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列外派星くず日記

―令和の天皇ご一家を愛する者たちが集うブログ―

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小和田家の被災地を思う心

東北にお住まいの読者様から教えて頂いたニュースです

『河北新報2019年4月18日』に掲載されていたニュースを紹介します。

【石巻魚市場に雅子妃祖父の絵 小和田家、被災気遣い5枚提供】
石巻市の石巻魚市場内に、皇太子妃雅子さまの母方の祖父が描いた絵画5枚が展示されている。東日本大震災で被災した魚市場を再建する際、雅子さまの母小和田優美子さんから提供を受けた。絵画の存在は知られておらず、来月1日の令和への改元後は、新皇后ゆかりの絵として注目を集めそうだ。
雅子さまの祖父は元チッソ社長の江頭豊さん(1908~2006年)で、水俣病問題対応に尽力した人として知られる。優美子さんは江頭さんの長女に当たる。
皇后美智子さまが江頭さんの米寿の祝いに贈られた花束を題材にした絵をはじめ、富士山、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、踊り子、欧州の風景の5作品があり、花束と富士山は応接室、弥勒菩薩は会議室、残る2枚は事務所に飾られている。
魚市場に贈られたきっかけは、須能邦雄社長(75)が専務だった約18年前にさかのぼる。須能社長は当時、雅子さまの父で外務省顧問だった小和田恒さんに魚市場50周年記念式典の講演を依頼した。須能社長と小和田さんの橋渡し役を務めたのは、三輪学苑を主宰した故飯田宗一郎さん。三輪学苑は生涯学習社会の実現を目指し、各種セミナーを企画していた。飯田さんは小和田さんとつながりがあり、同学苑に参加していた須能社長と接点が生まれた。
須能社長は「東日本大震災の時、オランダ・ハーグで国際司法裁判所の所長だった小和田さんから安否などを気遣う電報が届いた」と振り返る。震災後も東京の出張の際に夕食会に招かれるなど交流は続いた。
絵画の寄贈は2013年秋ごろ、優美子さんから提案された。須能社長は「魚市場の新築記念を兼ねたお祝いもあったと思う。自宅に招かれ、絵は自分の好きなのを選んだ」と語る。
絵画は小和田家から郵送で須能社長の元に届き、石巻魚市場が現地再建された15年9月、新たなスタートを機に魚市場内で展示を始めた。
20年秋には石巻市を会場に第40回全国豊かな海づくり大会みやぎ大会があり、新天皇、皇后両陛下の出席が予定されている。石巻魚市場でも式典行事が行われる計画で、須能社長は「雅子さまに、おじいさまの絵が魚市場に飾られていることをご報告できれば」と期待。両陛下の休憩場所が魚市場の応接室であることを熱望している。
須能社長は「梅の里」として知られる水戸市出身。万葉集の梅にちなむ「令和」の元号に「大変喜ばしいことだ」と感想を述べている。

https://www.kahoku.co.jp/special/spe1000/20190418_10.html

リンク先に絵があるので見て下さい

E様全く知らなかったので教えて頂いてありがとうございます。

石巻魚市場はこちら↓




東京の大きな新聞社ではなくてローカルの新聞社にひっそりと掲載されるという所が小和田家らしい。

江頭豊さんが絵画を趣味にしてたと知ってましたが、このように活用されるとは想像してませんでした。

ミテコさまの爺様も自伝を読んだら絵を描くことが事が趣味と書いてあったがこういう話ってあったのかなー

E様からのコメントも心温まる。
震災の時に電報を送ってくださったり、魚市場の新築を気にかけてくださったり、ご夫妻の優しさがうれしいです。
石巻、女川、南三陸、閖上…沿岸の町々は、まだまだ町中が工事現場の状態です。
昨年、閖上の復興住宅に皇太子ご夫妻(当時)が訪れてくださいました。テレビではきれいな住宅しか撮していませんが、周囲は今もまだかさ上げ工事中です。土がむき出しで造成地が続いています。工事車両が行き交い、そこかしこに工事中のフェンスがあります。
天皇陛下と皇后様は質素にお暮らしですが、日本のあちこちの被災地がまだまだ復興していないこともお心に留めていらっしゃるからだと拝察申し上げております。



E様本当にコメントをありがとうございました。
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Comment

被災者の気持ちが多くの国民に伝わりますように 

あの大震災の記憶は未だ離れる事は無い。
私は横浜市民になってかれこれ42年ですが、東日本大震災は連鎖反応を起こして茨城沖、千葉県沖と続いた地震で、長い揺れが数分間続きましたね!

東京にいた小学一年生の孫はその後、進級するまで我が家に避難していました。
インフラがダメになり、野菜、生鮮食料品は普段は関東近県から入荷するのも滞り、生鮮食料品は普段は近くのスーパーで済ませるのですが、孫を預かり孫のために少しでも栄養の付く物をと横浜駅周辺のデパートへ何回か買い物にも行きました。

石巻は私のの友人の実家があり、海辺に近いため津波に遭い、3階建てのコンクリート建ての家は傾いたまま、幸い早めに避難したためご家族は無事だったと聞いています。

然しながら当然仮設住宅住まいになり、高齢になった実兄は家を建て直す力も無くなり、子供のところへ止む無く移住したようです。
身近な方がこの経験をしており、多くの人命が失われ今尚、生活苦に喘いでいる方が大勢いる事を国民の一人として、いたたまれない気持ちが湧いてきます。

雅子皇后陛下の父君小和田恒さんは、娘が皇室に嫁がれてから目立たないよう敢えて、オランダのハーグ行かれた事は有名ですが、小和田家らしい石巻との繋がりがあり、同じ私のの友人の故郷でもあることから嬉しいエピソードです。

未だ尚、傷を抱えている多くの被災者の皆様には、東北人の我慢強さには心惹かれます。
反面、ここで申すことでは無いのかも知れませんが、前天皇、前皇后の引越し先の住まいにかける費用は仕方ないにしても、衣装倉庫に4億円、もう着ることの無い衣装に倉庫建設にどうしたらこのように掛ける必要があるのでしょうか?
また、皇嗣になる秋篠宮家の総額45億円の建設費用、災害に遭われた多くの皆様はそれでも尚、血税を支払い続けています。
この事をどう捉えているのか皆様にお聞きしたいですね!

前皇后は慈愛が売り物でしたよね!
その慈愛と称するならそれこそ質素、倹約が皇室のしきたりでしょう。
その資金は災害に見舞われた方々へと気持ちが湧かないものでしょうか。
退いて尚、贅沢三昧は許されるべきではありません。
哀しいかな!人間一度贅沢すると何があっても後戻りできない感覚になるそうです。
その最たるものが前皇后です。
日本は世界でも有数の災害国である事を、この無能な前天皇、前皇后には全く無いのですね!
莫大な費用を掛けてカメラ付き被災地を見舞う事はすれど、全てが前皇后のパフォーマンスにしか見えない情けなさです。

国民に寄り添う令和の時代!輝く今上天皇ご一家、この時代が長く長く続きますように。
  • posted by つばきちゃん 
  • URL 
  • 2019.08/27 11:50分 
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ヘカテー

Author:ヘカテー
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