学習院OGが知るアホのアーヤ PART2

なんとビックリこのブログの常連のblugirlさまも学習院卒業生でした。

コメントを頂きました。

私も学習院大学卒業したのですが、今は亡き法学部の恩師が年度始めに授業内容の説明をした時に話して下さったエピソードが忘れられません。
その科目は選択必修科目で、毎回の出席が成績に加味されるもので、試験でも参考資料を持ち込めないため、なかなかズルをして単位取得したい方には厳しいものした。
教授は礼宮を前に「宮様であっても、単位取得には容赦致しません」とおっしゃったそうです。
次の時間から礼宮は現れなくなったとのことです。


貴重なお話ありがとうございます。

私はこのお話を聞いてこの歌を思い出しました。

中島みゆき作詞作曲『化粧』

バカだね バカだね バカだね あたし
愛してほしいと思ったなんて
バカだね バカだね バカのくせに
愛してもらえるつもりでいたなんて

桜田淳子バージョン


どうして昭和天皇の孫で浩宮さまの弟なのにこんなにバカなんでしょうか

我慢という言葉が一切ない。

その原因はやはり昭和の皇太子夫妻にあります。

父親

男の子というだけでちやほや育てられた。

勉強もスポーツもダメなのに誰もそれを叱らない。

父である昭和天皇とも離れて暮らしていましたから、帝王学もちゃんとは教えられていない。

俺様偉いだろうという井の中の蛙でした。

母親

仕事に就かず、毎日遊んでいた。

社長令嬢で他人に頭を下げたことがない。

東宮御所も新居だったし、中の家具だってもちろん新品

結婚する前から「民間出身のシンデレラ」と持ち上げらていた。

頭の中お花畑だった。

夫婦揃ってなーんにも苦労していない。

その二人が夫婦になったのだから

昭和天皇も「この二人に子育て任せたら皇孫である浩宮がダメな大人になってしまう」と危機感を持ったのでしょう。

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殿下のノートに救われた学生達

>教授は礼宮を前に「宮様であっても、単位取得には容赦致しません」と
>おっしゃったそうです。
>次の時間から礼宮は現れなくなったとのことです。

あまりに違う兄弟。その差は「小説より凄い事実!」と感じます。

兄上である、浩宮さまは、「殿下、殿下」と学習院の大学生達に親しまれていました。そして、出席率、勉学への熱意、ともに抜群でした。

とっても気配りのある徳仁親王殿下は、自分の履修科目の先生が休講をしても、喫茶店でくつろいだりすると、店内がSPで物々しくなって他のお客さんに迷惑と考え、履修していない科目を聴講して時間を過ごすなど、常に勉強に励まれていました。

このような殿下ですから、そのノートは完璧です。そして、試験期間が近づくと、「浩宮様のノート」のコピーが学内に出回り、多くの学生達を救っていたのでした。お人柄が良いので、頼まれるとノートを他の学生に貸してあげ、そのコピーのコピーという風に広まっていたのです。

当時は今より左翼系が強めで、学習院と言えどちょいと生意気な学生もいて、ノートのコピーをもらっているのに「字が思ったより綺麗じゃないなあ」なんて言う不届き者もいました。でも、暖かみのある字だったし、お習字の字などはまたキッチリ習っておられるのだから、良いじゃないかと感じました。

今考えると、昭和の皇室は暖かみがあってのどかでした。そんな中で、昭和天皇が浩宮様を特に可愛がられていたのは、とても納得です。美談ブリッ子ではない「本物の人格者」として、浩宮様は着実に歩まれていました。

その数年後に、怠け者の弟が、いいかげんな学生生活を送り、さらに、爽やかとはほど遠い男女関係で、欲深な宮妃を皇室に入れてしまったんですよね。溜息です。

No title

コメントを採用していただき恐縮です(汗)
当時、今は無きピラミッド校舎で行われていた授業で、結構人が入っている状態で教授は話されているから、皇室無関心な同期でもこれは間違いなく覚えているはずです。
アンチ東宮がネット等で嘘デタラメを並べたてていますが、学習院関係者は何も知らないわけではないのだぞ!
プロフィール

ヘカテー

Author:ヘカテー
皇太子ご一家大好きの神奈川生まれの神奈川育ちの神奈川県民。昭和生まれの平成育ち。真っ当な日本が好きなだけだにゃ~
↑悪いナマズを踏みつけている招き猫
メールアドレス retsugaiha@excite.co.jp

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