松本健一先生逝去 松本先生が指摘した平成の皇室の問題点

評論家の松本健一さんが死去 北一輝研究で知られる
「評伝 北一輝」などの著作で知られる評論家で麗沢大教授の松本健一(まつもと・けんいち)さんが死去したことが28日、分かった。68歳。前橋市出身。

 1968年東大経済学部卒。旭硝子勤務を経て法政大大学院在学中に刊行した評伝「若き北一輝」で脚光を浴び、二・二六事件の黒幕とされた北一輝を革命的ロマン主義者と捉え直した。石川啄木、大川周明らの思想も研究。日本近現代の精神史からアジア文化論まで広い視野で独自の境地を開いた。

 京都精華大教授、麗沢大比較文明文化研究センター長などを歴任。

http://www.47news.jp/CN/201411/CN2014112801001123.html

松本健一先生と言えば昭和天皇についての著書でも知られています。

今日はその中の『昭和天皇 畏るべき無私』をご紹介します。

昭和天皇 畏るべき「無私」昭和天皇 畏るべき「無私」
(2013/07/24)
松本健一

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昭和天皇が松本健一先生は尊敬されています。

昭和天皇の私の感情を一切出さないエンペラーとして姿こそ天皇とさえ思っています。

ということは私欲丸出しの平成の両陛下に対する視線は厳しいものです。
(第四章「皇室の危機と現代」より抜粋)

平成の天皇・皇后は、わたしの見るところ、こうした天皇制の無為無私の理想と遠いところにいると思う。個人としての好悪の情も比較的はっきり表明する。天皇がまだ学習院の学生だった皇太子時代には「×××さんは民族主義的で、嫌な政治家だ」、「〇〇の書くものは嫌いだ」といった発言をしたと報道しているし、最近も京都御所で「なぜ、私たちまで靴やハイヒールを脱がなくてはいけないのか。脱ぎたくない」と言ったと伝えられた。今回の一連の皇室報道についても、皇后が「幾つかの事例についてだけでも、関係者の説明がなされ、人びとの納得が得られれば幸せに思います」「事実でない報道には、大きな悲しみと戸惑いを覚えます」といった要望を宮内庁職員や記者クラブにしている。事実とは違う場合は徹底して争う、という明確な意思表示、自己主張である。
天皇・皇后は政治的な発言も進んでする。即位後の国会では「憲法を遵守する」と宣言した。民主主義の時代にあっては当然のこととはいえ、天皇が「憲法を遵守する」と宣言したことで、諸外国は日本の民主主義権力の中枢に天皇がいるとの理解を、改めて持った。そこで訪中の要請をした中国などは、天皇を「元首」として迎えると言ったのである。そして政治権力である以上、戦禍に対する謝罪も首相ではなく天皇にしてもらいたいというリアクションが、韓国や中国ばかりでなく、たちまににしてアジア中から起きた。当然のことだろう。


うーむ、辛口だ。
週刊誌記者には書けませんよ。
北朝鮮レベルの美談エピソードしか書けない連中と一緒にしてはいけません。
松本先生、度胸がある。

政治的な発言をするとどうなるのかが非常によくわかります。
そして政治的な発言を両陛下がしちゃったことでどういう悪影響を及ぼしているかを知ると本当に恐ろしい。
今も「韓国に行きたーい、謝罪したーい」なんて子飼いの友人記者を通して主張しています。

こんな両陛下を諸外国の権力者と会わせることが如何に危険な行動かが分かります。

これ通訳入れなきゃダメだわ。

美智子さまは「ワタクシは英語が喋れます」アピールしていますが、
そのまま喋らせたらどういう国際問題に発展するのかわかりません。

海外の首脳との会合に日本の閣僚が通訳を入れている理由は英語が話せないというだけではなく、
ついうっかり喋ったことが大問題になる可能性があるからです。

プロの通訳ならそこは訳さず、かつ話が変な方向へ行かないようにするテクニックを持っています。

(雅子さまはそういう現場にいたんです)

麻生さんなんて英語ぺらぺらですが、迂闊な発言が多いので彼には絶対に通訳が必要です。

これだけでも「うわあ、今の皇室大丈夫か?」と心配になります。

残念なことに平成の両陛下のポカエピソードはこれだけではありません。

細川内閣が誕生し、細川護煕首相が最初の内奏をした折にも、「私より若い人が首相になったのは初めてです」と言っている。連立政権ができて、旧野党関係者と言葉を交わせるようになったことについても歓迎しているという。「初めて全国民の代表と接することができるようになった」というわけであろう。それはそれでいいのだが、昭和天皇にはそもそも与党、野党という区分けがあったかどうかも疑わしい。敗戦直後の動乱期、「米よこせ」デモをした共産党に対しても、「あれも日本国民だろう」と言ったほどだ。

「初めて全国民の代表と接することができた」ことを絶対自慢したかったと思います。
「パパの昭和天皇にはできなかったことを出来たんだぜ☆」と嬉しくてベットの上で転げまわっちゃうくらいに。
でも、これも問題行動。

日本国民のみなさーん、
こんな危険人物が日本の天皇陛下ですよー!
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私の知ってる小さなこと。

昭和天皇はね、最後の入院中、混濁する意識の中で、うわごとのように、
「今年の稲の作柄はどうか」
側近にお尋ねになったんだよ。
明治生まれの陛下は、お米が不作だったら国民がお腹を空かせてしまうと信じておられたんだね。
その話を新聞で読んで、悲しい自分に驚いた。
昭和天皇崩御、ふたりのお爺さんが自殺した。ふたりとも昭和天皇と確か同い年で、きちんと遺書を書いて、首を吊った。
その遺書は、万年筆で自分の経歴を全て書き記し、最後にこんなことを書いていた。
「陛下はおひとりではご不自由だろうから、自分がお供をする。(決して錯乱の自殺ではない。)」
新聞で読んで、これって殉死かなあと思ったけど、なんだか切なくて切なくて、この時も自分の感情に驚いた。
昭和の終わりは、自分で自分に驚くことばかりだった。
…平成は呆れることばかりだが。

残念です

松本健一氏、残念ですね、まだ70前でこれからなのに。
この方は、明治維新についてや近代日本の政治思想史、そして主に明治以降の天皇制について多くの著作を残しています。
私も、「畏るべき昭和天皇」の他、数冊読みました。

そして、この方の著作物、専門分野から考えて、雅子さまの来歴について関心がないはずありません。
おそらく多くの情報、資料をすでに持っておられたのではないでしょうか。

江戸末期の大村益次郎門下の蘭学者、明治維新、紅葉館、盛岡藩、佐賀藩、海軍予備門としての海城学園創設、海軍大将、中将、皇室との関わり・・・松本氏の研究テーマと時代背景も内容もぴったりです。

御代が改まったら、そうした雅子さまの背景について、専門的な立場からぜひ書いてほしいと期待していましたので、非常に残念です。


一方で、今上夫妻に対して、特に美智子さんに対して、この方は非常に辛口な方でした。
以前、月刊誌の対談かなにかで、美智子さんが出版社に対していちいちクレームをつけてくるということも言っていました。

また、欧州訪問の際、教会で皇后が修道女と二人で極秘に祈りをささげていたことも、たしかこの方が書いておられたと記憶しています。


美智子皇后バッシングに対する文春と宝島社への銃弾での言論封殺、松本氏はその背景の事情についてもいろいろ知っておられたのではないかな?
そして、この事件以来、今上夫妻が嫌がるような報道はほとんど消え、その後、時間の経過とともに異様さはさらに増しています。

松本氏も、平成が終わるまでは何も言えないな、と思っておられたのか、昨今の異常な皇室報道に対しても、特に発言しておられませんでした、というより今上夫妻の意に沿わない記事は、そもそも掲載されないのでしょう。

以前こちらで著書が取り上げられていた共同通信出身の皇室記者、高橋紘さんという方も今上夫妻に辛口で、結構、批判も書いていましたが、やはり、数年前に早逝されています。
調べてみると、奇しくも松本氏と同じ69歳でした。

代替わり後に、平成皇室の実態をとことん書いてほしいと思っていた方が次々に亡くなっていくのは本当に残念です。
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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