雅子さまの小学校入学前―ソビエト時代 上―

サキ>どんなお子さんだったの?

トバモリ―>虎の門病院でお生まれになりました。住んでいた場所は世田谷区桜上水。本籍地は新潟県村上市本町380だよ。(注1)母方の祖母にあたる江頭寿々子さんは「大きな赤ちゃん(注2)」だったとお話になっているね。またこうも仰っているよ

===引用はじめ===
雅子は幼時から利発でお茶目さんでいつも「おいた」の種をみつけようといきいきと丸い目を輝かせておりました。二歳七か月で下のかわいいそ双生児の妹が生まれましたときは、ジェネーヴで私が約一か月間、雅子のお守りをし、つづいてモスクワでも一か月近く、楽しく一緒に過ごしました。(注2)
===引用終わり===

サキ>モスクワに住んでいたの?

トバモリ―>お父様の小和田恒さんがモスクワの日本大使館一等書記官として任ぜられたことでね。65年の8月、雅子さまは、1歳8か月だった。家族3人とお手伝いの井上さんの4人でモスクワ市のクツゾフスキー通り7の外国人専用アパートの11階に住んでいた。

サキ>ソビエトの空気を吸っていたんだ。それは日本人では珍しいね。ソビエトと言えば短気な人間には買い物すら大変と聞いたけど。

トバモリ―>そう、小和田家と同じ時期にモスクワに住んでいた方はその生活の大変さをこう語っているよ。

===引用はじめ===
とにかく、物が不足していました。特に食品。よい物を手に入れようと、情報を伝えあう日本人同士のネットワークができあがったほどでした。掘り出し物、たとえば、3月にきゅうりが出たなんていうのは、もう大ニュースで、夫に頼んで車を飛ばして買ってきてもらったこともありました。日本から来る人に頼むおみやげは、大根とか生の野菜(笑い)。薩摩揚げも、さんまのみりん干しも家庭で手づくりした覚えがあります。小さいお子さんがいらっしゃれば、病気、教育と、もっと大変でしょうね」
===引用終わり===

トバモリ―>旅行好きで知られる漫画家の神坂智子先生はソ連時代に旅行した時のエピソードを紹介しているけど、冬のソ連は本当に野菜がなくて、ホテルのレストランの夕飯で出てくるスープの具はキャベツの切れ端と玉ねぎのかけらがプカプカ浮いているだけだった。何日もそれが続くので「野菜を食べたい!」とガイドさんに言った次の日に、引きちぎられた少量のネギがそのまま白い大きなお皿に盛られていたということがあった。コップ1個買うだけで1時間半かかることが普通だった。それだけ厳しい環境で子育てをしなければいけなかった。(注3)

サキ>そりゃ、大変だわ。

トバモリ―>そんな中でも、優美子お母様は躾をきちんとなさっていていね。こんなエピソードがある。ある外交官夫人が小和田家を訪ねた時のことだった。応接間に通されてソファーに座ると3歳になったばかりの雅子さまが「おばちゃま、お紅茶になさいます、それとも日本茶になさいます」と礼儀正しく、正しい日本語でご挨拶をした。これには外交官夫人も感心した。(注4)

サキ>さすが、雅子さま。そこいらの子供とは違う。

トバモリ―>だね。どっかの三児の母や二児の母に聞かせてやりたいわ。お前たちのガキとは違うとね。

サキ>まあ、トバモリー、喧嘩のもとになるからそれまでにして。  

トバモリ―>ロシア語もソ連の子ども達と遊ぶことを通してロシア語を覚えていった。ロシアに住み始めて3か月目には現地の子どもたちと不自由なく会話ができるようになった。物怖じしない人懐っこい性格でみんなから愛されていたんだ。(注5) 

サキ>ご結婚後のサミットでロシアのエリツィン大統領と通訳なしで会話されていたのはこの幼時体験が大きかったんだね。

トバモリ―>66年7月、妹の礼子さんと節子さんが生まれている。モスクワの医療設備が貧しいものだったこともあってスイスのジュネーブにご一家で移り住みました。ご出産後、お父様と雅子さまが先にモスクワに戻られて、しばらくしてからお母様と礼子さんと節子さんが帰ってきました。雅子さまは初めてお母様と離れた生活をしたけど、わがまま言わずにいい子で待っていた。 外交官夫人として優美子さんもパーティーに出席したりと家を留守にすることも多かった。さびしくて泣く妹たちを慰めるいいお姉さまだった。

雅子さま幼少期の映像
[広告] VPS



                                                                           
引用文献
注1:『毎日グラフ臨時増刊 皇太子さま雅子さま <ご結婚記念特別号>』 毎日新聞社 1993年6月発行
注2:江頭寿々子著 「こころの往き来」『アサヒグラフ 臨時増刊 皇太子さま雅子さまご成婚』 朝日新聞社 1993年6月発行
注3:神坂智子著『エジプシャン・バクシーシ』 潮出版1991年9月発行  
注4:永井雄一著『小和田雅子さん 素顔の29年』 株式会社データハウス 1993年発行月不明
注5:友納尚子著 『雅子妃 悲運と中傷の中で』 文藝春秋社 2008年7月発行
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR