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列外派星くず日記

―令和の天皇ご一家を愛する者たちが集う皇室ブログ―

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1964年の東京オリンピック開会式での出来事

高松宮妃喜久子さまの著書『菊と葵のものがたり』に書かれている東京オリンピックのエピソードをちとご紹介します。
『菊と葵のものがたり』は中央公論社から1998年11月に発売された本です。





昭和39年春、高松宮邸でトイレの改修工事をすることとなり、高松宮ご夫妻は箱根の小涌谷ホテルに移られることとなった。

当時の高松宮邸は45坪の広さしかない木造家屋だった為、両殿下がいらっしゃると工事がやりにくいからです。
(以前は東京大空襲でも燃えずに済んだ870坪の洋館にお住まいでしたが、戦後「我々は負けたのだから、こんな大きなところに住んでいてはいけない」と高松宮さまのお考えで四十五坪しかない旧官舎に引っ越されました)

特別扱いされるのが大嫌いな高松宮さまは一般人と混じって気楽な旅をしたいとのことで小田急ロマンスカーで出発されました。
お供は侍女長一人だけでした。

芦ノ湖で小型モーターボートに乗っていらした時に、大型遊覧船の「海賊船」が残した大きな波にあおられて大きくモーターボートが揺れた際に身体ごと上に放りあげられ叩きつけられたように座席に落ちてしまわれた。

「若者の操縦こわい。何度も往復すればそれだけ増収になるから、無茶して飛ばすんだ。こういうのがほんとの雲助運転手!」
と思われた喜久子さま(喜久子さまらしいお考えです(笑))

舟から降りようとしたら立てない。
手に力が入らないから昼食も召し上がれないので、これはおかしいと心配された宮様が「レントゲンをとった方がいい」と仰った。

小田原の病院へ揺れないようにゆっくりとタクシーで行かれ、レントゲンを撮ると「十二番目の胸骨骨折」と判明。

箱根町には治療できる病院や診療所がないが、かといって宮邸も工事中。

東京に戻ってから二日ほどホテル・オークラに滞在されましたが、トイレに行くにも歩行介助が必要なので関東中央病院へ通院し、再度レントゲンを撮ってもらうと「十二番目の胸骨の前の部分がペシャンコにつぶれている。もし後もつぶれていたら、一生車椅子の御生活になることです」と整形外科のドクターから言われました。

胴体にギブスを装着する治療が施されました。

あらかた工事が終わった宮邸に戻られても起きて食べることが出来ない日々を送られました。

報道されたので一般人(原因となった芦ノ湖の船会社の社長も来た)のお見舞いも大勢訪問しましたが、義妹を案じた香淳皇后も毎日骨にいいというゼリーや特別な食事を大膳に作らせて届けられました。
一度、良宮さまご自身が高松宮邸に行啓され、杖も贈られました。

9月30日に賢所で執り行われた常陸宮ご夫妻の結婚の儀では拝領された杖を持って歩こうとされましたが、高松宮さまから「そんな物持って歩くな」と言われて杖無しで歩かれました。
まだ治療中の身ではありましたが、華子さまの和服の見立てとお支度は良宮さまから喜久子さまに依頼されたので絶対に参列したいと思われたのです。
(華子さまの母上津軽久子さんと高松宮妃喜久子さまは同級生という理由で白羽の矢が立ちました。喜久子さまは秩父三笠の両妃殿下にも声を掛けて三人で選ばれました)
喜久子さまは「そんな物持って歩くな」と高松宮さまが仰った理由を「今思うと、宮様の海軍式おはげましだったとしか考えられない。杖に頼らず、勇気を出して人前で独り歩きしてみろ、そうして早く自信をつけろと、そう仰有りたかったにちがいない。おかげで後遺症も無く、宮様のおかくれ遊ばしたあと、八十六歳のこんにちまで、元気で、あの日のことは、ほんとうに再生の第一歩だったと感謝申し上げている」と書かれています。

10月10日に行われた東京オリンピックの開会式にも「私の生きているうちに、こんな機会は二度と来ないであろう」とお考えになってご出席されました。
ギブスが一部まだ脊椎の上にはめられたままだったのでどうしてもそっくり返った姿勢にならざるを得なかったのです。
後日開会式の写真をご覧になった喜久子さまはこのように思われた。

【引用始め】
あとで写真を見ると、私はいやにそっくり返っている。大観衆の眼に、威張った妃殿下と映ったかも知れないが、実は窮屈なギブスが一部未だ、脊椎の上にはめられていて、いやでもそういう姿勢にならざるを得なかった。天皇陛下の開会の御宣言を感慨深く承り、華やかな開会式の行事も最後までたっぷり見て、私は「威張った」姿のまま、満足して高輪の家へ帰ってきた。
【引用終わり】

喜久子さま傘寿記念の本『菊に華あり』の241ページに開会式の写真が掲載してありました。
東京オリンピック開会式

言われてみるとそっくり返っているように見えますね(笑)

今日のオリンピックは新型コロナウィルス感染拡大により今上陛下のみがご出席されます。

この頃の皇室はほんわかしてて和やかでいいなーと思うエピソードとして紹介しました。

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Comment

天皇陛下 長時間お疲れ様でした 

ヘカテーさん いつもありがとうございます。

昨夜の開会式、陛下の隣にいた総理と都知事がすぐに立たなかったことを はぁ~?っと思いましたが、昭和天皇の時は皆さんお座りになったままですね。  総理・都知事は不敬と言うわけではなかったのか と反省。憤慨していたものですから。。。
  • posted by 梓弓 
  • URL 
  • 2021.07/24 08:19分 
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みてこさんはいつ頃から明仁さんにしがみついて歩くようになったのでしょうか?
高松宮殿下がご健在の頃はそうでもなかったのでしょうか。
高松宮殿下が、あのみっともないしがみつきを見たら御叱責あそばされたのではないかと思います。
見られるお仕事ですから、美しくない所作はいただけませんもの。
喜久子さまに対しても、無理をするなという意味もおありだったと思います。それでも喜久子さまが頑張られ感謝の気持ちをお持ちになるところが、みてこさんとの資質の違いを感じるエピソードですね。
  • posted by もち 
  • URL 
  • 2021.07/24 20:21分 
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Author:ヘカテー
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