被災者の冷静な皇室へのまなざし

先日ご紹介させていただいた匿名さまよりコメントをいただきました。

No title

ヘカテ―様。
自分のコメントが記事に取り上げられていて恐縮しています。

また投稿するのはどうかと思ったのですが、ヘカテ―様の資料の一つにしていただければと思います。


あの日、揺れている最中から停電し、テレビも電話も携帯電話も何も通じない。なにがどうなっているのか全く分からない。次から次にくる余震。パニック状態でした。
そんな中、誰かの携帯電話のワンセグでテレビを受信することができ、近所の人達とワンセグの小さな画面に集りました。
その時画面から流れてきた「天皇陛下はご無事」の言葉。
その場にいた私も含め、全員が「天皇陛下なんてどうでもいい!」と叫びました。災害時、いの一番に守られる、無事で当り前だろうの人のことより、私達が必要としているのはなにがどうなっているのかという情報でした。

天皇皇后が岩手に初めて慰問したのは確か大槌町だったと思います。それまで瓦礫が片付かない片付かないと連日県内ニュースで報道していたのに、天皇皇后が慰問に来るということでそこだけきれいに片付けられたそうです。
それを聞いた主人、冗談まじりに
「なんだよ、やればできんじゃん。この際天皇にあちこち全部回ってもらえば瓦礫片付くんじゃね。」
それに対して私
「片付けないで、そのままの現状をみてもらったらいいのに」
主人
「天皇の慰問なんて、仕込みのやらせに決まってんじゃん、前からそうだろ」と冷めていました。
それからも慰問のニュースは何度かあったと思いますが、自分達の生活と再開した勤務先の仕事で精一杯。それどころではありませんでした。


今年に入ってから天皇皇后が隣県に慰問か訪問に来たのですが、私の会社の同僚は「来なくていい」と一言。そして話題になったのは

天皇皇后が新幹線で帰京する→うちの地元の駅を利用する→交通規制がかかる→渋滞する→帰りが遅くなる→困る 

更に復興事業の工事に携わっている主人
2,3日前から警備の準備の為、現場への立ち入り制限→仕事が遅れる→当日も立ち入り規制→仕事にならない→交通規制→渋滞→困る
でした。

被災地慰問DVD → いらない。または知らない。

天皇皇后だけでなく、皇族方の慰問で慰められ励まされる人も確かにいます。それはそれでいいことなので、慰問そのものを否定する気はありません。
でも、それが回数だの、美談だの感動だのと記事になっているのを見ると、白けてしまうんですね。被災者(この言葉嫌いなんですけど)の方をちゃんと見てます?と聞きたくなるんです。

それに、現地はまだ混乱したまま、余震も続いている、またいつ大きな地震があるか分からない、津波がくるかもしれない。
そんな時期に来られてなにかあった時、一番お荷物になるのは偉い方なんですよね。だって優先して守らなければいけないから。自分達を守る為に誰かが犠牲になったらどうするんでしょう。そういうことまで考えたでしょうか?

それから、天皇の「奥尻を見習って逃げればよかった云々」のコメント。それを知った時(自分はリアルでは聞いていません。後から知りました)。
みんなね、逃げたんです。必死で逃げたんですよ。そりゃあ油断していた人もいたかもしれない。第一波はそれほどじゃなかったから。でも逃げたんです。逃げたけど逃げ遅れた。逃げるより先に津波がきた。
水門を閉めるようとした地元消防団、、住民の誘導をしようとしてその場に残った駐在さん、寝たきりの家族や近所のお年寄りを置いていけなくて残った人達、取り残された人を助けようとして引き返した人達。
避難した先で津波にのまれた人達。
津波は、川を伝って海の見えない山沿いまできたんです。
それなのにどうしてあんな言葉を言えるのか。
慰めているのか、傷つけているのか。

でも、私はこうして天皇皇后、皇室について関心を持っているからこんな風に考えますが、主人をはじめ大半の人達はそれほど興味も関心もないというのが本当のところのようです。


長々をかいてしまいました。分かりづらいところ、不愉快な思いをさせてしまうところがありましたら、どうぞご容赦くださいませ。



貴重なお話をありがとうございます。

平成の慰問は考えなおさなければいけませんね。

現地の人の声は私が想像していた以上に冷静でシビアです。

慰問は好きで行っているのですから、それを美談にしようとするのはムシがよすぎます。

慰めているといい気分になるし、めったにみれないものも見れるし、気に入らない人間を叩けるし最高!慰問万歳!

と思っていないことを祈ります。
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だって浜尾さんが~

かつて浜尾実さんが「国民と苦楽を共にするとおっしゃっているのに、楽の部分しか共有してないように見える」みたいなことをおっしゃったんですよね。
その言葉にあてつけるように始めたのが被災地訪問ゴコーム。
最近は、これに戦争関連の地への訪問ゴコームが活発化してる気がします。
(これも昭和天皇へのあてつけに見えます。誕生日会見でA級戦犯なんて言葉出します?)

No title

>天皇の「奥尻を見習って逃げればよかった云々」のコメント。

>みんなね、逃げたんです。必死で逃げたんですよ。そりゃあ油断していた人もいたかもしれない。第一波はそれほどじゃなかったから。でも逃げたんです。逃げたけど逃げ遅れた。逃げるより先に津波がきた。

>それなのにどうしてあんな言葉を言えるのか。
>慰めているのか、傷つけているのか。


私も「奥尻を見習って」には驚いた。そして匿名さんと同じように、どうしてそんな言葉を言えるのか、私も、その神経が分からない。

被災地から遠く離れて、いつもと同じように温かい部屋で美味しい食事お腹いっぱい食べていたけれど(親も子も関係なく我先に逃げろと言われても、それが出来ないのが人間なのに。そういうことも分からないのか。)と驚いたし怒りも感じた。

それよりも不思議に思ったのが、ビデオ録画メッセージ。
どうして録画だったんだろう。生放送にしなかったのはなぜだろう。

アメリカ大統領は、国にとって重大な局面になると生放送するんだとか。そして国民に呼びかけるんだとか。

あの3.11は日本にとって未曾有の大震災で、国の存亡にかかわるほどの危機だった。それに対して天皇がメッセージを送ったのだけど、それならなおのこと生放送するべきだったんじゃないかと思う。
「途中で放送を切り替えてもいい。」と言ったそうだけど、NHKのTVチャンネルは第一、第二、BSあるのだから、(AMラジオだって第一と第二あるしFMだってある。)そのうちの1つを天皇専門にできるのに、生放送ではなく録画だった。

こういうのが、天皇皇后は京都に逃げたという噂になったんだろうけど、そういう噂が出たということは、実は今の天皇皇后って日本国民から必ずしも全面的に支持されていないのを露呈したんだと思う。

早く被災地へ行けばいいってもんじゃないし、何回も被災地へ行けばいいってもんじゃないんだよね。

匿名さんのように本音を出すのは大切な事だと思う。辛い記憶を呼び起こすだろうけど、それでも本音を吐き出すのも必要だと思う。

どんどん吐き出してほしい。そして少しでもいいから、3.11ストレスから軽くなってほしいです。

あまりに軽い平成の陛下

昨日ちょうど、お子さんが被災地ボランティアに出かけたという人と話しました。
やはりマスコミが伝えるのは、あれでも綺麗事。死体は映さない。すさまじい匂いも伝わらない。
プロの自衛隊や消防の人さえ心を病むほどの惨状だったそう。
ヘリを飛ばすなら1台でも水を食糧を、薬を乗せたい。
人を遣るならレスキューを、医師を遣りたい。
はっきり言って皇族なんか邪魔なのです。来られれば警備しなければならない。それなりに綺麗に整えなければならない。そのために気を使う。人手を取られる。

それまでも今上の言葉の軽さ、平気で人を傷つける配慮の無さが気になってました。あの立場で好悪の感情を露骨に出すことも。
なぜ逃げなかったの言葉、本当に腹が立ちました。
美智子皇后の、被災地と言えばすぐ飛んで行きたがる癖も。
慈愛の皇后を演出するために被災者を利用してるだけではないかと。
DVD発売と聞いて、その感を深めました。
着のみ着のままの被災者なんて写りたくはないでしょう。
なぜ「自分たちが行くのは邪魔、ここにいて出来ることをやりましょう」と考えないのか。
お出かけの度に新調される服を我慢して、その分を寄付することもできる。警備費用も節約できる。
誰が何回行ったと、それでまた東宮叩きをさせる。
昭和の時代に「なぜこんな素晴らしい方を、他の皇族方は嫌うのか」と不思議でしたが、納得できた思いです。

腹立ちで過激な言葉を使いました。ここが攻撃されては申し訳ないです。アップされなくても構いません。

「平成の玉音放送」と岩井克己が!

あのビデオレターを「平成の玉音放送」と書いた者がいます。週間朝日で、ライターは岩井克己です。
あまりの浅はかな例えに絶句しました。
災害の内容も規模もシュチエーションも、なにもかも違うのに。

一番違うのは、背後にある「重い決断」「責任感」「国民への強い想い」「悔恨」などだと思います。

止められなかった開戦、戦って散っていった人々に対し、敗戦を認めることの辛さ。「想を致せば五内為に裂く」という気持ちで語っていたのですよね。そして、それでも、日本の運命を変えるのだ、自分は連合軍に殺されても仕方がない、と言う考えで語りかけている。

比べて、震災時のビデオレターは、基本的に他人事なんだよね。「大変な災害が起きちゃったけど、みんな落ち着いてね。僕は心配しているんだから」と言うだけ。この地震も津波も「何故か起きちゃった事」で、祭祀の結果では?とも思っていないし、天皇が何かを変えるわけでも、背負うわけでもない。

「玉音放送」なんて例えに納得する国民がいるわけないよ。でも、書かれて喜んでいる人はいる。
そう、明仁天皇自身です。

偉大すぎた父に対し、理解しようとせずコンプレックスだけ抱いている今上天皇に、何を言えば「最大のヨイショ」になるのか、岩井克己はよく知っていたと思うな。
こんな低レベルの記者に、いいように転がされているのが「平成の両陛下」。

頻繁な被災地慰問の事も、岩井は「平成の巡幸」と書いていたと思う。「慰めてあげてる」平成と、「国民が心配で、お詫びの気持ちをこめて国民に会いに行った」昭和と、何もかも違うのに!

気仙沼のこと

友人の実家が気仙沼でした。

家の中に2.7メートルの水が入りました。
水が引いてから見に行くと車が2台家の中に入っていたそうです。
水に流され、炎を上げる気仙沼を見た友人はもう気仙沼は終わりだと思ったのです。

一家は避難所に入りました。
こちらから必要なものは送るから言って欲しいと連絡しましたが、一人当たりの場所はとても小さなスペースで物を置く場所は無く、寒さの対応としてダウンを一枚持ってきたから大丈夫と断られました。
それほど狭い中で数カ月暮らしていたのです。

家はボランティアの大工さんによって半年後にある程度修復されましたが、その段階では泊まることができないため避難所を出ることができませんでした。

その後もテレビでは復興が進んでいると報道があるけれど、あれは一部でほとんどは何もないということです。
一度生産が止まった海産物関係の工場などは流通ルートが途切れてしまい、相手側は新しい取引先を見つけており、再契約をしてもらえないそうです。
そのため生産を開始できても結局廃業するところが多いのです。

また心に負った傷は簡単には治りません。
阪神淡路大震災の傷を未だ抱えている人を知っています。
同じように311の傷は長く尾を引くと思います。


そんな大災害の時に陛下はビデオ撮影をする余裕があるのですね。
噛んだらやり直し、写りが悪いとやり直しをする為でしょうか。
「奥尻を見習って逃げればよかった」と言うのならば阪神淡路大震災の時に多くを学び311で活かせるようにするべきだったのではないでしょうか。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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