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列外派星くず日記

―令和の天皇ご一家を愛する者たちが集うブログ―

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常陸宮妃華子さまの御父上津軽義孝氏のお話

ここ数年季節の変わり目に必ず体調を崩すので更新が遅れました。


常陸宮妃華子さまは7月19日に80歳のお誕生日を迎えられました









おめでとうございます

さて今回は常陸宮妃華子さまの御父上津軽義孝伯爵のことを紹介したいと思います。

義宮さまのお妃に決まった後に行われた記者会見に津軽義孝氏が映ってます


華子さまの御父上である津軽義孝氏は旧弘前藩主家津軽家の第14代目当主です

先代の13代目当主津軽英麿に子どもがいなかったので津軽家に養子に入られた方です
(ちなみに津軽英磨も近衛家出身の養子です)

なぜ津軽家に養子に入られたのかと言うと12代目当主津軽承昭の娘の子だからです

つまり女系継承ですね
(本当に名家ほど女系継承って多いなー)

最後の弘前藩主である12代目津軽承昭の娘寛子が徳川義恕男爵と結婚して産まれた次男が津軽義孝氏です。
(徳川男爵は尾張徳川家の分家)

ちなみに義孝氏の祖父の津軽承昭は熊本藩主家の細川家から11代目当主の婿養子に入った人です

つまり女系継承ですね
(本当に名家って婿養子が多いわー)

津軽義孝氏のお兄様は昭和天皇に仕えた徳川義寛侍従長です

皆様はこのドクターをご存じでしょうか?



エフゲニー・ニコラエヴィチ・アクショーノフ

ヘカテーはこの本で知りました↓
『患者さまは外国人 無国籍ドクターと空飛ぶナースのドタバタ診療日誌』
https://www.amazon.co.jp/%E6%82%A3%E8%80%85%E3%81%95%E3%81%BE%E3%81%AF%E5%A4%96%E5%9B%BD%E4%BA%BA-%E7%84%A1%E5%9B%BD%E7%B1%8D%E3%83%89%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%81%A8%E7%A9%BA%E9%A3%9B%E3%81%B6%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%83%89%E3%82%BF%E3%83%90%E3%82%BF%E8%A8%BA%E7%99%82%E6%97%A5%E8%AA%8C-%E5%B1%B1%E6%9C%AC-%E3%83%AB%E3%83%9F-ebook/dp/B00KBI7KVS/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E5%B1%B1%E6%9C%AC%E3%83%AB%E3%83%9F&qid=1595764337&sr=8-1

エフゲニー・ニコラエヴィチ・アクショーノフ医師の下で看護師として働いた山本ルミさんのエッセイを元に作られたコミックです
(面白いのでぜひ読んでね)

六本木にあったインターナショナル・クリニックの院長として外国人専門診療所として多くの在日外国人に頼りにされました
(ドクターは6か国語話せる)

ドクターは2014年に90歳で亡くなってます

ドクターは1924年3月に満州で生まれました。

ロシア革命でロシアから満州に逃れたドクターの両親は牧場を営みドクターもそこで育ちました。

間借りしていた日本人家族により日本語を教わった事がドクターの人生を大きく変えました。

ドクター18歳の時のことです

フランス系の寄宿学校で学んでいたドクターは夏休みに実家の牧場に戻った

ちょうどその頃日本競馬会に勤めていた津軽義孝伯爵が牧場に視察に来ました。

日本語の話せる少年に驚いた津軽伯爵はその日の夜アクショーノフ家で行われた歓迎の宴でドクターにこう尋ねました。

「君は将来何になりたいの?」

ドクターの夢は医者だったが、どこの国の大学で学べばいいのか考えてました。

すると津軽伯爵は

「日本で学べばいい。日本の医学は進んでいる」

と誘いました。

この時のドクターは「酒の席のことだから冗談だろう」と思っていましたが、

数か月後本当に津軽伯爵から日本留学の招待状が届いたのです。

第二次世界大戦中の満州ではいつ日本軍に徴集されるかわからない。

1943年ドクターは来日しました。

始めは日本語専門学校で医大へ進学する為に必要な日本語を学び、

その後東京慈恵会医科大学に入学
(慈恵会は昭憲皇太后から「慈恵」という言葉を与えられた為皇室とのつながりがあります。現在の公益社団法人東京慈恵会の総裁は信子さまです)

第二次世界大戦後、満州が無くなってからはドクターは無国籍になりました。

空襲に見舞われながらも勉強を続け、終戦後はGHQで通訳として働いた経験を経て、1951年に27歳で医師国家試験に合格し、29歳で六本木に開業したアクショーノフ医師

1994年に亡くなるまで津軽伯爵は16歳年下のアクショーノフ医師を弟のようにかわいがりました。

アクショーノフ医師は在日外国人に対してお金に困っている人からは診察料金をもらわず、それどころか生活費を援助したりとまさに赤ひげのような方でした。

『六本木の赤ひげ』というアクショーノフ医師の本を書いた飯島一孝氏によるとドクターアクショーノフが米寿を迎えたお祝いの会には華子さまもお見えになりスピーチもされたとのこと
参考https://blog.goo.ne.jp/eurasia-candy/e/de237a0c8e082006d0bb874481e7e0d8

津軽伯爵によって来日した一人の青年は多くの人を助ける医者となり90年の波乱万丈の人生に幕を下ろしました。

ちなみに津軽伯爵には4人の女のお子様に恵まれましたが、男のお子様がいなかったので、ご長女泰子さんの次男晋さんが津軽家の当主になられています
(つまり女系継承ですね)

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Comment

懐かしき若かりし頃の火星ちゃんこと常陸宮さま 

季節の変わり目は体調を崩しやすい方をよく見かけます。
私も30代後半から、梅雨時は大抵腸の具合が悪くなり、悪いまま夏場を迎えますから毎年のように体重3kg減になりました。
低気圧の関係が慢性化し、低気圧が近付くと身体が察知してしまうのです。
丁度、二人の子育て最中、主人は毎晩午前様帰宅で万年寝不足と重なり、それでも昼寝をする訳でもなく空いた身体は趣味に没頭して、何とか乗り切りましたが…。

ヘカテーさまへ
ヘカテーさまファンの一人として万全ではない体調の中で、ブログ更新有難うございます。
新型コロナウィルスにより全国規模で緊急事態宣言解除された時よりも蔓延が勢いを増していることで、第2波という愛知県大村知事は公言されましたが、正にその通りだと思います。
体調崩され体力も落ちているでしょうから、このような時こそコロナウィルスに呉々もご留意をお願い致します。

扨、久々に若かりし頃の常陸宮さま、華子さまの映像を拝見して、懐かしく思い出されましたのは常陸宮さまのあだ名「火星ちゃん」は人気漫画の主人公の名前をあだ名で呼ばれ多くの方に愛された常陸宮さま。
私は上皇のお若い頃と比較してはいけないのでしょうが、弟宮常陸宮さまが天皇になられた方が良かったと思うこともありました。

人間的にも真面目、時として宇宙人のような風貌から人気漫画「火星ちゃん」のあだ名がつけられて親しまれていたからです。
華子さまは最後の旧華族からの皇室入りされた方で、さっぱりとしていて、爽やかでとても素敵な方です。
学習院短期大学を卒業され、常盤会の会長もされた方でしたね!

上皇はお若い頃から遊び人で、将来の天皇という自覚は薄かったと思います。
息子今上陛下(浩宮徳仁親王)は幼少期から余りにも人間的にもご立派過ぎて、上皇のお若い時とは雲泥の差、歴然としていました。
お遊びが盛ん過ぎて、お妃候補からは嫌われ次々と逃げられる始末。
かたや常陸宮さまは次男坊ですのに生真面目で、両者入れ替わったら良かったのにと世間ではよく言われていました。

華子さまは傘寿を今月迎えられたそうですが、ご夫妻ともに穏やかで人間味溢れていて、金食い虫平民出のミテコをめとった兄夫婦とは大違いですね!
お育ちの意味するところはとても大きいと思います。

このようなお話が耳に入りましたが、秋篠宮家は各宮家とのお付き合いは無いようですが、秋篠宮紀子があえて避けているとか。
宮家でお誕生日会があると秋篠宮夫婦はお呼ばれもされないと聞きます。
きっと秋篠宮一家の皇族とは思えない行動は、目に余るものがおありなのでしょうし、付き合いたく無いことがよく分かるエピソードです。

紀子は紀子で中身の伴わない名ばかり筆頭宮家という立場を利用で、上から目線なのかも知れませんが、普通の人はやはり避けて通りたい家族でもあります。
良家ご出身の華子さまにとっても小室問題は頭痛の種でしょうね!
旧華族出身者ですから、平成の時代をずっと皇室を見てこられ、敢えて何も言わず控えて沈黙するしか手立てもなかったことでしょう。
ですが、香淳皇后からはとても可愛がられていたと聞きます。

常陸宮さまの車椅子生活も長くなりましたが、昨年の一連の今上陛下の即位関連は出席されていましたので安心しました。
お歳も召してこられましたし、最近常陸宮さま付きの護衛官がコロナウィルス感染者が出たようですが、どうかお大事されますように。
  • posted by つばきちゃん 
  • URL 
  • 2020.07/27 00:37分 
  • [Edit]
  • [Res]

華子様、誕生日おめでとうございます 

ブログのアップをありがとうございます。
皇室アルバムやクソ週刊誌よりもずっと内容の濃い記事で、これは書くのに時間がかかりますよ。

津軽義孝氏と医師のエピソード、素敵な初めて知りました。日本にとっても大きな貢献です。
常陸宮妃の誕生日に最高のはなむけだと思います。

ヘカテー様、お体ご自愛下さい。どんな仕事でも、もう少し年齢が上がると、不思議と働き方も変わってくると思います。
  • posted by 望ちゃん 
  • URL 
  • 2020.07/27 01:54分 
  • [Edit]
  • [Res]

 

おはようございます。
季節の変わり目は身体がしんどくなりやすいですよね。

わたしは文才がないのでありきたりな言葉でしか自分の気持ちをお伝えできないのですが、

ブログもヘカテーさんがしんどくならないペースで更新していただけたら…というより、更新していただけるだけで列外派の一ファンは嬉しいです。

ドクターも華子さまのお父様もなんて素敵な人なんだ…と心がほっこりしております。

津軽家の女系継承についても、男系!男系!と騒がしい人たちが知ったら奴らはどうなることやら…と心の中でニヤリとしました。
  • posted by しましま 
  • URL 
  • 2020.07/27 07:08分 
  • [Edit]
  • [Res]

華子様、おめでとうございます! 

ヘカテー様、更新ありがとうございます。

華子様のお父様とアクショーノフ医師との間にそのような交流があったのですね。勉強になります。

先週の皇室番組で華子様が特集されていました。婚約会見の映像で、お若いころの華子様の声を初めて聞きました。ゆっくりとお話しでしたが発声は明瞭で、誰かさんたちのような息を吐きながらねちゃねちゃとした感じは一切ありませんでした。
興味深かったのは、華子様が名誉総裁をおつとめの日本・ラテンアメリカ婦人協会の方のお話で、スペイン語で会話されること、各国の大使夫人との交流で、相手のことをよく覚えておられて(お子さんは大きくなったの?とか)、そういうことでお話が弾むとか、お人柄がしのばれるようなエピソードでした。

華子様は股関節がお悪いのに、即位礼正殿の儀では重い十二単をお召しになり、儀式の最中は直立不動、退出の際もあの長い廊下をすっすっと歩いて行かれました。ケガから回復間もなかった信子様も同様ですが、大切な即位の儀式への並々ならぬ意志を感じ、感動しました。翌年の歌会始でも、その時のことを歌にされて、今上陛下のご即位をお祝いされる気持ちが伝わってきて、これぞ皇族のありようだと感じました。どうかいつまでもお健やかに、今上両陛下の御代をお見守りください。
  • posted by ジェーン 
  • URL 
  • 2020.07/30 13:26分 
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Author:ヘカテー
東宮応援派のハマコー改め新天皇応援派のハマコー
新天皇皇后両陛下並びに敬宮殿下を愛する鎌倉市民だにゃー
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