派星くず日記

―令和の天皇ご一家を愛する者たちが集うブログ―

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戦争を体験していない初の天皇皇后両陛下の平和への祈り





戦争を体験していない初の天皇皇后となられた両陛下

ただ「体験していない」イコール「戦争を全く知らない」というわけではない

昭和天皇を祖父に持ちその姿を見てきた天皇陛下

エリート海軍軍人を先祖に持つ皇后陛下


過去の戦争のみならず現在進行形で続く海外の戦争にも心を痛めていらっしゃる。

平成9年の歌会始で皇太子時代の今上陛下は
「人みなは姿ちがへどひたごころ戦なき世をこひねがふなり」
と詠まれた。

平成10年の歌会始で皇太子妃だった皇后陛下は
「ルワンダへ長くつらなる土の道あゆむ人らに幸多くあれ」
と詠まれ、

その翌年の歌会始では
「摩文仁なる礎の丘に見はるかす空よりあをくなぎわたる海」
と詠まれた。

両陛下の心を引き継いだ皇女敬宮さまは中等部の卒業文集に平和を心から祈る作文を書かれた
https://www.iza.ne.jp/kiji/life/news/170322/lif17032211210007-n1.html

高貴高齢者はヘーセーの間散々「平和を祈る両陛下」とアピールしてきたが、

昭和一桁の子どもでしかも滅茶苦茶恵まれていた人間だから戦争の悲惨さなんて知らない。
(ミテコさまは群馬に疎開していたが縁故疎開だったから地元の子供より威張ってた)


戦争体験を聞くことは大切だが、昭和生まれと大正生まれだとどうしても体験が違う。

ヘカテーの父方と母方がまさしくそれです。

父方の大正生まれの祖父はフィリピンに出征して餓死寸前&マラリア感染でえらい目にあった。

大正生まれと昭和生まれの気の強さが全然違うのは昭和20年に成人してたかそうじゃなかったかにあると思う。

大正生まれだと「当事者」という意識があるからね。

大正生まれが平成から令和の時代の移り変わりを見て「大正昭和平成令和と4つの時代を生きる事が出来てわしゃ満足だわい」と力尽きてどんどん亡くなっています

戦争体験者がどんどん亡くなっている以上、その体験談を聞いた我々が子ども達にそれを伝えなければならない。

語り継ぐことがこれからの課題なのです。

それを両陛下はしっかりと自分の愛娘である皇女敬宮殿下にされているのだ。

これからの時代を生きていく世代は両陛下のお姿をお手本としなければならない。
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昭和11年、2.26事件が教えてくれるもの 

8月15日のNHK放送で昭和11年2月26日、いわゆる2.26事件、東京は雪が10cmほど積もった寒い日、2.26事件の陸軍若手将校たちが起こしたクーデターで、鈴木貫太郎首相(実は間違えて弟が犠牲になった)をはじめ閣僚の犠牲者9名を出した。

海軍では無いとされていた2.26事件の海軍の資料第一級の資料が最近見つかり、海軍総司令本部は事件前からクーデターの動きを察知していて、街の人のように服装を変え、幾つかの要所要所に海軍軍人を配備して情報を集めていた。
刻々と入ってくる情報を6冊に記録していた。
昭和天皇を軸にしたい若い決起した陸軍将校のクーデターは近隣住民たちを避難させるほど、陸軍、海軍の一触即発の緊張した場面が伝わってきた。

当時の昭和天皇34歳、陸軍のトップとして担ぎ上げられる事に苦悩する昭和天皇の姿が克明に記録されてる。
決起した数百人の陸軍将校、中には何も知らされずまだ10代の若者もいた。
結局、中心人物数名は処刑されたが、そこから昭和天皇が神格されていったとあります。
昭和16年12月16日、太平洋戦争が勃発、真珠湾攻撃が始まったのですが、昭和天皇は戦争には否定的だったようですが、一部の過激な陸軍大将東條英樹は聞く耳持たず悲惨な戦争に突き進んで行った。
この戦争で3.00万人の犠牲者を出し、敗戦をを迎える事となった。

当時内務省から宮内庁になり初代宮内庁長官とのやり取りの資料も見つかり、昭和天皇の意図したもの「戦争に対する反省」の言葉は、戦後吉田茂首相によって必要無いとされてしまった。
昭和天皇はその削られた「反省」の言葉は常に心の中にあり、こうしてみても昭和天皇の苦悩は崩御されるまでずっと国民に思いを馳せていたように思います。

時代が違うとは言え、23歳位で天皇になり、戦前の軍国主義、第一次世界大戦、日清戦争、ロシア戦争、太平洋戦争、敗戦、終戦、戦後とご苦労の多い天皇でした。

今、平和な時代を迎え、前天皇、全皇后を振り返って見たときに昭和天皇はこの若き皇太子夫妻をどう感じていたのでしょうか?
御所も改修せず、スリッパはボロボロ、スーツも新調せずいつも同じ服を着ていた。
植物学者らしく御所の前は自然林にして、国民が困ったときに役立てようと大切にしていたものを、崩御されるやいなや前天皇、皇后はテニスコートで楽しむために、いとも簡単に伐採してしまい、あの昭和11年の2.26事件の時の苦悩を思うと、なんて罰当たりな皇太子夫妻だろうと、昭和天皇のご意思を何も受け継が無かった本当にアホな前天皇だと思い知らされた。
これを見習った更なるアホ秋篠宮、皇室がこれ程までにレベル低下してしまい、つくづく昭和天皇時代が良かったと怒りと悲しみが交差して、今上天皇陛下に是非とも昭和時代のように威厳を戻してとお願いしたいくらいです。

今上天皇はとても賢い方で、人間的にも穏やかでここまで来るのに雅子皇后と共に大変なご苦労をされています。
間違っても父君、弟に振り回される事の無いよう、突き進んで頂きたい。

  • posted by つばきちゃん 
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  • 2019.08/17 02:31分 
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雅子様のセンス 

今までの終戦記念日の式典は、皇后様は着物でした。

皇室の伝統は、洋装です。
お祝いの席も、帯状疱疹になられた、雅子様に対しての当てつけで、あえて着物の時もありました。

さすが上流階級の方です。
雅子様のグレーのスーツのデザインの素晴らしさを感じます。

後ろの丈が長く、すっきりと見えます。
絶妙な長さです。
普通の装いの皇后様を30数年ぶりに拝見でき、厳かな気持ちになりました。
  • posted by CHI-BA 
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  • 2019.08/21 14:31分 
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天皇陛下のお言葉と「昭和天皇 拝謁記」に思う 

コーシ詐欺一家がブータンへ出発した8月16日に、「昭和天皇 拝謁記」のニュースが流れました。
このように皇室にとって非常に重大なニュースを、「いちおう」皇位継承1位と2位が日本にいない時に流す、ということは、宮内庁も、すでに彼ら2人を皇位継承者と見なしていない、あるいは見なしたくない、という気持ちの現れではないか、と見るのは邪推でしょうか?


昭和天皇 拝謁記のHPはこちらです↓
https://www3.nhk.or.jp/news/special/emperor-showa/?tab=1


※ちなみに、この「拝謁記」は、当時の宮内府長官だった田島道治氏の遺族が、NHKに提供したものだそうです。
なぜ、これほど大切な資料を、皇位継承1位と2位が日本を出国したその日に、大々的にユースとして流したのか、勘ぐってしまうのは私だけ?


でも、戦争を体験していない、40代の私でもこの「拝謁記」を読むと涙が出てきます。昭和天皇の戦争を止められなかったことへの深い、深い悔恨、そしてご苦悩。

また、「天皇という位は非常に厳しく、いっそ退位した方が楽なのではないか」とまでお考えになったものの、最終的には、より「イバラの道」となる天皇という職をまっとうされることを選ばれたこと、

そして何より昭和27年5月3日、日本の独立回復を祝う式典で、
<どうしても「反省」というお言葉を入れなければならない>、と繰り返し田島長官に仰ったものの、当時の吉田茂首相に反対され、「お言葉」から削除されたことに対し、非常にご不満だったこと、などが、昭和天皇のご本心として、表現されています。


当時の日本語なので、少々読みにくい文章ですが、非常に心を揺さぶられる手記だと思います。そして「天皇」というお立場が、いかに重責なものであるかが、ひしひしと感じ取れます。

さらに「戦争」というものが、終わった後でも、いかに大きな悔いを残してしまうものなのか、ということも。


戦争を体験していない世代が大部分を占めるようになりましたが、
「経験してない=(イコール)戦争について知らない、考えたことがない」
であってはいけない、と思います。

人から話を聞くことも、自分で調べることもできるはずなのですから。


特に今は、やたら隣国に対して「怒れ、怒れ、アイツらはけしからん」とけしかけるような世の中です。他国に対しての怒りは、やがて必ず、戦争への足がかりとなってしまいます。

韓国も子どもだが、日本もまた子どもであり、この2つの国は同じようなレベル。どちらも大人になり切れておらず、幼稚な怒りとかんしゃくの感情に振り回されている(それって悠○坊やみたい)。

ちなみにヨーロッパには「キレたほうが負け」という、厳しい社会的なマナーがあり、キレないためにユーモアや皮肉をきかせる、といった「言葉の技」が発達しています。


キレるのは子どものすること。本当の意味での大人は、自分で磨いてきた知性を働かせ、物事を解決へと運ぶ物だと思いますが、どうでしょう?


天皇陛下は、戦没者追悼式で「過去を顧み 深い反省の上に立って」とお言葉を述べられました。陛下はもちろん戦後のお生まれですが、それでも反省をなさっておられます。

人個人でいうと、反省は、優れた人こそができる行為だと思います。
自分が至らなかったと思うこと、人を傷つけてしまったことが1度もない人など、この世にいないのではないでしょうか。
それを反省し、2度としないことを実行する人こそ、真の意味で優れているのであり、その人の精神性はより高い所に行けるのではないでしょうか。


むしろ反省しない人の方が、優れておらず、他人から尊敬を受けることができない人物だと思います。

「天皇陛下」という思いお立場を充分に理解され、その地位をまっとうされようとしている、真に尊敬できる令和の天皇、皇后両陛下。


私は、天皇陛下の
「人みなは姿ちがへどひたごころ戦なき世をこひねがふなり」

この句が大好きです。


8月15日の、天皇陛下の式典でのお言葉、そして8月16日にニュースで出た「昭和天皇 拝謁記」。
日本人がこの2つを読み返して、「反省」というお言葉や「戦争をしない」ということについて、冷静に、じっくりと考えてみる、よい機会のように思います。
  • posted by リリー 
  • URL 
  • 2019.08/21 22:09分 
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CHIーBA様 

着物のなんたるかを知らぬ人が皇后であっては日本の恥です。裳着、着袴や皇子の意味もしかり。
現皇后陛下は然るべき教養のある方で本当によかった。
  • posted by 父は横須賀生まれ 
  • URL 
  • 2019.08/22 16:46分 
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こんにちは。いつも記事を楽しみにしております。

深い反省の上に立って、という言葉に並々ならぬ決意を感じるんですよね〜・・
立つ、というところがまた。

私は昔、バリバリの皇室不要論者だったのですが、今上ご一家を人として公人として家庭人として尊敬するようになり、そこから派生して周辺の方々・・照宮さまなどのお話を調べるにつれて皇室が面白くなり、最近は昭和天皇への考えが変わってきた者です。

さて、もともと皇室不要と考えてきたのは、前天皇夫妻による慰霊の旅というのに胡散臭さを感じたからです。その地に訪れる目的よりも行動ばかりフォーカスされるので、その行動自体に軽さを感じてしまったのです。なんていうんでしょう、彼らを人道ぶりをアピールするためのアクセサリーのような感じがして嫌だった。

昭和天皇は、ご自分の名の下に多くの人々が亡くなったのを承知しており針のむしろにいたと思うのですが、前天皇は子どもの頃であり、疎開しており、軍人にもなっていなかったので、直接関係ないし、というポジションを保てる。A級全般が12/23に処刑されても関係ない。天皇制の維持にこだわった受刑者までいたようなのでかなりの皮肉なやり方ですけどね。
前皇后さんにいたっては、全く関係ないですからね、祈るだけで周りが評価するんですからハッキリいって気楽なものでしょう。
多分、本当に慰霊の念を持っていたら軽々しく何度も行けない類のものな気がします。特に南方の島々・・・

で、本題ですが、深い反省の上にたち、というのは、深い責任と、前向きな強い意思の上に成り立つ言葉だと思います。おじいちゃんである昭和天皇の影を強く感じました。
戦争についても色々話していたのだろうか、口を閉ざしていたのだろうか、閉ざしていたとしても自ら調べたのだろうか、などと気になって仕方ないです。
  • posted by きりん 
  • URL 
  • 2019.08/23 01:09分 
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あくまで美智子様に倣ったことにしたい 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190825-00013534-bunshun-soci

いつもの記者がバカな記事を書いています。
この式典に黒喪服は少し大げさ、グレーくらいが良い。
ストッキングもグレーにそろえて、別に不思議ではない。

それなのに「雅子様はグレーのストッキングを穿かれた。いつもグレーのストッキングを愛用した美智子様に倣われたに違いない!」と、無理やりな美智子様上げ記事

雅子皇后はこの時グレーのスーツだからグレーのストッキングを穿いた。
美智子様はどんな色のスーツの時もグレーのストッキング。
「合わないなあ」と思ったことがよくあります。
「肌色は生々しいから」という理由らしいけど、グレーは生気が無くて死体みたいに見えました。

その割に良いお歳をされて、短いスコートのテニス姿を公開されたこともあります。思わず目を背けました。
退院するときに天皇陛下(当時)にしなだれかかったこともあります。
自然な色のストッキングを「生々しいから穿かない」と言うにしては、ずいぶん生々しいお姿でした。
特に戦前の女性の締め付けが厳しい時にお育ちになったにしては。
戦後育ちの雅子様の方が遥かにつつましやかです。

何とかして「雅子様が素晴らしいのは、美智子様に倣われてるから。美智子様を凌駕してるわけではない」ことにしたいようですね。
  • posted by 雑音1 
  • URL 
  • 2019.08/26 09:34分 
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伝統の破壊者 

父は横須賀生まれ様
おっしゃるとおりですね。
皇室の伝統を、ことごとく壊して来たのは、上皇様であり、上皇后様でした。

品がいいと感じたことは、一度もありません。

香淳皇后様の高貴な血統。
雅子様の家系の素晴らしさと、たぐいまれな教養はとそれ以上のご努力は、美智子様には、逆立ちしても敵いませんので。

なので、良子様や雅子様が、悪者になるようマスコミ操作をしてきた張本人です。

卑怯なやり方です。
  • posted by CHI-BA 
  • URL 
  • 2019.08/30 20:58分 
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Author:ヘカテー
東宮応援派のハマコー改め新天皇応援派のハマコー
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